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白騎士と古代迷宮の冒険者  作者: ハニワ
第9章 内戦
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第07話 マリスの商館

#マリスの商館


 奴らを追おうとする私にマルティナが確認してくる。


「レミー、ペットを呼び直していいか?」


 マルティナの鼠さんはハンナの傍にいる。【サモンアニマル】で召喚できる動物は1匹だけなので、奴らの尾行のために使うとなれば、あちらを消すしかない。


「ダメだって。ハンナさんにつけといてよ」


「しかたないな。その代わり見失うなよ。変な仕草をしてないかもだぞ」


 マルティナは召喚中の鼠さんに意識の半分を割いているので、移動中は周りがよく見えていない。体を動かさず、じっと椅子に座るなどしていれば支障はないそうだが。


「わかってるって」


 そう自信満々に答えたものの、通りは市場へ向かう買い出し客でなかなかの賑わいを見せており、中には袋や樽を背負っている者もいる。人ごみの隙間から途切れがちに見える奴らを追うのは簡単ではない。

 幸い、奴らの人数が増えたおかげで、見失うことなく町の中心街を抜けられた。


      ◇      ◇


 たどり着いたのは、白いモルタルの塗られた商館が建ち並ぶ地区。どの商館もエントランスが歩道より高く、胸の高さまで(かさ)上げされている。馬車を横付けすればシームレスに出入りできるので、領主や貴族の屋敷によく見られる形式だ。


(いかにも貴族や金持ちが立ち寄りそうなところだね)


 奴らはそのとある商館のエントランスに向かう階段を上り、正面入口にいる警備員と短いやりとりをしてから、中に入っていく。

 裏口を探したかったのだが、両脇にある路地にも警備員がいるので見に行けそうにない。


「なんだろう、やけに警備が厳重だよね」


 入口の警備員は商店のドアマンというより門番に近い。誰も自由に出入りさせないように立っているように見える。


「レミーなら屋上を伝ってなんとかできないか?」


 あの商館は3階建てで、通常であれば各階のベランダやバルコニーが足場になりそうなものだが、それらがどこにも見当たらない。壁一面に隙間なくモルタルを塗られているので、レンガに指をかけてよじ登ることもできない。


「直接は無理そうだけど、周りからなら……」


 ここからの見張りはマルティナに任せ、私は少し離れた別の通りからあの商館の裏手に回ることにした。


      ◇      ◇


(この辺りでいいか)


 人気のない路地裏から高さの低い民家の屋上に飛び乗り、屋上伝いで駆けていく。

 装備を絞っているとはいえ、防具を身に着けたことで足への負担が大きい。


(あそこだな……)


 別の建物の屋上に身を隠し、問題の商館の裏側を視認する。

 商館には裏口が1つだけあり、中年男が木箱に腰をかけてパイプを吹かしている。

 周辺は納屋や厩のある裏庭で、隣の路地裏は人が通れないほど狭いか高い塀で隔絶されている。

 商館の中にいる誰かがあの裏口から出たとしても、どこかへ行くためには表通りに出なければならない。そして、そこには先ほども見かけた警備員がいる。誰にも見つからずにこっそり抜け出すのは不可能だ。


(まるで監獄みたい。私ならなんとか飛び越えて逃げられそうだけど)


 ただし、警備員は数えられる程度しかおらず、本物の監獄ほど厳重ではない。


(あとは馬車か……)


