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白騎士と古代迷宮の冒険者  作者: ハニワ
第8章 王国の危機
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第14話 レブナントとの闘い

#レブナントとの闘い


 一方、後方で待機してもらっているオリビエたちにも別の脅威が迫りつつあった。


「ミーナ! 後方100メートルにゾンビとスケルトン!」


 オリビエの声に反応して後ろに振り向いて彼方を見る。通路を塞ぐように蠢いているのは確かにアンデッドの群れだ。この階で遭遇したのはスケルトンだけで、ゾンビはいなかった。あれも元は人間の可能性がある。


 ゾンビとスケルトンで通路が埋め尽くされ数がわからないほどだ。ゆっくりではあるが確実に押し寄せてきている。


 殿しんがりを頼んでいたフラウとガイが前に出てしまったので、今の最後尾はセルディックとグロリアだ。


 まだ距離がある。接敵する前に攻撃魔法で先制できるだろう。


「ステラとエリスはフラウのフォローを! 私は後ろの大群をやるわ!」


 前衛の支援のために【リジェネレーション】の魔法陣をフラウの近くに設置してから、《ダッシュ》で最後尾へ急行した。


「メーベル、【エクスプロージョン】を!」


「かしこまりました」


 メーベルが射線を確保し、魔法を唱える。


【エクスプロージョン!】


 上空の空気が揺らいでボボッと炎が出現し、火球となってアンデッドの群れへ飛んでいく。見た目は【ファイアーボール】と変わらない。だがこのところ彼女の攻撃魔法の威力はぐんぐんと桁違いに増している。これだけ離れていても、通路で爆発させるのは危ないかもしれない。《フォースフィールド》を最大まで展開して爆発に備える。


 赤い軌跡を残して一直線に飛翔していた火球が、先頭のゾンビに着弾する。


 ――カッ!


 ドゴォォオオオオッ!


 通路が光に包まれ大爆発を起こす。足元の石床が震え、赤黒い炎が吹き荒れ押し寄せてくるも、こちらに到達するまでにそれは消失した。それでもなお爆風や飛び散った石の破片が迫ってくる。《フォースフィールド》の範囲外を煙と粉塵が抜けていった。


 【エクスプロージョン】は爆発の熱線で広範囲にダメージを与えられる代わりに、爆心地から離れるにつれ威力が逓減する。直撃を受けなければどうということはないはずだった。


 やはり、メーベルのそれに関しては認識を改める必要があるらしい。


 炎と爆風が収まり、煙の向こうに残敵の様子が浮かびあがった。破壊されたスケルトンの骨が辺り一面に散乱している。上位種と思しき一部は健在だが、片腕が捥げたり、あばらが崩れた奴もいる。肝心のゾンビは爆風で転倒させただけで、見た目はほぼ無傷だ。むくっと起き上がり、ふたたび前進を始める。遠くて定かではないが、ゴツい首輪をしているのがわかった。元は奴隷だったのだろう。


「ミーナさま。どうも思ったより手強いようでございます」


「メーベルの魔法の威力は文句なしだったわ。あのゾンビがおかしいのよ。あんな大爆発を食らったはずなのに……」


 【ライトニングボルト】は射程外だし、そうでなくてもあのシグルドには見せたくない。初見殺しとしては優秀な魔法だが、射程が短く連射もできないし、間合いを見切られれば終わりだ。


 まだ習熟していない、別のスペルを唱えはじめる。訓練を続けていたおかげで詠唱は早々に完了した。敵影に向けた剣先にらせん状の炎の渦が現われる。


【ファイアーストーム!】


 炎の竜巻が前方に襲いかかり、超高温の熱線がジリジリとゾンビを焼いていく。私に続いてメーベルも同じスペルを唱えはじめる。彼女の【ファイアーストーム】が発動するのを待って、こちらは精神力の供給を断ち熱線の放射を止めた。


 ゾンビの醜い体を焼き、足止めにはなったものの、致命傷には至らないようだ。ゾンビやマミーなどのアンデッドは極端に火に弱いはず。少なくともここまではそうだったし、今もスケルトンは倒れていっている。


 魔石に当たらなければ効果が薄い武器による攻撃と違い、攻撃魔法は外から浴びせるだけでも殺せる。にもかかわらず、あのゾンビはそれほど弱った様子を見せない。


「元が人間だから迷宮の魔獣とは少し違うのかもしれないわ。ジョゼット、【マジックミサイル】を」


「はい!」


【マジックミサイル!】


 光の矢が緩やかな放物線を描いて空中を飛翔し、目標手前でクイッと軌道修正して命中した!


