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白騎士と古代迷宮の冒険者  作者: ハニワ
第8章 王国の危機
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第07話 黒と青の対峙

#黒と青の対峙


 ミリエス伯爵の屋敷を完全に離れた辺りで立ち止まる。ポツポツと街灯はあるものの、この周囲は真っ暗で、通行人などは全くいない。


 カストロ男爵の屋敷を出てから、どのくらい経っただろうか? かれこれ、半時ほどかかってしまったかもしれない。


(さてと、宿に戻るか、それとも、空き家に行くか……)


 ゾンビのいるあの屋敷に戻る気はない。城塞級集団感染パンデミックにでもならないかぎり。


 空き家はあらかた片づいたのではないだろうか。王宮への抜け道になるので、要所として警備されるだろう。潜入して調べるのは難しくなったかもしれない。


(……宿に戻るにしても近くを通るし、もういちど見にいってみようかな)


 西に向かって駆けだす。どうせ、本気で走ればあっという間だ。しばらく行くと、向こうの空がぼおっと明るくなっている。空き家で篝火かがりびが焚かれているようだ。遠くからでも場所がわかる。


      ◇      ◇


 使用人たちと遠巻きに様子をうかがった場所に着く。観衆が少し増えている。


(しまった。袖の血痕が……)


 外套をハンナにあげてしまったので、袖がごまかせなくなりそうだ。手も隠したい。布で拭っただけだから、どこかに跡が残っているかもしれない。


 ちょうど屋敷に帰ろうとするメイドがいる。肩から膝上まで隠れるような黒い外套を羽織っている。見たところ、支給品ではなく私用品のようだ。袖を隠して彼女に近づき、話しかける。


「ねえ、その外套、これで譲ってくれない? 慌てて見にきたから、羽織ってくるのを忘れちゃって」


 手のひらに載せた金貨2枚を見せる。安っぽくはない。かといって高級品でもない。銀貨5枚くらいあれば買えるだろう。


「えっ、そんなにもらっていいんですか?」


「それよりも寒いほうがつらいし、譲ってもらうんだから、それなりには、ね?」


「わかりました。お屋敷はすぐそこですのでお譲りしましょう」


 彼女が脱いだ外套を受け取り、代わりに金貨を渡す。


「ありがとう、助かったわ」


 彼女は思わぬ臨時収入に上機嫌で帰っていき、私は外套を羽織って胸のボタンをとめる。袖が隠れたのを確認して観衆に紛れ込むと、人の切れ目から空き家の正門前が見える。


 クリスが車道に出て、青い鎧の騎士と対峙している。その後ろに黒鳳騎士団の従士と青狼騎士団の衛兵が1分隊、つまり10人ずつ整列している。


 騎士1人と従士10人で1分隊、10分隊で1個小隊だ。10個小隊に団長を加え、総員1101人が騎士団の正団員になる。


 近くには他にも黒鳳騎士がいて、空き家からやってくる衛兵といくつかやりとりしたあと、送り返している。


 その様子から、ここに集まっている黒鳳騎士団は5個分隊、青狼騎士団は1個分隊だとみられる。カストロ男爵の屋敷にも別動隊がいると思われるが不明だ。


 クリスとその青狼騎士だけがヘルメットを脱いでいて、それ以外はヘルメットで顔がわからない。首に認識票のゴルゲットをかけているので、それで判別しているようだ。


「いい加減、どいてもらえないですかぁ? そこは車道ですよぉ……」


 どうやら、青狼騎士団の衛兵が門前の車道を塞いでいるので、馬車が出れないでいるようだ。


「クリス卿、繰り返しになるが、町は我々の管轄だ。犯人を引き渡し願おう」


 青い鎧の騎士が、チラッといくつか並んでいる馬車に目を向ける。普通の馬車と、護送用の檻の荷馬車がある。ちょっとここからではよく見えない。


 クリスは、目を細めて長い髪をかきあげていじりながら、顎に右手を当てて考えている。


「ふっ、そう言われましてもねぇ。カインから『くれぐれも、こいつらを逃がさぬように』との命令でね。副団長として引き受けた以上、責任があるんですよぉ」


 彼は王都に帰還後、それまでの功績により副団長になった。それも当面の措置で、白竜騎士団が再建される際には、団長に任命されると噂されている。


 クリスは女性のようなナヨっとした口調もあって、優男のような印象を受ける。しかし、団長のカインと共に、災害級魔獣と戦ってきた歴戦の騎士だ。その剣の力は、王宮騎士団でも5本の指に入ると言われている。


