閑話・灰原君の一日目
灰原の異世界転移一日目のお話でござる。
「う、うおおおおお・・・」
多種多様な種族の亜人が生活を営むこの国で俺、灰原涼は興奮に染まった声を出してその光景を目に焼き付けていた。
「すげぇ、マジでネコ耳とかいるよ・・・あれはエルフか?あのチッサいのはドワーフか・・・ははっ」
俺の喉から乾いた笑い声が漏れ出した。
漫画か小説とかの二次元の世界にしかいなかった人々が、ここでは当たり前の様に生活している。
そして逆に、俺達が彼らにとってそんな存在なんだ。
昨日、というか約10時間ほど前に、俺達は元の世界からこの世界に転移させられた。
それを実行した張本人・・・というか、張本鳥はヤタガラスという時空を操る神の眷属とかいう存在だ。
あのゴミ鳥サマは俺達を召喚した理由について、この世界に新たな文明を誕生させると言っていた。
その為に俺達人間をざっと1万人ほどは、四度目になる種族の大召喚の儀式で、この世界に呼び出したそうだ。まぁなんとも勝手な理由である。
俺はこの先、家族や友人、そして先輩にも会うことは決してないだろう。
そう思うと凄く悲しいし、同時にあのカラスの羽根を全部もぎ取ってぶっ殺したい気分になる。
でも、強さの壁という天と地の高さの差が、復讐に染まった俺の目の前に悠然と佇むのみだった。
俺は基本現実主義者である。
だから出来ない事は出来ないと割り切るし、努力しても無駄だということはやらない性格をしている。
例えば裸で空を鳥のように飛び立つなんて出来ないだろう?つまりそういうことだ。
なので俺がベットの枕を濡らして考えついた結論は、このファンタジー世界を満喫するという事に決定したのだった。
魔法だって魔物だって、なんでもある剣と魔法の世界なのである、なら出来ないことをするものまた一興だろう。
例えば裸で空を飛ぶとかね。
そんな訳で俺は朝早くとある場所に向かった。
それは、元の世界では存在することのなかったあの伝説の職業・・・冒険者だ。
モンスターを倒したり遺跡を調査したり商隊を護衛したり、時には町の小さな頼みごとをや人探しをこなしてお金を稼ぐというあの冒険者である。
収入は不安定だが、基本いつでも仕事のあるし、何をするかと何でも選べる随分とフリーな職業だ。
対価は命・・・だが俺はそんなバイオレンスな仕事はするつもりはない。
俺は精々害獣処理や薬草採取でお金を稼いで引きこもる予定である。
冒険なんかしないよ。
そう判断した俺は本で読むくらいしか見れなかったあの職業に、少しした興奮を抱きながらギルドに向かったのだが・・・
「そりゃねぇよ」
俺はエルフの美女やら獣耳少女を見ながら公共的に設置されているイスに座って、そう人知れずにそう愚痴っていた。
意気揚々とギルドに入ってみれば受付嬢さんに「三日後お願いしまーす☆」とあまりにも冒険者希望者が多いせいで、俺は門前払いを喰らったのだ。
そう、俺がここまで来たのは無駄足だったのだ。
俺に支給された家は運の悪い事に、少しギルドから離れているのだ。それなりにここまで来るのはメンドクさい。
そりゃ可愛い女の子を見て癒されたい気分にもなるさ。
おっと、イヤらしい顔はしないぞ。俺は紳士だからな。
「僕は変態じゃないよ。変態という名の紳士だよ。」と、どこかの誰かがそんな事を言ってた記憶はあるが、そいつは痴漢容疑で一度連行された事があるので忘れる事にする。
さてと、話を戻すか。
とにかく冒険者登録をしようとしたけど、見事に玉砕した俺は今から半日暇つぶしをしなければならない。
働きたくても働けないニートもいるのだよ。
「どうしよっかなー・・・」
誰も答えてくれるハズもないそんな呟きをしているとそこに、目の前に数人の獣牙族の冒険者パーティが横切った。
鍛え抜かれた獣牙族の四肢と肉体、その上からは太陽の光を反射させて爛々と輝く金属性の防具。
背中からはゲームでしか見ることが無いような巨大な大剣が、装飾の施された鞘に収まっていた。
「・・・。」
正直に言わせて貰う、滅茶苦茶カッコいい。
なにあれ、アクションゲームのプレイヤーの装備かよ。いや、いいね。そういうの夢があるよ。
そう、ロマン。
「あの人強いんだろうなぁ」
俺がボソッと呟いた事には既に、ギルドの中に入って姿を消してしまった。なのに俺は取り付かれたようにその姿を脳に映し出していた。
現実では有り得なかった光景、ゲームのような「スキル」の恩恵があってこそできる、この世界の特権。
そこで俺の頭は覚醒した。
そうだよ、この世界なら前世で許されなかった、あの中二装備を実現させる事だって可能じゃないか!カラスGJ!!
