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白騎士と古代迷宮の冒険者  作者: ハニワ
第9章 内戦
122/133

第05話 王軍の出陣

#王軍の出陣


 いま控室にいるメンバーはステラ、ガイ、メーベル、そして私の4名だ。

 このあとは王宮騎士団本部でブリーフィングになるとのことだ。待っている間、先に夜食をいただくことになった。

 とはいえ、寝る前にたらふく食べたばかり。昼夜逆転になってしまうが、ケーキと紅茶を軽くいただく程度にしてもらう。

 その食事を終えても迎えが来ない。


「なかなか出られないわね。今日もまたさっきの部屋で寝ることになりそうだわ。ガイの部屋も頼んでおかないと」


「ああ、それなら大丈夫だ。もうとっくに俺の部屋は用意してもらってる」


「『とっくに』というニュアンスが気になるけど、まあいいわ。王都に友人がいるくらいだし。どうせ女なんでしょ? その友人も」


「ははは……」


 ガイがお茶を濁すように笑う。ゲラールでも女性と暮らしてるそうだし、好青年に見えて意外と漁色家なのかもしれない。

 ようやく迎えの黒鳳騎士がやってきたのは、外の時計台の針が夜の12時を指す頃だった。


      ◇      ◇


 案内されるままに建物から出て、中庭の通路を進む。

 騎士の持つランタンが足元を照らしている。王宮内は各所に照明の魔道具もあり、明かりに困る恐れはない。クーデター騒ぎがあったせいか、臨時のかがり火なども焚かれている。

 だが、何処もかしこもとはいかない。ここは中庭の奥まで光が届かず、かろうじて水の止まった噴水が見える程度だ。王城やさらに王都全体を見渡せば幾らでも見つかるだろう。

 王宮の外周を巡る建物の内側には多くの中庭と無数の建物があり、迷路のようになっていた。

 要所要所に赤獅子騎士団の衛兵が立っている。厳重な警備だ。私たちは招かれた身で騎士が同伴しているにもかかわらず、検問所を通るたびに通行証とステータスカードの提示を求められた。