「それともぉ…… パトロクロス公爵を父に持ち、男爵にして昇爵も決まっている、この私に指図できるほどの身分だとでも?」


「い、いや、滅相もない!」


 クリスの持ち出した身分の差に青狼騎士団の騎士たちは畏まってしまう。


 黒鳳騎士団内では身分の差はとやかく言われない。それは、彼らの持つ権限の執行対象が魔獣であり、爵位などなんの役にも立たないからだ。


 ところが、他の騎士団になるとそれが貴族相手になる。爵位や家格の差による恫喝まがいは茶飯事だ。だから、それがクリスの本意かどうかはともかく、効果的にうまく使っているといえる。


 それでも、青狼騎士団は食い下がる。


「王都における犯罪者の逮捕と送致は陛下より与えられた我々の任務だ。そちらも、王宮での一連の事件について早く尋問したいのだろうが、まずは段取りを組んでほしい」


「ですが、前に城外に逃げた白竜騎士団の容疑者を、あなたがたに『うっかり』殺されてますしねぇ。もしかすると、今回もそんなことが起こり得るんじゃないですかねぇ?」


 クリスも応じる様子はなく、その両横に彼の部下が威嚇するように並んだ。


「すでにその者は処罰を受けている。我々もたがが緩んでいた部分は認め、改めているつもりだ。それを理由に引くことがあっては、我々の面目にかかわる」


 青狼騎士団の衛兵も前に出る。何かきっかけがあれば一触即発、といった感じだ。


 篝火やカンテラの明かりに照らされ、彼らの頑丈そうなフルプレートアーマーが鈍く光っている。黒と青の配色だけが違う。


 だが、もし両者が戦えば結果はあきらかだ。


 片や、黒鳳騎士団の鎧は分厚い板金の実戦用鎧。しかもクリスの装備は、腰に提げている剣を含めてすべてミスリル製で、彼自身もかなりの手練れだ。


 対して、青狼騎士団の騎士が着けているのはペラペラの儀礼用鎧パレードアーマー。見た目は派手だが、打ち合いなどできない。


 実は、実戦をまともに戦える鎧を着けているのは黒鳳騎士団の者だけで、普段、他の騎士団は軽い儀礼用鎧を着けている。とはいえ、重い実戦用鎧を着けて歩きたくないのは、わからなくもない。平和な王都で戦いも起こらないのに、常日頃から鎧を身に着けておかねばならないのだ。


 黒鳳騎士団は遠征専門だから、普段は平服姿でいられる。鎧を着けるのは、訓練や出動の時だけ。他の騎士団を軟弱だと誹るのは不公平だ。


 精鋭のクリスたちですら、ここにやってくるまでに時間がかかり過ぎている。彼らに常勤の仕事はない。人員を集めたり鎧を着込んだりしていたのだろう。


「……ふむ。仕方ないですねぇ。あとはお任せすることにしましょう。ですが、監視はさせてもらいますよ?」


「くっ。承知した。信頼は実績を積み重ねていくしかなかろう。ご協力に感謝する」


 ようやく話が纏まり、青狼騎士団の彼らの乗った護送馬車が観衆の私たちの前を通り過ぎていく。檻の中には捕らえられた衛兵が入れられている。


      ◇      ◇


 馬車が出たあと、通りの向こうから黒鳳騎士が歩いてやってくる。ヘルメットをかぶっているので、顔が見えない。


「クリス、ちょっといいか?」


「エドガー? カストロ男爵の屋敷は片づいたんですかぁ?」


 エドガーは十人長の騎士だ。四候のひとつであるオルディーン侯爵家の嫡男。家格的にはクリスより劣るが、エドガーは世継ぎで将来は侯爵になる身分だ。彼は右手でゆっくりバイザーを上げて、顔を見せると金色の髪がちらりとのぞく。


