第17話 ジャスティブルー
#ジャスティブルー
(暗殺者か!)
とっさにバッと毛布をはね上げて襲い掛かってくる影に覆いかぶせるも、毛布が押し戻され私を貫こうとする何か尖った先端が迫ってくる。それを背後の壁に貼りつくように飛び退いて躱しながら問う。
「君、誰さ?」
……返答はない。
「さっきの衛兵じゃないよね?」
私をここに入れた衛兵でもないし、ザックでもない。目が慣れてきて、人影は鎧を着けた男であり、右手にダガーを握っているのがわかった。
鎧は衛兵のものではない。最初に会話し尋問されたザックと同じ、青色の騎士鎧だ。暗いので黒っぽく見える。握られたダガーは没収されたはずの私のものだ。
(大声を出して助けを呼ぶべき? いや、もし仲間が待機していたら増援がくるかも)
状況を把握する余裕をつけるために、もういちど静かに問う。
「ねえ、君、誰さ?」
「くそ…… 目が覚めていたか」
男は苦虫を噛み潰したようにうめく。
「それ、私のでしょ?」
「そうだ。お前は脱走しようとしてそれに気づいた男爵親子を殺害し、そこに駆けつけた俺と揉み合いになって死んだってことになるって筋書きさ」
「私、ただの善意の冒険者なんだけどな…… なんでこんなことを?」
「俺のことを聞いてないのか?」
「君なんて知らないよ!」
「そうか。運が悪かったな。死んでくれ」
男がダガーを突き出してきた!
狭い牢の中で、パンチを繰り出すようにシュシュッと突き、ブンブンッと振ってくる。
私の体を掴もうとする左手を振り解き、こちらも右腕を掴もうと反撃を試みる。こちらは素手だ。金属鎧を殴ると逆に怪我をしかねない。
(どうする、殺す? そっちのほうが楽だけど……)
自問した答えはノーだ。それは得策ではない。ここで騎士を殺せば、今度は殺人犯として本当に捕まってしまう。取り押さえるしかない。
僅かな逡巡の間に男が私を組み敷こうと覆いかぶさってくる。体格が良く鎧も着けているので向こうが圧倒的に有利だ。両手で右手首を掴んで耐えるも、ダガーの先端がジリジリと私の胸に迫る!
(こいつ、意外にやる!)
私はもともと体が細く筋力や耐久力には恵まれていない。それでもレベルは18。相手が王宮騎士だとはいえ、そうそう劣るはずがない。十人長のような上位の騎士かもしれない。
「くっ、うりゃあ!」
スリムな体をねじらせて作った隙間にかろうじて膝を滑り込ませた私は、男を鉄格子まで勢いよく蹴り飛ばした!
ガシャァンと鉄格子と鎧がぶつかる大きな音が響く。
「ぐほっ!」
背中を打ちつけた男が短く呻いて息を吐き出した。そして鉄格子にもたれかかりながらズルッと崩れ落ちる。鉄格子と鎧が擦れ、キキィィィと不快な音が鳴り響いた。
男はまだあきらめていない。鉄格子に掴まって立ち上がり、こちらにダガーを向ける。腰に長剣を提げているが、狭い牢の中では抜けないばかりか、長い鞘が動きを阻害している。とにかくあのダガーをどうにかしなければならない。そう思っていても間合いがあくとなかなか隙を見せない。さすが王宮騎士だけのことはある。
◇ ◇
これだけ騒々しくしていれば他の誰かに気づかれないはずがない。通路に置かれたカンテラとは別の明かりとともにひとりの騎士がやってきた。
「タロス、そこで何をやってるんだ! 門衛隊長であっても女性の部屋に入ってもらっては困る」
よそ見をして確認するまでもなく、声であの堅物の騎士、ザックだとわかった。それにこの男はタロスというらしい。どこかで聞いたことがある名だ。
(タロス? そうだ、ハンナさんを囲っていた騎士か!)
