第03話 国王グレゴリオス三世
#国王グレゴリオス三世
「お休みのところ申し訳ございません」
メーベルに促されて、私は目を覚ました。
ステラも起きたばかりのようで、上半身を起こして目を擦っている。
フラウはフローネガルデ本来の鎧姿に戻っており、メーベルの隣に立っている。
今は何時ごろだろうか。窓の外が暗くなっている。
「フラウはもう起きてるのね」
「私はこれまで随分と長いあいだ眠っていましたから、あれくらいでは眠くなりませんよ」
「……それもそうか。メーベル、そろそろ時間なの?」
「はい。半時後に陛下と謁見の予定でございます」
先ほど食事をした場所に戻ると、中央に置いてあったテーブルが片づけられ、ステラと私の鎧を載せたカートが持ち込まれていた。どのパーツも徹底的に磨かれている。
「綺麗。やっぱりこの鎧が一番ね」
王宮で着せてもらった服はどれも素晴らしい仕立てだった。
それでもやはり、この鎧のほうがずっと高級感がある。
マリエルさん曰く、特殊な手法で塗装しているそうだ。光沢があり、斬られても叩かれてもなかなか塗装が剥げない。サーコートも着色したミスリル繊維で編まれている。
メーベルのスケイルアーマーやエリスのエプロンアーマーもミスリル製だが、夜通しで戦った結果、所どころ塗装が剥げてしまっている。再会したカインの鎧はもっと酷くて、修復の跡だらけだ。
だから、この鎧だけが特別なのだと思う。
メイドさんが助けてくれたおかげで鎧の着付けはすぐに終わり、簡単な謁見の作法を教えてもらう。
「ヘルメットを被ってはダメで、武器を1つだけに絞るのね」
「左様でございます。戦士は剣、神官と魔術師は杖が原則でございますが」
私は元は神官だったが、セイントソードに決めた。残りはここに置いていくことにする。
メイドさんが外を確認し、護衛の騎士を招き入れた。
先ほどメーベルは半時後と言っていたので、謁見までまだ時間があると思っていたのだが、部屋から連れ出されて玉座の間の控室に案内された。
◇ ◇
「さっきの部屋より調度品が豪華だわ」
金無垢のテーブルと毛皮の敷かれたソファーが並べられている。コーナーの台座には彫刻や壺が陳列され、壁には重そうな額のついた絵画が掛けられている。
その絵画の中でひときわ目を引くのが、フレイン王国全土を描いた大きな地図だ。
別の扉がある。そこから玉座の間に続いているようだ。
「……それに、先客がいたのね」
ソフィアとカイン。そして見知らぬ男性がいる。ビロードの赤いマントを纏った金髪碧眼のダンディなおじさまだ。
パーティメンバーは誰も来ていない。
「あれ、メーベルたちは?」
後ろに振り返ると、一緒に来たはずの彼女らが外の通路で待機している。
「私どもは、ご会談がお済みになるまでここに待機するよう申し付かっております」
なんとなくゲラール城で軟禁された時のことを思い出してしまった。
あのときのような悪意は感じられなかったが、どことなく重苦しく張りつめた空気が漂っている。
「ごめんなさい。取り込み中だったかしら」
部屋に向き直って声をかけると、赤マントの男性が手振りで私たちに着席を促す。
「構わんよ。そちらに掛けたまえ」
ソフィアが彼の横に並んだ。2人とも金髪碧眼。まるで親子のようだ。
「こちらが私の父です」
本当に親子だった。思っていたよりも若い。まだ30代半ばに見える。
「パパさんなのです? ええっと……」
ステラが首をかしげる。
「ということはつまり」
「国王グレゴリオス三世陛下です」
「ええっ、ここ控室じゃないの⁉」
