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白騎士と古代迷宮の冒険者  作者: ハニワ
第9章 内戦
129/133

第12話 暗黒神官マーフ

#暗黒神官マーフ


「急いで鎧と弓を直さないと」


 確かにブルードラゴンを倒してこの辺りの戦闘は小康状態になった。

 だが、全体を通して見れば戦いはまだ終結していない。

 けん制で剣先をぶつけ合うような傭兵同士の戦いが始まっただけで、正念場はむしろこれからだ。

 公爵軍がカシューに入ったそうで、王軍の当面の目標はその手前まで進軍することになっている。


「ミーナさま。あの魔法をお使いになるのですか?」


 メーベルから言われるまでもなく、これほど破損した鎧を直せる手段は1つしかなかった。


「ええ。誰かに見られたら厄介なことになるかもしれないから、外を見張っててくれる?」


「かしこまりました」


 メーベルが御者台に上がり、一時的に御者を遠ざける。

 私は自分のバックパックから一冊の本を取り出した。日記だ。


(ゲラールに帰った日からつけている日記……)


 【リーンカーネイト】を使うと記憶を失くす。

 今まで失った記憶はそう大したものでもなく、残っている前後の記憶から推定して補える程度のものだった。

 だがもし、失ったのがとても大事な記憶で、失ったことすらわからない状態になってしまったら。

 だから、時間の許すかぎり、物心ついた頃からの記憶をこの日記に書き残していくことにした。


(まだほとんど書けてないけど……)


 みんなに手伝ってもらって鎧を除装しながら、修理が必要なものとそうでないものを分別する。


「右腕の鎧は全部ダメね。胴鎧も歪みがあるし、背中のバックプレートが特に酷い。ほんと、よく生きてたわ。このダガーが折れるくらいだしね……」


 鞘に入っていたので取り出すまで気づかなかったが、聖銀のダガーが途中で折れているのがわかった。腰当ても変形している。それほどの衝撃だったということだ。


「帯剣ベルトとポーションケースは無事だけど……」


 中のポーションが割れているらしく、液がケースの底から漏れ出している。

 ただ、ポーションは補充できる。洗浄して入れ替えればそのまま使えそうだ。


      ◇      ◇


 修理が必要なものを一括(ひとくく)りに(まと)め、心の中で望ましい姿のイメージを固めていく。


(前はやりすぎちゃったから、今回は今朝と同じ状態に戻そう)


 原型を留めていないものもある。それでも、毎日のように手に取り、どこに小傷が付いたかまで覚えているほどだ。何も難しくはない。


「……じゃあやるわ。みんなは見ててもいいけど、内緒にしてね」


 左手に日記を、右手にセイントソードを持つ。


(日記に書き残したことすら忘れてしまうかもしれないけど、こうして持っていれば)


 セイントソードをかざして魔法を唱える。


【リーンカーネイト】


 一瞬だ。

 なんの予兆もなくどれも綺麗に直った。小傷や汚れ具合も今朝鎧を着けた時と同じだ。


「ほえ~っ」


「やっぱりこんなの鍛冶屋さんが失業しちゃうよ。修理がいらないもんね」


 心配するといけないので、記憶を失うことは誰にも話していない。知っているのはこの魔法の存在を教えてくれたジークムントだけだ。

 だから、みんなはこれを単なる便利な魔法としか考えていない。


「エリスの心配には及ばないわ。そうそう何度も使える魔法じゃないみたいだから」


「へぇ~、そうなんだ」


 ステラとエリスが感嘆する中、私は必死にどの記憶を失ったのか考えていた。

 日記を開いてパラパラとめくるも、まだ書き始めたばかりで内容が薄く、忘れている事柄はない。


(わからない。どうしよう……)


 昔の記憶はもともと曖昧なものだ。あれなんだっけということは珍しくもない。このようなことがなければ気にも留めていなかっただろう。


(……悩んでる場合じゃないわ。早くソフィアのところに戻らないと)