 ゾンビは一旦ふらついて足を止め、ふたたび歩きだす。


(あの時のオークやゴブリンと同じだ!)


「効いてます!」


 ジョゼット個人の感想だが、私も同意見だ。先ほどと同じように足止めしただけのように見えるかもしれない。だが、【ファイアーストーム】は風圧で押し留めていただけだ。今回は完全に弱点をついてゾンビを怯ませている。


「全員【マジックミサイル】で攻撃!」


 メンバーには常時【マジックミサイル】のスクロールを持たせている。ゲラールの迷宮では見た目はただのオークやゴブリンの姿をしていても、不自然なまでに打ち合いに強く魔法も効かない個体に遭遇することがあった。その場合には決まって無属性魔法が効果を発揮したのだ。


 セルディックたちがスクロールホルダーからスクロールを取り出し、押し広げて【マジックミサイル】を発射する。複数の光の矢が別々の軌道を描いて飛んでいく様は、なかなか見ごたえがある。


 こうして何射か放つうちにゾンビが倒れはじめた。


      ◇      ◇


 前方でにらみ合いを続けていたフラウたちの戦いも始まっていた。断続的に激しい剣戟音が響き渡っている。


 シグルドの大剣が唸りをあげ四方八方を薙ぎ払い、小さな体のフラウとステラが大きさで劣る剣と盾で押し留めている。それでいて、流れるような剣技で身を翻して近寄ってきたゾンビをも打ち払っている。


 あの大剣の威力は絶大で、受け流されても切っ先が石床を叩き割り、その破片が敵味方かまわず襲いかかる。あれほど地面が抉られるのを見るのはオーク=ロードとの戦い以来だ。


 よく見えないが、フラウの石壁を爆破したあの黒光りも放たれている。だが、ふたりの盾に触れると消失してしまうようだ。思い起こせばステラの盾と鎧はパメラのシャドウバインドも防いでいた。神秘的な力を感じる。


 エリスはシグルドの相手をふたりに任せてゾンビを殲滅して回る。《フォースフィールド》を展開して剣を突きつけ、華麗なステップで敵を翻弄しながら突撃離脱戦法で戦っている。


 尋常ではない戦いが繰り広げられているが、同時に彼女たちが健在である様子も見てとれる。ただ、僅かな一手で窮地に陥る危険性を孕んでいる。敵はアンデッドなのだ。


 それに、シグルドが放った手を振れずにアンデッドへと変貌させた特殊な技が気がかりだ。私たちにも有効なのかどうか。使ってこないところを見ると、あれは私たちには効かないもしくは使えないのかもしれない。


 視線を後方に戻すと、徐々に迫りつつあるゾンビの中で、早めに倒れはじめているのは序盤の炎で焼かれていた奴らだ。全身が焼けただれ、炭化している部分もある。


「あたしのスクロール、使い切りました!」


「僕も!」


「近接戦闘に切り替えよう。僕も戦うよ」


 オリビエがクロススタッフを一振りして気合を入れた。父に続かんとセルディックとグロリアも手に入れたばかりの魔法剣に持ち替える。


「うん、それで行きましょ! 突撃!」


 みんなで歩調を合わせて横一列となり、ゾンビの集団に駆けていく。数はかなり減っている。視認して数えられる範囲だ。ゾンビはかなり弱っていて服はボロボロ、武器を失くしたのもいる。


 交戦しはじめてみればこちらが圧倒的で、ゾンビは次々に打ち倒されていく。それでもギラギラとした目つきで強い敵意を放っており、戦意は高いままだ。ボロボロの体でショートソードを振り、抱きつき噛みつこうとしてくる。


