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白騎士と古代迷宮の冒険者  作者: ハニワ
第9章 内戦
118/133

第01話 王都からの出立

#王都からの出立


┌───────┬───┬──┐

│  名 前  │クラス│LV│

├───────┼───┼──┤

│マルティナ  │召喚士│20│

│レミー    │軽戦士│18│

└───────┴───┴──┘


      ◇      ◇


 長い夜を過ごした一般門を離れ、ここは夜明け前の繁華街。建物の切れ目に望む東の空色は、夜の濃藍(こいあい)から黎明(れいめい)群青(ぐんじょう)へと鮮やかさを増している。

 その繁華街にある高級宿の自室にようやく帰着した。マルティナはベッドで横になっているものの、寝てはいない。私を待っていてくれたようだ。


「おかえり」


「ただいま。酷い目に遭った。もう朝だよ」


「うむ。いつもどおりだな。でも今回はちょっとサービスシーンが少なかったぞ」


 鼠さんを介して、牢屋でタロスに襲われたところもしっかり見られていたようだ。いつもはあの辺りで肌色の多い場面を披露する羽目になっていた。


「いつも真面目にやってるんだよ? 別にサービスしてるわけじゃないもんね」


 駅馬車の出る朝2番目の鐘の頃合いまでにはまだ時間があるとはいえ、寝られるほどではなさそうだ。


「風呂に入りたいな。残り湯でいいから沸かしてくれない?」


 マルティナがベッドから上半身を起こす。


「お湯は冷めてるかもしれんがまだ綺麗だぞ。あたいのあと張り替えたし」


「うんうん。じゃあお願いね」


 彼女が浴槽の水を温めてくれている間に、私は汚れていた聖銀のダガーの手入れと今回の一件の報告をした。


「……ってとこかな。奴らと戦いになると思う?」


 今の時点で2対4。敵地に近づくにつれもっと増えるだろう。


「うむ、おそらくな。よし、沸いたぞ」


「サンキュッ」


      ◇      ◇


 入浴を終えて綺麗な体になって戻ると、マルティナは先に身支度を始めていた。

 ベッドの掛布団が寄せられ、マットレスに装備一式が並べられている。

 赤いギャンベゾンに濃茶色のブリガンダイン。パッと見はハードレザーアーマーだ。まだ足鎧を着けている段階で、ミスリル板を裏打ちした胴鎧(キュイラス)が転がっている。

 ロングソードは相変わらず無造作に枕元へ放り出されたままだが、雑に扱っているわけではない。いつでも抜けるようにしてあるだけだ。


「私も着替えよっと」


 用意しておいた勝負服を衣装ケースから取り出してマットレスに並べる。その中には先日王都の雑貨屋で買ったものもある。


 美しく装飾された聖銀のブレストプレート。

 真っ白なブラウスと黒いコルセット。

 胸元でとめた濃茶色の姫袖ボレロ。

 肘まで覆うソフトレザーのロンググローブ。

 濃茶色のショートスカートと白いペチコート。

 厚手の黒いタイツと膝当て付きのロングブーツ。


 クローゼットに焦茶色の外套が掛かっている。部屋を出るときに羽織る予定だ。


「……これでよしっと」


 残りの荷物をすべて木製の衣装ケースに詰め込んだ。左手で持ち上げると、結構な重みを感じる。とはいえ、底につけた車輪のおかげで引いていけるので支障はない。


「かなり重くなってしまったぁ。でも水は必要だし」


 重さの原因は携帯食料と飲料水だ。あとは予備の武器とか手入れ道具とか小物類。


「だから水は買わんでもいいんだぞ」


「マルティナと違って私は召喚できないし、やっぱり必要だよ」


 食料は3日分、水はいくつか革の水筒に小分けして入れている。買ってきた袋や樽にもまだまだ残っている。

 ダガーを懐に忍ばせ、帯剣ベルトを巻いてエストックを提げる。木製の鞘はショートソードに偽装してあり、外見からエストックだとは気づかれない。

 マルティナも装備が整っている。姿見鏡の前で並んで立つ。冒険者を夢見る金持ちのお嬢さんと護衛の冒険者、といった出で立ちだ。

 念のためステータスを表示して確認する。


      ◇      ◇


┌────────────────┐

│名 前:レミー         │

│種 族:ヒューマン       │

│年 齢:22          │

│職 業:冒険者         │

│クラス:軽戦士         │

│レベル:18          │

│状 態:良好          │

├────────────────┤

│筋 力:276 物理攻:775 │