 裏庭に黒塗りの馬車が1台あったが、私の目当ての馬車ではない。

 複数台の荷馬車も並んでいるが、馬が繋がれているのは少ない。厩があるので、残りはそこにいるのだろう。

 一般的な幌付き荷馬車もあるが、鉄格子の檻で覆われた囚人護送用の荷馬車が目を引く。

 マルティナのところに戻って報告すると、彼女が感想を漏らす。


「カジノか奴隷商館ってとこだな、きっと」


「もしくはその両方かな」


 カジノは奴隷商館と親和性がある。負け越した客が娘を借金奴隷に差し出し、勝ち越した客がそれを買うこともあるからだ。

 車道を馬車が行き交い、歩道には通行人もいる。


「あの商館がなんなのか、誰かに訪ねるのはできないことはないが……」


 その中に、奴らやあの商店の関係者が紛れている可能性がある。探っているのを気づかれるのはマズい。


「聞くのは止めておいたほうが良さそうだね」


「ただ通りに立っているだけなら目立たないし、隠れる必要もなさそうだな。通りの向こう側へ行こう」


 私たちは通りを渡り、反対側の歩道で奴らが出てくるのを待つことにした。


「裏手にあったという馬車が気になる。あれでどこかへ行かれたら厄介だぞ」


「だよね。私たちも馬を手配する?」


「そんな簡単に馬が手に入ったら苦労せんよ。レミー、あたいは冒険者ギルドで少し聞き込みしてくる。しっかり見張っててくれよ」


 マルティナが来た道を戻っていく。

 私は壁に寄りかかり、奴らが入っていった商館を眺める。


(やっぱり警備員が鬱陶しいなあ。あれじゃ客も寄り付かないんじゃ……)


 それに、看板が上がっておらず、ガラスの窓や扉も少ない。一見さんお断りの雰囲気だ。

 隣の商館はそのようなことはなく、ショーウインドウのように大きな窓ガラスのおかげで外からでも中の様子がわかる。警備員がいるものの、笑顔で客を出迎えて中に通している。


      ◇      ◇


 朝の時間帯なのが幸いして、私のように通りに立つ人はそれなりにいる。独りで突っ立っていても不審に思われることはなく、声もかからない。


 ――ゴォーン、ゴォーン……


 朝2番目の鐘が鳴りはじめた。駅馬車の乗車時刻だ。カシュー行きはもう延期するしかない。

 その鐘が鳴り終わった頃にマルティナが帰ってきた。駆けてきたのか、若干息を切らせ気味だ。


「待たせたな、ほれ、差し入れだ」


 彼女が屋台で買ってきたワッフルを受け取る。まだ暖かい。


「まだ動きはないよ」


「そうか。まず、あの4人の素性からだ。カシュー騎士団の名簿に名前が残っていた。冒険者ギルドとの間に問題を起こしてレッドになっている」


「騎士ならレッドでも騎士団にいられるけど、世間体は良くないからギルドでの照会を拒否したんだね」


「貴族のようだが、家名は無かった。おそらくそれで実家から追放されたんだろう」


 3ギルドは城塞都市の治政の監視役でもある。どの町の支配階層にも奴らのような素行の悪い者はいるもので、しばしばレッドになる者が出る。それだけで善悪の判断はできないと言えども、世間体や商売上の理由でその者を追放し、家から遠ざける貴族もいる。


