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白騎士と古代迷宮の冒険者  作者: ハニワ
第8章 王国の危機
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第03話 王都ラグナヴォロス

#王都ラグナヴォロス


 せっかくもらった通行証を使い、北側にあるエントランスで衛兵のチェックを受け、王宮の外に出る。


 北の地平に唯一の出入口である内城門が霞んで見える。その向こうには貴族街、さらにずっと彼方かなたには王都の外に出る北の貴族門があるはずなのだが、全く見えない。


 貴族門は王都の外に出る貴族専用の外城門のことで、西と東と北の3箇所ある。平民が出入りできるのは南の一般門だけで、この王宮にたどり着くにはかなり遠回りになってしまう。


 王宮の周囲は公園になっていて、エントランスの前は民衆が集まれるような広場、脇には馬車留めや衛兵の詰所がある。


 その公園の中を横切り、王宮の外周をめぐる王宮前通りに出る。


 馬車がすれ違えるほどの広い車道と人が歩く歩道があり、見事な意匠の施された街灯やベンチが一定間隔で設置されている。薄暗くなっているが、まだ明かりは点いていない。


 王宮を中心にこのような通りが円周状に広がり、それを放射状に伸びる8つの通りが貫く。そのうちのひとつが内城門に通じている。


 通りの向こう側には数々のモダンで立派な白亜の庁舎や施設が建ち並び、王都の中心部にふさわしい圧巻の景観を見せている。


 左右に伸びた石造りの庁舎の中央正面にはロータリーのある玄関口や馬車留めが整備され、低い鉄柵がめぐらされて入口となる門がある。


 庁舎の窓には明かりが点いているところがちらほらと散見される。煙突からは暖炉の白い煙がゆらゆらとのぼっている。


 そのような景色の中を、仕事を終えて家路を急ぐ人々に紛れながら北東をめざして歩く。


 街並みから抜け出し、最後の通りを越え、花畑の中の小道を走り、内城壁の麓、警備の薄い場所のひとつに着く。


 そして、王城からこっそり抜け出した。


 そこは閑静な貴族街の東のはずれだ。軍学校や平民街との境目ということもあって、大きな倉庫が並んでいる。


 人通りはない。少し北に歩いて、貴族街のとある大通りに出る。


 王城内と同じように広い車道と歩道に分かれ、街灯が設置されている。貴族街の外もおおむね同じで、南部は小通りや路地の割合が増える。


 ちょうど、4頭立ての馬車がこちらにやってくるところだ。私の前を通り過ぎようとしている。


 貴族は基本的に馬車で行き来する。そのため、まず歩道を歩く者が少ない。いるとしても、おおかたはどこかの屋敷の使用人といった感じだ。


 加えて、主要な市場や繁華街は反対の西側に多く、このような東のはずれに来ようとする者は、軍学校関係者か観光客くらいになる。


 貴族からすれば、そのような歩行者は路傍の石、取るに足らない者だ。


 いま歩いているのが私だけであっても、通りすぎる馬車の中にいる貴族どころか、御者すら気に留めることはない。


 通り過ぎた馬車が向こうに去っていく。


 貴族街は、各貴族の爵位に応じて区画整理されており、割り当てられた敷地内に、それぞれが趣向を凝らした豪華な屋敷を構えている。


 子爵や男爵の敷地は狭く、侯爵や伯爵は広い。公爵の屋敷ともなると、門から玄関に着くのに馬車で何分もかかるだろう。


 てくてくと歩道を歩いて、通りに並んだ貴族の屋敷の前をいくつも通り過ぎる。


 問題の坑道の出口となっている空き家は、とある子爵が住んでいた屋敷らしい。すでに廃爵されていて、今は空き家ということになっている。


(あれかな……)


 貴族街でも東の方にある、こじんまりとした小さな屋敷だ。周りを囲む塀には出入口がふたつ。正門と少し離れて使用人の通用口がある。


 あの屋敷の地下に攫われた娘たちが監禁されている。好色な貴族や金持ちの『客』が、毎晩のようにやってきては乱暴しているそうだ。正気の沙汰ではない。王都には立派な娼館もあるというのに。


 助けてやりたいのはやまやまだ。だが、それは官憲たる騎士団の仕事だ。私が変に動いて存在を知られると、目的達成の支障になる。


 通行人を装って塀の周りを一周し、誰かいないか探してみたが、どこにも人影がなく、馬車も見当たらない。辺りは静寂に包まれている。


 本当に奴隷娼館などという違法な性接待が行われているのか、疑問に思うくらいだ。


 もっとも、監禁されている娘たちの悲鳴が外に漏れるようではすぐに露見していただろう。かなり厳重な防音措置がとられているのはまちがいない。


 だとしてもこれは静かすぎるように感じる。


(妙に静かだなあ。まだ衛兵が来てないの?)