│耐久力:327 物理防:686 │

│敏捷性:303 回 避:614 │

│器用度:262 命 中:528 │

│知 力:180 魔法攻:338 │

│精神力:137 魔法防:402 │

├────────────────┤

│所 属:冒険者ギルド      │

│称 号:Cランク冒険者     │

├────────────────┤

│状態:良好           │

│右:聖銀のエストック    +5│

│左:              │

│鎧:聖銀のブレストプレート +9│

│鎧:絹のツーピースドレス  +9│

│飾:革のロンググローブ   +9│

│飾:革のロングブーツ    +9│

│護:              │

├────────────────┤

│パーティ:レミー        │

└────────────────┘

┌────────────────┐

│名 前:マルティナ       │

│種 族:ヒューマン       │

│年 齢:17          │

│職 業:冒険者         │

│クラス:召喚士         │

│レベル:20          │

│状 態:良好          │

├────────────────┤

│筋 力:361 物理攻:971 │

│耐久力:400 物理防:945 │

│敏捷性:211 回 避:485 │

│器用度:224 命 中:493 │

│知 力:251 魔法攻:603 │

│精神力:201 魔法防:657 │

├────────────────┤

│所 属:冒険者ギルド      │

│称 号:Cランク冒険者     │

├────────────────┤

│状態:良好           │

│右:聖銀のロングソード   +9│

│左:鋼鉄のスモールシールド   │

│鎧:聖銀のブリガンダイン  +3│

│飾:              │

│護:              │

├────────────────┤

│パーティ:マルティナ      │

└────────────────┘


      ◇      ◇


 ふとマルティナのベッドを見ると、サイドテーブルにお菓子がひとまとめにされている。


「あ、それか? 余ったから食べてもいいぞ」


 バックパックの隣に、子どもたちにプレゼントを配り歩くお爺さんが肩にかつぐような、パンパンに膨らんだ大袋が置かれている。


「朝食代わりにちょっともらおうかな。ビスキュイは馬車の中で食べてもいいな」


 ビスキュイは小麦の焼き菓子だ。地方のと違って砂糖が多めで甘い。

 3つ4つとかじっていると、マルティナが部屋の出口、通路の方を向く。


「レミー、奴らが部屋を出たぞ」


 僅かに靴の擦れる音が聞こえ、部屋の前を何者かが通り過ぎ階段を下りていくのがわかった。もし鼠さんが監視していなければ気づかなかっただろう。


「一応つけといて。私たちはあとから行こうよ」


 奴らも荷物を抱えているだろうが、こちらも大きな木樽と食料を入れた大袋、荷物を入れた衣装ケースで目を引いてしまう。

 窓の隙間から通りを眺め、宿から出た奴らが遠ざかるのを見届けてから私たちもチェックアウトした。


      ◇      ◇


 朝市の行われている中央市場付近の通りを歩きながら、商人や買い物客から情報を集めて回る。

 売買の合間に交わされる程度の会話だが、それらを耳にするだけでも興味深い話がいくつかあった。


「マルティナ、モント=レヴァンの一件がどうやら伝わってきてるよ。被害に遭った商人が隣接するフルヴァチア伯爵領に逃げ込んで、そこからこっちへ伝令が来たみたい」


「こっちでも聞いたが、討伐されたのはまだ伝わってないな。隣接国とはいえモント=レヴァンはここから遠いし、市民の関心は高くない。それよりもここ数日の王城や貴族街での騒ぎのほうが気になるようだ」


 朝の市場に集まる客は貴族街や平民街から買い出しに来る使用人が多い。どうしても身近な話題が中心となる。


「遅くともあと数日で『ブラックフェニックス』が到着するはずだし、討伐されたのも伝わってくかな。その前にカタをつけたいね」


「なんにしても『巨人』が奪還されて良かったぞ。アレはこの国にとって正当なる王を示すものとなる得るからな。大義名分を与えずに済んだのは大きい」


 ソフィアは彼女の率いる『女神の館』にフローネガルデがいることをまだ知らない。ステラを王位につけたいと言っていたが、フローネガルデに鞍替えするだろうか?