 幾つかの建物を通り抜けたあと、目的地である王宮騎士団本部に着いた。

 壁に内部を描いた大きな案内版がある。中央に総本部があり、4つの騎士団本部が四方に区分けされているようだ。

 私の通行証を確かめている女性の衛兵に聞いてみる。


「中は騎士団ごとに分かれてるのね」


「ええ、ここは本部ですので、普段は騎士よりも事務方のほうが多いのですけれども」


「ここにあなたや騎士が住んでるわけじゃないの?」


「私たち衛兵は王宮の外にある兵舎で暮らしています。ここには各騎士の執務室がありますけれども、彼らには貴族街に屋敷が用意されています」


「そういえば騎士は一代貴族なんだっけ」


「あなたがたも貴族になられたそうですね。おめでとうございます」


「別にめでたくはないわ」


 どうやって昇爵を断ろうかと悩んでいる最中だったので、ついぶっきらぼうに返してしまった。


「そうなのですか?」


「意外だった?」


「はい」


 王都には貴族や貴族に所縁(ゆかり)のある者が多そうだし、これが一般的な反応なのかもしれない。


「ここで衛兵をやっているくらいだし、あなたも騎士をめざしてるのね」


「そりゃもう。うらやましいかぎりですよ。女性は騎士になるのも大変ですから。それでも平民が貴族になるにはこれが一番近い道なんですよ」


「シャロンやポーラもいるから、身分や性別は関係ないのかと思ってたわ」


「それは……」


 彼女が言い淀むと、私たちを案内してきた黒鳳騎士が代わりに答える。


「黒鳳騎士団は死亡率が高く、平民や女性でも入りやすいんですよ。貴族の男子は大事な跡継ぎだったりしますので」


「なるほど…… 災害級魔獣と戦うんだしね」


「ゲラールではソフィア殿下やミーナ卿のおかげで死者が出ませんでしたが、普通は5人に1人くらいは戦死か復帰不可能な重傷を負います」


「やめてよね、卿なんて」


「そうですね、カイン団長も嫌がるんですよね。そういうの……」


「呼び捨てにさせてるくらいだしね」


 私が納得しているうちにチェックが終わった。次は中央の総本部に行き、黒鳳騎士団本部への入場許可申請をする。形式的なもので、すぐに許可された。


      ◇      ◇


 深夜だということもあり周辺は静かだったが、この黒鳳騎士団本部と向こうの赤獅子騎士団のエリアだけがガヤガヤと騒がしくなっている。

 あけっぱなしの扉を抜けて大きな広間に入る。背もたれのない頑丈そうな椅子が何列にも渡って並べられ、多くの黒鳳騎士が着席している。


「やっと着いたわ。王宮内の移動がこんなに面倒だなんて知らなかったわ」


「今は特別な部分もありますね。一般人の移動は原則的に禁止されている状態ですので」


 座る席はあらかじめ決まっているようだ。案内の騎士の先導で演壇のある前の方へ進む。途中でエリスやクレアの姿を見つけたが、会釈するにとどめた。

 私たちの席は最前列だった。先客は知らない人ばかりで、鎧を着けていないことから騎士団員ではなさそうだ。どことなく雰囲気も違う。私たちも含め、ここに座る人はゲスト的な扱いなのだろう。

 私たちが席に着くと、案内の騎士も自分の席へと向かった。

 壇上にカインが現われて演壇に立つと、騎士たちは会話をやめ、辺りはしんと静まった。


「諸君。大筋は説明済なので簡潔に進める。我々の黒鳳騎士団とソフィア王女殿下の率いる赤獅子騎士団は、明日の早朝、予鈴と共に東の貴族門より出陣する。一部の者は知っておるかもしれぬが、創造神より永遠の命を授かった建国王、フローネガルデさまが降臨された。出陣式では演説がある」


 第1中隊がカインの第1小隊とクリスの第2小隊、アンソニーの第7小隊で、赤獅子騎士団と共に中央軍をなす。

 第2中隊がエドガーの第3小隊とアクセルの第4小隊、ヨハンの第8小隊で、ノトス侯爵領を攻略する。

 第3中隊がマイケルの第5小隊とレナードの第6小隊、ロバートの第9小隊で、ポロス侯爵領を攻略する。

 第7小隊から第9小隊までは予備部隊で、さらに後方には青狼騎士団が駄馬隊を率い、治療や補給を担う。

 新しい小隊長も発表された。

 クレアが第10小隊長。

 シャロンが第11小隊長。

 ポーラが第12小隊長。

 ランスが第13小隊長。


「第10小隊から第13小隊は、募兵のため近隣の領主や冒険者ギルドを回ってもらう」


「あれ、エリスは?」


 別にカインに質問したかったわけではない。ただの独り言だったのに、周囲の注目を浴びてしまった。

 恥ずかしくなってやや俯き気味の私にカインから声がかかる。


「エリスには引き続きソフィア王女殿下の護衛としてミーナのパーティに加わってもらう。頼んだぞ」


 そのとき、出入口の外が慌ただしくなり、1人の青狼騎士が広間に駆け込んできた。


「大変だ! 平民街にゾンビが現われてパニックになりかけてる!」


      ◇      ◇


 場内にどよめきがあがる。

 青狼騎士が壇上のカインに直接報告している。カインはゾンビと聞いても動揺する様子はない。


「ちっ、討ち漏らしがいたか」


 ガイが小さく呟く。


「何か知ってるの?」


 私の問いに、彼がひそひそ声で話す。


「いや、ミーナが聞き出した賊のアジトがいくつかあっただろ?」


「うん」


 私は王都に土地勘がない。シグルドが証言したアジトの場所を、実際に書き留めたのはエリスとメーベルだ。

 おおよその場所は覚えているが、王城から見て南東にある平民街のあちこちに散在しているようだった。


「昼のうちにちょっと見に行ったんだ。そしたらレブナントがいてさ。放っておくと厄介だろ? だから倒しておいたんだ」


「調べ事があるって、ギルドに行ったんじゃなかったの? またそんな勝手なことをして……」


「王都にいる冒険者の友人の話なんだけどね。追ってた奴らがシグルドの仲間だったみたいでさ。立ち回り先がそのアジトと合致したんだ。その時の奴らは前を通り過ぎただけだったから、友人は見落としたんだけど」


