第06話 伯爵令嬢
#伯爵令嬢
(そういえば、最初に来た奴隷の女性は?)
カンテラを回して部屋を照らしていくと、部屋の隅でシーツをかぶって膝を抱え、小さくなって隠れている彼女を見つけた。
彼女のところに歩いていき、片膝を突いて顔を覗く。
滅多にお目にかかれないほど美しい女性だ。ブロンドの長髪で碧眼。ソフィアが成長すればこのような感じになるのだろうかというほど、花の盛りを迎えたような美人。
玄関ホールで見た使用人たちには痣があった。彼女にはそのような虐待の痕がなく、髪や体も思ったより汚れていない。
ただ、あまりの恐怖に心が折れてしまったのか、目に生気がない。頬は涙に濡れていて、小刻みに震えている。
(デボルかオレアスのお気に入りってとこかな。一応は大事にされてたみたいだし……)
ゾンビが死んだ今も動こうとしない。暗かったので、何が起こっていたのか、彼女にはわからないのかもしれない。
「あれは倒したから、もう大丈夫だよ」
声をかけても彼女は反応を見せない。
(う~ん……)
顔から視線を下げ、首輪に掘られている番号を確認する。
(……あった。これだな)
鍵束の中から同じ番号の札の付いた鍵を抜いて差し出す。
「ほら、これを探してたのかな?」
それでも、彼女は反応を見せない。だが、目の前にあるのが探していた鍵だとわかり、目に輝きが戻ってくる。
「……は、はい! それです、それです!」
「でも、これだけじゃ外れないよ?主人の同意がないと」
「だ、大丈夫です!ご主人さま……デボルさまは亡くなられました。あなたが殺したこのお方が、弟のオレアスさまです。どうか首輪を外してください!」
(えっ、デボルが死んだの?それに、このゾンビってオレアスだったのか)
「主人が死んだの? それで、そこから逃げて?」
彼女の話が本当なら、もう確かめる術はないかもしれないが……
「はい。地下に私の部屋と、その……奉仕部屋があります。その、特別なご奉仕をする部屋なんです……」
彼女の告白に、同じ女性として胸が苦しくなる。
ただ、それに惑わされてはいけない。
目の前の彼女も、空き家にいる娘たちも、かわいそうだと思う。助けたい気持ちもある。
だが、私が来たのは被害者を救出するためではない。デボルとオレアスの調査だ。
その目的の達成が最優先だ。
(それにしても、なぜデボルは死んだんだろう。オレアスがゾンビになった経緯も)
とにかく、まずは彼女が問題の拉致被害者かどうか、それとなく確認しよう。犯罪奴隷の可能性もある。
「外してあげてもいいけど、何か身の証となるものはあるのかな? 鍵を外した途端、誰かに咎められるのは嫌だもん」
とはいえ、今の彼女はシーツを胸に当てているだけで、下着すら身に着けていない。
「私は伯爵家の長女です。この兄弟に騙され、奴隷にされました。屋敷まで送っていただければ、必ずお礼をします。ステータスをお見せしますので……」
彼女は右手を差し出し、ステータスを私に見せる。
◇ ◇
┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃名 前:ハンナ ┃
┃種 族:ヒューマン ┃
┃年 齢:21 ┃
┃職 業:奴隷 ┃
┃クラス:戦士 ┃
┃レベル:3 ┃
┃状 態:呪詛 ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃筋 力:119 物理攻:153 ┃
┃耐久力:136 物理防:165 ┃
┃敏捷性: 82 回 避:182 ┃
┃器用度: 59 命 中:138 ┃
┃知 力: 42 魔法攻: 84 ┃
┃精神力: 43 魔法防: 64 ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃所 属:ミリエス伯爵家 ┃
