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白騎士と古代迷宮の冒険者  作者: ハニワ
第8章 王国の危機
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第02話 軽戦士のレミー

#軽戦士のレミー


 しばし無言の時間が流れる。


(気まずい……)


 このような場所に女性である私がひとりきりで、絶対に助けを求める状況のはずなのに、まだ何も話しだせないでいる。


 なぜここにいるのか、その言い訳が思いつかない。


 ただ、ソフィアは訝し気に辺りを見回している。何かがあったことに勘づいているようだ。


 やがて彼女が【フロアライト】を唱える。


 すると、坑道の天井が奥まで白く光り、置き去りにした男の死体が横たわっているのが露わとなってしまった。


 彼女が私の横を通り過ぎ、死体の方に歩いていく。


 私も仕方なくついていく。


「確か庭師の男ですね。見覚えがあります。帯剣は許されていないはずですが……」


 彼女の視線の先に死体があり、ショートソードとダガーが鞘から抜かれた抜き身のまま散乱している。


 私が鞘に戻さず捨てたものだ。彼女が拾い上げて確認している。


「この地下のどこかに隠し持っていたのでしょう。ですが、どれにも血がついていないのが不可解です」


 庭師の男は首を掻き切られており、かけられたハンカチは血まみれだ。つまりこれは凶器ではない。


 ハンカチは私のもので、凶器のダガーは服の中に隠し持っている。


(どうせこれは見つかるし、アレを見られる前に見せちゃおう)


 懐から鞘に入ったダガーを取り出す。柄に施された滑り止めの溝に、拭いきれなかった血がこびりついている。


「攫われて、襲われそうになって…… それで……」


 嘘はついていない。本当に攫われたのだし、殺されていたのは私の方かもしれなかったのだ。


「あなたのような美人でしたら、護身用に必要かもしれません。ですが、もし帯剣が見つかれば捕まりますよ。ここは王宮内なのですから」


「ごめんなさい……」


 私がしたように彼女も庭師の死体を検めていると、護衛の赤獅子騎士が進言する。


「姫様。これ以上は危険です。お戻りください」


「そうですね。こんな坑道があるのは知りませんでした。急いで衛兵を呼びに戻りましょう」


(衛兵かあ……)


 彼女はおかしなことを言っているわけではない。むしろ当たり前のことを言っている。だが、その衛兵どころかこの騎士でさえも、どこまで信用できるかわかったものではないのだ。


 アキレアスの事件が露見してから、1週間くらいしか経っていない。事件の捜査も衛兵業務の引き継ぎも、まだ始まったばかり。


 お姫様はこうして好きなことができる。


 だが、騎士や衛兵にはすでに与えられた日常業務がある。それをこなしながら衛兵業務を引き継がなければならない。


 慣れない事件の捜査をしたり、一日中どこかの要所に立って警備をするという、そのような仕事をいきなりできるわけがない。


 そのため、数百人いる白竜騎士団の衛兵も、まだ処罰を免れて業務を続けている。一部の関与を疑われているほかの騎士団に至っては、まだ手つかず状態だ。


 それに、王城内は貴族の構成比が非常に高い。容疑をかけられた貴族の中には、聴取に応じるどころか領地のどこかに引っ込んでしまう者もいて、捜査は暗礁に乗り上げているようだ。