「よっしゃ!!そうと決まれば話は早い!」
俺は手の平返した思考をした後、地面に横たわせて置いた荷物を背負うと、ワクワクした感情を抱きながらその場を後にした。
目指すは武具店である。
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俺は今、現実の壁というモノにぶつかっていた。
「あ、高いのね・・・」
俺は頬を引きつらせながらそう呟いた。
あの後俺は「あれ?装備とかって何処に売ってるんだ?」と気付いてしまったので、適当に町を徘徊しながら武具のある店を探した。
幸い、ギルドのある周辺だった為、冒険者用の必需品が売ってる場所は直ぐに見つかった。
それは良い、それは幸運だった。予想通り俺の求めていた装備とかも売ってた。
でも問題はそれだけじゃなかった。
そう、金である。
俺達は初日、あのお偉い三人衆の方々に100000Gを貰った。日本通貨と同じ感じなのだ。
でもだからといって紙幣が使われている訳じゃない、一円玉とか十円玉とか百円玉とかでもない。
キチンと銅貨とか銀貨とかで賄っているのだ、そこはちゃんとファンタジーである。
お金の価値は石貨1円、銅貨10円、銀貨100円、金貨1000円、白金貨10000円という価値らしい。
因みに偽金という心配だが、その変に関しては気にする必要はない。
通貨には特殊な魔法陣が組み込まれているらしく、もし買い物で偽金を使うと直ぐにバレるって話だ。
なんでも、本物の通貨は手にすると頭の中にその額が思い浮かぶらしいけど魔法陣の組み込まれていない偽金なら直ぐにバレてしまうってことらしい。
ある意味ファンタジー最先端技術である。
まぁ感じでお金の価値なんですが、はい防具の値段が半端じゃありませんでした。
スゲェ高いってのなんの・・・普通に10万G越えてるよ。
装飾品のついてるカッコいい物や魔物の素材を使って作ったらしい装備品なんかが平均で20万Gするって、あまりにも予想外である。
まぁ命懸けで集められた魔物の素材で出来てる甲殻鎧だから仕方ないんだろうけど・・・
対して革鎧は・・・5万Gかよ。
それでも高いっちゃ高い。やっぱりゲームみたいな値段では売ることは出来ないのか~、と心の中で割り切る。
ここで現実の壁が出て来るとは思わなかったね、やっば世の中金かしら?
「でも銅の剣は安いなぁ・・・」
俺は目の前に傘立てのように沢山置いてある一つの武器に目を向けた。
《銅の剣》
5000G
安っ!?さっきの防具共と比べたら桁違いの安さじゃないか!!
子供でも購入できそうな額に俺は目を見開く。
なんだよこれ、なんだよこれ。
あ、でも種類が一杯あるんだね、これは片手半剣かな?安くても扱えなきゃ意味ないよなぁ・・・としたら、やっぱり短剣辺りから
「おい!冷やかしなら帰りやがれ!!」
暫く剣をジッと見つめていると、店の奥の方から小人のオッサンが出てきた。
突然の大声にビビった俺は、その怒鳴り声の主に目を向ける。
モジャモジャのサンタのような白いヒゲに、ムキムキマッチョの筋肉体、背丈は俺の肩程しかなく彼がドワーフであると雄弁に語っていた。
どうやら店の店員か、責任者なのだろう。おそらく、買う予定も無い物をジロジロ見て見てるだけと判断されたのかもしれない。
俺は慌てて両手を振り、否定の意志を表す。
「ち、違いますよ!!どの剣を買おうか迷ってたところで!!」
「む?」
俺の言葉で、俺がただの冷やかしではなく客だと言うことに気付いたらしい。
憤怒の表情を沈めて、普通の顔でこちらに歩み寄ってくる。あらやだ小さい、ショタサイズですわ。
オッサンだけど。
「んだぁ?兄ちゃん銅の剣を買おうとしてんのか?って事は、兄ちゃん冒険者の新人かい?」
「え?・・・えぇまぁ?」
まだ無職だけど。
「おぉう、そうかい!つー事は兄ちゃん剣を使うってのかい!」
「まぁ、そのつもりで・・・」
武器なら確かに剣の他にも、十字弓や長弓に短弓といった遠距離武器もあるだろう、でもそれ確実に複数用の後衛支援武器だし、ソロで活動する俺としては消耗のない剣を主に使いたいと考えたのだ。
けっして、剣術に憧れたとかそんなんじゃないお?