「ここからが本題だ。あの商館だが、どうやら『もぐり』の仕事斡旋所のようだぞ。カシューの領主の縁者が経営してるらしい」


 もぐりとは商業ギルドに属さず独自の商いをしている店のことだ。


「斡旋って、傭兵とか?」


 傭兵風の奴らが入っていったくらいだ。斡旋されるのは手荒な仕事だろう。


「傭兵だけとは限らんが、ステータスカードを持たない人向けの仕事を斡旋してくれるらしい」


 ステータスカードを市民全員が持っているわけではない。創造神神殿に行かなかったり、行ってもクラスを授からない者もいる。

 だから、それが無いからといって仕事ができないわけではないのだが……

 商業ギルドは商売人が加盟する最大手の組織で、世界規模の寡占状態にある。そこではあらゆる手続きにステータスカードを使うのだ。

 だから、それを持つ者に比べ、持たない者の商売や就業は難しい。


「『もぐり』じゃなくても仕事斡旋所はあるよね。商業ギルドも禁止してないし」


「だがどうやら、そうではないらしい。レッド相手の商売だ」


「ああ、なるほどぉ」


 レッドになった者も生きていくために仕事がいる。たとえ労働条件が悪くても、落ちぶれて街道の盗賊になる前にそのような組織を頼ろうとする者は多い。

 商業ギルドの下部組織で犯罪奴隷を扱う奴隷組合も似た側面があり、奴隷志望の者は犯罪歴を問わず受け入れている。


「どうやら、もっと大規模で闇ギルドのような組織が領都キュプリアスにできたようなのだ」


「それって四天王が関わってるんじゃ」


「あたいたちに話が回ってないから、まだそこまで確信を持ててないんだろう。王都にある王国支部本部にも、注意喚起の報告はしたそうだ」


 今までも3ギルドに取って代わろうとする団体や組織が現われることはあった。だが、3ギルドが徹底的に弾圧して潰したり、傘下に加えたりしている。


「ただ、領都キュプリアスへ調査に向かわせたAランク冒険者が帰らず、別の冒険者が彼らの救助と調査の引き継ぎに向かったらしい」


「Aランクといっても、ただの人間だからねえ……」


 人知を超えた存在に立ち向かうには勇者や英雄のような力が必要で、そのための特別なランクが存在する。SランクとSSランクだ。


「……ってことは、救援に向かったのはSランクかな。今のフレイン王国にそんな冒険者いなかったような」


「そこまでは教えてもらえなかった。Cランク冒険者として聞いただけだからな」


      ◇      ◇


 それから、マルティナと2人で張り込みを続けるものの、奴らはなかなか出てこなかった。


「マルティナ、私がちょっと中を見てくるよ」


「準備もなしに大丈夫か?」


「ステータスカードをレッドにしとくね。色だけ」


「あそこがアジトの可能性もある。気をつけろよ」


 マルティナと別れ、通りを渡ってエントランスにいる警備員に声をかける。


「ねえ、レッドでも仕事を世話してくれるって聞いて、やってきたんだけど」


「へぇ……」


 警備員が上から下まで舐めるように私の容姿を見る。腰に提げた剣に目が行くものの、咎める様子はない。


「おあつらえ向きの仕事があるぜ。元冒険者ってとこか?」


「うん、まあ」


「中に入りな。冒険者ギルドとそう変わんねえから迷うこたぁねえだろう」


 扉をあけて中に入る。奥にカウンターがあって、壁には依頼書のような紙が貼りつけられた掲示板がある。


(確かにギルドホールと似てる感じかな)


 だが、間取りこそ似ているものの、雰囲気はまったく異なる。

 フロアにいる大半がむさ苦しい中年男で、雄のすえた臭いが鼻につく。

 建物の内装自体は高級感があるので、以前は品の良い客を相手に商売をしていたのかもしれない。

 その野獣の中に、肌も露わな薄着の美女が混じっている。一見して娼婦のように見えるものの、周りに媚びるでもなく、勝手に体を触られても嫌がる様子を見せない。

 まるで奴隷のようだが、それでいて首輪をしていないし身に着けたアクセサリーは高級そうだ。

 その薄着のせいか、暖房が強めになっている。


「じゃあ、まずは1ヵ月、よろしくな」


「悪いようにはしねえからよ」


「むしろ気持ちいいくらいだぜ、ぐへへ」


 男たちに声をかけられた女性が無言で頷く。


(ははぁ~ん、ここってそういう感じ的な?)