┃称 号:ミリエス伯爵家 令嬢 ┃
┃ デボルの奴隷 ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃状態:良好 ┃
┃右: ┃
┃左: ┃
┃鎧: ┃
┃飾:奴隷の首輪 ┃
┃護:スレイブコントラクト ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃パーティ:ハンナ ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛
◇ ◇
奴隷組合が預かった罪人は、どこへ逃げても足がつくように、所属を奴隷組合に変えられる。彼女は貴族の身分のままだ。
ハンナは所属が変わっていない。単に言うことを聞かせるためにデボルが奴隷の首輪を使っただけ。公的機関やギルドが関知していない奴隷だ。
それでも本人の同意がなければ鍵がかからない。ただ、脅すなり拷問するなり手はいくらでもある。
だからこそ、奴隷の首輪は厳重に管理されていて、普通は手に入らない。扱えるのは官憲たる騎士団くらいのものだ。
(ああ、確かにこれは、誘拐か何かで奴隷にされちゃったっぽいなあ)
こうして近くで会話しながら確認した所見では、おそらく彼女はデボルと個人的な契約を結んで奴隷になってしまった者だ。それも、なんらかの悪どい方法で。
なにしろ、デボルは奴隷娼館のオーナーで、オレアスは子飼いに拉致させた女性を奴隷にする卑劣な男なのだ。
「ハンナさんは誘拐されたか借金でもしたの?」
「いえ、私は自らの意思でここに来ました。私が望んでデボルさまと契約した奴隷ということになっています。ですが、騙されたのです」
「騙されたって?」
「家の恥になることですので詳しいことは言えませんが、決して私に後ろ暗いところはありません。信じてください!」
まあ、好き好んで奴隷、それも見るからに性奴隷になる者などいない。
奴隷娼館のことを聞くと怪しまれるので、はっきりとは聞けないが、どうやら無関係のようだ。デボルは、また別の商売もしていたのかもしれない。
少なくとも犯罪奴隷ではなさそうだ。今はそれ以上の詮索は必要ない。
「わかった、じゃあ首輪を外してあげる」
首輪の鍵穴に鍵を差し込んで左に回す。一周すると、ガチャッと音がして、首輪が開き、首から外れた。
「ありがとうございます!」
ハンナは深くお辞儀をする。だが、感謝されている場合ではない。今はとにかく調査が先だ。
「気にしないで。ところで、ここはデボルの部屋かな?」
「はい。そうです。本来は男爵さまの部屋ですが、男爵さまは領地におられますので」
「その男爵の部屋に、なぜオレアスがゾンビになってやってきたんだろ。ハンナさんが首輪を外しに来たのはわかるけど」
彼女は辛そうにしていたが、ぽつりぽつりと話しはじめる。
◇ ◇
「私は地下室で、このオレアスさまの相手をさせられていたのですが……」
ときどき屋敷にやってくるふたりの男が突然部屋に入ってきて、彼に何かをしたそうだ。
そのあとオレアスの様子がおかしくなり、気味が悪くなった彼女は隙を見て地下室から逃げ出したというわけだ。まだその時は、彼も自我が残っていたのだろう。
逃げて正解だ。もしそのままいたら、彼女も彼の仲間入りを果たしていたにちがいない。
「じゃあ、オレアスはハンナさんを追ってきた、ってことだね。じゃあデボルはどこ? 死んだんだよね?」
「地下室です。逃げる途中で倒れて動かなくなっているのを見つけました。首輪を外したくて、鍵を探したのですが持っていなくて。それで、この部屋まで探しに来たのです」
状況からみて、小鳥さんに追わせたあのふたりだろう。まだ屋敷内にいるだろうか?