 彼らよりはマシなだけで、赤獅子騎士団や黒鳳騎士団も完全には信用していない。同じ王城内にいたのだ。影響を受けていないとは言えない。それは彼女も同じだ。


      ◇      ◇


 ソフィアたちと明るく照らされた坑道を進む。


 やはり下水道は近かったようだ。


 水路脇の狭い通路に抜け出ると、暗闇の時には見えなかった、庭師たちのものと思われる隠しものや、見たくなかった下水の汚物まで、何もかもが白日のもとに晒された。


 水面からいささか目を背けて通路を歩き、そして階段をのぼり、また通路を進み、上に伸びる梯子に手足をかけ、マンホールから外に出る。


 そこはとある内庭の片隅で、そびえ立つ本城の向こうに太陽が隠れ、日陰となったこの辺りはやや暗くなっている。それでもまだ日没前の夕暮れ時だ。


 マンホールを覆うように、木製の屋根つきの要所が設置されている。警備の必要な重要な場所に置かれ、衛兵が通行人を見張り、検問を行なう所だ。


 ここは地下への出入口になるので、それを見張るために設置されているのだろう。


 だが誰もいない。だから庭師も私も、誰にも咎められることなく地下に潜れた。


 逆に要所が遮蔽物になって助かったくらいだ。


「さあ、こちらです」


 ソフィアが優しく手招きする。やはり私を解放してはくれないようだ。


 連れてこられてしまったのは近くにある談話室。


 中央にあるテーブルを挟んで席が向き合った、豪華なソファーに座るようにうながされる。


 出口の両脇に先ほどの騎士が並んで立っている。あそこから逃げようとすれば、さすがに大騒ぎになる。おとなしく席に着くことにする。


「……外で警備していてもらえますか?」


 私の視線を見て気を利かせてくれたのか、ソフィアが扉の騎士に向けて手を払う。なかなか肝が据わっている。私は人を殺したばかりで、普通は警戒される場面だというのに。


 騎士が外に出ていき、穏やかで優しそうな笑みを浮かべたまま、彼女が私の対面に座る。


「さて、あなたが何者か、不審に思う人もいるでしょうね。衛兵や王宮騎士、王宮魔導師ではありませんし、かといって、後宮務めのメイドや事務方でもなさそうです」


 私は冒険者ということになっている。依頼を受けて各地に赴く仕事であり、王宮にいてもおかしくはない。


 ただ、今は依頼を受けているわけでもないので、理由にはならない。ソフィアが言ったような、王宮で働く職業や所属を示す身分証も、王宮に訪問を許されるような通行書も持っていない。


 何か一言でも話しだせば、そのあとの言い訳にまた苦悩することになる。


(何かこの場を切り抜けられる、うまい方法はないかなあ……)


 彼女との間に置かれたテーブルだけが、私を守ってくれている。今はこれを頼りに時間稼ぎをして考えるしかない。


「王宮に出入りできる者は限られます。それに、出入りの監視や要所の警備は厳重だったはずです」


 ここは国権の中枢機関だから、警備は厳重で当然だ。


(でも、本当はあやしいんじゃないの?)


 先ほどのマンホールを思い返す。


 まあ、私はどの要所も通ってきていないので、普段の警備状況を知らない。つまるところ不法侵入だ。


 それでも重要施設の出入口では、訪問者に目的を訪ね、通行証を確認し、場合によっては案内役という名の見張りをつけるくらいはするだろうと予想できる。


 だから私は自由に動きたくて、要所を通らなかった。


(……それに、そんな要所の警備で安心してると、ほかの場所は警戒が甘くなるんだよね。すれ違っても誰も気に留めないし)


 実際に王宮で調べはじめて数日間、王宮で誰からも誰何されなかった。


「……」


 依然として思いつかない言い訳を必死に考えていると、彼女が淡々と話を進める。


「……まあいいでしょう。地下にあんな坑道が掘られていたのを発見できましたし。それにしても、『敵』がいるような感じがしたので泳がせてみたのですが、これは思わぬ収穫でした」


