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※この文芸部は仲良しです

※この文芸部は仲良しです #2 古本屋探方編(前)

作者: 飽和茶

「部長、明日の土曜、古本屋に行きませう!」

「嫌だ断る」

 金曜日の夕方、週の授業日の最後を締めくくる穏やかな夕日に染められた部室の中、私、大庭葉子が赤嶺鈴部長へ意を決して告げたランデブーへのお誘いは、御方の嫌悪の表出と共にあえなく散りにけりをかましたのだった。ホワイ?意味が解らない。

「部長…?何で?信じてたのに…」

 だから、涙がこぼれてしまう。私の本当の気持ちは何処にも届かないのだと、私の願いはこの夏の始まりを告げる少しまとわりつくような熱を帯びた夕刻の彼方へ消え去るしかないのだと、知ってしまったから…。

「知ってしまったから…」

「いや、何を愁嘆場じみた独白をしてんのよアンタは…」

「だって、部長が、だって、うぇっぐ、うぇっぐ、げっぷう」

「わざとらしいしゃくりあげのあとにゲップをするな!もー、空気飲んじゃったのね?」

「だって、部長があんまりにもつれない態度をとるのだからああー」

「いや、なんで何時も何時もうんざりするくらい顔を合わせているあんたと休日まで一緒に居なきゃなんないのよ。この前あんたのせいで空いた胃の穴、まだふさがってないんだからね…?」

 部長の胃袋には、以前悪しきOB達の魔の手によってぶち明けられた「風穴ァ!」が空きっぱなしになっている。あの場に私が居合わせていればこのような悲劇を防ぐことができたものを…。現場に駆け付けた時にはすでに部長の体内にエンチャントを施されたスカラベが…!返す返すも無念ナリ。

「あんたね、何を考えているのかは大体わかるけど、この疾病の原因はあんたなんだからね?!だからあんたといると、その時のこと思い出して胃の具合が一層ひどくなるわけ。わかる?」

「はて?」

「アンタね!!」

「秘書が全てをGET THINGS DONE?」

「記憶って衝撃を与えたら飛ぶことがあるらしいんだけど、逆もまた然りかしら」

「全て、私の責任です。陳謝という言葉では償い切れないこのギルティ」

「よろしい」

 部長の腕力は強い。おちょくった果てにどつきまわされるその度に、鳩尾の底から辞世の句「うわ、ぶちょぅっょぃ」が強制排出される程度には強い。つい先週も、「部長のめがねのフレームっていい色してますよね、緋色に近い深い茶色…。カブトムシの羽根からつくったんですか?」と私なりのピーコチェックをした0.82秒後にBOTEKURI回されてダウンしてしまった。なんでもクソ固いリノリウムの床でかんぬきスープレックスをぶちかまされたところまでは記憶している。

しかし、その時私は薄れゆく意識の中で奇跡的な体験をしたのだ!あ、あの蓮の池のほとりで、ほっそい蜘蛛の糸を垂らしてらっしゃるのはお釈迦様?!「如何にも」すごい!私、お釈迦様に“シャカリキ”って言ってもらいながらフロントダブルバイセップスのポーズをしてもらうのが夢だったんです!「シャカリキ(ムキッ)」ほあああ!ありがとうございます!ありがとうございます!「あ、そうそう、信心深い君に言っときたいことがあるんだね」なんですか?「部長にケチョンケチョンにされた際の傷病は国の企業保険の保適用外なんだよ。自己責任だからね」な、なんですってー!!?(:ここで私、意識戻る)

というわけで私はお釈迦様のご厚意に報いるためにも、今回ばかりは引き下がってやるんだからな☆。あくまで宗教上の理由なんだからな☆。あと、医療費節減のためなんだからな☆。ああ、資本主義ってホント、悪魔の申し子だわ…!怖い怖い、神に祈ろう。オーメン!あ、間違えた。

「…で?どうなんですか、部長。明日は一緒に来てくれるんですか?古本屋。はっきりしてくださいよ」

「さっきこれ以上ないくらいはっきりと断ったつもりなんだけれど…?!」

「聞こえませんー聞こえませんー!あーあーあーあーあー、ばーばーばー。うぅぅぅぅうううううううううう!!(シンゴちゃん風に)」

「あんた、うざいよ…」

「それは将来的に里に戻って来たあと、私と結婚したいと捉えてもいいんですね?うちわが家紋のどっかの抜け忍にそっくり☆」

「ふざけんな!!」

「あ…、」

 怒声を浴びると同時に、怯えた表情をしながらハイライトの消えた目で黙り込む私に、ちょっとギョッとした目を向けるリンちゃん部長。

「ごめんなさい…」

 ああっと、ここで大庭葉子、謝罪によるダメ押しか?

「ちょ、ちょっと…、なによ、急にしおらしく…」

 そしてリンちゃん部長、以外にもこれをノースルー。

「……」

 真夏の蝉もかくやという騒がしさだった部室(主にミーのせいザンス)に、にわかに気まずい雰囲気が立ち込める。

「……」

 黙り込む二人。窓外から聞こえてくる、如何にも運動部ライクなイッチニーコール。近くを走り去る車の音。胸のすく、金属的なバットの打球音。まるで、この部屋だけが日常の営みから切り離された、違う時間を、永遠の一瞬を生きているみたいで、息が詰まる。溢れそうになる今に溺れて、私も部長も永遠にこの時を生きればいい。

「ああっ、もうっ!!」

 などと、集中力の切れた頭でポエミックなことを考えていると、予定通り部長が痺れを切らした。

「行けばいいんでしょ?!行けば?!」

「へ?なんの話です?」

「古本屋よ!あんたが言ったんでしょうが?!ほ・か・な・ら・ぬ・あんたが!!」

「すいません、かれこれその話題が出てから500文字くらいは過ぎているので忘れてしまっていました…(唖然とした顔)」

「短期記憶力が死んでいるの?あなたは?」

「そうかもしれませぬ」

 リンちゃん部長が絵にかいたような呆れた顔をこちらに向けてくる。んっとね、どれだけ絵に描いた感があるかっていうとね「呆」って字を逆さにしたくらいの絵に描いた感。わかるかなー?ちなみに私はわからんち。

「そうかあ…、忘れちゃうくらいには行きたくなかったのね…?残念だわ。これは、この予定、お流れ確定ね」

 おおっと、引きすぎたよ。来てもらわなくちゃ困るんだよ。寂しいもん。パイシツパイシツ(「失敗」の業界用語風な言い替えだよ)

「うそうそ、嘘です、部長!イッツライ!覚えてましたって。今のは私の「予定の主導権をいつの間にか部長にすり替えて、最終的に大庭自身がしょーがないなー行ってあげるかー的な発言をにやにやしながらする」的な作戦が空回りした結果でアリマシテ…」

「全部言っちゃうんだ…、それ。全く、あんたはやることなすこと意味のないことばっかり。少しは生産性のあることをしなさいよね…」

「YEAH!!」

「適当なノリでごまかさない!」

「SYOBOOooooOONN!!!!」

「勢いよくしょんぼりするな!!って、ああもう!また無駄な時間を!!あんた、こんなことばっかりして楽しいわけ…?」

「楽しいですよ?」

「なんで?」

「部長のことが大好きだからです」

「あーはいはい。明日は十時に駅前のロータリー集合ね。それでいい?」

 むう。流された。


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