(いや、いないなあ、たぶん)
放置していたオレアスの死体の所に行って、所持品を探る。全裸だし、特に手掛かりになりそうなものはない。
元々この部屋は荒れていた。つまり、何かを探していた。この部屋の主人で、どこに何があるか詳しいはずのデボルの仕業ではない。
(ここを荒らしたのは、あのふたりだな…… バルコニーの扉があきっぱなしだった。そこから逃げたんだ)
「ハンナさんはこの部屋には詳しいの?」
「はい。使用人たちには正規の職業奴隷ということになっていますから。15歳の時にここに来て、もう6年になります」
「部屋が荒らされてるけど、何か変わったところはないかな?」
ハンナはゆっくりと部屋中を見回し、やがて首を横に振る。
「いいえ、特に気づくようなことはありません。デスクや金庫の中まではわかりませんが……」
オレアスの可能性もあるが、地下室でハンナと情事に耽っていたくらいだ。金目のものを漁って逃げようとしていたとは思えない。
とにかくデボルの死体を確認しよう。それで何もなければ、この部屋を荒らしたのは、やはりあのふたりということになる。
(もうボロボロだけど、ナイフも持っていこう)
ナイフを検めると、1戦しただけなのに、もうあちこち傷んでいる。
外套を脱いで、彼女に羽織らせる。袖の返り血が隠せないが、さすがに裸の彼女をそのままにしていくのも気がひける。
「じゃあ私は地下室に行ってみるね。門の外に騎士が来てるから保護してもらうといいよ」
と、扉に向かって歩き出す。
部屋の外の廊下は薄暗く、階下の1階で騒ぎが起こっているだけで、この2階に誰かがいる気配はない。ほかにゾンビとなった者がいれば厄介だ。
「ま、待ってください! 置いていかないで……」
彼女が追いかけてきて背中にしがみつく。
私がこの屋敷に潜入した不審人物であることに気づいていないようだ。少なくとも彼女が頼るべき相手ではない。
外にいる騎士の所まで連れていけば、彼女は助かるかもしれないが、私は捕まるかもしれない。
それに、私が行きたいのは外ではなく地下室だ。1階を通っていくにしても、なるべく隠れて目立たないようにしたい。
「ごめん、私もやることがあるから、これ以上は面倒見られないよ?」
どうやら彼女の事情で奴隷になったみたいだし、奴隷娼館と関係がないのなら、これ以上関わるのは避けたい。
それ以上は何も言わず、部屋をあとにした。
◇ ◇
ササッと廊下を渡りきり、階段を下りて1階の玄関ホールに着く。廊下は左右に伸び、正面に玄関扉が見える。
玄関に執事がいて、外に出ようとするメイドを引きとめている。今はそれで手一杯で、私に気がついた様子はない。急いで玄関から見えない壁に隠れる。
廊下にいくつか扉が見える。あの突き当たりにある扉から地下に行けそうだが、もしまちがっていたら逃げられなくなるかもしれない。
(地下室の場所を聞いておくべきだったかな)
「ひぃぃぃ! 助けて! 助けてぇ~ !」
メイドが叫びながら走っていく。
1階は収拾のつかない状況になっている。荷物をまとめていた者もそれを放り出して、着の身、着のまま外に出ようとしている。
執事ではもはや抑えきれそうにない。それに、不審人物の私が廊下にいても、まったくお構いなしだ。
(どれがゾンビかわからないなあ)
なりたてのゾンビの外見は普通の人間と変わらない。オレアスもそうだった。
そもそも一般人はゾンビなど見たこともないのだから、襲ってくる見知った人が、よもやそのような危険な存在になり果てているとは気づかないだろう。
この喧騒の中、襲っている者と逃げている者を見わけるのは困難だ。
後ろを見ると、まだハンナがついてきている。この騒ぎの中なら、彼女を連れていても大丈夫そうだ。
「もう、仕方ないなあ。じゃあ一緒にいこう。地下室に案内してくれる?」
「はい、こちらです!」
やはりあの突き当たりが正解だったようだ。彼女があちらに小走りで歩いていく。
地下への階段をおり、ワインセラーのような地下室を抜けると、怪しげな廊下に出た。
廊下に牢屋のような檻があって、鉄格子の扉があいたままになっている。
その手前に牢番が待機するような机と椅子があり、床にデボルと思しき男が倒れている。
死んでいるのを確認した。何かの刃物で刺されて殺されたようだ。
「どうやらゾンビになってないみたいだよ」
服の中を探ったが、オレアス同様、装飾品のほかに金目のものはあまりなかった。
財布を見つけた。中に十数枚の白金貨が入っている。かなりの金持ちだ。
(男爵の次男ってこんなに裕福なのかな?)