 基本的に、フレイン王家の血筋の者は金髪碧眼が多い。カインのような黒髪赤眼はめずらしい。


「あっちでも押し問答になったが、最終的に中から救助要請があったので、突入させて事に当たっている」


「そうですか。ですが、報告だけなら誰か寄こすだけでよかったのですがねぇ」


「それが、厄介なことが起こっていてな…… どうやら……」


 耳を寄せて小声で話しているので、断片的にしか会話を聞きとれない。周りにいる観衆にはまったくわからないだろう。


 私が聞きとれているのは、耳を鍛えているのと、おおよそ話の内容を予想できているからだ。


 エドガーの話を聞いたあと、今度はクリスが彼に話しかける。


「なるほど…… こっちは全…… 死亡を確認した…… ですよ」


 クリスの『死亡』という言葉を聞いてエドガーの表情がより険しくなり、話を遮って大きな声をあげる。


「なに? 拉致されていた令嬢もか?」


(えっ? どういうこと? 囚われた娘はどうなったの?)


 期せずして、エドガーと私は同じある懸念を抱いたようだ。


「ええ…… 『前』と同じく、おそらく…… 封じたのでしょう」


 やられた。はっきりと聞こえないが、まちがいない。


 口封じだ。奴隷娼館や地下坑道の秘密を何かしら知っている可能性の高い連中が、殺される可能性は大いにあった。


(デボルが殺され、オレアスがゾンビにされたのもそういうことか)


 つまり、私が空き家を見張り、あの4人が空き家から出てきた時点で、中にいた者は始末されたあとだったのだ。彼らの服は血で汚れていなかったので、衛兵が手を貸した可能性もある。


(ということは、あの4人は仲間割れ? それともオレアスの子飼いじゃないってこと?)


 ……そうだ、違う。むしろデボルの黒幕か、その関係者だ。


 私が自問自答しているあいだに会話が進んでいる。やはり、すべては聞き取れない。


「それで、その…… 始末は済んだのですかねぇ?」


「ああ。この鎧なら噛みつかれても…… 当面これ以上の被害は…… だが念のため、生き残った…… 隔離する必要がある」


(ああ、もう、よく聞こえないよ!)


「では、ここにいる団員を必要なだけ…… 隔離先は…… そうですねぇ……」


(ちょっと! 肝心な所が!)


 その時、手を突っ込んだ上着のポケットの中に、何か固い物があるのに気づく。


(あ、そうだ!)


 おもいきって、観衆から抜け出す。彼らに近づくにつれ、次第に会話が聞き取れるようになる。


「……俺の家にある別棟か。確かにあそこなら隔離できる。わかった、引き受けよう。もう夜も更けてきたことだし、すぐ移送にとりかかるぞ」


 エドガーは数人の騎士と衛兵を連れて馬車に向かう。カストロ男爵邸の住人を移送するためだろう。


(オルディーン侯爵の屋敷か…… 四侯のひとつだし、警備が厳重そうだなあ)


 それでも手にいれた手帳の内容によっては確認にいかねばならないだろう。


      ◇      ◇


 するとここで、騎士のひとりが私に気づいてやってくる。


「お嬢さん、何か用かな?」


 私は帯剣していないし、平服姿だ。それほど警戒はされてはいない。


「ねえ、騎士のお兄さん。こんなのを拾ったよ?」


 近づいた騎士に、右手に握っているものを手渡す。


「これは…… 鍵の束か」


 彼がクリスの方に振り返りながら、受け取った鍵を持つ右手を上げて報告する。


「副団長、この者が鍵を拾ったと申しております」


「見せてもらえますかぁ?」


 クリスがこちらにやってきて鍵を受け取る。いくつか鍵の札をめくって確認したあと、騎士に返す。


「……奴隷の首輪の鍵ですねぇ。館に行って、外せる首輪がないか試してきてください」


「了解しました!」


 騎士は屋敷の門をくぐって中に入っていく。クリスの判断はおそらく正しい。カストロ男爵邸にいた奴隷はハンナだけだった。他の鍵はあの空き家の奴隷用だろう。


(ただ、もうみんな殺されてしまったみたいだけど……)


「……中に奴隷がいるの?」


 知っていることを白々しくも尋ねる。


「ええ、そうです。気になりますかぁ?」


「あそこは空き家だって話だったもん。そりゃあね」


「どこからか攫ってきていたようですねぇ。お嬢さんみたいな美人は、特に気をつけないといけませんよぉ」


「あ、そっちの奴隷かぁ。うん、気をつけるよ。助かってよかったね」


「そうですねぇ……」


 クリスは同意しながらも、何か怪訝な顔をしている。何も知らず、盗み聞きしていないふりをして答えたが、気づかれただろうか?