うろたえながらも先ほど教わった作法を思い出し、陛下の前で左膝を突く。
ステラも続いて私に倣う。
フラウも横に並んだが、跪かずに立ったまま話しだす。
「現王グレゴリウス三世殿、フローネガルデ・マイスターマギテクトリエ=グランベルク・フレインです」
陛下がフラウに向けてお辞儀する。
「グレゴリオス・カトロニア・ラグナヴォロス・フレインである。建国王殿の帰還を歓迎しよう」
フラウが頷き、私の方を向く。
「……それでは皆さん。席に着きましょうか」
◇ ◇
フラウに促されてソファーに座る。
左から、ステラ、私、フラウの順。
テーブルの向こう側はカイン、陛下、そしてソフィアだ。
(ここ、フラウが真ん中に座ったほうがいいんじゃ……)
正面にいる陛下にどう接すれば良いかわからない。自分の顔を鏡で見ているわけではないが、たぶん変な笑顔をしているにちがいない。
「ふふっ」
ソフィアが顔をほころばせて口を開く。
「ミーナさん、そんなに固くならないでくださいね。正式な謁見はこのあとですよ。実は、貴方がたには予定よりも早く来てもらったのです」
「ソフィア、なにか問題が起きたの?」
「色々あってな。うむ、どれから話すべきか」
フラウとの挨拶以降、神妙な表情で黙っていた陛下が口を開いた。
(あ、できれば気心の知れているソフィアと話したかったんだけど……)
私は騎士ではなく冒険者だ。物語の中ならともかく、現実の王にはそれほど敬意を抱いていない。それが不敬な発言を招く恐れがある。身体をこわばらせているのはそのような理由からだ。
(ソフィア王女殿下のことも呼び捨てにしちゃってた。どうしよう)
もはやボロが出るのは時間の問題。
私の心配をよそに陛下が話しだす。
「まず、クレア卿らが先ほど王宮に帰還した。ローザンヌ公国からの書状を携えてな。救援への感謝に加えて、そなたらの活躍も記してあったぞ。予も褒美を与えねばならぬ。何か希望があれば言うがよい」
どうやら頂ける褒美の事前相談のようだ。希望を聞いてくれるらしい。
だが困った。私の思いを失礼のないように表現できそうにない。そもそも知識として知らない貴族言葉がたくさんある。
ステラは岩のように固まっている。私が話すしかない。
そこで、以前に読んだ物語の台詞を真似ることにした。
「しがない冒険者で学もありませぬゆえ、平民言葉で話すのをお赦しください」
きっと、私のような成人したばかりの少女が使うには適切ではない話し方だ。この場にエリスがいたらプッと吹き出して揶揄ってくるのではないか。
「構わぬよ。冒険者については承知しておる。聞けばソフィアとは名前で呼び合う仲とか」
「……では。今回の討伐では貴重な魔石や武具を多く得られました。ですので、褒美を頂けるとのことですが、私たちは何も要りません。その代わり、お願いならあります。ステラと私は冒険者を続けたいのです。もし騎士団へのスカウトや叙爵をお考えでしたら、辞退させていただけると助かります」
「騎士団と魔導師団には勧誘せぬよう伝えておこう。だが、叙爵を断るとは失礼であろう。ローザンヌ大公への体面もあるのだぞ。なに、領地もない一代男爵位だ。冒険者活動に支障はない」
故郷エルンの領主が男爵で、ゲラールの領主がその上位である子爵。たとえ彼らのような永代爵位ではなくとも、簡単に与えられるものではないことくらいはわかる。
「いえ、陛下。男爵位など与えてはなりません」
それに異論を唱える者がいる。ソフィアだ。この場で陛下に口を出せる者など、彼女とフラウくらいしかいない。
(さっすがソフィア! わかってるぅ!)