 いや、フローネガルデはもはや世界の柱にもなる別次元の存在だ。たとえ請われても受けないだろう。


「昨夜の王城の騒ぎも憶測を呼んでるよ。主人の属する派閥によって悲喜こもごもみたい。捕まった奴もいれば、栄達のチャンスとなる連中もいるしね」


「今日はさらに混乱が増しそうだな。タロスの件はすぐに洩れるぞ」


「青狼騎士団は平民街に住んでる団員が多いもんね。一般門で捕まった騎士や衛兵の家族から情報が洩れそう」


「そもそも一般門は大勢の人が集まり行き交う場所だ。奴らを王城へ送致すれば必ず人目につく」


 もう今頃は城門が開いて出入りが始まっている。一般門で起きた事件の話は人の移動とともに自然に広まるはずだ。


「でも、一般門の警備が厳しくなって、あの傭兵風の4人組が捕まったら困るね。逃亡先を突き止めたいから、泳がせてくれないと」


「偽造とはいえ、奴らが持っている身分証は正規のものだ。顔や名前が割れて手配書が回っていない限りは捕まらないだろう。そうなったらそうなったで、そこから先は騎士団に任せればいい。あたいらがキュプリアス領に向かうのは変わらないだろ?」


「ビーコンを仕掛けた馬車を見つけるほうが大事だもんね」


 ビーコンの稼働時間には限りがある。他のことは後回しにしてでも、エネルギーが尽きるまでにあの馬車を見つけねばならない。


      ◇      ◇


 そして巷では今日もカストロ男爵邸と奴隷娼館の騒ぎが話題になっているようだ。


「カストロ男爵が召喚されているようだぞ。表向きはカストロ男爵邸から避難した使用人の扱いについてだそうだが」


 私の調べでも、カストロ男爵本人の関わりはわからなかった。聞き出す前に、次男デボルと三男オレアスが死んでしまったからだ。

 屋敷でも奴隷娼館は秘密にしていたようで、使用人たちはなんとなく気づいていたものの、証拠があるわけではなかった。

 ただし、ジローナ男爵やタロスが捕まったことで、今後は捜査が進展する可能性が高い。

 それに何か他に王宮側が得ている情報があるかもしれない。

 奴隷娼館内部や男爵邸の執事あたりから私の調べきれなかった情報が明らかになっている可能性もある。

 カストロ男爵がなにか知っている可能性は大いにある。奴隷娼館はともかく、ハンナが囲われていたのは彼の屋敷なのだから。

 しかし、主人の部屋は完全にデボルのものとなっていた。父親が来るなら空けてあるはずだ。男爵自身はもう王都の屋敷に出入りしていなかったのではないだろうか。


「カストロ男爵が応じるかなあ。彼はポロス侯爵の雇われ領主だもん」


「ポロス侯爵はキュプリアス公爵派だからな。王都の情勢については聞き及んでいるだろう」


 先のアキレアス王子の件では、神器の確保という彼らの本来の目的は伏せられ、代わりにソフィア王女と黒鳳騎士団の謀殺という大逆罪の容疑がかけられている。

 それに対し、キュプリアス公爵や彼の派閥の貴族は領地に逃げ込み、召喚を拒んでいる。


「逃げ遅れて捕まったノトス侯爵たちは拷問にかけられて処刑されたんだし、のこのこ出てくるわけないよ」


「だが、ポロス侯爵がカストロ男爵を切り捨てる可能性もあるぞ。そうなれば被害を受けた令嬢の家から報復を受けて、処刑よりも辛い目に会うかもしれないな」


      ◇      ◇


「このまま召喚に応じなかった場合、国王はどうすると思う?」


「後見人で宰相でもあるカトロニア公爵に頼むんだろう。キュプリアス公爵は王都にいたんだから、絶対に確保すべきだった」


「彼の領地どころか、王都の屋敷すら未だに抑えられないくらいだし。実際にあの馬車も逃げだせたもんね」


「屋敷には私兵がいる。迂闊には手を出せんよ。だが屋敷外の貴族門は別だ。キュプリアス公爵家の馬車だったらひと悶着ありそうなものだが、なぜ通れたのかわからん」


 あのとき馬車は門を抜けて遠ざかっていくところで、家紋までは確認できなかった。

 貴族門の門番が止められなかったとすれば、よほど高い身分の者だったのだろう。


「でもおかげで王都にいた小者が消えたから、邪魔が入らなくて助かったとこもあるかな」


「まあな」


 特に王城内は顕著だ。私が調べに来た時には王宮騎士団の中にも王都を離れた者が少なからずいて、逃げる当てのない一代貴族か平民しか残っていなかった。王宮や公舎に潜入するときに邪魔になりそうな騎士や私兵も少なかった。