「収穫…… 確かに。最近人の手で掘られた坑道みたいだし、見つかって良かったね。どこに通じているのかなあ?」


 彼女の口ぶりから、どうやら開放してもらえそうだと感じて、つい気がゆるみ言葉を発してしまう。


 すると、彼女が微笑みをたたえたまま、こちらに身を乗り出す。


「いえいえ、収穫というのはあなたのことですよ。ずっと何者かに尾行されていたようですので。敵ではなくて安心しました」


「えっ私、気づかれてたの?」


「王都への道中で気がつきました。これは推測ですが、ゲラールからずっと、追ってきたのではありませんか?」


「あちゃあ、そんな前から……」


 私たちが王都に着いたのは約1週間前。その数日前からバレていたようで、庭師と同じく泳がされていたようだ。


「黒鳳騎士団の索敵網を甘く見ないでください。ゲラール城では不覚をとりましたが、危険な森を抜けながら街道を行くのに、周辺を警戒しないわけがありません」


「……うん、まあそうだよ。でもソフィアさんや騎士団の人に、危害を加えるためじゃないよ?」


 ここは素直に認めて、一応は味方であることを伝えるしかない。


「どっちかというと逆かな。ちょっとした調べ事があって、ついでにソフィアさんを見守ってたみたいな?」


「そうですか。では、こちらから護衛の依頼を出しましょう。明日にでも冒険者ギルドで受注してくださいね」


 彼女はにっこりと微笑んで、握手を求めてくる。


「え、いや、別にそこまでは……」


 本当にしたいのは護衛ではないので、彼女に縛られるのは困る。


「依頼を受けてもらうのは、王宮に出入りして問題にならないようにするための口実ですよ。私が保護した人がほかで捕まっては、立つ瀬がありません」


「まあ、それならいいかな」


 差し出された手を右手で握り返す。


「よろしくお願いしますね。そうですね…… 通行証もあった方がいいでしょう」


 彼女は紙とペンを取り出すと、まるで印刷でもしているかのように見事にペンを走らせて、書き上げたものを私に見せる。


 高級紙でできた王宮の通行証だ。


「これがあれば、王族の居住区画以外は自由に通れます。あなたは別の方法で行き来するかもしれませんが…… 名前を伺っても?」


「レミー。職業は冒険者……かな? どっちかというと戦いよりも、調べ事や探し物の方が得意なんだけどね」


 ステータスを表示してみせる。


      ◇      ◇


┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓

┃名 前:レミー         ┃

┃種 族:ヒューマン       ┃

┃年 齢:22          ┃

┃職 業:冒険者         ┃

┃クラス:軽戦士         ┃

┃レベル:18          ┃

┃状 態:良好          ┃

┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫

┃筋 力:276 物理攻:417 ┃

┃耐久力:327 物理防:411 ┃

┃敏捷性:303 回 避:614 ┃

┃器用度:262 命 中:528 ┃

┃知 力:180 魔法攻:338 ┃

┃精神力:137 魔法防:227 ┃

┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫

┃所 属:冒険者ギルド      ┃

┃称 号:Cランク冒険者     ┃

┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫

┃状態:良好           ┃

┃右:鋼鉄のダガー        ┃

┃左:              ┃

┃鎧:ミニワンピース       ┃

┃飾:              ┃

┃護:              ┃

┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫

┃パーティ:レミー        ┃

┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛


      ◇      ◇


「クラスは軽戦士なのですね」


『軽戦士』

 ある程度の経験を積んだ戦士がクラスチェンジする。

 騎士よりも力が弱いが少し身軽に成長する。

 武具の扱いが多少うまくなる。足音が小さくなる。


 軽戦士はダガーやショートソードなどの小剣、布の鎧やレザーアーマーなどの動きやすい軽鎧、そのような軽装備で戦う戦士がなるようだ。足音を抑え、速く走り、高く跳べるといった、特殊な身体強化効果を得られる。


 とはいえ、それらの武具では魔獣と戦うには力不足だ。金属鎧を着ければ、鎧の擦れる音で気づかれる。重い荷物を持てば、速さは変わらない。せいぜい高い木の枝や塀に飛び乗れる程度。そのくらい取るに足らない能力だ。


