第16話 交戦
戦場が多岐に渡るため、途中からミーナ以外は三人称視点になります。
#交戦
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│ 名 前 │クラス│LV│
├───────┼───┼──┤
│フローネガルデ│白騎士│43│
│ミーナ │戦巫女│26│
│ステラ │聖騎士│26│
│メーベル │賢者 │26│
│エリス │双剣士│26│
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◇ ◇
東マリス街道から西カシュー街道に入る分岐点。
「ミーナさま、鎧の修理が終わりましたのでお持ちいたしました」
メーベルと従士たちが鎧を抱えてやってきた。
ここはソフィアのいる本陣の天幕。
私たちが渓谷の迷宮から帰還し、王軍がここに陣を構えてから丸一日が経過している。
「ありがとう。私ので最後かな?」
「はい。応急処置ではございますが」
鎧の凹みを叩き出し、亀裂を塞ぎ、傷痕を研磨してはあるものの、塗装ができないので破損個所の地金が剥き出しになっている。
設備と人員が揃わない中、みんなの鎧も最低限の修理だけは済ませた。これ以上を望むのは贅沢というものだ。
【リーンカーネイト】で元どおりになることはわかっている。だが、実用に耐えない状態にでもならない限り、あの魔法を使うつもりはない。
「戦列に復帰するのが最優先だから。見た目に拘ってる場合じゃないわ」
ここは本陣とあって、こうしている間も伝令がひっきりなしにやってくる。
鎧を着せてもらいながら、彼らがもたらす戦況報告に耳を傾ける。
「北部の掃討を完了しました」
「南部で公爵軍の拠点をいくつか発見しております」
「マリスの冒険者ギルドより補給物資が届きました」
ソフィアが副団長のトーラス卿を通じて彼らに命令を伝え、送り返していく。
「カトロニア公爵領の領軍が王都に到着するようです」
その知らせに、トーラス卿を始め天幕内の騎士が色めき立つ。
「おお、これで王都も安心だ!」
「たしかに昨日、直近の町を出ると知らせがあったので、タイミング的にそろそろですね」
ソフィアが静かに呟いた。
「ソフィア、あまり嬉しそうじゃないね」
「ミーナさんの謁見式のあと、宰相でもあるカトロニア公爵から援軍の話が出たのです。陛下は寄こさなくていいと言ったのですが、宰相に押し切られてしまったのですよ」
ソフィアの話にトーラス卿が口を挟む。
「何をおっしゃいます王太女殿下。王都へ至る道はこの街道だけではないのですぞ。万が一にも我らの警戒網を抜けて王都が攻められると、我らは孤立してしまいます」
「トーラス卿。陛下や私は貴方ほどカトロニア公爵を信用しているわけではありません。私たちの不在の隙に、ということも考えられるのです」
ソフィアがトーラス卿と難しいことを話しだしたので、メーベルに聞いてみることにした。
「ねえメーベル、それってあり得るの?」
「カトロニア公爵閣下にもフレイン王家の血が入っているとは聞き及んでございます。ですが、王弟でいらっしゃるキュプリアス公爵閣下と違って遠縁になりますので、王位継承権は一切ございません」
「じゃあ、やるとしても、新王家を立ち上げるみたいな感じになるのかな」
「フレイン王家も二千年の歴史がありますので、新王朝がどれほど支持されるのか疑わしゅうございますね。こと王都に限れば王族所縁の方も多くいらっしゃいますので」
すると、トーラス卿の方を向いていたソフィアが私に向き直る。
「ミーナさん。このトーラス卿も遠縁に当たります。赤獅子騎士団は王族居住区に出入りすることから、血縁を重視して採用しています」
「そうなんだ。王家への忠誠心が高い者を傍に置きたいってことかしら」
「その通りです。問題は、血縁が四公四候にも繋がっているということです。彼らの子弟は騎士や官僚として王都に大勢送り込まれていて、派閥の長である公爵の影響下にあります。そうして国王と両公爵の三者間の政治的な綱引きが現在まで続いているのです」
