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白騎士と古代迷宮の冒険者  作者: ハニワ
第8章 王国の危機
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第08話 デボルの手帳

#デボルの手帳


 次の日、マルティナにカストロ男爵邸での出来事を報告し、暗号文のかかれた手帳を託した。彼女はこの手のものが得意なのだ。


 私はソフィアが言っていた依頼を確認するために冒険者ギルドに向かう。そのまえに、武器屋や雑貨屋がある商店街に寄ることにする。


 今日の扮装は、薄茶色の襟なしシャツと濃茶色のミニスカート。濃灰色のカーディガンとタイツ。靴は昨日と同じ黒革のパンプス。


 濃茶色のマフラーを巻き、メイドから買った灰黒色の外套を羽織っている。濃茶色のキャペリンハットをかぶって顎紐でとめている。外套は買いなおしたい。


 商店街は高級宿から北にある大通りで、貴族街からも近い場所にある。ショーウィンドウに高級そうな品々が飾られ、見てまわるだけでも十分に楽しめる。


 店主と自然に噂話ができることもあり、情報収集にはもってこいの場所だ。私もマルティナも何度かここへ足を運んでいて、ほぼすべての店に入ったことがある。


 武器屋は商店街のほかに、騎士学校や冒険者ギルドの近くにもある。貴族の騎士見習いや上級ランクの冒険者といった客層が微妙に異なる。


 今から入るこの武器屋は貴族向けの高級品を扱う店で、ミスリルの武器を数多く取り揃えている。


「いらっしゃいませ」


 店内に入ると、身なりの良い男性の店員から声がかかる。他の客もいるし、これといって私に構おうとするほどではない。


 宝飾店のように、整然と並んだガラスのショーケースの中に、ナイフからハルバードまで、さまざまな武器が展示されている。すべて銀製かミスリル製。


 目にとまったのはこのふたつ。


『聖銀のダガー  +5』金貨 45枚

『聖銀のエストック+5』金貨126枚


 エストックはレイピアに似た細剣で、釘を大きくしたように太く剣先が鋭いブレードが特徴。斬ることもできるが軽いので向いていない。完全に刺突に特化した武器だ。


 メイルブレーカーとも呼ばれ、チェインメイルの鎖を貫通して断ち切り、相手を刺し殺せる。使い手によってはプレートアーマーの板金をも貫通できる。


 対魔獣ではなく対人用、さらに言えば重装鎧の騎士を相手に用いられることが多い。そのため、エストックを使う戦士は『騎士殺し』とも言われることがある。所持しているのを騎士に見つかれば、まちがいなく警戒されるだろう。


(正価の約3倍か。こんなもんかな?)


 ミスリルの武器が定価で売られることはまずない。3倍ならまだ安い。展示されている『+9』の大剣やハルバードには10倍前後の値札がついていて、オークション品の転売だと思われる。


 これよりも安く買いたければ、個人でオークションに参加することになる。ただ、武器は人気があり、落札価格は高くなることが多い。それに時間ももったいない。


「ねえ、これ見せてくれない?」


 先ほどの男性店員を呼ぶと、鍵をあけてダガーとエストックを手渡してくれる。


 握って感触を確かめる。まずまず標準的な出来映え。エストックだとわからないように、幅広の木の鞘でショートソードに見えるようになっている。


「じゃあ、これ、もうちょっと安くして欲しいな?」


「いえいえ、これはミスリル製ですので、値引きはできませんよ」


 私が値切ろうとすると、予想どおりの返答が返ってくる。


(金持ちのボンボンは騙せても、私はそうはいかないよ?)


 細剣や小剣は王都では装飾品として人気が高く、地方では実用性に乏しく人気がない。


 そのため、小剣類は王都の周辺でよく作られていて、競合店でも売られてる。つまり、元値が安くて値切る余地もある。


「そんな固いことを言わずに~ ね? ね?」


 ジィ~ッ。


「う~ん。でもなあ~」


 さすがエリート商売人。なかなか手強い。


 店員の隙を見て手を握ることに成功し、徐々に近づく。


「ねえ、お願い~」


 ジィ~ッ。


「金貨60枚でどうかな~」


 正価がそのくらいのはず。思い切って無茶ぶりをしてみる。


「む、無理ですよぉ……」


 店員の目が潤んで顔が赤らんでくる。若干鼻の穴が広がっている。


「じゃあ、いくらなら~?」


「き、金貨、金貨120枚なら……」


 まだだ、まだいける。スキンシップを最大限に活用し、徐々に110枚、100枚へと下げさせていく。もう一息だ。


「もうちょっと、ほらもう一声! ね、ね?」


「うぇぇぇぃ、80まいぃぃ、金貨80枚でぇぇ……」


(まだ高いけど、この辺が限度かな?)