 ポーションケースの汚れを取り、中身を補充しながら話を続ける。


「この魔法には謎の部分が多いし、慎重に扱うつもり。みんなもそのつもりでね」


 ふたたび装備を身に着ける。機能的には完全な状態だ。修理した部分としなかった部分で泥汚れなどの違いによる違和感はある。

 最後に、日記に魔法を使ったことを書き残してバックパックにしまった。


「よし、これでまた戦えるわ」


      ◇      ◇


 分隊の荷馬車を離れてソフィアのところに戻ろうとすると、途中で衛兵に呼び止められる。


「ソフィア王太女殿下はただいま軍議中です」


「じゃあ、私たちは待ってればいいの?」


「いえ、戻られたら案内するように申し付かっております。ただ、先触れは必要ですので」


「面倒くさいのね」


 先触れの衛兵が走っていき、少し間をおいて私たちは天幕の中に案内された。

 ソフィアたちが折り畳み式のテーブルを囲んで地図を広げている。

 周辺に放った斥候からの情報を基に、敵性勢力の把握を行なっているようだ。


「ソフィア、戻ったわ」


「ミーナさん、いいところに。これを見てください」


 ソフィアが地図の一点を指し示す。

 それは、私たちがブルードラゴンと戦った場所から北東、ポロス侯爵領とキュプリアス公爵領の境にある峡谷だった。迷宮を示す記号が描かれている。


「こんなところにも迷宮があるのね」


 哨戒任務を遂行するため、私たちも周辺の地図を持っている。それには森の奥にある細かい小村や施設までは網羅されていなかった。


「私の記憶が確かなら、魔獣の出ない安全な迷宮です。倒れた森の木々などの痕跡を辿った結果、どうやらあのドラゴンはここからやってきたようなのです」


「なるほど、安全な迷宮ね……」


 完全記憶能力者のソフィアが言うのだから、疑いを挟む余地はないのだが……


「ソフィアから以前聞いたことだけど、迷宮には魔獣の出ない安全なものと、魔獣の出る危険なものがあるって言ってたわね」


「ええ、そのとおりです」


「その解釈は間違ってるわ……」


 私は見た。ラグナヴォロスの迷宮の最奥で、フラウが大水晶柱を操作するのを。


「……迷宮に区分けなんかなかったのよ」


「どういうことですか?」


「魔獣が出ないんじゃなくて、封印されてるだけ。私たちの知らない方法で再配置(リスポーン)が止められてるの」


「そうでしたか……」


 長年迷宮を調査していたソフィアのことだ。何か心当たりがあったのかもしれない。


「では、今はこの迷宮の封印が解かれていると?」


「可能性としてはあるわね。あんなデカい魔獣が出られるほど大きな出入口なのかは知らないけど」


 今までに見た迷宮の入口は、大きいものですら幅と高さが20メートルもあればいいところだ。そして各階を繋ぐ螺旋階段は5メートルほどしかなく、そこにある扉はもっと狭い。

 ドラゴンが通り抜けられるほどの余裕があるとは、とても思えない。


「国内にある大規模な迷宮は私自ら足を運んでいます。ですから、ここに来たことがないということは、そう大きくはないはずです。先ほど聞き取りをした地元の冒険者の証言とも合致します」


      ◇      ◇


 こうしてソフィアと話している間も、ひっきりなしに伝令がやってくる。

 その都度、地図上の敵性勢力の位置が更新される。

 そしてまた、今やってきた伝令が危急の知らせを持ってきた。


「キュプリアス公爵軍がカシューを出立! 明日にも交戦圏内に入ります!」


 トーラス卿がテーブルに拳を打ち付けていきり立つ。


「ついに来たか!」


「時は待ってくれませんね。簡潔に伝えましょう。従魔師(テイマー)を捜索したのですが、見つかりませんでした。ここに潜伏している可能性があります。ミーナさん、調べてきてくれますか?」