 《鑑定》すると、種族は『レブナント』、クラスは『ソーズマン』になっていた。


「どうやらレブナント=ソーズマンって言うらしいわ、これ!」


 そして知りたくなかった部分だが、それぞれに人名らしき名前がついている。みんなの士気の影響を考え、口にしないでおいた。


「確かに剣の心得があるような動きだよ。最初はゴロツキのように見えたけどね」


「顔も体格もバラバラで人間のようだったけど、魔石があるみたいです!」


「こっちもそうだよ、姉さん!」


 セイントソードでレブナント=ソーズマンの胸を突き刺し、【ファイアーボール】であばらと胸筋を吹き飛ばした胸の中に魔石が見える。


「やはり『バーサーカーの魔石』か……」


 《鑑定》で真名マナを調べられるようになってわかったことのひとつだ。大きさが同じように見える魔石でも種類が違うものがある。これはパメラが持っていた魔石と同じで、どうやら人間や魔獣を変貌させ従えるのに使う特殊なもののようだ。


 この魔石を掴んで引き抜けば死ぬかもしれないが、空いている左手ではヴァルキリーシールドがつっかえてしまい届きそうにない。結局、剣を連続で突き入れて倒した。


 通路を埋め尽くすようなアンデッドの群れの討伐に時間がかかったものの、序盤は炎の竜巻、中盤は魔法の矢、終盤は魔法の剣で徐々に数を減らし、ついに殲滅に至った。


 アンデッドは病人であって死人ではない。こうして殺してしまえば復活することはない。


 それでも、奥までずうっと続いている骨と死体の山が吸収されるまでは安心できない。念のためにセルディックとグロリア、メーベルとジョゼットに見張りを頼み、オリビエと私はフラウたちの援護に向かった。


      ◇      ◇


「フラウ、待たせたわ! ステラとエリスも大丈夫?」


「大丈夫なのです!」


「お姉さん、もうらめぇ~!」


 エリスは肩で息をしており、精神力の消耗が激しいようだ。《フォースフィールド》が頼りなく明滅して消滅寸前になっている。


 それでもすべてのレブナントが倒され、残すはシグルドのみとなっている。フラウという超戦士の存在があったとしても、ステラとエリスの奮闘があってのことだろう。


「エリスは下がって! おつかれさま!」


 下がってきた彼女とすれ違いざまにメンタルポーションを手渡し、前に出た。


「ステラ! フラウ! 隊列交代チェンジ!」


 ふたりが《バックステップ》し、入れ替わった私がシグルドに突進する。彼の大剣が横薙ぎに迫る。腰を落として姿勢を限界まで下げてそれをかいくぐり、《プロテクションバリア》を展開したヴァルキリーシールドで彼の両腕を叩き上げた。


 すかさず後ろに引いていた右腕を勢いよく突き出し、がら空きになった土手っ腹にセイントソードを突き刺す!


 剣先が彼の強固な鎧とずっしりとした体にぶつかり、自らの突進力で右手が捥げそうなほどの衝撃を受けるが、なんとか切っ先が彼の鎧に食い込んだ!


【ライトニングボルト!】


「ぐおぉぉぉっ!」


 シグルドの体がブルブルと震え、青白い稲妻が貫通して背中から向こうに抜ける。全身に火花放電が走り、彼はマヒ状態に陥った。


「ミーナ! 隊列交代チェンジ!」


 ステラの声を受けて今度は私が《バックステップ》すると、カイトシールドを前面に突き出したステラとフラウが私の両サイドをすり抜けてシグルドへ跳びかかっていく。ふたりの盾の先端からまばゆい光が溢れ、白い軌跡が走っていた。


《《パイルバンカー!》》


 大気をつんざく爆発音が響き、シグルドの両胸に強烈な鉄杭が打ち付けられる!