「まあ、友人の尻ぬぐいをしたってんなら構わないけど」


「あれは仕方ないな。遠隔操作でゾンビ化できるなんて思わないし、気づけないだろう」


「たしかに」


 アンデッドに噛まれてゾンビ化することはあっても、触れずになることはありえない。それがあり得るかもしれないのが神水晶柱や大水晶の恐ろしいところだ。


「シグルドが渡した枝分けの仕業かしら」


「多分。だが、シグルドが封印されたせいで力を失っていくはずだ。友人が追ってるから始末してくれるんじゃないかな」


「沈まれ」


 カインの声に、騒がしくしていた一同が落ち着きを取り戻す。


「クリス。カストロ男爵邸から逃した可能性はあるか?」


「無いとは言えませんが、あれは一昨日の話ですし、それなら貴族街で被害が出ているはずですねぇ」


「平民街にも賊の拠点があったようだ。そこでもゾンビの死体が確認されている。まだ他にもあるということだろう」


「アクセル」


「はっ」


「出陣が遅れてしまうが、やむを得ぬ。第4小隊を率いて鎮圧に協力せよ」


「了解! みんな、これより平民街へ鎮圧に向かうぞ!」


 アクセルとその周辺の騎士が立ち上がり、青狼騎士と共に広間を出ていった。


      ◇      ◇


 出陣となる予鈴の頃まであまり時間がない。あとは明朝に貴族門でということになり散会した。

 広間にはカインとエリス、そして私たちだけが残っている。


「夜遅くになってしまってごめんなさい。私たちの対応に時間を取られたせいだよね」


「それもないわけではない。だがそもそも、クーデター騒ぎで従士や事務方の手が足りぬのだ。ソフィアの件も今日の公告には間に合わなかった。王都民が知るのは明日、出陣式の時になる」


