第10話 鋼鉄のブレストプレート
#鋼鉄のブレストプレート
私たちは鋼鉄の盾を買った武器屋に入ると、店主のおじさんに声をかける。
「おじさ~ん」
「あ、お嬢ちゃんたちか、どうやら頑張ってるようだね。その様子だと森で戦ってきたのかな」
「うん、ゴブリン=ウォーリアーと戦ったんだけど、ステラの布の鎧が少し痛んじゃって。これってどうかな、直せるかな?」
「ちょっと見てもいいかい? う~ん…… そうだなあ……」
おじさんはステラの周りをぐるっと見てまわる。
「直ることは直るけど、1日では無理だね。森に出るのに何も着けないというわけにもいかないだろうし、買い直した方が早いかもしれないね。もし修理するとしたら、この状態だと銀貨3枚ってとこかな」
「やっぱりそうか~ そのうち予備の鎧が必要だと思ってたし、修理して私の予備にするわ。じゃあ、ちょっと鎧を見させてね」
◇ ◇
おじさんに鎧が置いてある一画に案内してもらう。
「鎧は全身パーツのセット売りになるから、展示用の鎧を触ってよく確認してね。その人型は腕とかも動かせるようになってるよ」
木の人型がずらっと並んでいる。装着された鎧はどれも4つの部位のパーツでセットになっている。
◆軽装鎧の主要セットパーツ◆
頭:ヘッドガード
胴:キュイラス
手:グローブ
足:ブーツ
まずは値札を見てまわる。盾のときと同じように、素材の違う鎧が色々と置かれている。
『布の鎧 』銀貨 20枚
『革のレザーアーマー 』銀貨 60枚
『革のハードレザーアーマー』銀貨100枚
そしてまたしても『店主おすすめ!』の札のついた鎧がある。
見た目は革のハードレザーアーマーで、胸の部分だけが金属の板になっている鎧だ。
『鋼鉄のブレストプレート』 ――銀貨280枚
「はいはい。約金貨3枚ね…… やっぱたっか! たっか!」
……とりあえず前と同じく安い方から見ていく。
「布の鎧。これは私たちが着けているやつね」
次に、革のレザーアーマーを触ってみる。
うん、柔らかい。動物の皮をなめして柔らかくした革を使って繋ぎ合わせて作ってある。
「防寒具に似た感じだね」
「着心地が良さそうなのです」
もちろん防具だから体を守る部分は厚くできている。普段着にしている冒険者もいるみたい。
次。革のハードレザーアーマーは叩くとコンコンと音がして硬い。これも冒険者が着けているのをよく見かける。
なにより、ゴブリン=ウォーリアーの鎧がこのような硬い革鎧だった。正確には隣に置いてある、高い方のブレストプレートになるけど、胸の板金以外はほぼ同じだ。
「おじさん、革のハードレザーアーマーはなんで硬いの?」
「それはね、革を蝋で煮てね、それを何枚も重ね合わせて型に挟んで固めて作るんだよ。脇や脇腹の所とか、関節に当たる部分は動きやすいように柔らかい普通の革にしてあるんだ。そうして作ったパーツごとに紐で繋いでひとつの鎧にしてあるんだよ」
(ただの革じゃなかったのか。どうりで硬かったわけだ)
「なるほど。胸の部分も立体的に作ってあるし、苦しくなさそう。私はこれが気に入ったわ」
でも苦しくなるような胸は、まだ持ち合わせてはいない。大きく膨らんでいるのは、胸ではなく夢だけである。
ハードレザーアーマーが気に入ってしまった私は、ペタペタと触るのに夢中になってしまう。
ステラも関節部分の動きを丁寧に確認していたけど、しばらくしておじさんに話しかける。
「ステラは将来プレートアーマーが欲しいのですが、どのくらいするのです?」
この革鎧でさえ金貨1枚もするのに、絵本に出てくるような高そうな騎士の鎧は、まず買えそうにない。
店にも展示すらされていない。
ステラもそれはわかっているようだけど、聞いてみたかったのだろう。
「プレートアーマーはひとつひとつのパーツごとに切られた厚い金属板を、大きなハンマーで叩いて延ばして、ときには溶接をして、人型の鎧の形にしなければならないんだ」
おじさんは展示台の下の扉をあけて、鉄の手袋を取り出す。
「これはガントレットといって、プレートアーマーの手首の部分だよ」
革の手袋の甲の部分に鉄板が貼られ、釘のようなものでとめられている。手首から腕にかけては、ぐるっと硬い鉄板に覆われている。
「手首だけでこれだからね。全身だと板金のパーツだけで20点以上、総部品数では200点以上にのぼるんだ」
「ステラ、そんな数は数えられないのです……」
「しかも依頼主の体に合わせて、鍛冶職人にそれらを1枚ずつ板金してもらうんだよ。そのような特別注文を『オーダーメード』と呼ぶんだ。製作期間が1か月以上はかかるよ」
おじさんは価格表を見せてくれる。
◆重装鎧の主要セットパーツ◆
頭:ヘルメット
顔:バイザー
喉:ゴルゲット
胴:キュイラス
胴:フォールド
肩:ポールドロン
腕:ヴァンブレイス
肘:コーター
手:ガントレット
腿:キュイッス
膝:ポレイン
脛:グリーブ
足:サバトン
服:インナーチェインメイル
『鉄のプレートアーマー』 ――――金貨20枚
『鉄のフルプレートアーマー』 ――金貨25枚
『鋼鉄のプレートアーマー』――――金貨40枚
『鋼鉄のフルプレートアーマー』――金貨50枚
「実際は、受領したあとも、可動部が傷んだり調整が必要になるから、修理やメンテナンスが必要なんだ。だから、この倍くらいは予算がないと維持できないかな」