 胸鎧を破砕されたシグルドが向こうに吹き飛ばされ、もんどりを打って背中から倒れた。


 彼の周りを3人でとり囲む。胸鎧は大きく破損し体も傷ついているが、あれでも致命傷には至らなかったようだ。ただ、息は荒く、大きく胸を上下させている。


「こいつ、しぶといわね……」


 魔法を放ったばかりで、まだ次は撃てない。ステラも《パイルバンカー》の連発は無理だ。フラウはわからないが……


 すると、シグルドが右手で握っていた大剣を手放し、上半身を起こして大声で高笑いしだした。


「がっはっはぁっ! やるじゃねぇか。どうやら今回も俺の負けのようだな」


 シグルドはどうやら観念した様子だ。大剣を逆手で持って杖のようにして立ち上がり、ゆっくりと鞘に納めたあと、両手をあげた。


「降参だ。煮るなり焼くなり好きなようにするといい」


(こいつを捕まえて騎士団に突き出しても、私たちでなければ抑えておけない。ここで殺すしかない)


 だが、降伏した相手を処刑するのは騎士道に反する。ステラやフラウでは手を下せないかもしれない。


 予想通り、フラウは盾に込めていたオーラを霧散させ、彼と同じくゆっくりと鞘に剣を納める。ステラは警戒を続けたまま、様子をうかがっている。


 私がやるしかないだろう。首を刎ねようと両手で柄を握り、剣を振り上げる。


 すると、フラウが私の腕を軽く握って制止する。


「あなたはシスティーナに良くしてくれました。できれば殺したくありません」


「こいつを見逃すの⁉」


 フラウはサングラスをかけて口元を面貌で覆っているので、表情から察することはできない。


「そうではありません。彼はもう2度死んだことがあります。たとえ首を刎ねても存在を滅するのは不可能です」


 死んだ者は決して蘇らない。アンデッドでさえも。斬首すれば【リザレクション】であっても蘇生不可能。それでも生き返るというのは信じがたい話だ。


 ところがフラウの話に不思議と納得がいった。おとぎ話くらいに思っていた神水晶柱のいくつかと出会ったことで、不老不死や不滅の存在がありえると感じられたのだ。


「道を違えてしまったのは、元を正せば私が原因なのです。私がシスティーナに王位を押し付けたことで、シグルドと彼女の仲を引き裂いてしまいました。それを償い、彼に本道に立ち還ってもらうことが、私の望みです」


「もうそれはどうも思っちゃいねぇし、システィーナと離別したのも違う原因だ。そこの嬢ちゃん、知ってるか? システィーナは殺されたんだ。先王の取り巻きの4公爵にな」


 飄々と話すシグルドの心の奥底に、なにか昏い鬱屈とした憎悪が感じられる。私の探知に僅かに感じられたその敵意は、実のところ、誰に向けたものでもなく彼自身に向けられているようにも思えた。


「そうなんだ…… でもだからといって、罪もない人をアンデッドにするなんて許されないわ」


「はっ。こいつらが罪もない? 教えてやろう」


 シグルドが話しだす。彼の力についてだ。


 人間をレブナントに変えた漆黒の大剣『ニーズヘッグ』の能力は、貪欲・嫉妬・愚痴といった負の感情を糧として人間の体内に魔石を作り出し、アンデッド化させるものだった。だから、端的に言えば悪人しか感染しないし伝染もしない。


「だから、もしお前らが人を殺めたと後悔してるなら、それは見当違いだ。死んで当然の連中だったのさ」


 レブナントは魔獣ではなく人間だ。ひとりひとり名前があるのを知りながら、それでも私は皆殺しにした。かつてリザードマンに変えられた男のこともあり、善良な人間がいたかもしれないと思っていた。だから、多少救われた気がしなくもない。


「それに、こいつらはクーデターまで企ててたんだぞ。王宮に抜け穴を掘ってな。奥にいたのはその穴を掘らせていた犯罪奴隷で、元は人攫いや人殺しの野盗どもだぞ」


「「「クーデター⁉」」」


 物騒な言葉に、私だけではなくステラとエリスも反応した。


「それ……」


 声がした方向を見ると、いつの間にかガイが戻ってきていた。


「……案内してもらってもいいかな?」


      ◇      ◇


 悩ましいのはシグルドの扱いをどうするか。敵意の反応は消え失せているものの、フラウが石壁を召喚してくれなければ最初の一撃で死んでいたかもしれないのだ。


 仲間に迎える気はない。とはいえ、敵の情報は欲しい。


 全員で相談した結果、武装解除を条件に投降を受け入れることになり、彼の剣『ニーズヘッグ』はフラウの体内に封印された。鞘に納まった大きな剣が、彼女の小さな体にズブズブと沈んでいくのは不思議な光景だった。


