お仕事かいし!
主人公が凶人みたいな発言をします。ご注意ください。
ガタガタと馬車が上下に揺れる。通常の馬車には椅子なんてものはないから床に座るしかない。それによって、馬車が揺れる度に振動が直に伝わってくる。
相変わらずの乗り心地の悪さだ。クッション代わりに毛皮を床に敷いてる分尻の痛みはないんだけど、代わりに酔いそうだ。
現在進行形でフレキちゃんに回復魔法掛けまくってもらわなきゃ今頃吐いていたな。間違いない。酔った俺にフレキちゃんが回復魔法を掛けているのを見て《蒼い風》が「そんなことに使うなよ」と言いたげな目で俺を見てたが知らない。相羽君は「相変わらずですねー」とあははと笑っていた。後で覚えておけよ?
さて、今回受けた護衛の仕事だが、パーティは折角2チームあるので時間事に交代することで話は決まった。
馬車は3台ある。一台ずつ並んで動いている格好だ。一番先頭が商人達がいる馬車で、もう二番目が商品や食料などの物資が積み込まれた少し大きめの馬車。そして最後列の馬車が俺達護衛の馬車となっている。
だが護衛は全員で7人と馬車一台では足りない人数だ。なので1時間ずつパーティが見張りと交代して休憩するという形が一番良いのである。《蒼い風》の面々もそれで納得していた。
まぁ、《蒼い風》の人間の方は少し不満気だったけどね。だが仕方ないだろう。ここは日本じゃないんだし、そもそも護衛に足りないとはいえ馬車一台用意してもらえるだけ待遇は良いんだからな。そこは慣れが必要だろう。
ちなみに、今は俺達が休憩だ。馬車の窓から緑の大地の景色が流れるようにうっぷっ
「ああー!まだ回復魔法掛けてる途中なんですから無理しないでくださいっ!」
隣でヒールを掛けてくれてるフレキちゃんが焦ったような声で俺に注意してくる。いやはや。
「ごめんよフレキちゃん・・・俺はここまでのようだ。」
「・・・ワリと余裕そうですね。」
「うん。」
気持ち悪くなってもすぐ回復魔法のヒールで体調が治っていくからね。回復魔法は偉大だ。
「でも馬車なんて久しぶりですね。スーオさん以来ですよね。」
「あー・・・そうだね。」
相羽君の言葉に俺も同意する。スーオさんはドワーフ族の商人でデットスネーク狩りの際、俺達が護衛するのと引き換えにアル村まで送り届けてもらった事があるのだ。
その時はこの馬車より2倍くらい大きかったから俺と相羽君も荷物のある馬車に乗り込めたんだっけ。
・・・吐きまくってたのは忌々しい記憶である。おえぇ。
「スーオさんって誰なんです?」
フレキちゃんが小首を傾げて言う。あぁ、確かその時はまだフレキちゃんはいなかったんだっけか。というか、以来から帰還した直後にフレキちゃんに出会ったからそれも当然である。
「前、俺らがお世話になった商人さんだよ。今の俺達の装備があるだろう?このデットスネークを狩りに行った時馬車に乗せてくれた人だよ。」
「ほへぇ・・・」
フレキちゃんは自分の装備を見ながら納得したように頷く。自分の装備になった魔物に関わった人なんだから気になったのかもしれない。
「そうですね。あの時は灰原さんが吐きまくって大変でした。」
オイコラ相羽君。それを言っちゃァいけないよ。
「しょうがないだろ。俺乗り物に弱いんだから。」
「だからってあれは弱すぎる気が・・・」
「うっせぇ」
俺が乗り物に弱いのは理由があるんだ。そう、あれは先輩と遊園地に行った時の事である。
先輩がくじ引きで3等の某ねずみの王国のペアチケットを当てやがったのだ。あの時の先輩のテンションはヤバかった。「ヒャッホォーーーーーーーー!!」と大声で叫んで商店街の人達も「うぉぉぉぉぉぉぉ!」って言ってノリノリだったし・・・恥ずかしくて死にそうだった。
いや、そこは良いんだ。いつものこと。
問題なのはその場で俺を遊園地に誘いやがった事だ。あんな所でお誘いなんかしたら周りの人の目もあるから断るに断れない雰囲気が出来てしまう。断るつもりは無かったけどさ。
・・・まぁ案の定遊園地でジェットコースターを初めコーヒーカップやらゴーカートとかで先輩が暴走しまくって俺が酔いつぶれたんだけど。逆になんであそこまでのスピード出して酔わないのか不思議でたまらん。先輩ほど謎の生物に遭遇した事なんて他にはないな。
『うっひょぉぉぉぉぉぉぉっ!落ちるぅぅぅぅぅぅぅ!!』
『このハンドル回すとスピード上がるんだよね!私やるよ!ん?涼君震えちゃってどうしたの?』
『無免許運転でも許されるのがゴーカートだよ!私は風になる!』
『楽しかったね涼君!また来よう!・・・ちょ、なんでそんな早足で逃げるの!?待って置いてかないでぇぇぇぇぇぇぇ!』
「・・・。」
先輩、今どうしてるかな?