「ありがとう、じゃあこれ買うね!」


 頬に触れない程度に軽くキスをして離れる。


「こ、今回は特別に、このお似合いの帯剣ベルトもサービスさせていただきます!」


 ショーケースにあった黒革の帯剣ベルトを受け取る。


「ありがと!」


「お、おい、見たか? あの堅物のアイツが……」


「ああ、俺だって、あそこまで迫られたら断れねえかもな……」


 店員がフラフラして倒れそうになっていて、店内の冒険者風の男たちが騒ぎだす。先ほどから、チラッチラッとこちらをうかがっているが、スキルには気づかれなかった様子だ。


 顔を真っ赤にさせた店員を連れていって精算し、うっきうき気分で武器屋をあとにする。


 次は雑貨屋に行き、同じ手口で新しい服と防寒用の外套を買おうとしたら……


「いらっしゃいませ! お嬢様、何かお探しですか?」


 残念ながら、店員が女性で魅了が効きにくい。多少の値引きで我慢するしかない。


「うん、勝負服を買いそろえようと思ってね!」


 真っ白なブラウス。

 黒色のコルセット。

 濃茶色の姫袖ボレロ。

 短めの濃茶色のスカート

 裾を合わせた白いペチコート。

 厚手の黒いタイツ。

 フードのついた焦茶色の外套。


 どれも絹の最高級品。


 ゾンビに噛まれても大丈夫なように、革のロンググローブと膝あてつきの革のロングブーツ、包帯のように細長い布も買い揃える。手足に巻いてから防具をつければ、噛まれても多少は持ちこたえられるはず。


「これ、直してもらえる? できれば今日中で」


「今日中でございますか⁉ そうですね…… お直し代として金貨2枚でいかがですか?」


 店員は驚いた様子だったが、服は直して着るのが基本。さすがに王都の高級店だけあって、それなりの数の職人を雇っているようだ。


「じゃあ金貨4枚出すから、このグローブを少し加工してくれる?」


「かしこまりました。こちらで採寸をお願いいたします」


 接客用の小部屋に案内され、採寸してもらいながら要望を伝える。


「ロンググローブをしっかり固定できるように革バンドをつけて、それから……」


 そのほか、戦いに備えてポーションケースやスクロールホルダーなど、必要なものをそろえる。端数を値引きしてもらい、合計で金貨9枚と銀貨39枚を支払う。鎧のオーダーメードに比べれば安いものだ。


 できあがったら宿に届けてもらうように頼んで、雑貨屋を出る。


      ◇      ◇


 さて、ようやく冒険者ギルドまでやってくる。ここはフレイン王国の地域本部でもある。


 この地方で活動する冒険者にとって重要で、フレイン王家にとって最も頼りになる場所ともなる。


 というのも、実は国王という地位にはもうそれほど力がない。経済的にも軍事的にも四公四候の派閥のほうが力が上なのだ。


 それでも、3ギルドがフレイン王家以外が最高権力者となることを承認しないので、なんとか生かされている。


(まあ、代々の世継ぎを篭絡して自勢力に取り込むことで、事実上、間接支配しているんだけどね……)


 通りに出されたテラスで、貴族服の婦人が集まって噂話をしている。


「ねえ、お聞きになられました? アキレアス王子の噂」


「ええ。病死と布告されたのが本当は処刑されたって話ですわね? 最近お世継ぎの王子の病死が相次いでおりましたけれど、暗殺だったなんて」


「ああ怖い怖い。地位も権力もないしがない子爵家に生まれましたが、こういうときは感謝しなければなりませんわね」


「でも、白竜騎士団員も軒並み同時処刑、次は青狼騎士団ではないかともっぱらの噂ですわ」


「ここだけの話、青狼騎士団が上級貴族の深窓のご令嬢を誘拐して囲っていた、なんて話を聞きましたの」


 ハンナが訴えたのだろうか? それともカストロ男爵家の使用人がバラしたのだろうか?