ところが、彼女が口にしたのは私の期待とは逆の内容だった。
「ここは是非、子爵位をお与えください。ちょうど『空き』ができそうですし」
「えっ、ソフィア? 違う違う、そうじゃないでしょ……」
とはいえ、断ったら失礼なのだそうだ。どうしたらいいのかわからない。
「あれか? だがあれは行政府のための爵位であるゆえ……」
陛下はその案に乗り気ではないようだが、ソフィアが引き下がる様子はない。
「ここで与える爵位は仮初のものですから、いずれ返上されます。それよりも今後の昇爵を見据え、相応しい家格にしておかねばなりません」
彼女が我を通したことは一度としてなかった。少なくとも私の前では。
(こんなソフィアを見るのは初めてだわ……)
陛下のほうが気おくれしているように見える。国王の娘とはいえ、ソフィアにこれほどの発言権があるとは。
「ねえソフィア。仮初ってどういうこと?」
「今回の爵位は順を踏むための一時的なものです。ゆくゆくは上級貴族になっていただきますので」
貴族になる気などない。ステラとも話がついている。
そこで、ひと眠りして思いついた、お断りする理由を話すことにする。
「そんな高い爵位、他の貴族から反感を受けそうだし、嫌がらせをされそうだわ。気持ちはうれしいんだけど」
「ミーナ嬢。それには理由があるのだ。そうだな…… 予が持ちかけた話とはいえ、今はこのくらいにしておこう」
結局どうなるのか曖昧にしたまま、陛下が話を打ち切った。
「ここからの話は特に内密にしてもらいたい。予はソフィアに王位を譲ることにした。そなたらの叙爵にも関わる話だ」
「え、即位って。ソフィアが?」
「ソフィアが女王様になるのです?」
じっとしていたステラだったが、思わず声をあげてしまったようだ。
◇ ◇
「予は男子の数には恵まれておったが、どれも凡庸でな。ところが、ここ数年で頭角を現わしてきたのがソフィアだったのだ。此度は聖女のクラスを得たうえに秘宝まで持ち帰ったとなると……」
秘宝というのは壊れた三種の神器のことだろう。
「システィーナの話は聞いているのだったな?」
陛下が確認を促した。
フローネガルデの偉業は1人で成し遂げたものではない。彼女には共に旅をする仲間がいた。
その中の1人が『聖女』システィーナ。当時の王と妾の間に生まれた娘である。
「本当はシスティーナが建国王だったそうですね」
「彼女がフローネガルデの名を名乗ってな。ずっと王家の秘密としてきたが、弟のように公爵家に降りた者もおる。今では上位貴族ならば知っておることだ」
「ソフィアが王になることに、どのような関係があるのですか?」
「上位貴族の中には、聖女を得たソフィアをシスティーナの再来とみなす者もおるということだ。あれから聖女は現われず、王宮騎士団の聖騎士も絶えて久しい。だからこそ重い意味をもつのだ」
「神器を持ち帰ったことが決め手じゃなかったのね」
「神器ではない。予のものこそが三種の神器だ。そこに真も偽もない」
どこかに仕舞ってあるのだろうその武具だが、率直に言って、どんなものであっても見劣りする確信がある。
「陛下。王権の象徴としてはおっしゃる通りだと思います。ですが、ソフィアに渡したものは確かに本物です」
「さもあらん。だから秘宝と呼んでおる。だが迂闊にも王城の外に聞こえてしまったようでな、要らぬ憶測を呼んでおる」
すると、フローネガルデが横から口を挟む。
「いっそのこと、システィーナのことを公表すれば良いのでは。ドワーフだった私はヒューマンの王になるわけにはいきませんでしたが、システィーナも妾の子として蔑視される可能性がありました。それで名を入れ替えたのです」
「……うむ。そうだな。建国王殿の言うとおりかもしれぬ。奇跡的に生き証人が現われたのだ。今後はフローネガルデを建国王、システィーナを初代女王と呼ぶことにしよう」
「陛下。1つ疑問があります」
今までの話の中で、私にはどうしても腑に落ちないことがあった。
「オデッセアス殿下はどうされたのでしょうか。名前すらあがりませんでした。継承順位第1位であられるのに」
ソフィアの有能ぶりや魅力について異論を挟むつもりはない。
それでも、オデッセアス王子の評判は悪くなかったはずだ。エルンに聞こえてくる限りでしか王都の事情を知らないが……
「継承順位は目安でしかない。結局は四公四候、つまり、今はカトロニア公爵次第だな。そのさじ加減ひとつで変わるのが現実なのだ」
陛下が目を伏せる。あまり聞かれたくなかったことのようだ。