「カイハラさん?」
その声で思い出から現実に頭が引き戻された。ハッとなって声のした方を向いてみると、フレキちゃんが心配そうな目で俺を見上げていた。俺がいきなり黙ったから戸惑ったのかもしれない。
なんでもないよと声をかけてあげようとした次の瞬間。
「敵襲だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
馬車の外から野太くて荒々しい叫び声によって遮られた。
✩★✩
外にいる見張りから聞こえてきた警戒心の込められた怒鳴り声。それは言葉通り、この馬車が何者かに襲われそうになっていることを意味する。
アルフ王国から外はほとんど手付かずの自然が広がっていると断言して間違いない。国や街、村を守る城壁の外、いわゆる壁外はモンスター達の楽園といっても過言じゃない。だからいつ襲われても大丈夫なように常に警戒はしていたのだが・・・。
「もうですか!?襲われるのがまだ少し早い気が!?」
相羽君が多少焦りながら言うがその通り。ここはアルフ王国から外でもまだ一時間くらいで着ける距離だ。それなりに離れているが、冒険者や騎士団がモンスターや盗賊を討伐する時にはこれくらいの距離を移動するなんて日常茶飯事なのだ。
つまり、ここら一帯の魔物や盗賊はほとんど掃討されている筈。
確かに警戒はしてたが、このタイミングで襲われることは非常に希だ。
つか、出てきたとしても雑魚が一匹か二匹程度しか出ないような場所なのだ。その程度なら一々仲間に知らせないで一人で排除するのが普通だ。
こうやって仲間に知らせるのは、パーティ単位で戦わなければならない異例の事態が起きた時のみである。ということは、今まさに異例が起きているのだろう。
現に外で見張りをしていた、俺達より冒険者歴の長いハズの《蒼い風》のメンバーも戸惑ったような声で叫んでいたのだから。
いずれにせよ、迎撃はしないといけない。
「相羽君、俺は先行くから」
そう言って俺は薙刀《百足刀》を背負い直して馬車から飛び出る。
さぁて経験値稼ぎの時間だ。
「ちょ、待ってくださいよっ!」
俺に置いてかれた相羽は、少し焦りながら双剣《朱黒尾剣》を持って出てきた。
うん。相変わらず禍々しい剣ですな。俺もだけど。
「お二人共早いですよぉー!」
最後にフレキちゃんも出てきた。手にはお馴染みとなった《死蛇蟲の杖》が握られている。鍛えてもトテトテとしたあざと可愛い走り方である。とんがり帽子を付けてるからハロウィンのコスプレしか見えない件について。
ってコラコラ。フレキちゃん後衛でしょうに、なんで前に出てるの大人しく下がりなさい。
お座りっ!待てっ!よしっ!
しつけはばっちりつけているのだ。
「・・・なんか違う気がしますけど」
相羽君黙らっしゃい。
と、そこで「おーい」という男らしいオッサンの声が聞こえてきた。見てみると、《蒼い風》のパーティリーダーのダリルさんのようだ。
鍛えられたその手には巨大な斧・・・戦斧が握られている。
なにやら巨大な生物のものであろう大きな骨が柄となっていて、刃はこれもまた同じ巨大な牙を削って作られている。ボーンアックスと言ったところか?