 その代わり、デボルの死体から見つけた手帳に書いてあった上位貴族の不正については領地まで調べに行くしかなく、後回しにせざるを得なかった。

 そこで偶然にもジローナ男爵とリュイスを調べることになったのは僥倖(ぎょうこう)だったと言える。


「あとはベルガモ子爵だけど……」


「アタイたちは王都を出なきゃいけないし、ソフィア王女に任せておくしかないな」


「しかし、こうも失態が続くとな。キュプリアス公爵は王弟とはいえ、やんわりと召喚されてるだけでは済まんぞ」


「後ろ盾についていたアキレアスに続いて、今度は公爵の屋敷からのクーデター騒ぎだしね」


「自身の屋敷という、そんなバレバレの場所を使ったのは解せないが」


 あの馬車の中には高エネルギー反応があった。あれは災害級以上の魔獣である可能性が高い。


(屋敷にそんな魔獣がいて騒ぎにならなかったのかな。そもそも馬車に入るもんなの?)


      ◇      ◇


 マルティナと話し合ったり頭の中で考えを巡らせながら幾つかの交差点を曲がって進むうち、通りの向こうに高さ20メートルはあろうかという巨大な城門が見えてきた。

 南の外城門である一般門。付近は大広場になっていて、隣接するロータリーに屋根付きの待合所が設置されている。

 そこに4頭立ての馬車が何台も連なって待機している。客車には行き先と車番を示す大きな表示板が取り付けられていて、違う馬車に乗ってしまう心配はない。


「乗車開始はまだみたい」


 人々が集まり列を成している。一般客用の列はかなり後ろまで続いている。


「例の4人組はあそこだぞ」


 マルティナが視線を送る先に奴らが見える。4人ひと固まりになって予約客用の列に並んでいる。今も鼠さんに尾行させているので見失う恐れはない。


「荷物が少ないね。遠出じゃないのかな」


 私のこだわりで水の入った樽を担いでいるのはともかく、長旅となればそれなりの荷物になるはずだ。だが、奴らの手持ちの荷物は少ない。


「そうだな。宿を出てからの買い物も少なかったな」


 私たちも予約客用の列の最後尾につく。ぐるっと遠回りして近づいたので、こちらは見つかっていないはずだ。

 さて、この待合所だが、辺りは人だらけでかなり混みあっている。

 マルティナが首を傾げる。


「奴らの行き先は気になるが、それよりもこの人の数だ。いつもはこんなに多くないはずだが」


「マルティナは闘技場に出入りしてるから、この辺はよく来るんだっけ。予約券買っといて良かったあ」


 すると、一般客用の列に並んでいる男が教えてくれた。平服姿で家族を連れている。


「みんな避難しようとしてるんだよ。王城で騒ぎになってるだろう? 内戦になるらしい」


「あっ、クー……もごもご」


「レミー」


 マルティナが私の口に手を当てて塞ぐ。


(そうだった。クーデター騒ぎが起こったことまでは、まだ広まってないんだった)


「内戦とはまた物騒な。どこか攻めてくるの?」


 家族連れの男が頷く。


「まあ西のカトロニア公爵と東のキュプリアス公爵だろう。いつものことだ。王位継承の時期になると、双方の領軍が出張ってきてにらみ合いになるからな」


「でも王様ってまだ若いよね。王子がみんな死んじゃったから早く代替わりするのかな」


 世継ぎのいない王様ほど危ういものはない。もし唯一残された第1王子が死ねば、兄弟従兄で血みどろの争いになる。


「さあな。だがまあ今に始まったことじゃないし、聡い連中がこうやって先に動いてんだよ。戦闘が始まれば押し寄せる客はこんなもんじゃねえぞ。それに、王都から脱出できたとしても、道中で巻き添えを食らうからな」


「なるほどねえ」


「噂だと、グレゴリオス三世陛下はオデッセアス殿下がご健在のうちに代わられるおつもりのようだ」


「じゃあキュプリアス公爵が反対して内戦に?」


「それなんだが、キュプリアス公爵閣下も結局オデッセアス殿下に相乗りすることになったって噂もあるんだよなあ。よくわからんよ」


「じゃあ内戦にならないじゃん。噂って当てにならないよね」


 すると、私たちの前に並んでいる貴族服の男がこちらを向いて話しだす。


「王城で粛清騒ぎが起こってるのは確かだ。本当かどうか知らんが、陛下の手元にあるはずの神器が偽物で、ソフィア王女殿下が本物を手に入れて帰還したって話を聞いた。次期国王になられるのかもしれん」