「調べるだけでいいの?」


「討伐したいところですが、ドラゴンを使役できるからには相当な手練れでしょう。できる限り戦闘は避けてください」


 私の問いに、ソフィアは葛藤混じりに答えた。


「わかったわ。ドラゴンがあの1体だけとは限らないし」


「もし迷宮から魔獣が溢れ出しそうな場合は、迷宮を破壊して封鎖しても構いません」


 話がひと区切りついたところで、フラウがソフィアに申し出る。


「ソフィアさん、私は前線に向かおうと思います」


「お願いします。敵の傭兵は訓練を受けているらしく、手ごわいそうです。対応に苦慮しているようですので加勢して頂ければ」


 天幕から出た私たちそれぞれに軍馬が用意されていた。水や食料が入った革袋も4つほどぶら下がっている。


「乗馬の訓練をしたのがさっそく役立ちそうね」


 先に騎乗したフラウが私たちに別れを告げる。


「では、私は前線に参ります。皆さんもご武運を」


「任せといて。迷宮は私が再封印するわ」


 ソフィアは破壊してもいいと言ったが、無力化できるに越したことはない。天幕を出るまでの間にフラウが手順を説明してくれた。


「迷宮の最奥にたどり着きさえすれば、あとは教えたとおりにするだけです。ミーナさんなら大丈夫ですよ」


 フラウはそう言い残して街道を東へ駆けていった。


      ◇      ◇


 残った分隊のメンバーは、ステラ、エリス、メーベル、従士が4名、そして私。それに伝令として工兵が2名加わる。


「では出発するわ。騎乗!」


 防寒と雨よけを兼ねた黒い外套を翻して騎乗し、北東の迷宮へ向かう。

 同士討ちを避けるため、従士の1人が黒鳳騎士団の旗槍(きそう)を掲げている。

 森はブルードラゴンがなぎ倒した木々で荒れている。


「確かに、これを辿っていけば迷わずに済みそうね」


 野獣も魔獣もいなくなり、森の中は静かなものだ。その日のうちに、目的の迷宮を望める崖の上に到着した。


「旗を下ろして」


 それほど深くない谷底に洞穴が見える。その傍に魔法陣が描かれているようだ。ゲラールで見たものよりも大きい。


「誰もいないわね」


「大きな魔法陣なのです」


 ステラが私の横に並んで同じように谷底を眺め、エリスが地図を広げている。


「ミーナちゃん。地形を地図と照らし合わせたけど、やっぱりあれが入口っぽいよ」


「あの魔法陣でドラゴンを召喚したのかしら」


「いえ、ドラゴンを召喚できるという話は聞いたことがございません」


 私の疑問にメーベルが答えた。


「おそらく転移陣(テレポーター)かと存じます。そもそも従魔師が召喚できるのは下級の魔獣だけでございます」


「でも、リカルドが遭遇したマーフとかいう奴はオーク=ジェネラルを召喚したらしいけど」


「おそらくレベルが相当高かったか、より上位のクラスだったのでございましょう」


 マーフは四天王の1人で、あのパメラやシグルドと並び立つほどだったのだから、その能力を一般的な常識では測れない。


「じゃあ、あれも高レベルの奴の仕業ってこともあるじゃない? ゲオルギウスだったかしら、最後の四天王があそこにいるのかも」


「そうでございますね……」


 誰もいないように見えるが、相手が従魔師ということもあり、野獣か魔獣に哨戒させている可能性がある。


「だいぶ離れてるから大丈夫だと思うけど、もうちょっと下がって隠れましょ」


 崖から少し離れて馬から降り、革袋から望遠鏡を取り出した。

 そして、地面を這って崖上から周辺の索敵を行なう。