「じゃあ陛下と2人して王都から出たのは間違いなんじゃ……」
「そうですね。ですが、それについては対処してあります。彼らがうまくやってくれると良いのですが」
◇ ◇
西カシュー街道では、ついに黒鳳騎士団の前衛とキュプリアス領軍の先遣隊がぶつかることとなった。
今、ここに対峙しているのは正規軍だ。王軍は青色、領軍は橙色のサーコートとマントを着けている。
両軍とも中央に歩兵、両端に騎兵を配置している。街道上は遮蔽物が少なく小細工のしようがない。
――ザッザッザッ
槍を携えた歩兵がタワーシールドを並べ、防盾陣で前進を続ける。
騎兵はやや遅れて弓などの投射兵器を警戒している。歩兵同士の戦いが始まれば、左右から一気に躍り出て敵陣に襲いかかるだろう。
これに先立って、街道近郊の森では斥候や傭兵部隊による戦いが散発的に続いている。森に別動隊を潜ませるのは難しい。
――ズシーン、ズシーン……
街道上の王軍を率い、先頭を歩む者がいる。
白い鎧を着けた騎士の出で立ち。だが、あまりにも大きすぎる。
言うまでもなくフローネガルデの巨人だ。
「お、おい。あれ見ろよ……」
「噂は本当だったのか」
領軍からどよめきがあがる。
隊長が部下を叱咤する。
「進め! 奴は少しデカいトロールにすぎない! 敵前逃亡はその場で処刑する!」
最前列の兵士の後方には、処刑部隊と呼ばれる兵士が逃げ出すのを阻止する部隊が待機していた。
「逃げた者の家族も皆殺しだ! それを忘れるな!」
先遣隊の兵士は全員が平民だ。クラスを持たない者すらいる。彼らの家族は町で一箇所に集められ、人質になっている。
――ズシーン、ズシーン……
足音が地響きとなって彼らに伝わってくる。
巨人は領軍まであと200メートルほどの距離に迫ると、その巨体をものともせず大地を勢いよく蹴って跳躍し、一気に距離を詰める。
そして、落石か地震が起こったかのような轟音をあげて大地を震わせ、彼らの眼前に着地した。
「我が名はフローネガルデ。フレイン王国の建国王である! いかなる者も、神の恩寵により不死となった我を殺すことはできぬ」
かん口令が敷かれていたものの、フローネガルデ復活の噂は多くの者に伝わっていた。
兵士たちに動揺が走る。
「10秒の猶予を与える。者どもよ、跪け! さすれば命だけは助けよう」
――10、9、8……
皆が心の中でカウントダウンを始める。10秒などあっという間に過ぎ去ってしまう。
【ディヴァインベール】
巨人が魔法を唱えると、天空から透明な絨毯が地上に覆いかぶさって消えた。
とある領軍兵士が体を確かめる。
「何が起こったんだ? 大したことなかったな……」
彼の命運はその時点で尽きていたのだが、気づくことはできなかった。
「では我が神判を下す!」
巨人がバスタードソードを抜き放ち、地上に向けて一閃する。
「「「「「ぎゃあああああっ!」」」」」
巨人の剣が竜巻のような衝撃波を放ち、付近にいた数百人の領軍兵士が胴を分断されて絶命する。
「うわぁぁぁっ!」
「血が、血がぁぁぁっ!」
一瞬にして戦場が血しぶきの舞う地獄と化した。
不思議なことに、跪いて恭順したように見えた者も殺されている。僅かに生き残った者には怪我ひとつない。
「我を欺けると思うな! 我は神にも等しい者! 跪け! さすれば命だけは助けよう」
巨人が前進し、再び兵士に問う。
「うわぁぁぁ、もうダメだあぁぁっ」
逃走を図る兵士に処刑部隊が襲いかかる。
「敵前逃亡する者は処刑する!」
――ジャアァァァァン、ジャアァァァァン
王軍の銅鑼の音が戦場に響き渡り、黒鳳騎士団の歩兵が怒涛の如くなだれ込んでくる。
お互いに後方に配置していた弓兵とバリスタ隊が放った矢が降り注ぐ。歩兵は盾を掲げ、運を天に任せて一心不乱に突き進む。
防盾陣の両翼で歩兵に合わせて行軍していた騎馬隊にも出撃の命令が下る。
――ボオォォォォォォ!