「どうしましょう。うちの息子が衛兵として務めておりますのに」


「御父上の伯爵様にお願いして、変えてもらったほうがよろしくてよ。私も王宮勤めをしている姉の夫が青狼騎士団担当の事務方ですので、変えてもらえないか動くつもりですわ」


 噂話はまだまだ続いている。


(青狼騎士団に手が回るのも時間の問題かな。昨夜の事件がもう広まってるなんて、井戸端会議の情報網は侮れないなあ)


 だがまあ、冒険者ギルド前のテラスでわざわざ噂話に花を咲かせている辺り、したたかな面もある。王都を巡回している青狼騎士団の衛兵でも、ここには手を出せないし、立ち寄らない。いくら不敬になりそうな話をしようと、ここでお咎めを食らうことはない。


 だから、彼女たちは冒険者ではないが、自由気ままにお喋りができる場としてここを活用しているのだろう。


 今は朝8時前。時計塔の時刻を確認して、ギルドホールに入る。


 新しい依頼書が掲示板に貼り出される前のようで、比較的落ち着いた雰囲気だ。


 一番奥にある受付カウンターに行き、受付嬢に声をかける。


「こんにちわぁ。指名依頼の確認をしたいんだけど?」


「冒険者の方ですね? ステータスカードを拝見しても?」


 ステータスカードを出して受付嬢に渡す。


「ありました。これですね」


      ◇      ◇


┌──────────────────┐

│★常時依頼★            │

│依 頼 者  :ソフィア      │

│依 頼 形 式:指名        │

│対 象 ランク:レミー       │

│依 頼 内 容:護衛        │

│達 成 基 準:なし        │

│成 功 報 酬:金貨60枚/月   │

│ギルドポイント:200P/月    │

│戦利品の処遇 :自由        │

│備    考 :          │

│・ラグナヴォロス王城内での護衛   │

│・行動は自由            │

└──────────────────┘


      ◇      ◇


 依頼内容は護衛。ただし行動は自由。これはどちらかというと、王城内での活動に大義名分を与えるための依頼と考えるほうが正しいだろう。


「うん、それそれ。受注するので手続きしちゃって」


「わかりました。ではここにサインを」


「はいはい~」


 すぐに手続きは終わり、依頼書の半ピラを受け取る。


 併設されている雑貨屋でポーションとスクロール魔法をいくつか買い、ギルドを出る。


 これで取り急ぎ朝のうちにしておきたいことはあらかた終えたので、いったん帰ることにした。


      ◇      ◇


「ただいまぁ。大部屋はどうだったかな?」


「この2階の西の大部屋に鼠さんを潜り込ませたぞ。扉が開いた隙に。10人いる。すべて男だ」


「空き家から出てきた4人がいるかわかる?」


「4人ともいないな。全員がもじゃ髭で、下級冒険者か坑夫のような汚らしい風貌だからまちがいない」


 空き家から出てきた男たちは一応貴族街を歩いても不審に思われない程度に清潔感があった。その様子では確かに違うだろう。


「武器や道具は?」


「小剣類はチラホラあるけど、それ以外は特に見当たらないな」


「ん~ どうするかな」


 10人くらいなら鼠さんを使って食事に毒を混ぜる手で無力化できそうだ。


 ただ、反対側にあるもうひとつの大部屋にいそうな昨日の4人も気になる。それに、まだ他の工作活動や潜伏先を突きとめていないし、ここで終わりにするわけにはいかない。


「もし纏まって出ていくようなら、行き先を突きとめてくれない? 連中はまだどっか別の場所に工作を仕掛けてるはずだよ」


「ラジャー」


「それで、出かける前に渡した手帳は解析できそうかな?」


「簡単なシフト暗号だぞ。わからなかった?」


「ふ、ふ~ん。まあ、それくらいは聞いたことあるけど……」


 何文字か字をずらして記述する方式だ。自慢にはならないが、その手のものは苦手なのだ。


      ◇      ◇


「……それで、なんて書いてあるのかな?」


「これには、四公四候すべての汚職内容が書かれてる」


「ヴァロシアナ侯爵家も?」


「ああ。侯爵本人の賄賂や宮廷工作についても書かれてる。カインの名前は出てないけど」


 マルティナから解読済の文章が書かれた紙を受け取る。