「それらしい魔獣もいないし敵意も感じない……」


 見張りがいないのは不自然ではある。

 すると、来なくてもいいのについてきたエリスから声がかかる。


「もう引き払ったあとなのかも?」


「そうかもしれないわね。行ってみましょ。従士の皆さんはここで馬番をお願い」


 従士たちが頷く。


「工兵もここに。日が暮れてきたら夜営準備と交代でソフィアに状況報告を」


 工兵は積んできた魔道具を組み立てているようだ。金属の筒が幾つか並び、後部に付いている皿のようなものがクルクルと回りだした。


      ◇      ◇


 ステラとエリス、メーベルを連れてあの洞穴へ向かう。

 ブルードラゴンはこの崖を飛び越えたようだが、私たちには無理だ。

 それに、ここからだと降りる様子が向こうから丸見えだ。迂回してなだらかな場所から洞穴をめざす。

 雨が足音や鎧擦れの音をかき消してくれる。

 谷底の森を進み、やがて前方に高さ5メートルほどの洞穴が見えてきた。手前にある魔法陣は直径が30メートルくらいある。


「やはり見たことのないくらい大きな転移陣(テレポーター)だわ」


「ミーナちゃん、ちょっと待って。洞穴から誰か出てくるみたいだよ」


 出てきたのは若い男と老人の2人組。


(あれ? あの若い男、どこかで……)


 どこかで見たような気もするが、特に特徴らしいところもなく、思い出せない。

 若い男が口を開く。


「やはり応答がない。やりおったな。儂の渾身の作品を倒しよってからに」


 見た目よりも随分と年寄りくさい話し方だ。

 隣の老人は機嫌悪そうにしている。


(誰だろう。ここからじゃ≪鑑定≫できない)


「神人だった頃は数百もの魔獣を同時に従えられる力を誇っておったというのに、今の儂はアースドラゴン1体がせいぜいか」


「それも私が従魔師のクラスを与えてやったからだろう。昔のよしみで」


 若い男が自嘲気味に話すと、老人があざけるように言い放つ。

 それを聞いた若い男が声を荒げる。


「随分と上から目線だな。儂と同じ四天王であろう」


「マーフ。お前はもはや四天王ではない。神水晶柱を失ったのだからな」


 老人からそう言われ、マーフと呼ばれた若い男は反論することもできず、肩を落とす。


「くそ、転生が不完全だったせいで力の大半を失ってしまうとは」


 2人の会話の様子から、若い男が四天王のマーフで、老人が同じく四天王のゲオルギウスだと推察される。


(転生? 生まれ変わったってことよね。別人として)


 マーフは木っ端みじんになって死んだと聞いている。普通なら生き返らせるのは不可能だ。


「最後に『流転』の力が使えて良かったではないか。物だけでなく命まで転移させるなど、私にすらできないのだからな。本当に惜しい能力を失くしたものだ」


「たまたま森で捕まえた召喚士の男が使えて助かったわい。迷宮で魔獣をけしかけているのが発覚して、追放されたらしいが」


(思い出した! 探索者クランが発足したあの日、ギルドを追放された男だ!)


 ゲラールの迷宮に入るための審査で、素行が悪くて落とされた者がいた。


(あいつ、召喚士だったのか)


 私はクランホールから連れ出されるところしか見ていない。

 だが、冒険者ギルドを追放されるということは、3ギルドすべてから追放されるということだ。

 ましてや、魔獣をけしかけて他人を害そうとしたのが発覚したのであれば、町にいられなくなっても不思議ではない。


(あいつの体を乗っ取ったみたいだけど、そんなことが可能なの? まあ、できるから生きてるんだろうけど)