「大丈夫なの? みんなオデッセアス殿下が世継ぎだと思ってるわけよね」


「歓迎されると踏んでいるが、実際にやってみないとわからん。ここまでのところ、俺たちの対応は後手後手に回ってるな」


「それで、私たちはどうすればいいの?」


「……できれば『傭兵』の依頼を受けてもらいたい。前線ではなく、ソフィアの本隊で近衛兵として奇襲や暗殺への対処をするのが主な任務になるだろう」


 傭兵の依頼は安易に受注してはいけない依頼の1つだ。護衛や警備と違い、依頼主からの命令に従う義務がある。


「クレアたちが募兵に回るとか言ってたわね」


「そうだ。すでに王都に住む幾つかのAランク冒険者パーティには受けてもらっている。先ほどまで隣の席にいただろう。彼らがそうだ」


「Aランク冒険者ってあんな感じなんだ」


 彼らは平服姿で鎧を着けておらず、代わりにイヤリングやネックレスで着飾っていた。


「時おり受ける指名依頼をこなすだけで、王都で平和に暮らしている者たちだ。普段から鎧を身に着けたりはせぬ。ミーナたちの事情とは違う」


「わかったわ。実力を疑っているわけじゃないの。私は傭兵の依頼を受けようと思う。メーベルは問題ないわね」


「私は是非もございません。ミーナさまに従います」


「ステラとガイはどうする?」


「ステラも受けるのです」


 ステラは頷いたが、ガイは首を横に振る。


「俺は断るよ。ほかにやることがあるんでね」


「例の友人の件?」


「当たらずも遠からずってとこかな」


「じゃあ、その一件が片づいたらまた会えるかな」


「ああ、もちろん」


 全員で広間を退室し、王宮騎士団本部に戻る。


「では一旦お別れだ。また会おう!」


 ガイは案内の衛兵と出口に去っていった。


      ◇      ◇


「ところでゾンビのほうは大丈夫なの? 私たちも行ったほうがいいのかしら」


「アクセルに任せておけ。お前たちが行ったところで、この闇の中で迷子になるだけだ」


 モント=レヴァンのときはゴーストタウンと化していて魔獣しかおらず、敵意探知が有効だった。

 だが、今回は難しそうだ。逃げまどう人々が私を敵と誤認する場合があるし、探知にかかったとしても、家人のいる家に無断で入るわけにはいかないい。


「……それもそうね」


「では依頼の手続きに入ろう。冒険者ギルドから人員を派遣してもらっている。こっちだ」


 カインに案内されて受付近くの一室に入ると、そこには数人のギルド職員が待機していた。


「遅くまで待っていてもらってすまぬ。これで最後だ」


 カインが彼らに労いの言葉をかける。

 ひな形はできているようで、すぐに依頼書が作成され、ステラとメーベル、私の3人にそれぞれ手渡された。


      ◇      ◇


┌──────────────────┐

│★常時依頼★            │

│依 頼 者  :黒鳳騎士団     │

│依 頼 形 式:指名        │

│対 象 ランク:ミーナ       │

│依 頼 内 容:傭兵        │

│達 成 基 準:なし        │

│成 功 報 酬:金貨1枚/日    │

│ギルドポイント:1000P/日   │

│戦利品の処遇 :戦利品の拾得禁止  │

│備    考 :          │

│・ソフィア第3王女に随伴し     │

│ 近隣の警戒や迎撃を行なう     │

│・依頼完了後、使用した消耗品は   │

│ 現地で黒鳳騎士団より再支給    │

│・戦果により追加報酬あり      │

│ (金貨10枚まで)        │

│・生存時の治療無償         │

│・そのほか黒鳳騎士団傭兵要綱に準じる│

│依 頼 期 限:なし        │

└──────────────────┘


      ◇      ◇


「報酬は安いが、勝てば論功行賞は別にある。女神の館の依頼も継続になる」


「その褒美が昇爵じゃなきゃいいんだけど」


「……すまぬな」


 依頼書にさらさらっとサインして受注を完了し、割り印の入った控えを受け取る。


「お前たちは俺の第1中隊の第1小隊所属、第11分隊として、ソフィアのもとに派遣されることになる。ミーナが分隊長になってくれ」