 愛人契約というやつだ。金のために露出度の高い服装に目を瞑って、裕福に暮らしているのかもしれない。

 だが、どうも違和感がある。まだ来たばかりだ。判断材料が少ない。


      ◇      ◇


(立ち止まっていても注意を引くし、良くないかな)


 無関心を装って通り過ぎ、カウンターに向かう。

 受付嬢ならぬ受付男がいる。一応、先ほどの男どもよりは紳士風に見える。


「あのぅ、ここで仕事を世話してくれるって聞いたんだけど」


「ええ、性別素性を問わず、どなたにもお仕事を斡旋しております」


「それってあんな感じな?」


 チラッと先ほどの女性に視線を送る。


「確かにそのような依頼もありますが、それだけではないですよ」


「元冒険者なんだけど、それ系の仕事もあるかな?」


「なら、すぐに慣れますよ。掲示板に依頼書があるので、御覧になってください」


 彼が促した掲示板のある壁際に行ってみると、そこには確かに冒険者ギルドのような依頼書が並んでいる。

 仕事の内容はクラスを持たなくてもできるもので、他の斡旋所と同じだ。具体的には『傭兵』や『鉱山労働』といった肉体労働で、魔獣と戦う類のものはない。

 その代わり、『接待』や『慰安』など女性向けのいかがわしいものもある。

 どの依頼もレッドの足元を見るようなものばかりだが、世の中にはこういった仕事も必要とされている。


(物騒な依頼は見当たらないけど……)


 冒険者ギルドが闇ギルドとして警戒するのは、『誘拐』や『暗殺』といった殺人を伴う恐れのある仕事を斡旋する犯罪組織だ。


(……まあ、こんな表立った場所には出さないんだろうけどさ)