中の白金貨を数枚だけいただく。
やはり、あの部屋から持ち出したような物は見当たらない。この白金貨がそうなのかもしれないが……
(やはり荒らしたのは、あのふたりか)
もう少しよく服を確かめると、上着の裾の内側に隠しポケットがあり、小さな手帳があるのを見つけた。
パラパラとめくって読もうとしたが、文章がおかしくて読めない。暗号で書かれているようだ。
(これを探していたのかもしれない、うん、まちがいない)
内容はわからなくても、暗号で書いてあるくらいだ。重要な何かが書かれているにちがいない。
手掛かりとなりそうな収穫もあった。脱出するとしよう。この騒ぎに紛れて2階から外に逃げれば、なんとかなりそうだ。
◇ ◇
地下から1階へ、そしてまた2階へと階段を駆け上がり、侵入した2階のバルコニーに出る。
ところが、いざ脱出しようとすると、彼女が私を追ってやってくる。
「あれっ?1階から外に出れば良かったのに……」
「お願いです。連れていってください!」
「外にいるのは王宮騎士団だから助けてもらえるよ?」
「とても信用できません! 彼らの相手もさせられたんです…… 何年も……」
外にいるのは黒鳳騎士団だ。
「王宮騎士団の相手もしたの?色は?」
「青です…… 青狼騎士団のタロスという騎士と、部下が数人……」
(黒鳳騎士団に限れば大丈夫そうだけど…… 青狼騎士団も騒ぎを嗅ぎつけてやってきてるしなあ)
身の安全を保証できるかと言われると、そこまでの自信はない。
「仕方ない。黙ってじっとしててね。叫んじゃダメだよ?」
彼女をお姫さま抱っこしてバルコニーの手すりに飛び乗り、少し離れた塀までジャンプする。
「!!!!!」
かなり驚いている様子だが、彼女は目を瞑り、口を固く結んで、じっとしている。そのまま塀の上にシュタッと軽く着地を決める。
左右を見回す。
(どうやら、こっちの路地にはまだ手が回っていないみたい)
さらに塀を蹴って、その下の路地に音もなく飛び降りる。
庭に何人か使用人の影が見えたが、もう外は真っ暗なので、一般人からは見えなかっただろう。
さて、首尾よくカストロ男爵邸から脱出したものの、門のある通りには黒鳳騎士団が来ている。見つかる前にここから立ち去りたい。
「大丈夫?」
「は、はいぃぃ……」
抱えていた彼女の足を地面に降ろしてあげたが、上半身は私を抱え込んだままだ。彼女は靴を履いていない。裸足だ。
(う~ん、しまったな。靴を探してあげればよかったな。外を歩けないもんね)
服を着ていないのは知っていたが、靴まで気が回らなかった。
だが、性奴隷だったのだから、靴など最初からなかったのかもしれない。
「……」
「……」
このままでは埒があかない。
「家までの道はわかるよね?」
「はい…… でも一緒にいてください……」
やれやれ、こうなったら彼女の家まで送り届けるしかない。
◇ ◇
再び彼女を抱え上げ、隣の屋敷の塀に跳び乗って走り出す。
「それで、君…… ハンナさんの家はどこにあるのかな?」
「えっと、このまま東に……」
「じゃあちょっとだけ迂回していくね」
塀伝いにしばらく走ったあと、全く別の通りに降り立つ。
「靴がないと歩けないよね? これ使って」
彼女を抱えたまま身を屈ませ、腰を下ろして地面に座り込んだ。丁寧に足裏の汚れを掃ったあと、パンプスを脱いで彼女の足に履かせていく。
足のサイズはほぼ同じだから、ベルトを留めれば全く問題なさそうだ。
「でも、あなたは……?」
「私は鍛えてるからね。大丈夫だよ。それよりも君を抱えて歩く方が目立つし困るかな」
なまじ整備された石畳が素足には厳しい。馬車などの往来で削れた石の欠片が足を傷つけるのだ。私ならともかく、貴族の彼女に裸足で歩くのは無理だ。
「ありがとうございます。そういうことでしたらお借りします」