「ところでガイ。逃げた男爵は捕まえたの?」


「ああ、青狼騎士団の衛兵に突き出しておいたよ」


「青狼騎士団には連中の仲間もいるぞ?」


「へぇ~ そうだったのか。そりゃ知らなかったなあ」


「はいはい。じゃあそれはもう折り込み済ってことね」


 彼のすっとぼけには、もう慣れた。それに仲間に匿われたとしても素性はもう知れている。私たちが通報すればいいだけだ。


 石床に散らばる魔石を回収したあと、抜け穴を掘っている現場までシグルドに案内させる。


 通路を100メートルほど戻る。アンデッドの大群が現われた場所だ。そこは三差路になっていて、未探索の通路が伸びていた。はぐれたスケルトンがまだ何体かウロウロしていたので始末する。


「それじゃあ案内してもらうわよ。それと、今から聞くことに答えて」


 敵勢力を捕らえたのはリザードマンのロンに続いて2回目だ。できるだけ情報が欲しい。移動しながらシグルドに尋問する。


 何名か反逆者の名前が挙がった。クーデターの首謀者はやはり以前から疑っていたキュプリアス公爵だった。アジトとなっている場所も判明した。


 最後の四天王の名は『権現』ごんげんのゲオルギウス。七神人のひとりで、かつて『探求』の神水晶柱を得た人物だ。『顕現』と同じくクラスを与えられるらしい。


「それも望むクラスをな。なんでもだ」


「じゃあ彼に頼めば聖騎士でも戦巫女でも好きなクラスになれるの?」


「ああ。ただし、そのような見た目のステータスカードってだけだ。実際の能力は得られない」


「イカサマなんだ」


「それでもレッドになった奴には有難いだろうぜ。だが、それはゲオルギウスの罠だ。奴からクラスを得た者は『傀儡』くぐつとなり操られてしまう」


「あのレブナントみたいに?」


「まあな。俺だけじゃなく、神水晶柱ってのは多かれ少なかれ枝分けを支配する力がある。おまえらも……」


「シグルド」


 フラウが話を遮り、彼に問いかける。


「それで、誰が傀儡になっているかわかりますか?」


「……そうだな。誰が傀儡になっているかはわからねえ。奴はそれを増やすことで、災厄の竜『イオルムガンデ』を復活させられると信じている」


「イオルムガンデねえ。封印されてるって話だけど、どこなのかしら」


「そりゃあ、そいつのほうが詳しいんじゃねえか?」


 シグルドがフラウに視線を送るも、彼女は無表情のまま何も答えない。


「そういや、ニーズヘッグの枝分けを1本、奴の仲間に渡したな。そうそう使いこなせねえはずだが。こうして親枝が封印されたし、そのうち効力を失うだろう」


      ◇      ◇


 尋問に答えながら道を案内をしていたシグルドが、迷宮の石壁を崩して掘られた横穴を指さす。


「……あそこだ」


 只の坑道だ。ゲラールの迷宮で工兵隊に掘ってもらったトンネルに比べるとお粗末な出来でしかない。


「この先が王宮の王族居住区に繋がる予定だった」


 雑に掘削された岩壁を眺めながら奥に進む。


 やがて坑道は行き止まりになった。まだ開通していない。壁にランタンが掛けられ、ツルハシやら金盥やらの道具や荷車などが多数放置されている。


 壁沿いにいくつか大きな木箱が並べて置かれている。あけてみると、中身は鎧や武器だった。フレイン王国の紋章が刻まれている。


「これ、王宮騎士団の鎧じゃない? 黒鳳騎士団のと色が違うけど、デザインが同じだし」


「ミーナさま。これらはすべて本物でございますよ」


「あ~ 厄介だなあ。ちょっと観光に来ただけだったのに」


 思わず愚痴が漏れる。


「ミーナちゃん…… サボりサボりと言われるお姉さんでも、さすがにこれは見逃せないよ。カイン団長の所に行こうよ」


「ソフィアさまのことが気がかりでなりません。私からもどうかお願い致します」


「行かないとは言ってないでしょ。この場所や尋問した内容も通報しないといけないし」


 バカなことをしでかした連中に対して、ちょっと憤りを覚えただけだ。見て見ぬふりをするつもりで言ったわけではない。


(でも、魔獣ならともかく、貴族相手はちょっと、ねえ……)