 広間から出て1階を散策し、外から視認した裏口を探すも見当たらない。

 通路の奥に鉄格子の扉があるのを見つけた。牢屋番の男がデスクに座っている。向こう側に地下への階段があるようだ。


「お兄さん、この先は?」


 私がさりげなく尋ねると、牢屋番がぶっきらぼうな返事を寄こす。


「ああん? 新入りか。早く帰んな。でなきゃ……」


 その時、近くの扉が唐突に開いた。

 中から大勢の女性が次々に現れる。最初に見た女性のように表情に乏しく、お互いに会話する様子もない。

 最後に出てきた男が扉を閉めると、牢屋番がその男に話しかける。


「結構早かったな」


「何人か手間取ってるがな。別の奴が残りを連れてくる」


「最後はこれだな」


 牢屋番が首を掻っ切る仕草をするが、私に気づいて手を引っ込める。

 そして牢屋番が鉄格子の扉をあけると、男は女性たちを連れてそれをくぐり抜け、階段を下りていった。


「奴隷商もやってるんだね」


「珍しくもねえだろ。だが奴隷じゃねえからな。首輪もしてなかっただろ」


「でもなんか様子がおかしかったし……」


「女どもは好きでああしてるんだ。聞いてみてもいいが、そう答えるはずだぜ」


 牢屋番はやけに自信ありげだ。その割にここは牢屋のように鉄格子で塞がれているが……


「さあ、ここは放っておいてくれ。つまらんことに首を突っ込むと火傷じゃすまねえぞ」


 これ以上は怪しまれそうだ。踵を返して通路を戻ることにした。


      ◇      ◇


 入口の広間に戻ってくると、最初にカウンターで話した男が声をかけてくる。


「どう、何かやってみる気になりましたか?」


「そうだねえ、やっぱり『傭兵』かな」


「剣を持ってますしね。クラスは?」


「軽戦士だったけど、レッドになっちゃって」


 赤くなったステータスカードを見せる。


「なるほど……」


 男は思案顔になるが、私にはカモが釣れたと喜んでいるように思えた。


「……いいタイミングで来ましたね。実は、近々大規模な戦いがあるとの情報を得まして。至急傭兵を集めることにしたんですよ」


 人間同士の戦争の少ない近年、どの城塞都市も常備軍は最低限の数しか保有していない。その構成員たる騎士や衛兵ですら、別の仕事と兼業しているくらいだ。

 そこで、戦争となれば騎士団や冒険者ギルドで傭兵が募られることになる。

 だが、そう簡単に百人千人単位の数が集まるものではない。もし、纏まった数の傭兵を集めて高く売り込むことができれば、莫大な利益になる。


「キュプリアス公爵がきな臭いという噂だけど」


「それですよ、それ」


「レッドの私にも傭兵のクチがあるかなと、領都に向かってるとこだったんだよね」


「そうですか。じゃあ公爵軍に加わるつもりで?」


「高く買ってくれればね。掲示板にはその依頼書はなかったようだけど?」


「実は今日、幹部の方がいらしてまして、さっき決まったばかりなんですよ」


「ふ~ん」


 急に決まったにしては手馴れた感じで、スムーズな受け答えだ。

 男はいよいよ本題とばかりに、ひそひそ声で誘ってくる。


「……クラスが無いと不便じゃないですか?」


「そりゃそうだよ。スキルも使えないし、筋力も落ちちゃったもん」


 実際はまったくそんなことはない。絶好調である。

 男はさらに声を絞って、私の耳元で囁く。


「……もし、クラスを取り戻せるとしたらどうですか?」


「そんなことできるの?」


 私が驚いたふりをして尋ねると、男はしたり顔で頷く。


「静かに。ここだけの話、どなたにもクラスを授けてくださる方がおりまして。そのお弟子さんがいらしてるんです」


「でも、お高いんでしょ?」


「お金は取りません。ただし、秘密保持のため町の外にある傭兵の拠点に来てもらいます」


「じゃあ王都やカシューとか、他所の町からも?」


「ええ。すでにかなりの数が揃っているみたいですよ」


 そこが奴らのアジトだという確証はまだ持てない。

 だが、そこそこの規模の拠点であるのは間違いなさそうだ。


      ◇      ◇


「ちょうど『前の組』が空いたようです。集団面談しますのでついてきてください」


 どうやら広間にいる者には既に声をかけていたらしく、男がカウンターから出て、傭兵希望者を集めだす。

 広間の連中は、仲間同士と思われるいくつかのグループに分かれているようだ。愛人契約をしたと思われる美女に卑猥な言葉をかけていた、あの男たちもいる。

 程なくして、私は他のグループにも同じような美女が寄り添っていることに気づいた。


(なるほど、町から出てどこかに閉じこもるとなると、女に困りそうだしね)


 戦争の傭兵は死亡率の高い仕事だ。いくらクラスを取り戻せそうだからといって、簡単に受けるはずがない。

 もしかすると、この商館が勧誘のつもりであの美女を当てがったのかもしれない。


(でも、彼女たちが嫌な顔もせず、大人しくしている理由がわからないな。あの連中と町を出て、その拠点とやらで一緒に暮らすかもしれないというのに)


 最初に見た時は短期の愛人契約か何かだと思った。だが、町を出るとなれば話は別だ。一般人は城塞都市の中で暮らし、城門をくぐりすらしない。娼婦ですらそんな危険は犯さない。

 そうこうしているうちにも全員が案内された部屋に入っていき、それに紛れて私も中に足を踏み入れた。


(奴らがいる)


 大部屋の奥にあるデスクにあの4人組が座り、こちらを眺めている。

 案内の男が説明を始める。


「こちらが、クラスを授けてくださるステマノスさまとコリフォグラムさまです。2列に並んで、順番に希望するクラスを伝えてください。クラスを持っている人やレッドの人はステータスカードを提示してください」