「詳細は話せぬのだが、オデッセアスは行方不明となっておる。未だに信じられんのだが、このクーデターに関わっておったようだ」
声に覇気がない。
無理もない。最後に残った男子だったのだから。
「ソフィアに継承権が移ったからですか?」
「カトロニア公爵がソフィアに鞍替えすることに決まり、それを知ったオデッセアスの落ち込みようは見ていて辛かった。かといって……」
隣にいるソフィアが陛下を気遣って彼の腕に触れる。
「陛下。私は実の妹としてずっとオデッセアス殿下を支援して参りました。ですが、この前にお会いした時、私に敵意を抱いていることを知ったのです」
ソフィアが懐から巻物を取り出した。私の作った【ディテクトエネミー】のスクロールだ。
ゲラールで別れる前に大量に作って渡したのだが、うまく活用してくれたらしい。
「なんだそれは」
「ここにいるカインやミーナを始め、一部の者にしか明かしていませんでしたが、これを使えば自分に敵対する者を判別できるのです」
「そんなものが」
陛下が目を見開いて驚く。だが、思い当たる節もあったようだ。
「なるほど。それで城内の不穏分子を捕らえておったのだな。どうやって手に入れた」
「それはまだ秘密にしたく思っています」
「そうか。オデッセアスがな……」
陛下はソファーにもたれ掛かり、暗い顔で天を仰ぐ。
「オデッセアス殿下が敵に唆されたり、誘拐された可能性はないのですか?」
「ミーナさん、私が調べた限り、兄の意思で王都を出たのは間違いありません。行き先は東のキュプリアス領方面のようです」
「だが、予にはどうしてもまだ反逆したと思えぬのだ」
「あれは私に対する妬みのようにも感じました。ですから、判断するのはまだ早計です。私も兄を信じたいと思っています」
それから陛下が気分を持ち直すには少し時間を要したが、窓から見える時計台を確認したカインが陛下に声をかける。
「陛下。そろそろ刻限が迫っております」
「話を続けよう。予の本題はソフィアの王位継承の件だ。実はソフィアが固辞しておってな。つい昨日までは決まっておらなかったのだよ」
「私はむしろ、フローネガルデの子孫であるステラに王位を譲るか、所領を分け与えて大公位を授けるべきと考えていたのです」
どちらも要らないと言いたいところだが、先ほどのやりとりの繰り返しになるのでやめておく。
「だがもう猶予がない。否が応でも王権をかけて戦うことになる。早ければ明日にでもだ。敗北すればここで何を約束しようが無意味だ。カイン。説明してやってくれ」
「かしこまりました」
カインが席を立ち、壁に飾られているフレイン王国の地図へと向かう。
◇ ◇
「冒険者だから地理には詳しいと思うが」
「北部はね。王都に来たのは初めてだし、南部はよく知らないわ」
南部に来たことはあるので、まったく知らないわけではなかった。
だが、駅馬車での旅だったし、途中の町や具体的な位置関係については詳しく覚えていない。
「では、まずはミーナたちに馴染みのある町からだ」
カインが指示棒を握り、北から順に各所を指し示していく。
北端のゲラール。
中央やや北東寄りのエルン。
そして、指示棒の先が南部で円を描く。
「ここが王都だ」
エルンは小さな丸でしかなかったのに、王都はそれが幾つも入りそうだ。
ゲラールは東半分が農地になるものの、広さだけなら健闘している。
王都の南は港のあるテサロニカ公爵領だけで、その先は大海が広がっている。
四公四候と呼ばれる、王都ラグナヴォロスの周辺諸侯の位置関係はこうだ。
◇ ◇
オルディーン─パトロクロス─ポロス
│ │ │
カトロニア─ラグナヴォロス─キュプリアス
│ │ │
ヴァロシアナ─テサロニカ──ノトス
◇ ◇
指示棒の先が王都から東へと向かう。
幾つかの城塞都市を越え、とある場所を指し示した。キュプリアス公爵領の領都キュプリアスだ。
北にはポロス侯爵領、南にはノトス侯爵領がある。さらに東へは別の諸侯の領地が続いている。
「ステラ。まだ公表されていないが、領都キュプリアスで動きがあり、領軍が王都に向けて進軍中だ。エドガーとマイケルが迎撃部隊の編成を行なっている」
カインが青と赤の旗印の付いた2種類のピンを地図に刺していく。
王都に青いピン、キュプリアス公爵領に赤いピン。
「赤いピンは約2日前の状況だ。当初は公爵らが召喚に応じてやってくるのかと考えていたのだが、今朝未明にかけて捕縛した者から得た情報で、それがクーデターに呼応して王都を攻めるはずの領軍だと判明したのだ」
「まだ遠いようだけど」
「王都で潜伏中の反乱者が、発見されたため先走ったようだ」