「おっし、なら俺が一緒に剣を選んでやろうか?これでもいちよう専門家だぜ?」
するとドワーフの店員さんはそんな事を俺に言ってくれた。
「え?いいんスか?」
「良いって何がだ?」
「いや、店員さんなのに、お店いいのかなぁって」
「店の中案内すんのも仕事の内だろ?それに武具店に客なんてそうそう来ねぇからこれぐらいしかする事ねぇんだよ。まっ、折角来た客を逃すわけにもいかねぇしな」
なるほど、そういうことか。
しかしドワーフの店員さん、客相手にその口調、俺達の世界だったら完全にアウトである。
「マジすか、じゃぁお願いします」
まぁとりあえずそう言っておく。ドワーフの人でさらに店員さんなら、ド素人の俺にも丁度良い武器を選んでくれるかもしれない。
「おぅ!任せとけ!・・・しっかし兄ちゃん見ねぇ顔付きだな、ひょっとして噂の人間か?」
「え、えぇよくわかりましたね」
ていうかもう俺達の存在暴露されてるのか。そりゃぁ町中で何人か出歩いてる人間は確認したけど、情報の回り具合良すぎだろ。
どの世界でも情報の流れは早いものである。
「そりゃ・・・なんつーか、対して特徴もねぇ種族だもんなぁ人間ってよぉ」
特徴が無いってさ・・・
あぁでもそうかも、エルフみたいに美形とか尖った耳とかないし、獣牙に至っても獣的の部位も存在しない。流石にドワーフみたいに小さい人はいるけど判別は出来るだろう。
そう考えると、味気ないな人間の外見って。
「ははは、いやそうですね」
「ああ、まぁその話は置いといてだな、おっこんな剣はどうだ?」
話を切り終えて店員さんが取り出したのは、剣というかタガーというか、なんだか不思議な形をした剣だった。
いや?剣なのかこれ?
形状と大きさはタガーとそう代わりはない。大きく異なるっているのは持ち手だ。
本来剣の"柄"の部分は手で握られる棒状の形をしたものばかりだ。でもこの剣はなんというか電車の釣り革の持ち手のような形になっている。
ただ刃の部分も"切り裂く"というより"刺し切る"という表現をした方がしっくりくるような、そんな構造になっている。
どう見ても通常の剣とは異なる武器と考えて良いだろう。
「それは?」
「こりゃなぁ、『ジャマダハル』っつー接近戦用の武器の一つだ」
なるほどわからん。
「わけわかんねぇって顔してんなぁ」
そりゃそうだ。中二的な武器は好きだが、だからって別に俺は武器オタクって訳ではない。
ファンタジーで知ってる刃物系の武器と言えば大剣、短剣、槍くらいしか頭に浮かばない。それくらいの知識だ。
そんな俺に武器の種類言われたって理解出来るわけないだろ。
と、それを店員さんに伝えると「なるほどなぁ」と納得していた。
「ところでその『邪魔だ春』って武器は初心者に扱えやすいもんなんすか?」
「兄ちゃんそれこの武器使ってる冒険者に言ってみろ。ぶっ殺されるぞ」
「すいませんでした。」
でも日本語にすればこうなるよね?