「エリスも一緒なんだよね?」


「だが、お前がリーダー代理をしていたのだろう。慣れてるほうがいい」


「わかったわ」


「ソフィアはともかく、赤獅子騎士団の連中に命令されても聞く必要はないからな。何かあれば俺の名前を出せ」


「フラウはどうするのかしら」


 謁見の間で別れてから、フラウにはまだ会っていない。


「俺もまだ聞いておらぬな」


「もう部屋にいるかしら。会ったら聞いとくわ」


「では部屋まで案内させよう。明日の予鈴前に王宮を出て東の貴族門に向かう。従士が迎えに来るので、そのつもりでいてくれ」


 カインに案内の従士を付けられ、王宮騎士団本部をあとにする。

 また幾つか検問を受けることになるが、来た道を戻るだけなので、来るときよりも楽な気分だ。

 部屋に戻るとやはりフラウが帰ってきていた。


「黒鳳騎士団の傭兵としてソフィアの本隊に派遣されることになったわ」


「それは良かったですね。私は戦いになれば最前線で先鋒を務めるつもりですが、それまではミーナさんと一緒にいますよ」


「フラウに当たる敵のほうがかわいそうだわ」


「この内戦自体は早く終わります。ミーナさんたちの手を煩わせることはないかもしれません」


「そうだといいわね。明日は早いわ。また3人で寝ましょ」


 メーベルとメイドさんに着せ替えられ、寝間着姿になってベッドに潜り込む。


「……どうも気が昂ってるのか寝られないわ」


「ステラもなのです」


「いつもならお話でもしましょってなるんだけど」


 すると、仰向けになって姿勢よく寝そべっていたフラウがこちらを向いて目をあける。


「じゃあ、私が魔法をかけてあげますね。できるだけ気持ちを楽にして、受け入れてください」


「うん」


「はいなのです」


「では……【ハーモニー】」


 フラウが魔法を唱えた。目の前が白く染まり、気の昂りが落ち着いていく。

 司祭の上位クラス、司教が覚える最上級神官魔法だ。


「沈静化の魔法ね。戦意を下げ、気持ちを和らげる……」


「ミーナさん、ステラさん、おやすみなさい」


 フラウが私の頭を撫で、優しい声をかけられている間に意識が遠のいていった。


      ◇      ◇


 翌朝。窓の様子を窺うに、まだ東の地平に太陽が顔を覗かせたばかりの頃合いだ。


「味方の判別のため、本日よりこれをお着けください」


 メーベルがサーコートとマントを差し出す。青色の布地に白色の剣と王国の紋章を組み合わせて描いたものだ。彼女もすでに同じものを着けている。


「お姉さんには必要ないね。これがあるもん」


 エリスは昨夜から黒鳳騎士団の制式鎧姿で、黒鳳騎士を示す金の鳳凰紋章のほうが格が高い。だが、肝心の鎧は鋼鉄製で、動きにくいようだ。従士にエプロンアーマーを持たせてあるので、王都から出たら着替えることになっている。


「ミーナ卿、ステラ卿。荷物をお預けください」


 カインが連絡用に寄こした従士が、私たちのバックパックや予備の武器を持ってくれる。


「もう。その呼びかた、やめてよね。カインも要らないっていってるでしょ」


「では、ミーナさまと。我々従士は、カイン団長もエリスさまも呼び捨てにはしていませんよ」


「そうだったんだ」


(でも私は呼び捨てでいこう。今さら敬称を付けられないわ)


「でもこうなると、セイントボウが使いにくくなるわね……」


 今のセイントボウはエルフのジークムントから譲り受けたものだ。ロングボウとほぼ同じサイズで、私の背丈と同じくらいの長さがある。いつもバックパックの左側にひっかけていた。


「弓でしたら、たいていどこにも弓兵隊がいますし、借りられますよ」


「その弓じゃないとダメなのよね、私の場合」


「ミーナさまはその専用の弓で魔法の矢を放たれるのです」


 メーベルが補足してくれた。


「まあ迷宮じゃないし、多少は横にはみ出ても大丈夫か。たすき掛けにするわ」


 たすき掛けするための弓袋は騎士団が持っているそうなので、今は弓を預けておくことにした。


「フラウのマント姿もいいわね。威厳があって」


 フラウもまた違うサーコートを身に着けている。濃紺の布地に金獅子の紋章。赤色のマントは、陛下のものと同じビロード製で、裾が床に着くので2人の従士が両端を持ち上げている。


