強者
この際灰原をロリコンにしてもいいかもしれない。
「ぶはぁーっ!疲れたぁん」
俺は行儀悪くソファーに抱きつくように転がり込むと、息を吐くと同時に疲れを抜きながらそう愚痴った。
あの後、一通り買い物が終わった俺達は真っ直ぐ家に帰ってきたのだ。
何故かって?決まってんだろ。
今日は色々ありすぎたんじゃぁぁぁぁぁあ!!!
今日の出来事纏めてやろっか!?
朝起きたらまずフレキちゃんのシリアス話でしょ?昼はギルドでフェンスに脅されるたっしょ?その後は町で人混みにモミクチャにされながら鍛冶屋と服屋行ったんだよ?
色々有りすぎ!!一日のスケジュールじゃないよ!
しかも昨日だよ昨日!狩りから帰ってきてフレキちゃんを拾ってきたの!全然疲れが取れてねぇのよ!
元々、俺は外で活動するというよりもどっちかというと静かに本を読んだり趣味のプラモ製作とかしてたりと、結構インドア派なのだ。
別に引きこもりって訳ではなかった。休日は知り合いとか先輩に連れ出されたりしたし、買い物したりとそれなりに楽しんでたと思う。
けど、それでも人の集まる場所は避けてた。
主に都会とかね。満員電車は最も避けてたし。
今思うと転移された日、地球に居た頃の最後の記憶が人混みの大混雑だということはなんだか悲しくなってきた。
あれ?塩の味が。
「もうやだー!俺明日仕事休むー!!」
駄々っ子のようにソファーの上で喚く。
スキル補正で動けるものの、精神的には疲れでたまりまくっているのだ。自由な仕事だし休んでも仕方ないと思います!
と、そこでフレキちゃんがニコニコしながらこっちを見ていたのに気付いた。
何が面白いのだろうか。
「カイハラさんって、意外と子供っぽいところがあるんですね~」
フレキちゃんが何やら幸せそうにそんな事を言う。
何故なのかと納得できないが、それでも気が緩んでしまいそうなほんわかとした笑顔に俺は何も言えなくなってしまう。
「別に大人っぽく見せたつもりは無かったんだけどなぁ」
せめての反論のつもりで言ってみたが、フレキちゃんは首を横に振ってそれを否定した。
「そんな事はありませんよ?カイハラさんは自分で思ってる以上にがんばってます」
がんばっている・・・ねぇ。確かに頑張ってるのは事実だ。
ゲームみたいで、ギルドがあって、何より魔物がいる。普通の人なら歓喜する状況だろう、少なくともこの世界に来てまだ間もない間なら。
だからこそ、俺は必死にこの世界にしがみつこうとしている。ゲームなんてモンスターに殺される場面なんて多々あることを忘れてはいけない。
でもこの世界はゲームじゃない。現実だ。
魔物を殺せば血が出るし、内蔵も弾け飛ぶ。剣を刺せば感触が脳に届く。
一度なら生き返れる補正はあるけど、死ねば痛いし怪我や骨折をすれば死ぬまで苦しむ。
俺はそれを知っている。だからこそ、俺は頑張らないといけない。そのためにフレキちゃんを育てる決意をしたようなものだ。
でもフレキちゃんの"頑張ってる"は、俺の思ってる頑張るとは意味が違う気がした。
「へぇー、その心は?」
何か気になったので、俺は質問することにした。
フレキちゃんは普通にそれに答えた。
「だって、ギルドで怖い人に絡まれたとき、カイハラさんは無理したような感じで立ち回ったじゃないですか。カイハラさんの性格なら無視するはずだと思います。あれ、わたしを守ってくれたんですよね?」
・・・。
「根拠は?」
「まずはわたしを隠すように前に出てくれました。それに、絶対に手を離さないように握ってくれましたよね?それだけで十分です。」
「・・・。」
へ、へぇー、言うじゃない。いやん照れるね。
冗談はさておき、まさかここまで言われるとは正直思わなかった。
でも確かにあの時、俺はなんであのロリコン禿に喧嘩を売ったのか、多分自分の知らない何処かで苛立ってたのかもしれない。
それだけじゃない、歴然とした力の差があるフェンスさんにも俺は牙を向いた。
何故俺はそこまでした?今となっては考えられない。
フレキちゃんが戦力だから?フレキちゃんに同情したから?フレキちゃんが死ぬのに納得できなかったから?・・・違うな。
フレキちゃんが取られてしまうから・・・って、なんだこれ独占欲?
おぃおぃ、これじゃ俺がロリコンみたいじゃねぇか気持ち悪いわ。
「結構言うね。」
「当たり前じゃないですか。あれみたいな事は二度としないでください。」
まぁそりゃそうか、あの時の俺は冷静じゃなかった。
喧嘩なんて売らずに無視しとけば良かったんだ。
第一、「冒険者は手を出さない」。このルールが無かったらどうしてたんだ俺?
