我が家
た~けやぁ~さおだけぇ~♪
「こうして河川敷を歩くのも1週間ぶりだな……そういえば俺の自転車どうなったんだろう、あれが無いと非常に困るぞ」
竹屋の宣伝を聞きながら俺は忌まわしきあのビックブリッジへと足を向けた、途中豆腐屋の笛が響き近所の家からはカレーの臭いが漂ってくる。
俺が住むこの欧蘭町は若干古臭い街だったがそこがとても気に入っている、空き地では子供達が走り回り、商店街ではおばちゃん達が井戸端会議を開催し、築30年は超えているであろうアパートや戸建てが建ち並び、入り組んだ裏路地はさながら迷宮のよう、高級なレストランやファーストフードの類が一切無く昔からあるような喫茶店が賑わいを見せる。
スーパーやコンビニはあるが数える程だ、学校からの帰り道にはよく1個50円のコロッケを買って帰っていた。
河原で野球をしている少年達を眺めつつビックブリッジへと辿り着いた俺は250mある坂道を登り、自転車を発見する、よかった、撤去されていない。
雛菊の学生鞄はもうそこには無く、一度ここに戻ってきた事が想像できた、どうせならそのついでにこいつも持ってきて欲しかったな。
「さて、どこも異常は無いみたいだしのんびり帰るとしますか」
誰に言う訳でも無くぽつりと呟いて250mの坂を滑り降りる、昇りで火照った体に突き抜ける風が心地よい、ふと、冷蔵庫に何も無いのを思い出した俺は、夕飯は何にしようかと考えながら雑踏の中に紛れ込んで行ったのだった。
数少ないスーパーで買い物を終えて家に着き、鍵を開ける、古臭い扉が軋む音を聞きながら俺は違和感を感じた。
何故か女物の靴が1足置いてある、おかしい、俺は隣町に住む親元から離れ高校があるこの町で1人暮らしをしているわけで、彼女いない歴17年の我が家に女物の靴が有るなど怪奇現象と同じくらいの出来事だった。
「ああああ! あにいい! やっと帰って来た! この馬鹿アホどじ間抜け何やってんだばかーーー!」
食材を冷蔵庫に入れ、寝室の扉を開けると罵詈雑言と共に分厚い雑誌が小気味いい音を立て俺の顔面にヒットした、バサリ、と雑誌の落ちた音が響く。
「何で電話も出ないし学校にもいなくてアミリーマートにもいないんだ! ウチがどれだけ心配したとおもっとるんじゃ馬鹿あにいいいい!」
またしても暴言と共に投げつけられて来る枕やクッションやらコンニャクやらピョッキーの箱やら……こんにゃく!? なんでこんにゃくが飛んでくるんだ?!
「ま、まて! 物を投げるなおち、落ち着けって! 痛い! 痛いからやめて! ぐべっ!」
何かのリモコンが額に直撃した、しかも角がだ、これは痛い、俺は半ば涙目になりながらもベッドの上で速射砲のように物を連射してくる少女の暴挙を止めようと奮闘する、弾切れになった少女は怒る猫の如くふーふー! と肩で息を吐き次の瞬間号泣し始めた。
「あにいの馬鹿あほうんこたれ~~ひぇぇえん」
「あぁ……悪かったって……色々有ってな……説明すると長いんだよ。ほれこんにゃく喰うか?」
「喰うかぼけぇ! なんでこんにゃくなんかベッドに置いてあんねん馬鹿あにいい! しかもケースで置いてあるとか意味不明だよぉぉふえぇぇん!」
あぁ……しまった……ベッドでの自家発電用にこんにゃく買いだめしてたのを忘れてた……冷蔵庫に入れとくと冷たくてとてもじゃないけど入れられるモンじゃないからな、常温で少しレンチンすると生温かくてヌルヌルでとても気持ちがいいんだ。
だがそんな男の事情を言える訳も無く、ただ安売りで買ったはいいけど置き場所に困ったからという無難な言い訳で納得してもらおうと思う次第であります! 男性なら誰しも試した事が有るだろうこんにゃく発電、自分はその呪縛に取り込まれてしまったのであります軍曹!
「軍曹! 敵に兵器を発見されてしまいました! あのぬるぬるが奪われては我が星使軍の解放戦線が維持出来ません!」
「くそっ……失態だった……まさか奇襲をかけて来るなど微塵も予想していなかった……ここは俺に任せろ、お前たちは先に行くんだ!」
「軍曹! ぐんそうううううう!」
かくて俺の脳内戦線が活発化して軍曹は勇敢な戦死を遂げた、そして少女はその言い訳に納得したようでいそいそとベッドから降りて投げつけた弾丸を片付け始めたのだった。
「んっと……リモコン投げるのはもう止めような? あれ当たると痛いんだから……」
「あにいがいけないんだ! ウチの心配もしらんで!」
鼻水を啜りながら荒い鼻息でお片づけをしているこの少女は烏丸豹華隣町の中学に通う2年生、肩で切り揃えられた薄茶色のショートヘアーが揺れ、アンバー色をした瞳がアーモンドのようにクリっとした双眸に収まっており、それはまるで狼を思わせる、俺とは似ても似つかないが豹華はれっきとした妹だ。
ぷりんとしたこぶりなお尻をこちらに突き出し、机の下に落ちた噂のリモコンを手に取る豹華、
「どうだ! これが凶器だ! 観念したまえハトソン君!」
ほこりといちゃついているリモコンを片手に、その年には不釣り合いなくらいのおっぱいをたゆたゆと躍らせながら勝ち誇ったように凶器と呼ばれたソレを突き出している。
うーん成長したなぁ、戦闘力は約Dカップと言った所か……兄としてこれほど喜ばしい事は無いぞ、うんうん。
「おーそれだそれだ、確かに俺の頭にぶつかった鈍器だ、電池外れてるからちゃんと付けとけよ? それとハトソンじゃなくてワトソン、さらに言うとシャーロックホームズの悪役はモリアーティ教授だ馬鹿め」
「ぐぬぬ……! 馬鹿とはなんだ馬鹿あに! 馬鹿って言った方が馬鹿で大馬鹿なんだぞ馬鹿め! あれ? 大大馬鹿? わからんくなったとよー! くそう!」
「ふん、ならば俺はあえて言おう、雑魚であると!」
「うるさい粗ちん! いんぽ! 童貞! どぶ水でも飲んでろ!」
「粗ちんとか言うな! 大体見た事あんのかてめぇ! これでも立派に毎朝元気100倍チンパンマンだわ! 童貞で悪いか処女め! 生ゴミでも喰ってろどあほ!」
「処女じゃないし! 元気100倍チンパンマンてなんだし頭にうじ湧いてるんじゃないの? 見た事だってあるわぼけ!」
「いつ見たんだてめ……おい、お前今なんつった」
嘘だろおい、マジかよおい、冗談だろおい、本気で言ってるのかおいいいい!
「な……何よ……ちなみにウチは処女ですよ……今のはつい意地張っちゃっただけで……初めてはその……」
よかった……本当によかった……まさか中2で済ませるなんて早すぎるだろう、いやその前にこの俺より先に大人になるなど許せん。