――パパラパパラパパァァァ!
両翼でそれぞれ角笛とラッパの音が轟く。
それを合図に軍馬の群れが突撃を始め、騎士同士の激突が始まった。
◇ ◇
――同時刻、王都西の貴族門にて
水堀の対岸に立つ、緑と黄色の縞柄鎧の騎士。
城門の上の胸壁に立つ、青い鎧の青狼騎士。
両者の間で押し問答が繰り返されていた。
「橋を上げろ!」
「それはできん!」
王都の外周はひときわ高い城壁と水堀で守られている。
出入りするには四方にある城門を通らねばならないが、戦時中の理由で昼間の今でも鉄製の門扉は閉ざされたままだ。
加えて、水堀を渡るための跳ね橋が頑丈な鎖で巻き上げられてしまっており、その城門すらたどり着けない。
「貴様、我らを誰と心得る! カトロニア公爵閣下の領軍なのだぞ!」
「それはわかっている。だが、誰も通すなとお達しがあってだな。橋を下ろすわけにはいかんのだ。貴公にも伝わっているはずだが」
「この堅物め……」
すると、背後の町側の城門にも外にいる彼らと同じ色の鎧を着けた兵士が集まってくる。
「我らが領軍を出迎えに来てみれば、なんということだ。おい、この門をあけろ!」
「ちっ。カトロニア公爵邸の私兵か」
青狼騎士が町側の騎士に向けて返答する。
「俺の名はザック! ソフィア王太女殿下から直々に命令を承った! 領軍は王都を迂回し、直接マリスへ向かうことになっているはず! 門をあけるわけにはゆかぬ!」
「おいおい、敵味方を間違えるな! 我らは宰相閣下の兵なのだぞ!」
血相を変えて叫ぶ私兵の隊列の後ろから、貴族服の老人が出てくる。
「この儂、カトロニア公爵本人の命令でも聞けぬのか?」
「無論だ! 宰相閣下、ならばお聞きしよう。外にいる領軍が携えているのはなんだ! 破城槌ではないか!」
破城槌とは、太い丸太の先端に鋼の槌を付け、それを数人で抱えてぶつけて城門を破壊する攻城兵器だ。
領軍の破城槌は、矢避けの屋根が付いた荷車に載せられた大掛かりなものだった。
「マリスの城門や城壁は低く、大したことはない。あれを使って攻めるにしては大げさじゃないか? そもそもマリスは無血開城している。もう破城槌を運ぶ必要はないはずだ」
厳密には、本格的な城壁を備えるカシューや領都キュプリアスを攻めるとなれば、あのような攻城兵器が必要になる。
だが、破城槌は組み立て式だ。こんな所からゴロゴロと押していては行軍の足を引っ張ってしまい、先行する王軍に追いつけなくなる。
ザックはあれが王都や王城の城門に対して使われようとしているのは明らかだと感じた。
(王太女殿下は卿らの翻意に気づいておられた。どうしてかはわからんがな)
ソフィアがザックに命じたのは、何があっても領軍を中に入れないように、ただそれだけ。青狼騎士団にはその権限がある。不法行為ではない。
とはいえ、普通は一介の騎士が上級貴族の命令に歯向かうことはない。不審な点があっても、以前はそうして城門を押し通られてしまうのが日常だった。
「ぐぬぬ……」
「俺以外の者に言っても無駄だぞ。どの城門も平民あがりの者で固めているからな!」
王城も留守役の黒鳳騎士によって封鎖されている。実家ではなく、団長であるカインに忠誠を誓う者ばかりだ。
そして、クーデター騒ぎのあった翌日には、カトロニア公爵を含めて四公四候の縁者は王城から追い出され、貴族街の屋敷へ返されていた。
そのため、公爵本人がここに出張ってくるほど、彼らは追いつめられていたのである。