「ゲオルギウス。儂が召喚しておいたドラゴンはあれだけではなかったはずだ。もう残っていないのか?」


「あれだけだ。お前がやられてから暴れだしたのでな。処分した」


「ちっ……」


 マーフが舌打ちすると、ゲオルギウスが彼の肩を叩き、転移陣に足を踏み入れる。


「とにかく、ソフィアとジャスティスウォーリアーを始末することだ。この転移陣(テレポーター)は向こうで消滅させる。これより帰る場所はもうないと思え」


「わかっておる。邪魔者を排除して、あの(かた)にふたたび神水晶柱を戴くまでは、儂もこれ以上死ぬつもりはない。もう転生先もないしな」


 転移陣の中央に立ったゲオルギウスが魔石を床に転がすと、魔法陣が光りだして彼はいずこへと消え去った。

 程なくして、輝きの失せた転移陣が完全に消滅した。

 マーフが呟く。


「……最強のカードは切ってしまったが、このまま終わったりはせんぞ」


      ◇      ◇


(しまった。ゲオルギウスを取り逃がしてしまったわ)


 重要そうな会話を聞き取っているうちに、飛び出すタイミングを失ってしまった。

 後ろを振り返ると、ステラたちも木々に隠れて息を殺したままだ。


(あいつだけでも倒そう。取り巻きもいないし、今しかない)


 私はセイントボウを手に取り、手振りで突撃のカウントダウンを始める。

 そして、サッと手を前に振りきると同時に、ステラたちが駆け出した。


【サモンセイントアロー】


 私は矢を3本召喚し、【マジックミサイル】を込めて矢を放つ。


≪セイントシュート!≫

≪セイントシュート!≫

≪セイントシュート!≫


 ステラたちをかいくぐった矢がマーフに迫る。寸前で気づいたマーフが身を翻すも、矢がグイッと曲がって体に突き刺さる。


「ぐわぁっ!」


 続いてステラとエリスがマーフに剣を突き立てる。マーフは≪フォースフィールド≫を展開してそれを防いだ。


「儂をなめるな!」


 マーフが新たな魔法陣を設置して魔石を投げ入れ、そこから銀白色のチェインメイルを着けたオークが浮かび上がってくる。


「オーク=ジェネラル×2!」


 ステラとエリスが向き合って合図を交わし、二手に分かれてオーク=ジェネラルと戦い始める。

 その隙にマーフが洞穴の奥へと駆けていく。


「逃がすか!」


 私がふたたび放った3本の矢が、逃走するマーフの背中にトトトッと突き刺さる。だが、奴の体が白光に包まれ、ポロポロと矢が抜けていく。


「あいつ、回復魔法を使うわ!」


 味方にいれば心強いが、敵に回すと厄介なのが回復魔法使い(ヒーラー)だ。

 オーク=ジェネラルはステラとエリスに任せ、メーベルと私がマーフを追走することにした。

 それを見たマーフが走りながら新たな魔獣を召喚する。


「オーク=コマンダー×1、オーク=チャンピオン×2!」


 召喚魔獣のランクを下げたのは、狭い洞穴の中ではオーク=ジェネラルは大きすぎるからだろう。あのコマンダーでも持て余しそうだ。


「足止めのつもりかもしれないけど、そんなのじゃ無理ね!」


 私が【フロアライト】で照明を点けている間に、メーベルが【ウインドアロー】を放つ。

 3体のオークが武器を振り上げ襲いかかってくる。

 盾で守るまでもない。セイントソードを抜いて応戦する。


 ――ギィン!


 中央のオーク=コマンダーのグレートソードを弾き返した。


「はぁっ!」


 ――ザシュッ!