冒険者ギルドの資料ではタロスは平騎士ということになっていたが、あの情報は古いものだった。今は門衛隊長になっているようだ。父親の地位を継いだのかもしれないが、実力も相当なものだ。
(青狼騎士団の中でも上位の騎士か。どうりで強いわけだ)
坑道で戦った、騎士団の鎧で扮装しただけの偽者ではない。本物の十人長の騎士だ。
本当の狙いは私ではなくジローナ男爵とリュイスの口封じだろう。ザックから報告を聞いて、ここにいることを知ったのだ。
ただ、タロスとジローナ男爵の関係性がわからない。クーデターの画策や不正雇用など、すでに露見しているものは彼らを殺しても手遅れだ。何か、今のうちに殺せばもみ消せるか助かる案件があるに違いない。
(タロスとハンナさんのことにジローナ男爵が関わってるってことなのかな。もしかすると奴隷娼館にも……)
つまり、なんとしてもこいつから話を聞かねばならない。
「助けて! 殺される!」
私がザックに助けを求めると、タロスが慌てて弁明する。
「騙されるな! こいつが脱走しようとしたんだ!」
「では、なぜそのダガーを持ってるんだ? あいつから取りあげた物のはずだ」
ザックは依然として疑いの目を向けたままだ。
「そ、それはだな……」
タロスは私に対峙したまま後ずさり、見苦しく言い訳を続ける。背後の鉄格子扉をくぐりぬけて通路に出ると、説明しようとする素振りでザックに近づく。
そして、唐突に彼の首元に向けてダガーを突きつけた!
だが、ザックは予測していたようだ。至近距離の突きをサッと避けて肩口をかすめるにとどめると、腰の剣をスラッと抜いて応戦しはじめる。留置所の通路は独居房のように狭くはなく、剣を振るえる程度には広い。
タロスがザックにダガーを投擲し、彼が避ける間に長剣を抜いた。ふたりは切り結びながら通路の向こうに去って見えなくなる。もう怒号と剣や鎧を打ちあう激しい剣戟の音が響いてくるだけだ。
騒ぎは門衛所にいる他の衛兵にも伝播したようで、階段や通路を走る足音が入り乱れる混戦となっていく。やりとりを聞くかぎりでは、どうやらザックの味方につく者もいるようだ。彼は『平の騎士』と自嘲していたが、十人長でこの門衛所の長であるはずのタロスと拮抗するほどの人望があるのではないだろうか?
どちらにしても、ここからでは戦いの行方がわからない。わかるのは目の前の雑居房にいるジローナ男爵親子がまだ無事で、聞こえてくる声からザックがなんとか健在なことだけだった。
独居房の扉は開いたままだ。それに今は通路に誰もいない。抜け出すには絶好のタイミングだが、おそらく多くの衛兵がいるだろうし、勝手に出るわけにはいかない。
それに出ていって加勢しようにも武器がない。どこかにタロスが投げた私のダガーが落ちているはずだが、見える範囲には無さそうだ。
ここにいようがいまいが、タロスが勝てば男爵や私をまた狙ってくるに決まっている。
(つまり?)
私ではない誰かが、多くの衛兵を圧倒して、タロスを捕えればいい。
「あ~ も~ 仕方ないなあ。うん、仕方ない。だよね?」
「チュッ!」
まだ傍にいてくれた鼠さんに向かって声をかけると、肯定の返事が返ってきた。
「じゃ、行ってくるから!」
ブレスレットに向けて叫ぶ!
「クリスタライズ!」
◇ ◇
白銀色のバトルスーツに身を包むと、外装色を『ジャスティブルー』に変更した。
(さあ、スーパーヒーロータイムだよ!)
いくつか離れた独居房に『ジャンプ』で移動してから留置所の通路に躍り出た。通路の出入りを制限する鉄格子扉があり、その向こうで戦っている者がいる。全員が青色鎧の騎士か衛兵で、誰が敵で誰が味方か判断できない。
(とにかくタロス! 奴を探さなきゃ!)