しっかり靴を履かせたところで彼女を下ろす。
「どう、大丈夫かな?」
「はい。ありがとうございます」
「ちゃんと家まで送ったげるけど、君を助けるのは予定外なんだ。つまり、あまりほかの人に知られたくないんだよ」
通りを歩きながら、私はとある『やんごとなきお方』の命令で動いている密偵のため、くれぐれも内密にしてもらうように頼んだ。
彼女が内心どう思っているか知る由もないが、私を怪しむような素振りは全く見せていない。
◇ ◇
衰弱している彼女は歩くのがやっとの状態だ。少し時間がかかってしまったが、誰とも会わずに屋敷にたどり着けた。
ミリエス伯爵の屋敷は、貴族街の中でも東のはずれにあった。
私たちは詰所にいた門番によって外で待たされ、別の門番が指示を仰ぎに館へ走っていった。
しばらくすると初老の男性とハンナによく似た若い令嬢が門までやってくる。
執事と思われるその男性がハンナに向けて一礼する。
「ハンナさま、よくお戻りになられました」
「あらぁお姉さま、よく戻れましたわね」
この令嬢はハンナの妹のようだ。
顔立ちは似ているが、印象は全く違う。キツい性格をうかがわせる顔つきで、蔑むようにハンナを眺めている。
「ダニエラ、よく私の前に顔を出せましたね」
「それは不本意ですわぁ。奴隷契約に同意したのはお姉さまなのですから」
「伯爵家を守るために、役目を果たしたまでです。まさか、あなたの差し金だったとは」
ハンナが険しい表情で正面からダニエラをにらむ。
ダニエラはまるで汚物を見るかのように眉をひそめて顔を背け、ハンナを横目で見る。
「奴隷契約は解消なさったようですわね。その穢れた厭らしい体を使って、誰かに乗り換えたのかしらぁ? 精々新しいご主人さまに可愛がってもらうといいですわ」
ハンナはダニエラの挑発を無視して、執事の男に話しかける。
「バシル。カストロ男爵家で騒ぎが起こり、あの兄弟が死んだので奴隷から解放されたのです。詳しい話は中で話します」
「かしこまりました。お嬢さまの居室はそのままにしてございます」
「外套と靴を借りていますので、何か持ってきてもらえますか?」
「ここでお召し替えになられるのですか? すぐにご用意を致します」
バジルという執事の男は踵を返して館に戻っていく。
「ふん、帰ってきても居場所なんてもうありませんわ! 荷物をまとめて早く出ていってくださいましね! おーほっほっほ!」
ダニエラは品のない高笑いをしながら立ち去る。
私たちはとりあえず詰所の中に入らせてもらい、ハンナは椅子に腰かけて待つことにする。
ダニエラの意に反して、執事と門番はハンナに敬意を払っていた。確かに貴族との縁談はもう難しいかもしれないが、大切に保護されるだろう。
「裸足のままでは心苦しいので、先に靴をお返しします。ありがとうございました」
ハンナが靴を脱いで私に差し出す。
もう大丈夫そうだ。靴を受け取り、履き直す。
「じゃあ私は帰るね。なんか大変みたいだけどがんばってね!」
「あ、お待ちください! まだ外套が!」
彼女は身に着けたままの私の外套をギュッと抱きしめている。中は裸だ。着替えが来るまで脱げない。
「それは君にあげる! これ以上、ほかの人に会いたくないから、ね?」
「……わかりました。この恩は一生忘れません。またお会いできますか? せめてお名前だけでも……」
「名乗るほどの者じゃないから。もし次に会うことがあったら教えてあげる! それじゃ!」
手を上げて微笑んだあと、彼女に背を向けて闇夜の通りに駆けだした。
いつも読んでいただきありがとうございます。
第8章の説明不足の点などを考慮して再投稿しています。
しばらく不定期で最新話まで投稿していこうと思います。
大きく展開が変わることはありません。
よろしくお願いいたします。