 近くの荒くれ者が尋ねる。


「そう聞いちゃいるが、クラスはなんでもいいのか? 俺、聖騎士になっちゃうぞ~」


 どう見ても聖騎士というガラではない。周囲の連中から笑いが起こる。


「元のクラスが無難だと思いますが、もちろんなんでも構いませんよ」


 そう答えた男が意味深げにニヤリと笑みを浮かべる。


「……もっとも、違うクラスになる場合もありますので、その辺りはご了承ください」


「ま、そんなこったと思ったぜ。だがまあ、ステータスカードが使えるようになったら助かるぜ。預金も凍結されてるしな」


 こうして、私も列の中ほどに並び、順番を待つことにした。


      ◇      ◇


「はい、次のかた」


 順番が回ってきた。私を担当するのはコリフォグラムだ。

 赤いステータスカードを見せ、軽戦士であったことを伝えると、奴が紫色の魔石の嵌った小さなワンドを取り出した。


「それを使えばクラスを取り戻せるの?」


 コリフォグラムは返事の代わりに顎をしゃくり上げ、少し離れた隣にいるステマノスの方を見るように促す。

 私と同様に順番が回ってきた男がレッドカードを見せ、『騎士』のクラスを希望している。

 ステマノスがワンドを振ると、ステータスカードが真白色になり、ステータスの表示もできるようになっていた。表示されたクラスが希望通り『騎士』になっている。


「やったぜ!」


 男は一瞬笑顔を見せたが、すぐに不平を漏らす。


「なんだ、レベルが1しかねえじゃんか」


 レベル1などステータス的には一般人に毛が生えたくらいでしかない。男の元のレベルは知らないが、騎士というからにはレベル15になっていると期待したのだろう。

 従士として騎士団に入ったとしても、レベル15に到達するには十数年もかかる。だからこそ、戦士のクラスのまま騎士に叙勲され、戦士騎士などと呼ばれたりするのだ。


「一時的なものですので安心してください。拠点で説明があるはずです」


 2人がやりとりしている間に、私は密かに自分のステータスを偽造してレベルを下げ、コリフォグラムにステータスカードを持った左手を差し出す。

 そして奴がワンドを振るのに合わせて私が色を白に変える。


「うまくいったみたい。ありがとう」


 誰も気づかなかったようだ。そそくさと後ろへ下がる。

 列は次々に消化され、やがて全員がクラスを得ることができた。


「それではこれで終了します。裏庭に馬車がありますので、さっそく移送に入りましょう」


 すると、各グループにいた美女が男たちから離れ、別の出口に向かう。


「おいおい、どこへ行くんだ?」


 男たちが騒ぎだす。


「彼女たちはまた別行動になります」


「俺たちゃ金払ってんだぜ? やけに安いからおかしいと思っちゃいたが、美人局かよ」


 案内の男は、やれやれ、といった様子でコリフォグラムたちに向き直る。


「先生、お願いします」


 コリフォグラムとステマノスがワンドを振る。

 すると、不平を漏らしていた男たちが急に黙りこみ、大人しくなった。傍目(はため)にも目が虚ろで感情が失われているのがわかる。


(なになに? 私の≪魅了≫みたいなスキルかな。やけに強力だけど)


 それに、奴らは相手の目どころか顔も向けていない。それにもかかわらず、これだけ多くの者が一斉に無力化されている。

 だが、私と同じようにかからなかった者もいるようだ。


「おい、みんな、どうしたんだ?」


 周りをキョロキョロしながら若い男が狼狽(うろた)えている。

 その間に彼が手を掴んで離さない娘だけを残して、美女軍団は退場してしまった。


「あなたには特別に説明しますよ。さあ、案内して差し上げて」


 1人だけ残った目の虚ろなその女性が、男を連れて出ていく。


(なるほど、あのときのアレはコレか)