そこは否定しないよ俺?思うだけなら勝手だもん。
「扱いやすいかどうかはやっぱ人次第だな。それはどの武器も一緒だぜ?まぁジャマダハルは基本的軽いし握りやすい。その点で言えば使いやすいかもな。兄ちゃん女みてぃに腕細いからなぁ」
「ほっとけ」
現代社会から訪れた人間なんて大抵そうだろ。
なんせ平和ぼけの日本から来たやつらなんか戦闘訓練なんか習ったことないんだから。俺含めてね。
「デメリットっていえば、リーチが短いことだな。それと敵に近付く度胸もいる。この武器の本質は斬るっつーよりも刺すってのが目的とされてるからな。槍ならまだしも、タガー並の軽量に特化したリーチの低さが仇になるわけだ。だから普通の剣士よりも敵の懐まで潜り込まなきゃならねぇ。兄ちゃんそれできるか?」
「出来るわけねぇだろ」
あまりの危険性に俺は若干声が乱暴気味になってしまった。
とりあえずこのジャマダハルって武器は却下だな。そもそもリーチが無い時点で諦めていた所だ。
リーチが少なく、さらに刺し殺すことを目的としたジャマダハル。リーチが少ないってことは普通の剣の距離では届かないのだ。
つまり攻撃するときは、敵にタックルでもする覚悟が無ければ駄目だろう。
そんな事ビビりな俺が出来るわけがない。却下だ却下。
「んー、ならこいつはどうだ!?」
「おっ?」
次に店員さんが取り出してきたのは大きめのナイフっぽいものだった。といっても、鞘に収まってるからよくは解らないけど。
でも全長60センチはある若干長めだ。これをナイフと言われても外見だけで大きさをみれば頷く事は出来ない。
「それは?」
「こいつぁカッツバルゲルだ。」
「カッツバルゲル?」
「おう!」
おう!じゃねぇよ。なんでこの人は全く武器に詳しくない俺にマニアックな剣を差し出してくるんだよ。趣味か!?
「それ・・・どう使うんですか?」
「あ?これか?」
俺が質問すると、店員さんはカッツバルゲルの鞘を引き抜いてその刀身を露わにする。
剣の形をそのまま保ったような少し広めの50センチほどの刃。
それが、この武器がナイフでは無いことを示していた。
そうして刀身を見せつけると、店員さんはゆっくりとモジャモジャの口を開いた。
「こいつぁ・・・刺す為の武器だ。」
「さっきと同じじゃねぇか!!」
このヤロウ!!俺が超近距離でまともに剣を打ち合って尚且つ、切りつけるならともかく刺し殺すなんてマネ出来ると思ってんのか!?
昨日エルフのアールヴさんがドワーフのトーキンさんに向かって「髭毟るぞ!!」と言ってた理由よおおおおおおおくわかった!!
確かにこのドヤ顔の髭を毟りたい!!
腹立つわぁ・・・!!
「まぁまぁ落ち着けって兄ちゃん。」
「はぁ?」
「確かにこいつは刺すための武器だったさ。でもな、時代が進むにつれその性能は大分変わっちまったんだよ。刀身が広くなってるから刺すことも確かに出来るが、斬りつける事も出来るようになった。今じゃ斬る連中の方が多いくらいだからよ。だからナイフっつーよりも、ショートソードの分類に入るな」
重さも2キロ位の軽量だしな。と言って銅で出来たカッツバルゲルを渡してきた。
俺はそのショートソードを疑わしい視線を向けながら受け取る。だが、その心配は杞憂に変わった。
「お?」
確かに軽いし、この長さの刀身ならある程度敵と打ち合えるかもしれない。
接近戦も、さっきのジャマダハルと比べればそこまで心配をする必要はない。
「一撃が軽い」と言う連中がいるかもしれないが、少なくとも俺みたいな鍛えてない輩には丁度良い武器かもしれない。
「オッサン・・・」
「おう!気に入ったか?」
「あぁ、さっきは悪かった。」
「気にすんな!俺の言い方が悪かったんだしな」
「・・・ありがとう」
助かった。さっきの怒鳴りで売って貰えなかったらどうしようと思っていたところだ。
「オッサン。これの値段は・・・」
「あぁ"70000G"だぜ!!」
「・・・」
俺は結局この後、5万Gの革装備と2万Gの銅製のロングソード(木のバックラー付き)を買って家に帰りました。
世の中金がなきゃ意味がない。
そして大金をはたいて買った装備もデッドスネークに一式破壊された灰原君乙。