続いてポロス侯爵領とノトス侯爵領にも赤いピンが刺されたが、そこは街道沿いではなかった。
「そんな森の中にいるの?」
「街道が使えないからだ。王都へは東西南北にある公爵領の都市を必ず経由せねばならぬのだが、南北の公爵は中立を保っており通れない。かといって、東の街道にはキュプリアス公爵軍がいる。マリスでは全軍を収容しきれず合流は無理だ。地図には描かれていないが、森には支道や林道がある。そこを突っ切って、王都周辺の農村を占領するつもりなのだろう」
冒険者が森や迷宮で戦うのとは規模が違う。
それにこの様子だと、王軍はエドガー隊とマイケル隊に分かれて、森で侯爵軍を迎撃することになりそうだ。
「キュプリアス公爵には王位継承権は無い。だが、もしオデッセアス殿下を旗印に推し立ててくれば、次の王位を争う戦いになる。だから、俺たちも誰を担ぐか腹をくくる必要があるのだ。お前に総大将となって戦う覚悟ができるか?」
「カイン、それは無茶だわ。私たちはただの冒険者なのに。それに陛下が総大将じゃダメなの?」
総大将どころか小隊長でも無理だ。実際の戦争を見たこともないし、末端の兵の動かし方すらわからない。
「陛下が勝利したとしても、オデッセアス殿下が亡くなれば、世継ぎの男子が絶えてしまうのだ。戦いのあとに、次の世継ぎを巡ってまた新たな火種が生まれてしまう」
「なるほどね……」
「ですから私が立つことにしたのです。黒鳳騎士団に何度も従軍してカインさまから用兵を学びました。王都の創造神ギルドや冒険者ギルドとの折衝にも慣れています」
「魔獣が皆無って訳じゃないし、刺激されて森から出てくる奴の対策を神官団や冒険者に依頼する必要があるわね」
私はまだ戦争を経験したことがない。引き起こされる諸問題については予想がつく。
だが、具体的にはどうやって解決するのか、その手法までは出てこない。
「それだけではありません。おそらく3ギルドもキュプリアス公爵打倒に向けて動いているはずです。彼らと連携する必要があります」
「ギルドが?」
「確度の高い情報はまだです。ですが、報告してくれた『四天王』最後の1人、ゲオルギウスが偽りのクラスを与える存在なら、創造神ギルドが全力で排除に動くはずです」
クラスの授与はこれまで創造神神殿だけの特権だったのだから、それを失うとなれば、ありえない話ではない。
「それでステラ。お前はどうするのだ」
カインがふたたびステラに問う。
全員の視線が彼女に向けられる。
クラスを授かったあの日、騎士を得たステラに人々が群がっていた。あのときよりも数は少ない。
だが、国王陛下、王女殿下、騎士団長、そして建国王。一人ひとりが本来なら手の届かないような高みにいる人物だ。
ステラは何も言いだせずにいる。
英雄物語ならここで立ち上がって自分がやると宣言する場面なのかもしれない。
だが、ステラは勇者をめざしていても、王になる気はさらさらないのだ。両者は似ているようで、まったく違う。
「やめて! ステラは王にはならないわ!」
思わず叫んで一同を黙らせてしまったが、やがてステラが口を開く。
「フラウが王権を得ただけで、ステラにそんな力は無いし、なりたくもないのです。そもそも王になってどうするのですか? ステラはミーナとずっと一緒に冒険できればいいのです」
「やはりソフィアも王族なのね。気持ちはありがたいけど、私たちは王侯貴族というものに何の価値も見いだせないの。それに考えてみて。王位や爵位を引き継いだだけの子孫が、領地や年金でぬくぬくと暮らす。二代目、三代目までは目が届くかもしれないけど、その先は堕落するのがオチだわ」
「そなたの言うとおりかもしれぬな。予らは王国という枠がなければ生きてゆけぬ。だが今は3ギルドがあり、力があれば自由に生きられる」
陛下の言葉にソフィアが続く。
「ミーナさん。王国民の大半は、あなたがたほど強くないのです。力ある者には力なき者に対する責任があります。それが国なのですよ」
「ソフィアが立派なのはわかってるわ。でも、他の貴族はどうかしら。その力が平民に向けられてると思う?」
領主が善政を敷くのは、領地が栄えれば自分たちと子孫が潤うからだ。
「そうですね…… それは私も常々考えていることですね。わかりました。では私が女王になった暁には、その辺りの改革を推し進めることにします。建国王さまには私たちフレイン王家の正統性を公に認めていただければと」
「亡き友との盟約に従い、フレイン王家の王権とソフィアの王位継承を支持します。そして、私の家系の継承権を放棄しましょう。最初からこうしていれば、システィーナも不幸な死に方をせずに済んだのかもしれません」