 地下の坑道を通れば、まっすぐここに来られるはずだ。


 普段の出入りに使っている、てんで違う場所の寂しげな内城壁を越え、通りと通りの間にある路地を選び、そのような道のりを歩いてきた私とは違う。


 ソフィアが地下に彼らを送り出した時、彼女は庭師が自供書を残したことも、その内容のことも何も話さなかった。


 そのため、彼らはあの空き家のことを何も知らずに坑道に向かった。そのため、坑道の出口で拉致犯と遭遇し、戦いになっている可能性もあるが……


 ちょうどよい具合に辺りも暗くなってきた。それでもまだ出入りがあればわかる時間帯だ。


 通りを挟んだ近くの屋敷にある木の上にひそみ、出入りする者がないか遠くから観察することにする。


 常葉樹で冬も葉の生い茂る巨木で、通りからも屋敷からも見つからないはずだ。


(さてと。誰か来るかな……)


 あそこは庭師を含めて一部の者が隠れるアジトに過ぎない。


 仮に衛兵がたどり着いて娘たちが見つかっても、奴隷娼館にいた者が口を割らなければ、その先までは突き止められないかもしれない。


 私が知っているその先のひとつが3軒隣のカストロ男爵邸で、奴隷娼館のオーナーであるデボルとオレアスが住む屋敷だ。


 もし仲間がまだあの空き家に残っていれば、別のアジトかカストロ男爵邸に逃げるはずだ。それを見届けたい。


 木の上にひそみながら、何か動きがあるまでじっと待ち続ける。


(……来た!)


 見張りを始めてしばらくすると、門から外の様子を確かめるようにして、4つの人影が現れた。


      ◇      ◇


 静かな空き家から出てきたのは、小綺麗な庶民服を着た4人組。地下に下りた白竜騎士団の衛兵ではない。この距離でわかるのはその程度だ。


 何も知らない人からすれば、ただ人が出入りしているだけのように見えるかもしれない。


 だが、そこは誰もいないはずの空き家で、実は地下に奴隷娼館がある。そこから出てくる彼らが関係者なのはまちがいない。


 どうやら二手に分かれるようだ。ふたりが車道を渡ってこちらへ来る。残りは背を向けて、通りの先へ歩いていく。


「……マルティナ、いる?」


 小声でひとり言のように呟く。


「ピィ」


 鳥の鳴き声がする。顔を上げてみれば、小鳥が木の枝に止まっている。どこにでもいそうな可愛い小鳥だ。


「私はこっちを追うから、マルティナはあっちをお願い。たぶんカストロ男爵の屋敷に行くんじゃないかな」


「ピィ」


 その小鳥が再び鳴いて、パタパタッと木から飛び立つ。


 視線を戻すと、通りの向こうへ羽ばたいていく小鳥と入れ替わるように、あのふたりが私の隠れている屋敷にさしかかろうとしている。


 三十路くらいの精悍な風貌の男性。どちらも口ひげとあごひげを生やしているが、きちんとカットしてあり、汚い印象はない。


 左腰に剣を提げている。王城の外なので帯剣は問題ない。剣の心得がなくてもファッションで着ける者もいる。


 ふたりは用心深く、辺りをうかがって歩いている。もうすぐ塀の向こうの歩道に隠れてしまいそうだ。


(どうせしばらく塀が続くし、通り過ぎるまで身をひそめていよう)


 木の幹に貼りついてじっと息をひそめる。無心になり、息をゆっくりと吸い、静かに吐く。


 頃合いを見計らって幹から身を起こし、通りに目を向ける。2軒先の屋敷の前に彼らの背中が見える。別れた方は見えなくなっていた


 もう十分に離れたようだ。私はタンッと枝を蹴って塀の上に飛び移ったあと、音もなく歩道に降り立って尾行を始めた。


      ◇      ◇


 まっすぐ向こうまで続くだだっ広い通り。

 整然と立ち並ぶ高い塀や鉄柵。

 歩道が切れる屋敷の正門には守衛が立っている。

 おまけに人通りも少ない。


 そのような場所で相手に気取られずに尾行するのは、一見むずかしそうに見える。


 ところが、実は隣家との間にある路地が小通りのようになっていて、石畳で舗装されて馬車が通れるものすらある。そのような路地に曲がるふりをして塀の陰に隠れれば、次の路地までふたりを見張れる。曲がれば追えばいいし、進めばそのまま見張っていればいい。