俺は静かにこの世界で生きるのが望みだ。余計な事を自分からしてどうする。
あの時の俺は感情に流されてた。これからは反省しなければならない。
「でも・・・ですね。」
「ん?」
自分の意志を改めていると、フレキちゃんがなにやらソワソワしながら何かを言おうとしている。
また説教か?とそう思っていると
「でもですね、わたし・・・嬉しかったんですよ?」
被っていたフードを脱いでフレキちゃんが笑って言った。
紫色のサラサラとした髪を揺らして、頬はすこし恥ずかしそうに赤めらせている。
ただ単純なお礼・・・のハズ。なのに俺は何も返せずに言葉を失う。
俺は・・・お礼を言われるようなことは何一つしていない。
ただ、自分の保身が大切だっただけ。
なのに俺より小さなこの少女は、どうしてここまで純粋に笑顔を向けてくるのだろうか。
俺はフレキちゃんの為になることなんて何一つ考えていないのに・・・。
だから、俺はそれ以上目を合わすことが出来なくなって、フレキちゃんから目を外す。
その俺の様子を見て、フレキちゃんが急に大人びたように微笑む。
「さぁーて!飯にしようか!?」
何故か照れ臭くなった俺は、気持ちを誤魔化すように大声を出すとそのまま調理室へと歩いて向かった。
これ以上フレキちゃんを見ていられなかったのだ。
なぜ?疑問に思いながらそっと自分の頬を触ると、少しだけ暖かみが感じられた。
それだけで自分の顔が「かぁ~!」と、赤くなるのを意識してしまう。急いで歩く。
何も言わず、ただニコニコと俺の後ろ姿を見ている少女に、暫く俺から話しかける事なんて出来るわけがなかった。
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拙者こと、フェンス・ヴルフはギルドの仕事部屋で書類の整理をしていた。
既に夜だが、部下が集めてきた情報を無駄にするわけにはいかぬ。これもギルドマスターとしての仕事だ。
報告書の主な内容は《突然変異》について、そして《魔廻教》・・・。
報告書によれば、どうやら魔廻教はフレキ殿の捜索に力を入れているようだ。さらにソロモンにも動きがあり、アルフ王国でも目撃情報がある・・・か。
「既に侵入を許していたとは・・・」
拙者はこめかみを片手で押さえながら悔やむように呟く。
「突然変異者の処分情報」、数年前からやつらをあぶり出す為に流していた偽情報だ。
ただ、そのまま流しても奴らは罠に気付くかもしれん。そう考えた拙者はその情報にさらに手を加えたのだ。
一般的に《突然変異》者の保護情報は今まで通り、そして内部からは「実は処分している」と極秘情報のように少しづつ噂を流していった。
そして今日のカイラハ殿とフレキ殿の反応を見る限り、魔廻教はこの内部情報も入手しているとみて判断して良いだろう。
ここまであぶり出しに成功した。
つまり、拙者はこのアルフ宮殿側に内通者がいるとみたのだ。
複雑な気分にもなる。元々この作戦を実行したのは拙者自身なのだが、ようやく魔廻教の尻尾を掴めそうで嬉しい反面、仲間に裏切り者が居たという事にどうも納得できないでいた。
(情に流されてはならん。拙者達は、国民を守る義務があるのだから)
それはわかっているのだ。拙者達には守るべき民がいる。
だが・・・
「やはり慣れないものだな」
拙者はそうため息をついて書類へと目を向けた。
その時、拙者の部屋を「トントン」とノックをする音が聞こえてきた。
拙者はそれに「入れ」と許可の言葉を口にした。
遠慮なくドアを開けて入ってきたのは、知り合いの顔だった。
「・・・何の用だアールヴ。」
拙者の部屋にやってきたのは・・・エルフ族の同僚「アールヴ・エルフ」だったのだ。
そのアールヴは真面目そうな顔を少し歪ませて拙者を見ていた。
その表情でも、女性なら目を奪われそうな美しさを持っている。
同じ雄として羨ましい限りである。そもそも、エルフ族の美形事態ズルいと思うのだ。
拙者なんて毛むくじゃらで顔が化け物なのにコイツは努力しなくてもイケメンでいられるのだ。
むぅ、嫉ましい。
思わずそう嫉妬してしまう。
「友人に対してなんだその言い方は、もっと歓迎しろ」
「無茶言うな拙者まだ仕事中だぞ?」
大体コイツは仕事を終えているのか?