 セイントソードが足のチェインメイルを断ち切り、オーク=コマンダーが膝を折る。


「そこっ!」


 俯いた顔にすかさずヴァルキリーシールドを叩きつけ、転倒させてから首元に剣先を突き刺す。


「よしっ、次!」


 私がオーク=チャンピオンの片割れを倒す間に、メーベルが残りをポールハンマーで叩き潰していた。


「くそっ、上級のオークを易々と!」


 マーフは洞穴奥の扉の向こうからこちらの様子を窺っていたが、私たちが追ってくるのを見て逃げだす。

 私たちもマーフを追って扉を駆け抜ける。そこは見覚えのある石畳の螺旋階段だった。


「この先が迷宮か」


 マーフが左回りの螺旋階段を下りながら次々に魔獣を召喚する。

 だが、私たちを阻むことはできなかった。


      ◇      ◇


 そうこうしているうちにステラとエリスが私たちに追いつき、螺旋階段を抜けて迷宮の最初のフロアに踏み込んだ。

 10メートル四方の石壁に囲まれた、見慣れた風景だ。


「これならどうだ!」


 マーフが次の魔獣を召喚する。


「トロール×2!」


 トロールは身の丈8メートルほどの巨人。皮膚は灰緑色で、防具は腰蓑しか着けていない。石の棍棒を握っている。

 私たちがトロールに接敵する頃には、別の魔獣も現われていた。


「サイクロプス×1!」


 サイクロプスはトロールと同じくらいの大きさの単眼の巨人。皮膚は暗めの青銅色で、武器はトロールと同じく石の棍棒。


「次から次へと際限なく出してくるわね。あれで力が落ちてるというんだから、元はどれほどだったのかって感じよね」


 奴が並外れた力の持ち主であることは間違いない。

 優秀な召喚士や従魔師でもこれほどの数は召喚できない。普通は1体、多くてもせいぜい3体がいいところだ。

 こんな数の従魔が使えるのなら、彼らはどのパーティからも引っ張りだこのはずだ。実際は不人気職で、パーティからあぶれる者も多いと聞く。


【エクスプロージョン!】


 メーベルが接敵前にサイクロプスを爆散させた。爆発音と共に石の棍棒が石床を転がる音が響く。


≪トリプルアタック!≫


 右手にファイアーソード、左手にアイスソードを握ったエリスが交互に剣を突き出し、トロールの膝を割る。倒れてくるトロールを避け、胸に一突き。

 もう片方のトロールはステラが≪チャージランス≫で胴を貫いて即死させた。


「鎧がない奴は楽ね」


 どちらも凶悪な棍棒を振り回してくる強敵だ。だがやはり、鎧があるかどうかで攻略難度は大きく変わる。

 ただし、それは1体2体の話だ。


「ちょっと、これは……」


 トロールは比較的召喚しやすいのか、真っすぐの通路に行列を成すように、大量のトロールとサイクロプスがやってくる。


「このままではマーフに逃げられてしまう。こいつらは無視して向こう側へ抜けましょ。メーベルに殿(しんがり)をお願いするわ。【ストーンウォール】で足止めして」


「かしこまりました」


 壁際を≪ダッシュ≫で駆け抜けて巨人の列をやりすごし、最後尾のメーベルが【ストーンウォール】を唱えて通路を塞ぐ。

 巨人たちが追ってこようとするものの、腰の高さまで積みあがった石粒の壁がそれを阻む。

 オークなら横をすり抜けられたのかもしれないが、トロールの巨体ではそれも叶わない。


「とにかく通路は一本道じゃないから見失わないようにしないと」


 ここは初めての迷宮だからマップがなく、マッピングしている余裕もない。


「それに、このままだと帰れなくなるわ。メーベル、奴らを振り切ったら【ライトマーカー】をお願い」


「それがよろしゅうございますね」


 【ライトマーカー】は私も使えるのだが、この魔法は唱え続けることで光の線を引いていく魔法なので前衛には向いていない。

 マーフが地下2階への螺旋階段に飛び込んだ。

 ソフィアから聞かされた事前情報どおり、迷宮内に魔獣はいないようだ。いるのは奴が召喚した魔獣だけ。


(でもまだ安心できない。敵意探知も怠らないようにしないと)