そういや人以外にも武器でもステータスが見れたんだっけ?いままで試してなかったな。失礼だろうけどステータスを見せてもらいましょう。
《重骨戦斧》
キングベアの骨と牙を加工して作られた戦斧。
巨大な体格を支える為に進化した骨は上級の強度と重量を持ち、さらにサーベル状の牙を研いで付けられた刃は並み大抵の魔物なら切り裂くほどの切れ味を誇っている。
叩き潰す重量と切れ味を持つ上級武器。
うむ。思ったよりマシな名前だった。というより説明文も普通だった。力の数値とかはでないらしい。
しかし、キングベアといえば、確か熊系の魔物の中でも討伐には高難易度の危険が伴うモンスターだったはず。
丸太のように筋肉と図太い骨で出来た腕とサーベルの様に長い牙が武器で、戦うには冒険者レベルは5の実力が必要だ。
おそらくパーティ全員で戦ったのだろうけど、それでもそれを持っているということはダリルさん自身の実力も相当だということだろう。
「《黒狼隊》かっ!ちょうどいい。敵が近づいてきてる。応戦に来てくれ!」
ダリルさんが結構切羽詰まった状態で言ってくるが、何が出たんだ?
ここ周辺にはいたとしてもゴブリンか小型の蟲系モンスターくらいしか湧かない筈だ。まさか大群で攻めてきたとか?
あ、スライムの可能性もある。スライムの大群・・・考えただけでも恐ろしい。
「何が出たんです?」
相変わらず相羽君は調子が戻るのが早い。冷静くんの異名は健在ですな。
フレキちゃんはあわあわと戸惑っているままだ。これでも戦闘が始まればすぐに意識を切り替えて後方支援してくるのだから不思議だ。
さて、それよりも何が出てきたのか?ゴブリンか蟲か?あるいは経験値製ぞ・・・ゲフンゲフン。
「盗賊だ!20人以上の盗賊が俺たちを囲みやがった!」
どうやら久しぶりの護衛での戦闘は、初の対人戦となるようです。
いやぁ・・・想定外。
✩★✩
さてと、セズさん達商人の皆さんには馬車の中で籠城してもらうとして、俺達護衛がそれを守るという形で戦闘を開始する事になった。できるだけ馬車の周りに固まってでの先頭である。
俺達を囲んでいる盗賊は相当な数がいる。
ダリルさんが言ったように20人以上いるのは確実なようだ。ドワーフ族、獣牙族、エルフ族までいる。
対して俺達冒険者組の数は7人と、数では圧倒的に不利な状態であるのは間違いないだろう。
むぅ。しかも地にも相手の方が利があるようだ。今馬車が停止しているこの道は森を切り開いて作られたものだから、襲ってくる盗賊達は生い茂る木を縦にしながら隠れて攻撃してくる事ができる。
盗賊単体は基本例外を除いて冒険者レベル1〜2程度のゴロツキの集まりだ。ある程度戦闘経験を積んでる冒険者なら数人を相手にしながら戦える。
だが、明らかにこの森の中での戦闘では流石に分が悪い。せめて平原とか障害物のない場所なら違ったかもしれないが、そこまで盗賊共も馬鹿ではないだろう。
それでも俺達があまり取り乱したりしないのは、フレキちゃんの存在が大きい。
魔法使いは希少で盗賊には過剰戦力とまで言われている。ましてやフレキちゃんのような『紫色の髪』なら最早オーバーキルだよ。
なぜなら盗賊に、魔法使いがいるなんて事はまずないからだ。
まぁ魔法使いならどんなに能力が低くても騎士団という安定した職に就けるから、よほどのことがない限り盗賊なんかに落ちぶれたりしないだろうしね。
それに、即死じゃなければ回復魔法が使えて尚且つ『紫色の髪』であるフレキちゃんに頼めばすぐに復活させてもらえるというのも大きいだろう。
つまり、今俺達はそこまで悲観する必要がないのだ。落ち着いて行動すれば、誰も欠けない。
なお、フレキちゃんには商人達を直に守るという名目で馬車に隠れてもらっている。
今のフレキちゃんは俺達にとっての生命線だからね。狙われたら困る。
まぁ後ろから攻撃魔法をガンガン撃ってもらう予定だけどね。
盗賊は俺達を襲ってきたのだ慈悲はない。精々俺達のレベルアップの糧となっていただこう。スライムよりは経験値になってくれよ?