乱戦に飛び込みながら叫ぶ。
「剣を引け! 門衛隊長のタロスはクーデター犯の一味だ!」
私が発した声だが、私の声色ではない。変声され二重にブレたような男性の機械音声が響く。
正体がバレないように、バトルスーツの外装色と機械音声は数種類あるプリセットから自由に変更できるようになっている。
(そう、今の私はヒーロー。ジャスティスウォーリアーのジャスティなのだ!)
ちなみにタロスがクーデターに関わっているかはまだわからない。争いを治めるために当てずっぽうに一番重そうな罪状を口にしたのだが、突然飛び込んできた知らない奴が言っても説得力がない。聞く耳は持ってもらえなかった。それでも数人の衛兵が同じ方向に顔を向けたのを見逃さない。
(あっちにいるのかな⁉)
足で地面を蹴ってステップし、剣を打ち合う衛兵たちを体当たりで突き飛ばして通り抜ける。
バトルスーツは体の露出部分が一切なく、重装鎧のように見える。だが、そうではない。極めて高精度にコントロールされ私の動きに追従して力を増幅させる強化服だ。身に纏う空気のように軽々としているので軽戦士の能力を損ねることなく素早く動ける。
脱兎の如く地下の留置所から階段を駆け抜け階上の通路を進むと、見覚えのある側防塔の外に出る扉と騎士の姿が見えてくる。
(見つけた!)
ザックとタロスが左右に立って剣を結び、今まさに剣が交差する瞬間、その間に割り込む!
左手でガシッ!
右手でガシッ!
双方のブレードを手で掴んで受け止めた。オリハルコンでできたグローブは傷ひとつ付かない。
「やめろ! 双方剣を納めるんだ!」
右側にいるタロスは必死に剣を押すものの、バトルスーツによって強化された私の右腕はビクともしない。
「そ、その姿は!」
左側のザックからは驚きの声と共に剣圧が引くのを感じる。力を緩めると彼は剣を戻して構えを整えた。そこで、まずはザックに声をかけることにした。
「タロスは俺が確保しよう! お前は周りの衛兵を鎮めてくれ!」
私は騎士団の鎧も着ていないし、およそ一般の鎧姿ともかけ離れた怪しげな出で立ちである。堅苦しいザックが私を不審に思い、捕まえようとするのではと若干危惧していた。だが、彼は意外にもあっさりと頷く。
「……わ、わかった!」
ザックが私たちから離れ、周りを説得しはじめるのを見て安堵し、右手でタロスの剣を握ったまま彼に向き直る。
「あの女と男爵親子を狙ったのはなぜだ?」
「し、知らない!」
「知らないわけがないだろ? お前が3人を殺そうとしたのはもうわかってるんだ」
剣から手を放して逃げようとするタロスの右手首を左手で掴んで背中に捻りあげる。
「ギャァァァァァッ!」
手加減などしない。鈍い音とともに限界を迎えた腕の骨が折れて、手を話すと力が抜けたように座り込んでしまった。
やっと逃げる気も失せたようだ。
「なぜジローナ男爵を殺そうとした?」
もういちど問いただすと、タロスが震えながら口を割る。
「裏でやっていた奴隷娼館が摘発され、直後にデボルとオレアスが殺されたんだ。きっとジローナ男爵の差し金だ。殺される前にやってやろうと思って……」
「奴隷娼館だって⁉ お前はそのデボルの仲間だったのか」
デボルとオレアス……
まちがいない。あの空き家でやっている奴隷娼館のことだ。
「そうだ。殺されたふたりにリュイスを加えた俺たち4人で始めた王族や貴族相手の闇の売春組織だ。空き家を使って見目麗しい元貴族の深窓の令嬢ばかり集めてな」
4人で始めた? なるほど、ハンナが王宮騎士団に助けを乞うのを嫌がったわけだ。門衛隊長がグルなのだから。
