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一般ファンタジー小説

老人と子供

作者: 藍上央理

 子供にとってこの町は迷路であった。白い漆喰に瓦屋根を飾っている壁が町の外の城壁まで続いている。町をはしからはしまで歩けば、子供の足では半日もかかってしまうほどに広かった。

 ある一角は裕福な家の集まりでそういう家の壁際からは柳や花の枝がしだれている。時には柿や桃や甘酸っぱい実がなっていて、子供は見張り番のいないすきによじ登って腹のたしにした。



 子供には親がいない。家もなかった。けれど、自分で城壁の外に小屋を作り、寝泊りしていた。服などは日干ししてあるものを盗んで着ていたので不自由はなかったけれど、当分はその近辺を出歩けなかっりした。食べ物は食事処の客の残したものをかき集めて食べていた。食べるものがなければよその家の果実を取った。池の鯉をとって食べたこともある。大人や町の人間は子供に無関心で施しもないが罪罰などを問われたこともなかった。それを子供は不思議に感じなかった。



 ただ、子供には友達がいなかった。話しをする相手もいなかった。なぜなのかは知らない。子供が家のなかに勝手に入っていっても誰一人咎めなかったものだから。同じ年頃の子供でそれに気づいているものもいる。けれど、ふいと目をそらして、まるで子供はいなかったもののようにされてしまった。

 そんなことがものごころついたころから続けば、子供にとってそれが当たり前になってしまったのだった。



 そんなある日、子供がいつものように家屋に忍び込んで、いろいろと見て回っていると、ある部屋に老人がいた。老人は汚い服を着ていて、最初は卓について酒を飲んでいた。

 子供は構いもせずにその部屋の屏風の絵をしげしげと見つめていると、老人が話しかけてきた。

「こんなとこでなにをしとるのか」

 子供はびっくりして、老人を振り向いた。老人は子供を見ていた。

「屏風の絵を見ているんだよ」

 屏風には庭園が書いてあり動物や子供が楽しげに遊んでいる風景が書いてあった。子供はそれが大好きで時々この家に来ては見て行くのだった。

 とうとう声をかけられてしまったことで、子供はこの家には二度と来られまいと思った。けれど、老人は、「いたずらはせんようにな」と言って、また酒を飲みだした。子供はほっとした。すると家のものが入ってきたので、子供はするりと彼らの間をかいくぐり、急いでその家から出て行った。

 なんだ、みんな知っていたのかと子供はドキドキしながら思った。

 それ以来、しょっちゅう子供は町で老人を見かけるようになった。たいていは茶屋で酒を飲んでいるが、大人が寄ってくるとそのあとをついていき、その家に入って行くのも見かけた。

 最近町は物忌みの家が多くて黒い布を軒先につるしている。これは家に病気のものがいますよという印だった。老人はそんな家に招かれて行くのだった。たいていは老人とおんなじくらいの年頃の人間の手を引いて家から出て行った。家人はそんな老人に頭を下げたりしてお礼を言うのであった。

 子供はそんな風に老人のあとを付回した。

 たそがれて子供が家に帰って寝ようかと考えたりすると、たまに老人は振りかえって子供を見ていたりした。けれど子供は日が暮れるのが怖くてねぐらに帰ってしまうのだった。なぜ怖いのかはわからない。ただ、闇夜も自分もなにもかも見えなくなってしまうのが怖いだけだった。それに子供は暗闇を照らすための道具も持っていなかったのだから。



 子供が町の迷路のような街路をぶらついていると、物忌みの家から老人が子供の手を引いて出てきた。家人は泣いていたが、老人にお礼を言っている。子供は綺麗な金糸の刺繍の入った服を着ていて軽やかにはしゃいでいる。その子は子供にも気づいて手を振ってきた。けれど、なにを言っているのかわからなかった。老人は子供に気づいたが無視してそのままその子の手を引き引き道を歩いて行ってしまった。

 老人が行ってしまったあと、家人もぞろぞろと家のなかに入って行き、物忌みの黒い布を門から外した。子供はそのあとに続き、泣いている女のひとの後ろをついて行った。ある暗い一室に二つの行灯が灯っていた。丸い黒い色の変な行灯である。白木の箱に白い厚手の刺繍の入った綺麗な絹が掛けられていて、女のひとは線香を焚きながらその白木の箱を見つめていた。

 子供も寄って行って線香の匂いをかいだがとてもいい匂いで、自分もこんなものがほしいなぁと感じた。白い絹にも触ってみて、自分もこんな服が、あの子供が着ていたような服が着たいなぁと思った。

 あんまり、女の人が白木の箱の中に手を入れて、何かを撫でているように見えたので、子供は背伸びして中をのぞいてみた。真っ白い絹と厚手の刺繍の入った絹にくるまれて、さっき老人に手を引かれてどこかへ行ってしまった子供と同じ顔した子が、青白い顔をして眠っていた。女の人は眠っている子の土気色の肌を、何度も何度も愛おしげに撫でさすっているのだった。

 しばらく、その様子を子供は眺めていたが、胸の奥がもやもやとしてきてつまらなくなってきたので、さっさと家から出て行った。



 そのうち、物忌みの家が少なくなってきた。黒い布は外されて老人も見かけなくなった。以前のように子供はまたぶらぶらと町を歩いて暇をつぶしていた。



 瓜が美味しい季節になったころ、子供はあてもなく城壁の外を歩いていた。すると急に辺りが暗く翳り始めた。赤く焼けるような色や濃い青い色なんかでなく、さぁといきなり灰色に染まっていくのだ。そうすると子供はいきなり怖くなってきて走ってねぐらに向かったが、道の先にぽつんぽつんと小さな明かりが灯っているのを見つけた。

 あの老人がちょうちんをひとつ手に持って立っている。子供には気づいていない。

 老人は手招くように手を揺らし、周りにいる小さな子供たちを寄せ集めていた。子供たちは綺麗な白い着物を着ていて髪の毛をかわいらしくゆんで、白い靴をはいていた。老人を囲んではしゃぐように踊っている。

 灰色の暗い闇のなかで、老人と子供たちだけが明るく楽しげに、子供の目には映った。自分はあのねぐらに帰って夜が明けるのを待たなくてはいけないけれど、子供はどうしても楽しげな子供たちの輪の中に入りたくなってしまった。

「ねぇ、待って。僕も連れて行ってよ」

 子供が声をかけると、老人がこちらを向き、手招いた。子供たちも気づいて口々に「おいで」と招いてくれた。同じ年くらいの子供たちに声をかけてもらえて、子供はたまらなく嬉しくなった。

 子供は喜び勇んで駆け寄って行った。その途端、さぁっと子供の回りが明るくなって、怖かった暗闇が遠のいて行った。

 子供はそのまま他の子供たちに交じって、ちょうちんを持った老人について行った。自分の手をつなぐ、同じくらい小さな手を力いっぱい握りしめ、老人やほかの子たちと今まであったかどうかも分からなかった道を歩いていく。驚くほどものすごい速さで街から遠のいていく。今まで過ごした街が灰色の煙に包まれていくのを振り返り見ても、子供は何の未練も感じなかった。

 ああ、これでようやく安心できる、と子供は心から思った。


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