◇ ◇
陛下が話を続ける。
「繰り返しになるが、これは西のカトロニア公爵も了承しておることだ。無論、カインも賛同しておる」
「俺の父、ヴァロシアナ侯爵の了承はまだ得ておらぬが、上位派閥長であるカトロニア公爵閣下が認めるのであれば異論は出ないだろう。もともとソフィアはどの王子と比べても能力と人望において際立っていた。ただ女子という理由だけで継承できないことを批判する声も多かったのだ。クリスやエドガーにも話して同意を得ている」
「えっと確か、カインが南西のヴァロシアナ侯爵家、クリスが北のパトロクロス公爵家、エドガーが北西のオルディーン侯爵家、だったわね」
「そうだな。ヴァロシアナ侯爵家とオルディーン侯爵家はカトロニア公爵派で、パトロクロス公爵家とテサロニカ公爵家は中立派だ。敵対派閥は問題のキュプリアス公爵家とその南北に位置するポロス侯爵家、ノトス侯爵家になる。
「東西の争いってわけね」
「だが今回、俺が賛同しているのは派閥とは関係ない。波風を立てたくはないがな」
「ノトス侯爵の息子が、裏切った元副団長のサークだったんだっけ」
「悪い奴ではなかった。最後の尋問では、家の命令に従っただけで本意ではなかったと言っていた」
確かに馬屋にアキレアスたちを追いつめた時、サークは抵抗せず神器を抱えているだけだった。
「カイン。本意ではないとしても、アキレアスが唆された原因にもなったのだぞ。ここに留まった他の騎士も加担しておったしな」
「団員の不祥事、誠に申し訳ございませぬ」
「予も迂闊であった。そなたには全騎士を率いてゲラールへ向かえと命じたのだ。それが半数、敢えて言えばキュプリアス公爵派の団員の多くが残った時点で気づくべきだったのだ」
「陛下。ゲラールへの遠征については、カトロニア公爵派の中にも出立前の時点で危険を察知した諸侯がいたようです。当主から止められれば是非もありません」
「そうだな。予も公爵らは知っておったのではないかと踏んでおる。例の秘宝目当てにアキレアスが向かったのは予想外だったかもしれぬが」
「それぞれ互いにスパイを忍ばせておりますれば、左様なこともあるでしょう」
「予の力が及ばぬばかりに苦労をかけた」
「留まった騎士の中にも信頼できる者がおります。入念に吟味し、問題のある団員はすでに処罰しております」
陛下は大きく頷き、ふたたび私に向かう。
「それでだ。先ほどの爵位の話に戻る。これから始まる戦いのあと、そなたたちにはソフィアの支えとなってもらいたいのだ」
「あと? 攻めてくる領軍と戦ってほしいとかじゃないの?」
「戦いに加わってくれれば助かるのは事実だ。だが支えとはその意味ではない。予がそなたたちに期待するのは、ソフィアの政治的支持基盤になることだ」
「私たちが爵位を得ると助かるの?」
「四公四候のうち、予はカトロニア公爵の後見を受けておるのだが、彼らの支持の上に成り立つ今の仕組は好ましくなくてな。この戦いで空いた爵位には、四公四候ではなく、ソフィアを直接支持してくれる者を宛てたいのだ。そなたらには、その一翼を担ってもらいたい」
「う~ん、一兵卒としてなら役に立つ自信があるけど、そういう戦いではどうかなあ。あ、いや、どうでしょう」
「キュプリアス公爵位をステラ、ノトス侯爵位をアクセルに与えるつもりでおる。ポロス侯爵位や伯爵位以下の処遇はまだ決めておらぬが、その多くがこれから始まる内戦でソフィア側についた者になるだろう」
気前のいい話だが空手形にすぎない。勝てればいいが、負ければ賊軍。
ソフィアのことがなければ、私たちにとっては面倒事でしかない。
平民にとってはどちらでもいいのだ。善政を敷いてくれれば。
「その、疑うわけじゃないんだけど…… フレイン王家が武力で勝てるのなら、今までだって四公四候の言いなりになる必要もなかったんじゃない? いくらカインやアクセル、ステラや私が強くても、敵軍の数が多すぎては勝てないんじゃないかしら」
「そのとおりだ。だから建国王、そなたの力を頼りにさせてほしい。災厄の竜を倒すほどの力を見せれば、敵の戦意をくじき、大衆を味方につけることができる」
今度は全員の視線がフラウに集まる。
「残っている私の力で手を貸します。ですが、1つだけ言っておきます。かつてあなたたちの祖先はシスティーナに不本意な婚姻を強いて凌辱しました。王家の血筋となりたいがために。もしそれが繰り返されるようであれば、此度こそすべてが枯れ果て、腐敗し、王国は滅びるでしょう」