退院
「そ、そうですよね……私ったら何やってるんでしょうか……ごめんなさい……でもそんな女神だなんて恥ずかしいです……」
どうやらまた最後のセリフだけ口からこぼれ落ちてしまったらしい。
「い、いやその……なんて言うかほら! えっと……その、さ、さっきの話なんだけど性的な意味でっておかしいでしょ! あは、あははは」
我ながら話の逸らし方に無理が有りすぎる、しかしこんな状況は生まれて初めてでどう対応したらいいのかまったくもって微塵も欠片も1か0かも分からない。
世のかっぷる共はどうやってこの窮地を脱し、なおかつあんな事やこんな事、あっはぁんな事まで出来るのかはなはだ疑問だ、奴らはきっと英雄か神に選ばれた勇者パーティなんだ、きっとそうだ。
彼らが勇者一行だとしたら俺はきっと村人Aに違いない、いや羊飼いに飼われている羊かもしれない、自分で言うのも何だが俺は優柔不断でなおかつ周りに流される事が多い、いわゆる意思のない男、おまけにコミュニケーション能力が低いらしく、向こうから話しかけてくれるのなら自然に会話が出来るのだが自分から話しかける事が苦手という駄目ッぷり、それが俺――烏丸虎太郎だった。
「ママがそう言うと男性は喜ぶものよって仰っていたので……そして昨日見たドラマで似たようなシーンがあったもので少し真似をしてみたのですが……女神様と言われるなんて……」
雛菊はそう言うとそそくさと椅子に座り頬を赤らめながら窓の外を見つめ、思い出したようにうふふ、えへへ、とにやけていた。
雛菊ママ恐るべし。
それからは毎日同じ時間に雛菊はやって来た、来る度に違う衣装を着こんでは俺の度肝を抜いてくれた、一番過激だったのは、そう、髪を下ろし赤縁メガネをかけ、床まで届きそうな長い白衣を羽織りその下はローライズのビキニ、というかなり過激なコスだった。
そしてそれは全て壬生ママの指示だと言う雛菊、ぶっとんだ母親もアレだがそれをすべて実行する素直すぎる彼女にも驚きを隠せなかった。
退院までのカウントダウンの間、メイド服の時のようなイベントは起こらず、次はどんな衣装で来るのか楽しみだった。
かくて迎えた退院の日、雛菊の到着を心待ちにしていたが何故かその日だけ彼女は姿を現さなかった、無事退院手続きも終わり何が起きる事も無く、病院の入り口に突っ立っていた。
「今日はあの可愛いお嬢さんはいないのかな? 毎日足しげく通っていたから今日も一緒に帰るのかと思っていたよ」
篠崎看護師が見送りに来てくれていた、傍らには新人だろうか、黒髪の小柄な看護師が従属している。
「んで、この荷物はどうするの? 全部あの子が持って来てくれたんだけど……」
篠崎看護師が足元のスポーツバッグ×2を指さす、その中にはタオル、着替え、歯ブラシ、単行本や文庫本等が詰まっていた。
「私が持って行きますので大丈夫ですよ! 最後まで気付いてくれないで泣きそうですけど頑張りますから!」
なん……だと……!?
篠崎看護師の傍らに居た小柄な看護師がバッグを肩にかけ、雛菊の声で喋っていた。
「本当にひどい男ねぇ、ヒナちゃん一生懸命だったのにこの男ときたらずっと私のおっぱいばっかり見ちゃって……見かけは子供、頭脳は狼なのかしら?」
「みっ見てませんよ! 変な事言わないで下さい! でもなんで雛菊が? 髪の色も違うしその服だって……」
ふぅ、と2人同時にため息をつき顔を見合わせる、ドサリと音を立てて雛菊は肩からバッグを床に落とし、自分の髪の毛を無造作に引き抜いた、それと同時にたっぷりとした赤茶けた髪がその姿を現す。
「先輩は物事を表面でしか判断出来ないのですか? だとしたらそれはとてもとても悲しい事だと私は思います」
残念そうな表情を浮かべ、落胆の声を落とした雛菊がそこにいた。
「ちなみにこの看護服は篠崎さんに手配して頂きました! 名付けてコタロー先輩の退院びっくりどっきりでした! それじゃあ私は先に帰りますので先輩も気をつけて帰って下さいね? よければ学校のランチをご一緒したいです!」
一瞬でその表情は消え失せ、いつも通りの笑顔を浮かべた雛菊はバッグを両肩にかけてトコトコと夕焼けの中へ消えて行ったのだった。
「……それじゃあ篠崎さん、ありがとうございました」
「あぁ、気をつけて帰るんだよ、何かあったら来なさいな」
「はい、それじゃあ」
篠崎看護師と別れ、病院を後にした俺は、カラスの鳴き声をバックに帰路についた。