 そのため、鎧に不慣れで騎士になれなかった戦士、というのが、軽戦士に対する世間的な評価だ。


「では私の責任で帯剣も許可します。誰かに見とがめられたときは役に立つでしょう。問題が起きそうな場合は私を呼んでくださいね」


 ソフィアが私の名前を記入し、嵌めていた指輪で印章を押して、完成した通行証を差し出す。


 それを受け取ろうと手を伸ばし、受け取ろうとする。


 ところが、彼女もそれをしっかりと握ったまま、手を放そうとしない。


「このまま受け取ってもらっても良いのですが……」


 微妙な間があく。


「……できれば教えて欲しいことがあります」


 先ほどまでの穏やかな感じから、口を固く結び、真剣な顔つきで私を見ている。


「推測にすぎませんが、あの男から何かを聞き出したのではありませんか? あなたが調べている件に関連して」


 先ほども『推測』と言っていたが、確信に近いものがあるのだろう。


 これを見れば彼女がなんらかの行動に出るかもしれない。あまりしゃしゃり出て欲しくない。ただ、この通行証があれば助かるのは確かだ。


「そうだなあ……」


 通行証から手を放し、代わりに庭師の男に書かせた自供書を取り出す。


 常習的に女性を拉致監禁して性奴隷にし、空き家で違法に働かせていた証拠だ。今回は殺してしまったので、決定的な証拠とまでは言えない。


 それでも、これを読めば、あの坑道の先に攫われた娘たちがいることがわかるし、奴隷娼館のオーナーであるデボルのいる、カストロ男爵邸にも手を回しやすいだろう。


「どうやら私を攫って奴隷にしようとしていたみたい。『なぜか』ほかの余罪まで自慢話のようにペラペラと喋ってくれたよ」


 自供書を手にした彼女はそれをじっと眺めたあと、すぐに通行証を重ねて私に差し出す。


「協力ありがとうございました。参考にさせてもらいます」


 彼女は『完全記憶能力』の持ち主だ。


 見た出来事を正確に《記録》し、いつでも《再生》して記憶の中で再現できるらしい。


 今のわずかな時間で、一字一句すべてを憶えたに違いない。


      ◇      ◇


 ソフィア第3王女。国王グレゴリオス三世と正室の間には3人の子が生まれた。オデッセアス第1王子とルーカス第2王子、そして3番目の子が彼女だ。


 先に側室との間に女子がふたり生まれたので第3王女となっている。


 私と同様に彼女は特殊な能力を持っており、調べられただけで何種類もある。


 《鑑定》《記録》《再生》。


 【グレーターヒール】【ライトニングボルト】。


 それに『聖女』という過去に数人しか確認されていない稀なクラス。


 そのような地位、才能に恵まれているにもかかわらず、人柄もすばらしい。


 誰にでも優しく、慈悲深く、平民街に足を運んでは奇跡の力で怪我人や病人を癒し、それでいて偉ぶることも善行を誇ることもしない。


 また、彼女は思慮深くもある。


 無償で治療すれば治療師の収入を奪うことにもなる。そこで、治療院や神殿に慰問する形に限定し、通常の治療費を支払ってもらうか、相当額を彼女が寄付するように配慮している。


 貴族に対して王都民から蔑視の目が向けられている中で、彼女の評判は群を抜いて高い。『光の乙女』『奇跡の癒し手』『聖女』。ゲラールで呼ばれた『翼の女神』もその逸話と共に急速に広まっている。


 王位継承については早々に実兄でもある第1王子オデッセアスへの支持を表明したので政争にはなっていない。


 ただ、ルーカス王子を始め、多くの王子が亡くなった。


 もし男子であれば王位継承順位は第2位であろうはずの立場になっている。


 女子の継承順位が低いのは前王朝の典範を引き継いだせいだ。初代国王は女王だったというのに。それを不満に思う者もいる。


 彼女の資質とそのような事情も相まって、もし彼女が王位を望めば大衆は支持するだろうし、逆に彼女を擁立しようとする者も出かねない。


 そういった争いを避けるために、彼女はゲラールに拠点を移そうとしている。


 単に優しく親切なだけではない。ときには厳しく、したたか。


(初めて話したけど、やっぱり彼女は油断ならない相手だな……)


 会って話すとついつい味方に引き込まれてしまう。それでも肩入れしてはならない。あくまでも公平に、彼女とその取り巻きを見極めなければならない。


 結局、それ以上の所持品検査や、私自身に関する事情聴取はなく、一緒に談話室から外の廊下に出て、先ほどの要所に戻る。


 おそらくもう夕日が沈む頃だろう。空がだんだん深い藍色に染まりつつある。


 ソフィアは白竜騎士団の衛兵を集めさせ、数名を選抜して下水道に向かわせると、また別の数名にここの警備を命じる。


(衛兵が奴らとグルならなんの解決にもならないのに……)


 程なくして黒鳳騎士団のカイン団長たちが向こうに現れた。私は喧騒に紛れて建物の陰に隠れて様子をうかがう。彼らはマンホールの近くに集まり相談をしている。


(ふむう、今はここから行けそうにないかな)


 衛兵がグルならバレるし、そうでなくても調査に入られる。どちらにしても空き家にいる奴らが逃げだすか捕まるのは明らかだ。


 その空き家にも興味はある。だがやはり、調べたいのは奴らの行き先だ。


 そこで、王城から出て町の方から坑道の出口に回ることにした。


いつも読んでいただきありがとうございます。

第8章の説明不足の点などを考慮して再投稿しています。

しばらく不定期で最新話まで投稿していこうと思います。

大きく展開が変わることはありません。

よろしくお願いいたします。

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