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壬生家の事情  作者: 桑島 龍太郎
第1章 今日は今日とて明日は明日の風が吹く
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ソラミミ

 すなわち、是非お会いしたいものだ、が○で。是非お愛したいものだ、と雛菊には聞こえてしまったらしい、どうしよう。


「いえあ、その違うんだよ! 愛したいんじゃなくて君のお母さんにお会いしたいなぁと思っただけな」

「ええええ! わたっ私では飽き足らず私のママまで愛しているなんてそそそそんな……私は遊びだったのですか?!」

「まてまてまて! 一体全体どうしてそうなるんだ! そもそも雛菊のお母さんに会った事なんて無いじゃないか!」

「そ、そうでしたね……すいません、つい動転しちゃって……つまり私を愛したい、とそう仰っているのですよね?」


 どうしたら理解してくれるのだろうか、誰か紙とペンを下さい、そしてこの罪深き虎に弁明のチャンスを下さい。

 俺の不用意な言葉で招いた誤解を解くのにきっかり30分もかかってしまった、気まずい空気が流れた後に雛菊が口を開いた。


「多少傷が増えてしまいましたがご無事でなによりでした! 先生曰く1週間の入院だそうですよ! それまで私が責任を持って看病させて頂きます!」

 雛菊はそう言いながら先日持って来たバナナを手に取る、猛々しくそそり立つソレは艶やかな黄色をしており所々黒ずんだ斑点は豹を思わせる、雛菊は愛おしそうにソレを撫で優しく握りしめる。


「良い感じに熟してますからきっと美味しいですよ! 一緒に食べませんか?」

 房の中から同じようなバナナをもぎ取り丁寧に皮を剥いて俺に手渡し、自らも鼻歌を歌いながら皮を剥いていく。

 あらわにされた中身を口いっぱいに頬張り、唇を艶やかに照らしながら食べ進む、ときおり嚥下する際に動く喉仏が俺の下賎な妄想を掻きたてていく。

「食べないんですか? 美味しいですよーうふふ」

 見とれているうちに1本食べ終わってしまった雛菊はその白く細い指先を舌先でペロペロと舐めながら問いかけて来た。


「ん、食べるよ! ありがとう」

 極めて冷静に、そんな事は微塵も考えていない表情を作り俺は雛菊の剥いてくれたバナナを食べ進めるのだった。


「ホントにこのバナナ美味しいな、濃厚かつ甘すぎず、歯で噛み切る時に僅かながらの弾力を感じる……こんなの食べた事ないぞ」

「あははは! 言い過ぎですよーまるでフードコメンテーターみたいですね! 先輩は面白いです」

「ところでさ、学校はどうしたんだい? まだ終わって無いはずだけど」

 バナナを食べ終えた俺は、この時間に雛菊がここにいる事に違和感を覚え問いかけた。

「え? あぁいいんです! パパがしばらく休みなさいって便宜を図ってくれたので看病と言う名の熱烈アプローチは続行なのです! 性的な意味で!」

「ぶはっ!!」


 雛菊の最後のセリフで俺は飲んでいた麦茶を盛大に噴いた。


「なななななんちゅう事をおまいさんは言っちょるんじゃあああ!」

 動転しすぎてどこの方言か分からない言葉が口から出た、看病までは分かる、熱烈アプローチと言うのも分からないが性的な意味で、がもっと理解出来ない、いや理解は出来るのだがそれはまずいだろう、こういう事はもっと順序立てて……


「だっだいじょうぶですか先輩! 今拭きますからね!」

 シーツに盛大にぶちまけた麦茶をいそいそと雛菊は拭き始める、そして俺は見た、白い首元から流れるように視線が動き、メイド服の襟から垣間見える緩やかな弧を描いた双丘の一辺を。

 ゴクリ、と喉が鳴る、俺の胸元からシーツまで丁寧に拭き取る雛菊の動きに合わせ赤茶けた三つ編みがユラユラと揺れその度に薔薇の香りが俺の鼻腔に侵入してくる、この香りはシャンプーだろうか。


「いきなりどうしたんですか? 私何か変な事言いましたか?」

 ふと雛菊が顔を上げた、ち、近い。

 俺の鼻先からその距離約20cm、小動物を思わせるコケティッシュな仕草で首を傾げ、不安そうな真紅の瞳が俺の瞳孔を射抜く。

「いやその……」


 言葉が出ない、雛菊の視線から逃げるように伏し目がちに下を向いたがそこには先ほど見た双丘の一辺が視界いっぱいに広がる。

「先輩……」


 呟きかと聞き間違える程の声が聞こえ、思わず視線を戻す。

 待ってくれ、どうして雛菊は目を閉じてなお且つ頬を赤らめているんだ、微かに震えているんだ。

 どうしてこうなった? こんな美味しい話が有ってたまるものか、だがこれが吊り橋効果と言う物なのだろうか、恐怖に直面した際の心拍数増加、これを恋愛のトキメキと誤変換してしまうアレだ。


 こここ、こんな所で17年間守り通してきたふぁーすとちっすを散らしていいんだろうか?


 神様もう少しだけ、魔神さまもう少しだけ、あぁっ女神さまもう少しだけ時間を下さい。


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