全く、コイツは子供の頃から何も変わらんな。幼なじみとして恥ずかしい限りだ。
「お主が来たということは、拙者に何か話す事があるのだろう、さっさと言え」
拙者の突き放すような返答にアールヴはため息を吐くと、ドサッとソファーの上に座り込んだ。
コイツは遠慮というものをだな・・・
「仲間に裏切り者か・・・考えたくなかったな」
「・・・。」
アールヴの繰り言に拙者は眉をひそめながらも、書類の整理を黙々とした。
拙者だって考えたくも無かった。だが、現に拙者の罠に引っかかっているのだ。
内部情報が漏れているとすれば、内通者が組織内の何処かにいるはず。
例えそれが偽情報だろうとなんだろうとだ。
「裏切り者がいるとすれば、誰だと思う?」
拙者は手を止め、アールヴにそう言った。
するとアールヴはこっちに顔を向けて迷うことなくその名を口にした。
「トーキン・ユミル。」
「お前冗談も程々にしろ!」
奴が口にした名前は、奴が最も嫌っているアルフ政府の代表メンバーの一人、ドワーフのトーキンだった。明らかに嫌がらせである。
「いやいや、アイツは結構怪しいぜ?この前だって鏡の前見て「今日もよろしくな髭!」とか言ってたしな。謎の行動は十分怪しいだろ?」
「関係ないだろ!というか人のプライベートを覗いてるんじゃない!!」
拙者は机をバンッ!!と叩いて説教をすると、アールヴは軽くチッと舌打ちをして口を「へ」の字へと歪めた。
その様子に拙者が何度目かのため息をすると、アールヴは真剣な顔つきになって言葉を吐いた。
「内通者がいるとすれば、怪しいのは諜報部員か上層部の誰かだと思うな。奴らなら国外にいる魔廻今日にも連絡は出来るだろうし。」
「・・・やはりそう思うか。」
「あぁ。」
可能性の高さで言えばアールヴは間違ってはいない。
諜報部員なら情報を扱う専門職だ、ゆうなれば情報のエキスパート。それと上層部の亜人なら、会議の時に言った事をそのまま魔廻教に送る事ができる。
主に考えられるのはこの二つのみだ。
「とりあえず全員のアリバイを調べないとな。こらから大変だぞフェンス?」
「勘弁してくれ・・・」
アールヴのニヤけ顔に拙者は机の上に顔を沈ませた。
アルフ王国の政府、ギルド職員の人材だけでも数は1000人はいるのだ。その全員のここ数日の記録を確認する膨大な仕事量に目眩がした。
拙者が一番仕事してると思う。拙者十分頑張っていると思う。誰も褒めてくれないのだ、ぐすん。
「はははっまぁ頑張れよ!俺は俺で調べとくさ」
拙者の反応で満足したのか、アールヴは愉快そうに笑いながら部屋から出ていった。
拙者はアールヴの閉めたドアを睨みつけていたが、無駄だと判断したので仕事に戻ることにした。
そのまま数枚の書類を処理していると、フレキ殿の情報がかかれた用紙を見つけた。
「・・・」
フレキ・フィンリル。魔犬フェンリルの名を受け継いだフィンリル族の末裔・・・年は10。
幼い頃から魔廻教に拉致されていた被害者、人一倍強い魔力を保持しており未来の魔王候補として数えられていた。
数ヶ月前に失踪、行方は掴めておらず。
「まさかアルフに入り、スラム街で生活をしていたとは・・・カイハラ殿に保護されたのは幸運だったかもしれぬな。」
拙者はそう言って、昼のことを思い出していた。
拙者か少しの殺気を見せたとき、カイハラ殿は迷うことなくフレキ殿を守ろうとした。
「まさか拙者の殺気に当てられても動くことができるとはな」
思わずクククと笑いが口からこぼれた。
拙者の威圧・・・殺気は生物の生存本能を刺激して恐慌状態に陥れ、動けなくさせるものなのだが、彼・・・カイハラ殿は瞬時に動くことが出来た。
それは何故・・・?
恐怖を感じなかったのか?それとも、拙者以上の恐怖に遭った事があるのか・・・。
拙者はカイハラ殿のステータスを見た。それは
名前
《リョウ・カイハラ》
力・125+50「銅の剣」
耐・140+60「革の鎧」
賢・53
速・50
冒険者レベル1
スキル
「ヤタガラスの加護」
「生活必需シリーズ」
「覚醒スキル・龍皇の血呪」
「フラグ」
「《龍皇の血呪》・・・か」
かつて、ただの獣牙族だったジークと言う戦士が、地竜を討伐したときに発現したと言われる覚醒スキル。
能力について詳しくは残されてはいないが、少なくとも生半可な甘い能力ではないと拙者は思っている。
そして、拙者が最も憧れた英雄・・・
「フハハハ、龍皇のスキルをあの少年が受け継いだというのか!面白い」
顔は中性的な童顔、体も逞しいとはいえないほどの貧弱、ひねくれた感性。
「こんなおかしな者が英雄とはな・・・だが、だからこそ・・・彼は強くなるかもしれんな。」
事実、この世界の強者達はお世辞にも正常とは言いにくい。
皆、それぞれ好き勝手にこの世界で欲望のままに生きているのだ。そう思えばカイハラ殿くらいの人間が強者になってもおかしくはないだろう。
魔狼の末裔フィンリル、狂戦士アイバ、そして龍皇のカイハラ。
どうやらこの世界は、黒鳥ヤタガラス様のお考えの通りに面白い方向へと傾いていくかもしれん。
さて、彼がどれほどまで成長するのか・・・楽しみで仕方ない。
「フハハハハハッ!!愉快だ、実に愉快だ!ハハハハハ!!」
「・・・何笑ってんだお前・・・」
「・・・」
アールヴ。何故戻ってきたか知らんが、入るならドアをノックしてくれ。
アールヴさんの久しぶりの登場です。
覚えてる方はいらっしゃいますでしょうか?
初登場より軽く書いてますw