「なかなか面白そう話じゃないか、続きを聞いてやるよ。内容によっては逃がしてやらないでもない」
「そ、そうか? 本当にできるのか?」
タロスはわずかな望みに縋りつくことにしたようだ。私は彼を助けるふりをして外に連れ出すことにした。ふたりが一瞬で人気のない場所に出る。外城壁を周回する水堀の土手だ。
「え? ここは……?」
彼はキョロキョロしながら周囲を見回す。突然外に出たとわかり、混乱している。
「寒い…… ここは?」
「もう王都の外さ。秘密の通路を知っててね」
もちろん嘘だ。そんな通路などない。この一瞬の間に異層空間を通ったなど理解できないだろう。ただ、水堀の向こうに見える篝火に照らされた一般門を見て本当に王都の外だとわかり、安堵する様子を見せる。
「助かった……」
すると今度は静かにカタカタと震えはじめた。真冬の夜ということで寒いのは当然のこととして、このままでは捕まるのは時間の問題だと思い至った恐怖からのようだ。
「俺はおしまいだ…… 殺そうとしたことがジローナ男爵に知れれば奴がすべてバラすだろう……」
(う~ん、それはどうかな?)
私は懐疑的だ。それをバラすということはジローナ男爵が自らの罪を曝け出すことにも繋がる。逃げて引き籠れるような領地も持っていない。おそらく拘束されて王宮に連れていかれるだろう。それは間違いない。であれば、逃げ場もないし、そう簡単に口を割らない気がする。不正に関わった他の者も同じだ。
だが今は、彼が苛まれている強迫観念を利用させてもらおう。
「もう目を覚まして喋ったかもしれないなあ。夜が明けたらまちがいなく王都中に広まるし、周りを頼っても売られるだけじゃないか?」
「くそ、逃げるしかないか。だが金が……」
「そうだ、一度家に連れていってあげよう。金も馬も必要だろ? そしたらまた秘密の通路を使って逃げればいい」
彼は身の破滅の危機が迫る中で突然王都の外に出るという理解できない状況にあり、思考がぼうっとしている。そんな精神状態だからヘルメットの目でも《魅了》がバッチリ効く。
「頼む、全部話す! だから助けてくれ……!」
タロスは自ら進んであれこれと話しはじめた。
◇ ◇
「もう何年も前の話だ。カストロ男爵家のデボルと俺は共に騎士学校の同期で、ジローナ男爵家のリュイスの悪友だった」
タロスの見かけは30歳前後だから、10年以上前の話かもしれない。
「ジローナ男爵は行政官の地位を利用して貴族街の空き家を確保した。そして息子を通じて知り合った俺たちを買収し、秘密の商売を始めさせた」
「それが奴隷娼館なのか」
「そこらにいるようなアバズレじゃなく、元貴族の深窓の令嬢がサービスしてくれるのが売りだった。だが当然のことながら、真っ当な方法で貴族令嬢の奴隷など集まるはずがない。俺たちは以前から詐欺や脅迫、拉致紛いの悪さをしていた。そのような手口で奴隷を集め、王族から奴隷商人まで幅広い顧客を得て成功していた」
「王侯貴族が顧客なら、お前は顔がバレるとマズいんじゃないのか? 王宮騎士なのだろう」
「だから俺は直接関わってはいない。デボルが奴隷娼館を経営し、オレアスがゴロツキを雇って誘拐などの汚れ役をする。騎士団が保管している奴隷の首輪を横流しするのが俺の役目だった」
タロスの自供が続く。彼らはそれぞれ直接の接点は持たないように留意しながら、協力して犯行をおこなっていたらしい。その見返りに金や箔のつく表の仕事を世話し、犯罪歴や出自を偽った身分証を発行するのがジローナ男爵とリュイスだった。