 牢屋番の男が喉を掻っ切る仕草をしていたのを思い出した。となれば、彼の命運はここで尽きるのかもしれない。


「困ったことに、彼のように術にかからない人もいるんですよねぇ。さて、それでは皆さん、大人しくついてきてくださいねぇ」


 案内の男が邪悪な笑みを浮かべて先導し、私たちはまた別の出口に向かう。私も魅了にかかった振りをしてついていくことにした。


      ◇      ◇


 途中の通路を進む間に、マルティナへは亜空間通信で状況を報告しておく。


 ――……というわけなんだよ――


 ――こっちも動きがあったぞ。ハンナが移送される――


 ――王都に?――


 ――それが聞いて驚け。ここに向かってる――


 ――なんだって⁉――


 ――その拠点とやらに、一緒につれていくみたいだな――


 ――じゃあ私はこのままついてくから、宿の荷物は頼んだよ――


 ――ラジャー――


 報告が終わり、裏口を出る。


「おでかけですかな?」


 パイプを吹かした中年男から声がかかり、私の手を握ってくる。


「ステータスカードを出して」


 犬にお手と言われたが如く、なぜか条件反射でステータスカードを表示してしまう。中年男が同じ大きさの透明な膜を取り出し、それに被せた。


「安全祈願のおまじないだよ」


 中年男はそう言い残して裏口の中へ消えた。

 案内の男たちが怪訝な顔を見せる。


「あんな奴、ここにいましたか?」


「さあ。使用人どもの顔など全員覚えてないしな」


「それもそうですね」


 偵察の時には空だった檻の荷馬車に馬が繋がれている。ならず者たちが不平を漏らすこともなく、黙々とそれに乗り込んでいく。

 1台ある紋章のない黒い馬車も、客車の扉を閉めて出発するのを待っている。先に裏口を出たはずのあの4人組の姿が見えないので、あれに乗っているはずだ。


 ――ガラガラガラ……


 裏庭の向こうから石畳に沿って、幌付きの荷馬車がやってきた。おそらくあれがマルティナの言っていた移送の馬車だ。


(ハンナさん……)


 荷馬車とすれ違う微かな間に、10人くらいの女性に紛れて彼女が無事でいる様子を確認することができた。

 私も手近な檻の荷室に潜り込む。


(うわぁ、この男たちの臭い…… でも我慢するしかないか……)


 あれほど女に飢えていた男たちが、肩が触れ合うくらい近くの私に目もくれない。

 これが『傀儡』になるということなのかもしれない。もう奴らの姿が見えないのに、すごい効き目だ。私の≪魅了≫では、これほど強く長時間維持することはできない。


(私が魅了にかからなかったのは、ステータスカードが改変されなかったせい?)


 他の者と私の違いから察するに、わざと赤く偽装したのが役に立ったのだろう。

 頭上を見上げると、青い小鳥が曇り空を旋回している。


(あれは小鳥さんだな。マルティナが見てくれているから大丈夫だよ、きっと)


      ◇      ◇


 いよいよ各馬車が動き出した。どの荷馬車も多くの人が乗っているので、歩く馬に曳かれてゆっくり進む。

 黒い馬車が先導し、幌付き荷馬車が続く。そして私たちの檻の荷馬車が列になって表通りの車道に出る。

 私たちが檻に入れられている様子は外から丸見えだ。 歩道の歩行者の視線を浴びて恥ずかしいのをじっと我慢する。

 やがて一行は、東の城門を素通り同然の簡単なチェックでくぐり抜ける。

 前を行く荷馬車で不安そうにしている女性たちが助けを求めそうだったが、無駄だと知っているのか声をあげなかった。


(なぜあの女性たちは『傀儡』にしなかったのかな)


 やはり、傀儡にできる者とそうでない者がいるのだ。その辺りに何か攻略のヒントがありそうではある。

 マリスからカシューへ向かう東マリス街道を進む。

 途中で南へ向かう支道に逸れた。

 向かう先に暗い森が見える。


(この速度なら、徒歩のマルティナでもついて来れると思うけど……)


 その後の連絡によれば、結局、衣装ケースはそのまま宿に預かってもらったそうだ。


(でも、飲料水の入った樽は処分されちゃったな。まあ、仕方ないか。ああ、ちょっと持ってくれば良かった。喉が渇いたなあ……)


 腰に提げていた水筒の水は、もう飲み尽くしてしまった。普段はバックパックなどの荷物を極力持たないようにしていたのが(あだ)となった。

 マルティナの方は十分すぎるほどの食料があるはずなので、数日間の追跡にも耐えるだろう。

 まだまだどこかに到着する様子はない。

 空はますます暗雲が立ち込めて暗くなり、今にも雨が降りそうな気配を漂わせていた。


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