カトロニア公爵がタロスに返す。
「翻意などない。儂は宰相だぞ。王太女殿下がどうおっしゃられたかは知らぬが、どうしても彼らを入れぬと言うのだな?」
「無論だ!」
「ならば無理やり押し通るまでのことよ。皆の者、かかれ! 平民しかおらぬなら遠慮は要らぬ。数も多くはないはずだ!」
カトロニア公爵の命を受け、城門の開閉装置のある門衛所の入口に私兵が殺到する。
だが、そこに変わった風貌の4人の戦士が立ちふさがった。
「儂らも平民になるのかのう?」
「王国民ではないのじゃから、関係ないわい」
彼らは老人のような髭もじゃの風貌にもかかわらず、背丈は子供のように低かった。地金色のフルプレートアーマーに身を包み、ラウンドシールドとバトルアックスを握っている。
「……ドワーフだと⁉」
カトロニア公爵がおののき、門衛所に向かっていた私兵が足を止める。
実際に見たことがなくとも、ドワーフ戦士の勇猛さは誰もが噂に聞き及んでいる。
それに、ここにいる私兵は公爵の傍に置かれるほどの腕利きだ。それだけに、相手が強者であるかどうかの判別はつく。
「我こそはグランベルクの戦士ベルンガルド! SSランク冒険者にして北のドワーフ国の王なり。我が握るこの斧を恐れるのなら……かかってこい!」
◇ ◇
「……どうやら露見したようだな」
外にいた領軍の騎士は、城門の向こうで武器を打ち合う音が聞こえ始めたので橋が下りる見込みが薄いと判断した。
「破城槌は捨て置け! とにかく橋を下ろすぞ!」
城門の袂に取り付こうと軽装の兵士が水堀を渡り始める。
ザックがそれに気づかぬはずはない。
「鎖を切って跳ね橋を下ろすつもりだな。奴らを取り付かせるな!」
青狼騎士団の衛兵が胸壁の狭間から矢を放つ。
だが、領軍兵士側も無防備に城壁に近づいているわけではない。身を守る術は心得ている。頭上に掲げた盾にタタタッと矢が突き刺さる。
「ここはわたくしたちにお任せでしてよ!」
金髪碧眼の美少女が胸壁の縁にぴょんと飛び乗る。
白色のスケイルアーマーに緑色のサーコートを着け、左手で弓を握っている。
雨が降ったばかりで城壁はどこも濡れていて、一歩でも足を踏み外せば20メートルほど下の水面に真っ逆さまだ。
「エルフの嬢ちゃん、そこは危ないから降りてくれ」
「子ども扱いしないでくださいまし! こう見えても年上なんですのよ?」
ザックが止めるのも聞かず、エルフの少女が弓を構える。
≪セイントシュート!≫
兵士に向けて放たれた矢が盾をギュンッと回り込み、体にガツッと突き刺さる。
「やりましたわ! アバンガルデ、見まして?」
エルフの少女が足元の胸壁にいる女性を見下ろして自慢げに話す。
赤毛のポニーテールのハーフドワーフの女性だ。赤色のスケイルアーマーを身に着け、右手でアークメイジスタッフを握っている。
彼女が狭間へ身を乗り出す。
「ジークリンデに負けるわけにはいかんの。わらわもゆくぞ。それぃ!」
【サモンウォーター!】
アバンガルデの生み出した大量の水が滝のように城壁を伝って兵士を押し流す。
「ヒューッ。まったく、王太女殿下もとんだ助っ人を用意したもんだ」
ザックが肩をすくめて弓を取る。
「俺たちも負けてられねえぞ! 各門に伝令! 堀を渡らせるな!」
体調不良に加えて左手を怪我してしまったので、少しお休みします。
2月ごろからずっとなんですが、これってコロナなんですかねぇ……