 四侯のひとり、ヴァロシアナ侯爵の嫡男が黒鳳騎士団団長であるカインだ。綱紀粛正を推し進める彼の実父も、結局よくある貴族の一員でしかなかったのだろうか。


「でも、下級貴族の男爵家、しかも爵位もない次男三男程度の力で、そんなの調べられるのかな?」


「でっち上げの可能性もある。どっちにしても、これだけじゃ不十分」


 捏造ねつぞうにも注意しなければならない。それで冤罪えんざいを着せられ処罰される者も多い。


「証拠…… だよね?」


「あきらかにこれは脅迫のネタにするための手帳だぞ。別に証拠となる何かがあったはず。それと記録だな。脅迫したのなら、金銭の授受を示す帳簿があるはず」


 書き連ねられた内容が真実なら、こんな小さな手帳にすべてが納まるはずがない。


「デボルが持っていたのはそれだけだったよ? ひょっとすると、荒らされた部屋に散乱してた書類の中にあったのかな」


 もしくは、それを探し出して、持っていかれたあとだったのかもしれない。私も首輪の鍵のほかにいくつか書類を持ち出したが、それらしいものはなかったように思う。


「あたいらの目的は立証することじゃない。罪状認否までできればそれでいい」


「だね。裏を取ってくるよ。手っ取り早いのはどれ?」


「このカトロニア公爵の派閥のベルガモ子爵。賄賂を受け取って、王城に人を雇い入れてたようだ。部下の男爵を使ってな」


「カストロ男爵?」


「違うぞ。ジローナ男爵」


「ジローナ男爵か。庭師の男を雇ったのが、息子のリュイスって奴だったよ」


「繋がったな。デボルとオレアスも何かかんでるんじゃないか?」


「じゃあ、そいつの周辺から探ってみるよ」


「気をつけろ。それはカトロニア公爵だけじゃなく、友好関係にあるオルディーン侯爵とヴァロシアナ侯爵とも敵対する可能性がある」


「わかってるって」


 行動が露見すると、最悪の場合、彼らが後見人として支援しているオデッセアス王子やソフィア王女との関係もあやしくなるかもしれない。


 地図でベルガモ子爵とジローナ男爵の屋敷の場所を確認する。


「忍び込みはしないけど、偵察だけはしとこっかな」


 武器は聖銀のダガーだけを懐に忍ばせる。そして、ふたたび灰黒色の外套を羽織って宿を出る。


      ◇      ◇


 よく晴れていて良い天気で、だんだんと陽が昇ってきた。もう冬なので気温は低いが、日光が当たっている間はポカポカと暖かく感じる。


 あれこれと考えながらしばらく歩き続け、ジローナ男爵の屋敷にやってきた。塀の周りを一周して、様子を確かめる。


 調べたかぎり、ベルガモやジローナという城塞都市はなかった。つまり、彼らは領地を持たない貴族で、王宮勤めを本職としているのだろう。当然、当主もこの館に住んでいる可能性が高い。


 敷地はカストロ男爵の屋敷と同じくらいの広さで、庭が狭く、館は大きめだ。


 さすがにこう明るくては木や物陰に隠れて張り込み、というわけにはいかない。今は下見だけでいい。通行人を装ってその場を離れる。


 ベルガモ子爵の屋敷も近くにあり、場所だけ確認するにとどめる。


 爵位持ちであれば執務室くらいはあるだろう。王宮内にはない。王宮内の施設はあらかた調べてあるのでまちがいない。


 雇用に関係する場所となれば、おそらく行政府だ。


 王城に潜入し、行政府に向かう。この辺りは調査が進んでいなかったのでちょうどいい。廊下を歩きながら部屋の主を確認していくと、3階に行政副長官であるベルガモ子爵、2階に行政官であるジローナ男爵の執務室を発見した。


 そのあと、ジローナ男爵の管轄が都市計画事業であることがわかった。実際の業務は土地建物や水道などの施設のメンテナンス。近くの事務方が詰めている広間に息子のリュイスのデスクがある。


(なるほど。これなら庭の整備の名目で庭師も雇えるし、下水道の地図とかも手に入れられるかも)


 不審に思われない程度に各階のマッピングを済ませる。今は人目があるので、中を調べるのは夜まで待つことにする。調べなければならないことは、まだまだ他にもある。


いつも読んでくださりありがとうございます。


本話と次話が地味な展開になりますが、

そう思ってすっ飛ばした結果、わかりにくくなってしまったので、

きちんと書いていこうと思います。

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