「ヒヒヒっ。たった6人かよ。これなら馬車を奪うのも簡単だなぁ。」
盗賊の中から一人下品そうな獣牙族がナイフを手に持ちながら舌なめずりをする。
フレキちゃんを見てないから俺たちを6人と勘違いしているようだ。
・・・フレキちゃんは火力だけなら俺達冒険者組が束でかかっても焼き尽くすほどの威力を持っているというのに・・・ある意味幸せな奴である。
相羽君も、《蒼い風》の面々も同じことを思っているのだろう。盗賊の言葉に反応しないで微妙そうな顔をしている。
全員が変な意味で一致団結した瞬間だった。
「おいおいそう言ってやるなよ。かわいそうだろが。今からこいつら全員死ぬんだからよぉ」
「そりゃそうだ。ひゃはははっ!」
何も言い返してこない俺達に、盗賊達は怯えてると勘違いしたのか、下品な笑い声で好き勝手言っている。
うーん。哀れだねぇ。
そう思っていると、ダリルさんが盗賊達には聞こえないくらいの音量で俺、相羽君、そして和さんに喋りかけてきた。
「・・・今回は俺達でどうにでもなるだろう。もし、人を殺せないならここは下がれ。」
それは、俺達人間に向けて言った言葉だった。
ダリルさんは、どうやら転移で連れてこられた俺達が殺しのない平和な世界から来たことを知っているようだ。そんな俺達が、人を殺す事に抵抗があるかどうかを危惧したらしい。
盗賊に対してだが、殺人は許されている。この世界では命は軽すぎるからだ。簡単に人が死んでいく世界なのだから。その世界で、殺人などで罪を問われていたらキリがない。
だから基本。盗賊や襲ってきた敵に関しては殺しは黙認されている。
そんな世界なのにそれを聞いてくるダリルさんは、いい人なのだろう。若い俺達の身を案じてくれている。
だが、少なくとも俺にはその心配は必要なかった。
これから、《魔廻教》の信者と殺し合うかも知れないのだ。躊躇などできるはずがない。
「・・・問題ないっす。流石に殺人をしないでこの世界で生き残れるとは思ってませんので。」
「僕もです。灰原さんに付いて行く予定なのでここで止まれませんし」
「・・・俺もだ。」
俺が武器を構えると、二人もそれに応えるようにそれぞれの武器を解き放つ。
つか、相羽君の言い方。俺が修羅の道を進むような言い方はやめてくんね?
修羅か・・・くっ厨二の古傷が疼くぜっ。
「・・・そうか。」
「なにごちゃごちゃぬかしてぇんだ!ぶっ殺すぞ!」
「殺すのは決定だけどなぁ!はははっ!」
ダリルさんが口元に笑みを浮かべて頷くと、盗賊の連中がギャーギャー騒ぎ始めた。どうやら我慢の限界らしい。いつ襲ってきてもおかしくはないだろう。
全く。ちょっとは我慢できないのかね?まぁ皆殺しにする予定だから別に良いだろう。
「・・・何笑ってんだゴラアァッ!!」
俺は笑っていたのだろうか。盗賊の一人がそう叫びながら俺に斬りかかってきた。
手にはロングソード。以前オレが使っていた銅製ではなくきちんとした鉄製だった。いいなぁ。欲しいなぁ。
いきなり襲って来るとは思わなかったのだろう。ダリルさんや相羽君、和さんまでもが虚を突かれた様に驚いていた。
まぁ、襲われてる本人からすれば冷静になれるんだけどさ。
俺は構えていた《百足刀》の刃ではなく柄の方にある石突の方で振り上げるように薙刀を操る。
すると石突は盗賊の男の持ち手を直撃し、その衝撃で男はロングソードを手放してしまった。いやぁ、自分の私物にするのだから壊しちゃダメだもんね。剣は無事無事〜。
「・・・は?」
男は「何が起きたかわからない」と言った様な呆然とした顔で自分の手を見ていた。そりゃ、持っていた武器が一撃で奪われたんだから仕方ないか。
うーん。このまま生かして置いて剣を取り戻されても面倒だし、始末しておこう。うん。それがいい。
俺は無造作に今度は薙刀のしのぎ・・・要は刃の部分を男に向かって振るう。
鎧を着た人すら簡単に貫くデットスネークの角を削られ作られた刃は、男の着込んでいたレザーアーマーを容易く切り裂いた。
男は実に呆気なく上下に分断されて死ぬ。おいおい弱いな。
「ぎゃっ!?」
そんな悲鳴を置き土産に、男は地面に赤い花を咲かせて絶命した。
うーん。予想以上に強すぎるぞこの武器。使いこなせる様に練習しないとな。
あ、それよりも
「このロングソード俺のね。」
そんな俺の脳天気な声が辺りに響きわたった。
うん。案外グロくないな。