「先王陛下より賜ったマントでしたが、これをお披露目することはありませんでした。今日この日までは」


 背の低いフラウだが、堂に入った感じで似合っている。子どもが同じように真似てみても、こうはならないだろう。

 私たちが王宮の外に出ると、王軍の出陣を伝える公告人の大声が聞こえてくる。


「本日ぅ、予鈴の鳴る頃にぃ、東の貴族門にてぇ……」


 重要な決まりごとは、このようにして城門などの各要所で民衆に伝えられている。


「ミーナさま。馬車が待機しております。どうぞこちらへ」


 メーベルに促され、馬車に乗って内城門に着くと、そこには入出場のチェックを受ける列ができている。

 私たちの馬車が通るのはあらかじめ先触れが伝えていたようで、彼らを素通りして内城門を通り抜けた。


      ◇      ◇


 東の貴族門の手前に差し掛かったところで馬車を降りる。

 通りには煌びやかな儀礼装備を纏った赤と黒の騎士の軍勢が整列しており、沿道は群衆で溢れていたからだ。

 双方の注目を浴びながら私たちはやがて城門の門衛所にたどり着いた。

 城門前に演台が設けられ、両端にフレイン王国の旗印を付けた長槍を持った衛兵が立っている。


「しかし、思ったよりも観衆が多いわね……」


 こんな朝早くに公告されたばかりだというのに、通りには大勢の王都民が駆けつけていた。

 この辺りは宿屋通りと言って、通りに面した建物の大半が宿屋だ。2階や3階の窓から様子を眺めている宿泊客の姿も見える。

 北には騎士学校があるそうで、その学生と思しき貴族服に長剣を提げた若い男女の集団がいる。

 通りの屋台や出店は邪魔にならないように通りの外に引っ込んでいるようだ。


「フローネガルデさま。そろそろこちらへ」


「わかりました」


 赤獅子騎士がフラウをつれて城門前の演台に向かう。


「ミーナさまたちはこちらへ」


 別の赤獅子騎士が私たちを案内し、隊列の中ほどにあった幌付きの荷馬車に乗せてくれた。


 ――ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン……


 朝6時、夜明けを知らせる予鈴が断続的に鳴り響く。


「只今よりぃ、出陣式が始まりますぅ」


 予鈴が鳴り止むと、内城門と同様の公告を読み上げていた公告人が、出陣式の開始を告げた。


「それではぁ、王軍の出陣に際しぃ、グレゴリオス三世陛下のぉ、お言葉をぉ、賜りますぅ」


 公告人が何度か繰り返して伝えるうちに、辺りの喧騒が静まっていく。

 陛下とソフィアが階段をのぼり、演台に姿を見せる。

 陛下は白い鎧を纏っている。あれが神器の鎧なのだろう。ソフィアは紺色の神官服だ。

 カインとクリス、そしてフラウが続く。

 彼らが群衆の前に姿を現わすと、静寂が一変して大歓声が巻き起こった。


「グレゴリオス三世陛下万歳!」


「ソフィア王女殿下万歳!」


 それに混じってカインやクリス、王宮騎士団を称える声もあがっている。ソフィアの二つ名である『光の乙女』や『聖女』といった掛け声も聞こえる。

 陛下が右手を上げると、歓声がまた静まっていく。


「予の出陣に際し、このような早朝から見送りに来てくれたことを嬉しく思う。ここ数日の王都で起こった騒乱で、不安にしておる者も多いだろう。それらはキュプリアス公爵が予とフレイン王家の失脚を狙ったものであったが、ことごとく失敗に終わっておる」


 これを皮切りに、いよいよ陛下がフレイン王国建国の秘密を群衆に明かす。


「キュプリアス公爵家の暴挙は今に始まったことではない。それに対し、代々のフレイン王家は四公爵家に及び腰であった。弱みがあるからだ。予は敢えて皆にそれを明かすことで、それを払拭したい」


 建国王フローネガルデが初代国王の座を辞退し、先王の妾の娘であるシスティーナが初代女王となったこと。

 王権の象徴で、彼が身に着けている三種の神器は、システィーナの武具を基に作成されたレプリカだということ。


「……クーデターは失敗したが、キュプリアス公爵はなおも領軍を差し向けておる。いま、皆の暮らすこの王都を守るべく、王軍が出陣する。その総司令官を紹介しよう。最も有能であり、最も皆に親しい者だ。そして、予の自慢の娘でもある。予は第3王女ソフィアを総司令官に指名し、最も世継ぎに相応しい者とすることにした。これ以後は王女ではなく、ソフィア王太女と呼んでもらいたい!」


 ふたたび大歓声が沸き起こり、王都民から歓迎の意が陛下たちに伝えられる。


「ソフィア王太女殿下万歳!」


「光の乙女さまぁ!」


「聖女さまぁ!」


 そして陛下がまた右手をあげ、お言葉を続ける。


「嬉しい知らせはまだある。此度の国難に際し、創造神さまが自身の住まいし天空より使者を遣わされた。こちらにおわす、建国王フローネガルデさまである!」


 あまりに突拍子もない発言に、どよめきが起こる。

 そんな中、フラウが一歩前に進み出て、群衆に語りだす。

「私はフローネガルデと申します。建国王として伝えられておりますが、このとおりの小さな体です。隣にいらっしゃるグレゴリオス三世陛下とは比べるべくもありません。ですが!」