「ところでお嬢さん、どこかでお会いしたことがありませんかぁ?」


「え、初めてだと思うよ?」


「そうですかねぇ…… では、なんとなく、そう、運命の出会い! そのように感じますねぇ!」


 クリスは長い前髪を掻き分けながら、ぐいぐいと迫ってくる。


「ははは、そうなんだ……」


 若干、引き気味に答える。私を口説いているつもりなのだろうか? そんなに安くはないのだ。


「ぜひお茶にお誘いしたいところですが、今は任務がありましてねぇ。ですが、また会えそうな気がしますよ、お嬢さんとは」


 そして、彼が美しい金髪をさらっと払いながら流し目を決める。


「ははは、そうなんだ……」


 同じ反応しか返せない。すると、向こうでクリスを呼ぶ声がする。


「ふふ、次にお会いしたときは逃がしませんよ? ではごきげんよう、お嬢さん。夜道は危ないですからねぇ。気をつけてくださいねぇ」


 クリスがウインクをしながら、門の前に戻っていく。


(これ以上は危険かな。どのみちクリスとは王城で出くわすことになりそうだなあ)


 ドレスを着ているわけではないので、裾を上げるような仕草はできないが、彼の背中に品よく会釈して、その場を立ち去る。


 やはり、当面あの空き家には入れそうにない。いったん宿に戻って手にいれた手帳を調べることにしよう。


      ◇      ◇


 自室に戻ると、もうすでにマルティナはベッドで寝息を立てている。主が寝ていても、使い魔は与えられた命令に沿って自律行動する。鼠さんは戦えないし、扉もあけられないが、精神は繋がっている。何かあれば目を覚ますだろう。


 しまっていた手帳の暗号を解読しようとがんばってみる。


(うう…… この手の仕事、苦手なんだよね……)


 なんとなく読めそうな文なのに読めない。


(この文字を変えれば……?)


 ダメだ。どうやら文字をそれぞれ別のものに置き換えればよさそうなのだが、ちょっとやそっと変えたくらいでは文章になりそうにない。


(……うわぁぁ、もうダメだあっ!)


 読み解くには時間がかかりそうだ。マルティナが起きたら頼むことにしよう。


(そういえばハンカチを洗って返さないと)


 宿に来るときにマルティナに借りたハンカチを洗って返さないといけない。クリームでベトベトになっている。


 いったん手を止め、服や体を洗いに浴室に入る。浴槽の湯を張り替えてくれていた。少し冷めているものの、入浴できないほどではない。


 服を脱ぐために、手に持っていたカンテラを壁に掛ける。


 そして、銀のナイフを隠し持ったままだったのに気づく。高級品といっても紋章が彫られているわけではないし、このまま所持していても問題なさそうだ。お湯で汚れを洗い流す。


「ふう……」


 ハンカチや服の洗濯が終わったあと、湯船につかりながら、ふと考える。


(あのオレアスのゾンビ、屋敷に行ったふたりが何かしたんだったよね……)


 毒を与えたり、麻痺させる武器はいろいろある。ダンジョンに行けば病気や石化、呪いのトラップもある。だが、ゾンビにするような武器やトラップはそうそうない。


(あのふたり、どこに逃げたのかな。片割れのふたりがここに泊まってるんだから、一緒にいるかもしれない)


 洗って台の上に置いてあるナイフを見る。あれはペン立てに差し込んであった。つまりペーパーナイフとして使われていたようだ。その場しのぎで手に取っただけで、武器として使うものではない。


(ゾンビか…… 武器を買い揃えたほうがいいな)


 武器に関しては、複数本の予備は用意するとしても、ミスリルのような高価なものは持たないようにしていた。ダガーの特性上、投げつけたり突き刺したまま使い捨てることもあるからだ。


 だが今回は、彼らを追い続けていると、またアンデッドと戦うことになりそうだ。


 明日にでも武器屋に行ってみよう。そういえば白金貨をいくつか手に入れていたのだった。存分に役に立ってくれるだろう。


いつも読んでいただきありがとうございます。

第8章の説明不足の点などを考慮して再投稿しています。

しばらく不定期で最新話まで投稿していこうと思います。

大きく展開が変わることはありません。

よろしくお願いいたします。

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