「そして、次の標的として狙ったのが、美人姉妹で評判だったミリエス伯爵家のハンナとダニエラだった。ずっと俺のものにしたいと思ってたんだ。そこで、俺たちがいつもナンパで使っている手で一芝居打つことにした」
語られたのは、ゴロツキに絡まれたダニエラをリュイスが助けて騎士団の衛兵に突き出す、そんな絵に描いたようなストーリーだ。言うまでもなくゴロツキはオレアスが雇った奴隷娼館で働く連中で、突き出した先がタロス。つまりグル。
そしてリュイスのほうから積極的にアタックし、ダニエラを口説き落とした。伯爵令嬢とはいえ、次女の彼女と男爵家嫡男のリュイスでは格が違う。まあそれなりに美男子でもある。
一見すると良縁に見えるめぐり合わせだったが、伯爵家からはハンナを始め多くの家族、家人が反対した。ダニエラはそれを妬みだと恨んだ。
そしてリュイスはダニエラからそれとなくミリエス伯爵家の内情を聞き出してそそのかし、姉妹仲の悪かったハンナの無実の汚職事件をでっちあげさせた。
「デボルがそのスキャンダルを使ってハンナを脅迫し、俺たちの性奴隷に落とすことができた。俺はあの姉妹の体だけが目的だったが、ジローナ男爵は違ったようだ。別の貴族と共謀してミリエス伯爵家を没落させ、領地持ちの貴族になり替わる計画を進めていた」
「その計画はどこまで進んでるんだ」
「わからない。カストロ男爵の屋敷の地下室にハンナを監禁していた。ダニエラは姉を嵌めたつもりでいるようだが、ジローナ男爵が目的を達したあとは仲良く奴隷姉妹として売られる予定だった。バカな女だ」
「どう転んでも姉妹には暗い未来しかなかったんだな。とはいえ、その計画は水泡に帰したな」
「とんだ番狂わせだ。ジローナ男爵が指名手配されて捕まるとは」
「ジローナ男爵が捕まるとマズいことがあるのか? ハンナの一件以外で」
「俺が関わったのはそれだけじゃない。奴隷娼館向けの奴隷を集めるため、オレアスは同様の手口で十数名の貴族令嬢を攫っていた。その過程で露見しそうになった犯罪の揉み消しや、証人の始末を依頼された。そのうち、俺たちの演技力を生かした裏の仕事もするようになっていった。依頼人から金を受け取り、難癖をつけては正当防衛や偶然を装って標的を殺すような暗殺まがいの仕事だ」
「じゃあデボルとオレアスをやったのもお前じゃないのか?」
「俺ではない。だが、奴隷娼館にいた者も全員殺されたと聞いている。口封じのために殺されたのは間違いない。だから俺はジローナ男爵とリュイスが仕向けたと思って、やられる前に口を塞ごうとしたんだ」
「それで失敗したというわけだな?」
「まさか、あの女があんなに強いとは思わなかったんだ。簡単な仕事だと思ったのに……」
タロスにかなりの実力があるのは事実だ。ワンピースを着た丸腰の平民女の寝こみを襲って、まさか返り討ちに会うとは思わなかっただろう。
「まあ、この辺でいいだろう。では戻ろうか」
「おい、逃がしてくれるって言ったじゃないか!」
特に拘束していなかった隊長が慌てて背中を見せて逃げようとするが、首根っこを掴み上げて持ち上げる。武器もなく、右腕を潰された彼は成すすべもない。
「お前は今まで手に掛けた者の助命を聞いてやったのか?」
「そ、それは……」
彼はぐっと黙り込み、今まで隠してきた人には言えない数々の秘密を思い返しているようだ。
「一度剣を交えれば、お前の行ないなど簡単にうかがい知れるものだ」
独居房のような極端に狭い場所でダガーを扱うのは難しい。取っ組み合いになって、彼がどれだけの暗殺をこなしてきたのか、すぐにわかった。王宮騎士団で正統派剣術の訓練はするだろうが、ダガーを使って寝こみを襲うような暗殺の訓練をするはずがない。