      ◇      ◇


 マーフを追って螺旋階段を駆けおりる。

 待ち構えていたのはコボルド。ゲラールの迷宮にいた奴らよりも小さく、私と同じくらいの体格だ。

 ステラとエリスに続き、最後に螺旋階段に入ったメーベルが扉を閉めた。


「よし、これで体の大きなトロールはもう追ってこれないわ」


「ギャウン!」


 先頭のコボルドが階段を駆け上がりながら短剣を突き出してくる。それを無視して体当たりでドンッと突き飛ばす。


「キャイン!」


 コボルドが転倒し、後続を巻き込んで階段を転げ落ちていく。勾配は緩やかなのでそれで死ぬほどではない。


「体格が互角だとこういう戦い方ができるから、フルプレートは助かる」


 さらに、足元の仲間が邪魔になって後続のコボルドはこちらにダガーを届かせられないでいる。逆にこちらの剣は丁度良い間合いになった。


「私はどんどん進むから、転倒した奴の始末は任せたわ!」


 足元のコボルドを踏み越えて、その向こうで空振りしているコボルドを剣先で突くと、革鎧を突き破って急所の胸元に刺さった。

 絶命したコボルドを剣で振り払い、盾を構えて前進する。


「よし! あとはこれを繰り返すだけね!」


 地下2階に入っても状況は変わらなかった。

 マーフが多種多様な魔獣を差し向けながら逃げ、私たちがそれを倒しながら追いかける。


(コボルド辺りから急激に弱くなったわ。召喚に必要な魔石か精神力が尽きたのかしら)


 一時は視界から消えそうなくらい離されたが、地下3階、地下4階へとおりていくうちに、だんだんとマーフとの距離が縮まっていく。

 迷宮が閉鎖空間である以上、いつかは果てが訪れる。


「ついに追いつめたわ!」


 ここは地下4階の階層主の広間。

 どこにも次のフロアへの扉や階段が見当たらない。完全に行き止まりだ。


「どうやらこれで終わりのようね!」


 マーフがこちらを向いてニタリと(わら)う。


「終わりは貴様らの方だ!」


 奴がいつの間にか持っていた大水晶を掲げると、石床が青く光り、身の丈3メートルほどの鎧の戦士が次々に現われる。

 見たことのない魔獣だ。


「召喚……いや、これは迷宮の魔獣だわ! 防御陣形!」


 ステラたちが私の後ろに並び、私は≪フォースフィールド≫を展開する。

 鎧は銀白色の金属製で、デュラハンにパッと見は似ている。

 だが、頭部があり中身も空洞ではない。その代わり手首がなく武器を握っていない。尖った腕先自体が武器になっているようだ。


「これは、ゴーレム?」


 十数体のゴーレムがマーフの周囲を固める。


「この迷宮の主、ミスリルゴーレムだ! 生きては返さ……」


 マーフが言い切る前に、私が初見殺しの魔法を放つ。


【ライトニングボルト!】


 ≪フォースフィールド≫を貫通したセイントソードから、眩い閃光と耳をつんざく轟音と共に稲妻のような雷光が放出される。

 雷光は蛇のようにうねりながら十数体のミスリルゴーレムを駆け巡り、全身に火花放電を走らせる。

 まるで光の縄で縛られたようだ。

 ミスリルゴーレムはビクビクと体を震わせていたが、程なくして煙を吹いて動かなくなり、石床に倒れた。


「とっておきの切り札だったのかもしれないけど、間合いが近すぎたわね!」


 煙が晴れたあとには、口をあけて茫然(ぼうぜん)とするマーフが突っ立っているだけだった。


「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なあぁっ!」


 マーフは口をパクパクさせて尚も呟きつづける。


「剣も魔法も弾き返す耐魔装甲のゴーレムだぞ! それを一撃で……」


 ミスリルゴーレムはどれも黒焦げになっている。

 耐魔装甲かなんだか知らないが、やはりこの魔法は金属には滅法強い。


「もう観念したら? ゲオルギウスはどこ? 行き先を知ってるんでしょ」


 すると、マーフが突然体を震わせ始めた。


「アワ、アワアワアワ……」


 マーフの姿が陽炎のように歪み、どこからともなくあの老人の声が響いてくる。


 ――マーフよ、アクウ空間に引きずり込むのだ――


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