 ジローナ男爵相手でもあれだったのに、公爵とか勘弁してもらいたい。


「絶対厄介ごとになるわ、私の苦手なタイプの。だからちょっと愚痴りたくなったのよ」


「よし、じゃあ地上に出たら王宮へレッツゴー!」


 エリスが手を突き出してジャンプする。


「お父様。王宮に行ったらお母さまに会ってもいいですか?」


「僕も! 僕も母さんに会いたい!」


「そうか。オリビエの奥さんは王宮勤めなんだっけ」


 セルディックとグロリアの母親でもある彼女は【グレーターヒール】が使えるということで、王宮の創造神神殿で働いている。


 働いていると言えば聞こえはいいが、ポーション製造機として連れ去られたも同然らしい。もちろん創造神ギルドの本意ではない。王国の方針だ。地方に高性能のポーションが行き届かないのは、こうして有力な王侯貴族が製造できる人材を独り占めしているせいでもある。


「いいわ。着いたら神殿にも寄りましょ!」


「やったあ!」「やりましたあ!」


 ふたりとも飛び跳ねんばかりの大よろこびである。これでもまだ12歳だ。母親が恋しくないわけがない。


 もっとも、通行証を持っているのはエリスとメーベル、ステラと私だけだ。ほかのメンバーが通してもらえるとは限らない。


(さて、ソフィアには明かさないといけないわね。フラウのこと。神器のこと)


 ひとつしかないはずの三種の神器が複数存在してしまっている。ソフィアとフラウのに加え、ステラのも怪しい。


 今ならわかる。ステラが以前に使っていたのは、親枝から枝分けされたものではないだろうか。ジークリンデと私が所持しているバルムンクと同じように。


 報告するにしても慎重を期したい。ゲラールでは軟禁され、殺されかけたのだ。また政争に巻き込まれて拉致されたり暗殺されたりは御免だ。


「王宮に行くのはいいけど、私が【グレーターヒール】を使えることは内緒ね?」


「ははっ、そうだね。妻だけじゃなくミーナまで取られたら困るからね」


 王宮に妻を取られたことへの不満を吐露したオリビエだったが、やはり彼も奥さんに会えることがうれしいようだ。


「……どうやら開通はまだ先のようだね。これなら当面は問題なさそうだ。武具はなんとかしてもらわないといけないけど」


 ガイが周辺を調べた結果、ここから直ちに王宮に侵入される恐れはないとわかった。


「多すぎるから運べないわ。証拠に何点か積んで、あとは置いていきましょ」


 坑道から迷宮の通路に戻ってくると、フラウが私たちを引き留めた。


「ではシグルド。あなたを封印します」


「ここでできるの?」


「むしろ、ここだからです。迷宮から出ればできなくなります」


「しゃあねえな。生かしておいてくれるってことは俺にはまだ出番があるってことだろ? そん時になったら呼んでくれ」


 フラウが返答の代わりに手をかざすと、シグルドの足元に魔法陣が出現する。彼の体が沈み込んでいき、全身を飲み込まれると同時に魔法陣も消滅した。


 石床には30センチほどの大きな紫色の魔石が残った。《鑑定》できない。綺麗な青色だった『蓄積』の神水晶柱とは違うものの、おそらくこれも同じ類だろう。フラウが手を伸ばして拾い上げ、ニーズヘッグと同じように彼女の体内に吸収してしまった。


「どういう仕組なのかしらね」


 わからない。わからないものは考えても仕方がない。神のみぞ知る。


「まあいいわ。それじゃ、地上をめざしましょ。もう夜が明けてるわね、きっと」


諸事情のため間が空いてしまいましたが、来年も投稿を続けたいと思います。

皆さま、どうぞよいお年をお迎えください。

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