……言葉も出ないというのはこのことか。
「ま、まあ、私たちもいずれは、ね?」
「なのです、いつかは、なのです」
◇ ◇
「さて、と」
気を取りなおして鋼鉄のブレストプレートを見る。見た目は胸部分を金属が覆っていて、そのほかの部分はハードレザーアーマーと同じ。
ゴブリン=ウォーリアーが着けていた鎧と同じ種類だけど、あれはサイズが大きすぎて私たちは着けられなかった。魔獣の装備は、武器以外はほとんど流用できず、売るか素材にするしかない。
「それで、『店主おすすめ!』の鋼鉄のブレストプレートね。ゴブリンが着けてて、冒険者の先輩がよく使ってるのは知ってる。胸の部分が金属なのはわかるけど、何が『おすすめ』なの?」
「ちょうどプレートアーマーの話が出たけど、防御力だけを考えれば絶対プレートアーマーが強いんだよ。でも鉄は重い・動きにくい・高いの三拍子でしょ」
「うん。それに、金貨何十枚にはとても手が出せないわ」
「これだと心臓とか肺といった人間の急所の部分だけピンポイントに保護するから、軽い・動きやすい・安いの理想的な鎧になるんだ。鋼鉄の盾は愛用してくれてるみたいだね。どう? 使ってみて。良かっただろう?」
「はいなのです! 一生の宝なのです! 先祖伝来の宝にするのです!」
ステラが大げさに言うけど、確かにゴブリン=ウォーリアーと戦って、布の鎧はボロボロになっているのに、鋼鉄のカイトシールドはまったく問題がなさそう。
あの時おじさんが『木製だと壊れる』って言っていた意味が今ではわかる。
「その鋼鉄の盾がいつも胸元にあると考えれば、どれほど良いものなのかわかると思うよ」
「でも今回は予算が足りないわ。銀貨280枚はちょっと難しい。おじさんのおすすめしてくれた、この鋼鉄の盾はすごく助かったわ。本当に命が助かった。だから、この『おすすめ』にしたいけど……」
「実はね。この鎧については良い手があるんだ。ほら、ここを見てごらん。鋼鉄の胸当ての端が革鎧の部分にとめられているだろう? つまりね。これは『外せる』んだ」
そう言って、おじさんが端の所の留め具を外していくと、胸の鉄板が外れた。
その中から現れたのは革の胸当て。
「すごい! これ、ハードレザーアーマーなのね!」
「そのとおり。これは鋼鉄のブレストプレート&ハードレザーアーマーさ。この鎧を作ってる工房はね、こうやってハードレザーアーマーから簡単にアップグレードできるようにデザインした鎧を出してるんだ」
おじさんは外した鉄板をまた胸当てに装着した。
「だから最初はハードレザーアーマーから始めて、こうして胸当て部分だけ買い足せるよ。鋼鉄よりもさらに上のミスリルの胸当ても別売りされている。取り寄せになるけどね」
「ステラ、どうこれ」
「うん、ミーナ、これは素晴らしいのです」
「このタイプの革のハードレザーアーマーを買うわ!」
「毎度あり!」
さっき稼いだ金貨1枚を使う。もうステラは私がお金を出しても、盾を買った時のような遠慮は言わない。信頼の証だ。
そのあと、いくつかある大きさ・デザインからステラが選んで、着替えて出てきた。
「ミーナ、どう? なのです」
くるっと回って鎧を見せた。
「うん、すごくかっこいいよ!」
そのあと、布の鎧は修理してもらうことにし、岩場に置いたままになってしまった木のジャベリンと銅の矢の補給をして武器屋をあとにした。
外に出ると、私はステータスカードを更新した。
◇ ◇
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│名 前:ステラ │
│種 族:ヒューマン │
│年 齢:12 │
│職 業:冒険者 │
│クラス:騎士 │
│レベル:2 │
│状 態:良好 │
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│筋 力:113 物理攻:181 │
│耐久力:126 物理防:277 │
│敏捷性: 87 回 避:158 │
│器用度: 63 命 中:142 │
│知 力: 55 魔法攻:123 │
│精神力: 82 魔法防:109 │
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│所 属:冒険者ギルド │
│称 号:Fランク冒険者 │
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│状態:良好 │
│右:錆鉄のロングソード │
│左:鋼鉄のカイトシールド │
│鎧:ハードレザーアーマー │
│飾: │
│護: │
├────────────────┤
│パーティ:ミーナ │
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◇ ◇
防具がいい感じになってきた。あとは武器だけど、武器は鎧と違って魔獣が落とす武器が流用できる。
それに、剣は叩き切る武器だからナイフのように切れたりはしない。だから錆びの手入れが大変なこと以外はそれほど違いが出ないらしい。
「さあステラ、物見櫓のおじさんに荷車を返しに行きましょ!」
「はいなのです!」
私たちは、手土産のサンドイッチを屋台で買うと、荷車を引き、西の城門に向けて出発した。