◇ ◇
タロスを軽く気絶させて門衛所に連れて戻ると、ザックが大声をあげて駆け寄ってくる。
「お、おい、どこいってたんだ!」
怒っているとも心配していたともつかない表情の彼にタロスを突き出す。
「衛兵同士で争っていただろう? 誰が味方かわからなかったのでね、あえて離れていたんだ。ほら、早く捕まえてくれ」
「お、おう」
「中を鎮圧してくれている間に余罪を聞いておいたよ。どうやらまだ裏で操っている他の貴族がいそうだ」
タロスから聞いたことをすべて伝えると、意外にもザックはすんなりと話を信じてくれた。
「……おそらく一騎士のお前では扱いきれないな。あのジローナ男爵親子と一緒にすぐに王城へ送るといい」
「わかった。ジローナ男爵とリュイス、タロスの3名はすぐに王城に送致することにする。当の門衛隊長が捕まったんだから許可もへったくれもないってもんだ」
なぜ私を簡単に信じたのか解せないが、どうやら私たちの望む展開に持っていけそうだ。
(ジローナ男爵親子を連れてきた時はあれほど疑われたのに……)
「俺を疑わないのか? 不審者だろう」
「そうだな。だが今回は特別だ。あなたはジャスティスウォーリアー。そうなんだろ?」
「気づいてたのか」
「なんたって同じ青い鎧なんだぜ! 王都でもファンが多いんだ! 俺もその1人さ!」
「そうか……」
(私に割り当てられてるのは白銀色なんだけどね……)
青狼騎士団の規律維持に『ジャスティブルー』が貢献してるんならそれはそれでいい。私はあくまでも陰。姿を伏してひたすら使命を果たすのみ、ただそれだけだ。
「じゃ、あとは頼んだよ!」
ふたたび『ジャンプ』して元の独居房に戻り、バトルスーツを除装する。
「さてと。朝までには出して欲しいな……」
藁敷きの粗末なベッドに横になり、目を閉じた。
◇ ◇
そのあと、留置所に衛兵を引き連れてやってきたザックによって、私は解放された。
「危険な目に合わせて済まなかったな。もう帰っていいぞ。俺は今からジローナ男爵とリュイス、タロスの3名を王城に連行する」
彼から没収されていた聖銀のダガーと鍵開け道具を手渡される。
「解放してくれるのはうれしいけど、急にどうしたの?」
「朝まで待っているとまた何かありそうだしな。今すぐこいつら3人を送致することにしたんだ。となると襲撃を受けたこの場所にお前を残していくのは心配だしな」
「気にしてくれたんだね、ありがと!」
「ま、それにあれだ。聞いても信じちゃもらえないだろうが、俺は会ったんだ」
「誰に?」
「『彼』だよ! まちがいない。『ジャスティスウォーリアー』だ!」
ザックは興奮冷めやらぬといった様子で『彼』が如何に凄かったかを喋り続ける。私はじっと聞きに徹して鎮まるのを待った。
「そう、ふ~ん、良かったね!」
(それはなんと私です! な~んて言ったら腰を抜かすかな)
「護衛は要るか? 心配だったら衛兵を護衛につけさせよう」
もうすぐ夜が明けるので、もう東の空は白んでいるだろう。それでも一般的には深夜の時間帯だし、心配してくれたのだろう。
「いえ、いらないよ! ひとりで平気だもん!」
手を横に振って固辞し、走り出した。
後日、王都の書店に『ジャスティスウォーリアー ~悪徳貴族に狙われた深窓の令嬢姉妹~』という表題の新刊が並び、ベストセラーとなる。
――第8章 完
次話より第9章になります。
投稿はしばらく後になるかもしれません。
本作はなろうに合わない題材かもしれないので、別のサイトに移ろうかなとも考えています。