 門前に立つ守衛は、屋敷の前を通り過ぎる私にそれほど興味を示さない。彼らの実際の仕事は来訪者を出迎え、主人に伝えにいくことだ。


 このようにして路地に身を隠しながら、慎重に尾行を続ける。偶然にもそれは私が通ってきた道のりと似ていて、南東へ向かっているようだ。


 元いた場所からすっかり離れ、辺りは暗闇になりつつある。


(このまま寝床か、もしかすると別の大物貴族を突き止められるかも!)


 期待を膨らませていると、やがてふたりは貴族街から抜け出てしまう。


 今度は南へ進み、南北の境界線ともなっている宿屋通りを渡って、南側の平民街に入ってしまった。


 宿屋通りは王城の周囲をめぐる王城通りから、東の貴族門に至る大通りだ。その名のとおり、両側に数多くの宿が競うように並んでいる。パン屋や食堂、雑貨屋などの商店もある。


 おもに軍学校に通うために地方から出てきた学生の下宿先になっていて、私もこの辺りに泊まっている。


 その宿屋通りの南側、王都の南半分が平民街になる。平民の住む家とはいえ、ほかの城塞都市の一等地にあるような立派な屋敷ばかりだ。それが身を寄せあうように建ち並んでいる。


 低い鉄柵か、外周に建物を配置して境界線にしている屋敷が多い。大半が住宅だが、商店や工場などもあり、雑多な建物が入り混じっている。


 いくつかある大通りを外れると、入り組んだ路地や路地裏になる。近隣の住民が生活道路として利用しているようだ。


 この辺りは隠れる路地に困らないし、歩道や路地に通行人がそれなりにいる。


 ふたりは用心深く周囲をうかがいながら、まるで王城の周囲を時計回りに一周するかのように、今度は西へ転進した。


(やれやれ、今度はそっちか)


 東の工場地帯、南の闘技場、さらに今は西の繁華街へと向かっているようだ。


 視界が怪しくなってきて、前を行くふたりとの距離が縮まっている。だが、あきらめはしない。彼らもどこかに泊まる必要があるはずだ。


      ◇      ◇


 空き家を離れてから、王都の中をかれこれ一時くらい歩きまわった挙句、やってきたのは繁華街にある大通りだ。


 街灯には明かりが点き、通りは夕暮れ時よりもかえって明るく照らされている。


 もう商店の多くは店じまいを始めているが、なかなかの賑わいを見せている。閉店間際に駆け込む客や買い物を済ませて家路を急ぐ人々。夜の商売を始める者も通りに出始めている。


 そしてついに、ふたりが大通りに面したとある高級宿に入っていくのを見届けた。入口扉とその両脇はガラス張りとなっていて、中から明かりが漏れている。


 通りに立って人混みに紛れながら、窓越しにそれとなく中をうかがう。


 すると、ふたりはロビーを素通りして階段をのぼっていく。ここに宿泊中のようだ。姿が見えなくなった。


(よし! ついに突きとめた!)


 私が探しているのは彼らだけではない。オレアスが子飼いにしていると庭師が話していたゴロツキだ。あの口ぶりからすれば、もっと多くの者がこの王都にいると思われる。


 空き家から王宮まで途轍もなく長い坑道を掘るくらいだ。数十人規模の可能性が高い。そのような悪事を働く連中は、どこをアジトにするだろうか?


 家を買ったりアパートを借りたりすると、足がつく可能性がある。部屋の掃除や洗濯の面倒をみてくれる人も雇わねばならない。


 それに比べ、宿に泊まれば部屋の掃除もしてくれるし、洗濯も頼める。適当に宿を変えていれば足もつきにくい。


 それに、宿には傭兵や冒険者のパーティが拠点にするのにうってつけの大部屋がある。いくつかベッドが置いてあるだけで、ほかの余計な調度品を廃して床が広くとってある、グループ向けの間取りの部屋だ。