「そいつぁたまげた。まるでフローネガルデの聖杯伝説の話みたいだな」


 平民の男が驚いて伝説の話を持ち出すと、貴族の男もそれが念頭にあるらしく、したり顔で頷いた。


「そうなるとオデッセアス殿下が王位につけない。だから殿下のほうからキュプリアス公爵に(なび)いたのではないかと」


 もはや会話の主導権は私から外れ、周囲で憶測が飛び交っている。


(こうして噂が広まっていくんだなあ)


 その中から正しい情報を読み取っていくのも重要なことだ。最終的には足を運ぶしかない。それが私たちの仕事だ。


「平民じゃあ、どっちがどうなのかなんてわからん。大勢が決まるまで従兄のところに厄介になるつもりだ」


「俺も騎士学校に休学願いを出して、親父の領地に戻るところだ。王都にいたら戦いに巻き込まれかねないしな。派閥争いにしても、実戦にしても」


「こっちは長蛇の列だ。予約客のそっちがうらやましいよ」


 気がつけば、私の後ろにも予約客が並んでいて、一般客の列は向こうで折り返すほどの長さになっている。


      ◇      ◇


 ――ゴォーン、ゴォーン。


 朝2番目の時を告げる鐘が鳴った。列の前方が慌ただしさを増す。どうやら時間が来たようだ。


「えー、皆さま。お待たせ致しました! これより乗車を開始します!」


 御者服を着た男性の合図を皮切りに、予約客が列の先頭から順番に客車へと乗り込んでいく。


「ん?」


 ふと、帽子を脱いだ1人の女性に目が止まる。知っている人物だったからだ。あれほどの絶世の美女を見間違うはずがない。


「あれはハンナさん? ミリエス伯爵領に戻るのかな」


 つばの広い帽子を深々と被っていたせいで、今の今まで気がつかなかった。

 1人で王都を出るということは、監禁されていたことをどこにも通報しなかったのだろうか。スキャンダルになると伯爵家に迷惑がかかるので、黙っているつもりなのかもしれない。


「お忍びって感じだな」


「だから、こういう犯罪って被害者が泣き寝入りすることが多いんだよね……」


 客室内へ消えた彼女に思いを馳せていると、マルティナに肘で小突かれた。


「レミー、ほら。奴らが動く」


 あの4人組だ。ハンナと同じ客車に向かっている。


「マズい!」


 止めに入ろうにも馬車までは遠く、列を無視して割り込むこともできない。あの4人以外にも私の知らない仲間がいるかもしれないし、人目につくのはマズい。

 逡巡しているうちに、奴らが客室に乗り込んでしまった。


「なんてこと……」


 マルティナが私の肩に手を乗せる。


「落ち着け。どのみち間に合わなかった。奴らもここで手は出せないだろう」


(居合わせたのは偶然? いや、できすぎてる)


 もしかすると、あの4人はハンナを狙っているのかもしれない。

 列の消化が進み、私たちの番が回ってきた。係員に予約券の銅板を返して何台もある駅馬車を眺める。


「どれに乗ろうかな」


 定員は6名。ハンナと奴らの乗る馬車は満席になったので出入り扉が閉められている。これほど多くの客が待っているのだ。最終的にはどれも埋まるだろう。


(行き先が同じなら、どの馬車に乗ってもはぐれることはないか)


 駅馬車は魔獣や野盗の襲撃に備えて集団で隊列を組んで走る。護衛もつく。少なくとも次の停留所であるマリスまでは一緒だ。


「まだ誰も乗っていない馬車があったよ。これにしよう」


 客車の上には荷台がある。待機中の御者と助手に頼んで荷物を載せてもらい、客室に乗り込んだ。肘当てのある立派な座椅子が向かい合わせに3つずつ並んでいる。何か起こったときに対応しやすい扉側に陣取った。


(もしハンナさんが捕まってるようなら、マリスで救出しよう)


 ――ガタン。ゴロゴロゴロ……


 馬車が動き出した。振動が小刻みに伝わる。ふかふかのクッションのおかげで不快には感じない。荷馬車と比べれば天国のような乗り心地だ。

 城門で一旦停止し、荷物と身分証のチェックを受ける。

 先行している奴らの馬車はチェックを抜けたようだ。私たちの馬車も続き、大きな一般門をくぐり抜けた。

 馬車は王都外周の水堀にかかった橋を渡り、そこから北東方面へ進んでいく。

 王都から四方に伸びる街道は石畳で整備されている。土の街道と違い、大きく揺れることはない。

 腰から外して客室の壁に立てかけてあるエストックを眺める。


(こいつの出番が来るのはそう遠くないかもね)


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