 フラウが腰の鞘を握り、スラッと抜いたバスタードソードを天にかざす。


「皆のもの、御覧あれ! これが白騎士フローネガルデの力! 降臨せよ、我が巨人!」


 フローネガルデの剣が輝いて天空の雲を貫くと、どこからともなく低周波の音が響いてくる。


 ――ゴウンゴウン、ゴウンゴウン……


 雲の切れ目に光が差し、白く輝く巨人が現われ、地上へと降りてくる。

 やがて、真白色の鎧を纏った騎士の巨人が、フラウらが立つ演台と貴族門の間に着地した。

 巨人の高さは15メートルはあるだろう。

 あけ放たれた貴族門は、この巨人が通り抜けるのに最適な大きさだった。王都の規格外に大きな城門は、巨人に合わせて造られたものだったのだ。

 時を同じくして、フラウの体が光に包まれて浮かび上がり、巨人の胸に沈むように消えていく。

 目元を覆う黒ガラスの奥に光が宿り、巨人の声が響く。


 ――我こそは不滅の巨人――

 ――偉大なる(グレート)フローネガルデを讃えよ――


 ガイがキラキラ鎧になったときのように声が変調しているものの、フラウの声だとわかる。


「わあぁぁぁぁっ!」


「本物だ! 伝説の巨人だ!」


「フローネガルデの巨人だ!」


 ここにきて今日一番の歓声があがる。


「予と王軍は、これより出陣する!」


 陛下が号令を発し、全員が階段を下りる。

 すると、巨人が演台を軽々と持ち上げて脇に寄せ、そのまま城門に向き直って先陣となって歩きだす。

 整列していた王宮騎士団の軍勢も、付き従って進み始める。


「グレゴリオス三世陛下万歳!」


「ソフィア王太女殿下万歳!」


「フローネガルデ建国王陛下万歳!」


「フレイン王国に栄光あれ!」


 大歓声の中、赤と黒の騎士隊が行進し、騎士の軍馬を引いた従士隊が続く。

 最後に私たちのいる駄馬隊が殿(しんがり)を務める。

 軍勢が外の跳ね橋を越えると、巨大な城門が軋み音をあげてゆっくりと閉まっていく。


「フラウが全部もっていった感がすごいけど……」


 御者台の後から前をゆく行軍の様子を眺めていると、先頭を歩んでいた巨人が足を止め、光を放って消失した。


「どうしたのかしら」


「ああ、これは出陣式のための隊列ですからね。ここで組みなおすんですよ」


 私のつぶやきに、御者の男が親切にも答えてくれた。


「それもそうか。次の町まで騎士が歩くはずないわよね」


 前方で従士が引いていた馬に騎士が跨り、従士が荷馬車に乗り込んでくる。

 フラウもこの荷馬車に案内されてきて、私の隣に座る。

 先頭ではカインとソフィアの訓示が行われているようだ。出陣式のときと違って隊列が長く伸びているので、ここまでは聞こえてこない。


「あ、動き出した」


 前方の騎馬の列が左右に分かれていく。


「私たちは真っすぐみたいだけど、彼らは土の支道を行くみたいね」


「ミーナちゃん、あっちにも小さな町や村があるんだよ」


 エリスがお姉さんの出番とばかりに周辺事情を教えてくれる。


「王都の周辺には衛星都市がいろいろあってね。王都向けの農畜産物とか、原材料の生産とかしてるんだ」


「メーベルがフォレスト=ボアーでそんなことを言ってたわね」


「他の城塞都市では城壁の外に無防備な農地を持つのは難しゅうございますからね。治安の良いこの地域だからこそでございますよ」


「たまに町から追い出されたスラムの住人が食いっぱぐれて盗賊になって街道に出てくるけど、物乞い程度のものだよ」


「なるほどねぇ」


 やがて王軍は完全に分かれ、支道を行く北と南の軍勢が遠ざかっていく。南東のノトス侯爵領をめざす軍勢が少ない。アクセルたちが王都に残っているからだろう。

 私たちは東へ、広く立派な石畳の街道を進む。街道脇にチラホラと森も見受けられるが、大半は農地や工場だ。

 太陽が中天を過ぎるころ、キュプリアス公爵領をめざす中央軍は、王都とマリスの中間で夜営陣地の構築に入った。


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