 雑魚寝すれば1パーティ10人が同じ部屋に寝泊まりできる。宿代さえ気にしなければ、このような大部屋に滞在している可能性が高い。


 あのふたりが探している連中かどうかはわからない。客の可能性もある。


 ただ、たとえ今回がハズレであっても、いずれアジトは判明すると踏んでいる。大きな宿を回って大部屋の空き状況を確かめていけば、いつか行きつくはずだからだ。


      ◇      ◇


 というわけで、まずは空室の確認だ。


 宿に入ってロビーカウンター越しに立っている女性に声をかける。


「こんばんは! 大部屋は空いてる?」


「お客様、申し訳ありません。大部屋は満室になっております」


「え~っ、そうなの? これだけ立派な宿なんだから、大部屋がひとつだけってことはないよね?」


「はい、大部屋は4つございます。ですが、すべて埋まっておりまして……」


 従業員がロビーの壁を指さす。


 そこには各階の部屋番号を書いた案内図が貼られている。


 この宿は3階建てでフロアの中央に階段がある。2階と3階の左右に伸びた廊下の両端が大部屋だ。10人から無理をすれば15人ほど泊まれるらしい。


「じゃあ明日ならどうかな?」


「それが、長期のご滞在のお客様でして、しばらくは空きそうにないのでございます。普段は利用されるお客様が少なくて困っているくらいなのですが……」


「そっかあ。残念だなあ」


 ガッカリしたように演じておく。


 大アタリだ。ここが奴らのアジトのひとつにちがいない。少なくとも『長期のご滞在』くらいの期間は泊まっていることになる。


 受付の女性は私の周囲をキョロキョロと見回す。


「失礼ながら、今はおひとりとお見受け致します。ほかにお連れさまがいらっしゃるのですか?」


「うん、あとで合流する予定なんだよ」


「左様でしたか。3人部屋でよろしければ空きがございます。いかがでしょうか」


 各階の階段の前にあるのが3人部屋らしい。一泊で銀貨18枚だ。王都の宿はお高い。ただ、階段前は出入りを見張るのにちょうど良さそうだ。


 ちなみにふたり部屋だと銀貨14枚で、いま滞在中の宿代と同じ。だが、この宿には特筆すべき設備がある。なんと、この宿には各部屋に風呂に入るための浴室があるようだ。


 ゲラールのように温泉が湧くわけでもないのに、平民街でこれはかなり珍しい。この辺りは古くからある繁華街のようなので、上下水道がよく整備されているのだろう。


(そうか、お風呂! あんな坑道を掘るくらいだし、体はかなり汚れるはず。個室に風呂があれば、人知れず洗い流せるよね)


 もちろん、もっと物騒な血まみれの武器を洗うにも都合がいい。


 彼らが4つの大部屋すべてを使っているかはわからない。ただ、坑道を掘るには相当な人数の抗夫を動員しなければならない。


 この宿だけで30人から40人が寝泊まりでき、泥汚れもごまかせるとなれば助かるはずだ。


「へぇ~、浴室もあるんだね」


「当宿の自慢でございます。湯張りは銀貨2枚で申し受け致しますので、御用の際はこの受付までお越しください」


「自分でお湯を用意しても構わないかな?」


「魔道具か何かをお持ちなのですね? でしたらご自由にお使いになられても構いません」


「じゃあ3人部屋でいいよ。一泊させてもらおうかな」


「ありがとうございます」


 銀貨18枚を支払って、部屋番号の札のついた鍵を受け取る。階段を上がって2階の踊り場の先が自室だが、迷った風を装いながらその前を通り過ぎる。


 廊下をよく観察すると、土で汚れた足跡が奥へ続いている。


 王都はどの通りも石畳で舗装されていて、土で汚れることは少ない。


 この足跡からすると、かなりの多人数のようだ。そう、あんな坑道を掘るくらい大勢の。


 各部屋の扉には蓋のついたのぞき窓があり、奥の扉の隙間から明かりが漏れている。


(あそこが大部屋か…… これはまたどこかを掘ってるなあ)


 今日みつけた坑道は、庭師が仲間に加わる以前に開通していたものだ。いまも掘っているなら違う場所になるはず。


 続いて3階に上がってみる。こちらは目立つ足跡も見当たらず、廊下は綺麗だ。


(3階は使ってないか、出払ってる…… 2階の2部屋だけだと…… 総勢20人から30人くらいかな)


 そのあとは自室に入ってみて、中の様子や外の景色をぐるっと見てまわる。そしてとりあえず、いま滞在している宿に帰ることにした。


いつも読んでいただきありがとうございます。

第8章の説明不足の点などを考慮して再投稿しています。

しばらく不定期で最新話まで投稿していこうと思います。

大きく展開が変わることはありません。

よろしくお願いいたします。

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