ミツアミ
「理解出来ないって顔ね? いいわ、説明してあげる、このリンゴ頂いてもいいかしら?」
ラップに包まれた雛菊が切ったリンゴを手に取りながら椅子に腰かける看護師。
「どうぞって言う前に取ってるじゃないですか……えっと……」
「篠崎 でいいわ」
ネームプレートに篠崎 智代とある、年齢は20代後半ほど、看護服はゆったりとした物が基本だと思っていたがこの女性はわざと小さいサイズを着ているのだろうか、絶大なる存在感を出している双丘をたわわに揺らし、ピッチリとしたその服はボンテージスーツを彷彿とさせる、肩で切り揃えられた黒髪に切れ長の瞳に泣きぼくろ。
とんだセクシー看護師がいたもんだ、シャクシャクとリンゴを噛む唇はぽってりと厚く、その唇に付いた果汁を舐め取る舌は獲物を狙う蛇の如く。
「うん……甘くて美味しいわぁ……それじゃ教えてあげる、始めは緊急外来にあの子が1人で来たのよ、手や服が血塗れだったからあの子が患者かと思ったわ。けど一度外にでて貴方を引き摺って来たの、色々な所に色々な個所をぶつけながらね」
「なん……だと……?」
「自分の体を見ておかしいと思わなかったのかしら? 頭と肋骨と腕に包帯、左の足首にはギプス、所々に縫合の跡。橋から落ちたくらいじゃここまでならないわ」
篠崎に言われてみると確かにおかしい、雛菊と喋る事に夢中で気付かなかったが大分重体らしい。
「彼女曰く非力な私はこれぐらいしか出来ないんです、助けを呼ぼうにも人が居なくてこの人は意識不明だし。だから多少頭を落としたり手が滑って階段から転がしちゃったり、何かに引っかけて力いっぱい引いたら皮膚が裂けちゃったとしても仕方なかったんです。だそうよ。少しおとぼけさんなのかしらねぇ……」
ふぅ、と遠くを見つめて一度言葉を切る篠崎、風に揺られ夕日を浴びた街路樹がサワサワと揺れる音が室内に木霊する。
「どちらにせよ、あの子は貴方を助けてくれたのよ、感謝しなさい。あ、それと治療費は全額彼女が負担するらしいわ、それも含めてお礼を言っておきなさいな」
ごちそうさま、と言い残して篠崎は病室から去って行った。
次の日、昼食を食べ終えた俺は特にする事も無くただ窓の外を眺めてぼーっとしていた。
爽やかな風に揺られ枝達がひそひそと談話し、車や人々の喧騒をBGMに篠崎のセリフを思い出していた、腕を犯され、さらに病院に行く為だけに満身創痍にされても不思議と雛菊に怒りや恨み、憎しみ等は湧いて来なかった、彼女なりに必死だったのだろう、これでメイド服で見舞いに来てくれたらむしろ幸せを感じてしまう、俺はひょっとしたらMなのかもしれないな。
しかし治療費まで全額負担とは一体どういう事なのか、そこまで甘えてしまっては男の沽券に係わるのではないか。
俺がそんな事を考えている時にノックの音は聞こえて来た、そして雛菊の声。
「コタローせんぱーい、入っても大丈夫ですかー? いかがわしい事してないですかー?」
「してねぇよ! 開口一番なんて事を言うんですかはしたない!」
病室でいかがわしい事と言ったら一つしかない、だが昨日の今日でおかずも無いまま自家発電をする気にはなれなかった。
「あはは! ママに男の部屋に入る時はそう言いなさいって言われたので言ってみました! でもいかがわしい事ってなんですか?」
扉を開けて入って来た雛菊の姿を見た瞬間、俺は憤死しそうになった、ややタイトに作られたそれは雛菊の小柄な肢体を包んでいた、赤と白のゴスロリ服、膝上まで履かれた薄いピンクのタイツ、そしてそれを短めのスカートの下から伸びる紐で止められている。
少し変則だがいわゆるメイド服そのものだった。
神は俺の願いを聞き届けたのか? それとも邪な欲望を司る名状しがたい魔神のお力なのか? 当の本人は俺が悶えている姿を見て不思議そうに眼を丸くしていた。
昨日と違いたっぷりとした赤茶けた髪を一つの三つ編みに纏め、先端には小さな鈴が付いており、動くたびにチリンチリンと鳴らしている。
「そそそその格好はどどどどうしたんだいひいあ」
俺の思考回路よりも口先の筋肉の方が重傷だったらしい、その格好はどうしたんだい? と爽やかに聞くはずがなんともみっともない声を上げてしまっていた。
「あれ? 変でしたか? ママが男の人を看病する時はこういった格好が理想よ、と着せてくれたのですが……」
壬生家のママ様は一体どういう英才教育を施しておられるのだろうか、是非お会いしたいものだ。
「そ、そんな……! いきなり愛したいだなんて……!」
そう言って雛菊は何故か顔を真っ赤にして掌を合わせもじもじしていた。
「まてまて、雛菊ちゃん、一体君は何を言っているんだ?」
「だっ……だって今ぽつりと「ぜひ愛したい」って仰ったじゃないですかかかっ!」
何と言う事でしょう……どうやら思っていた最後の言葉だけうまい具合に口に出していたらしい。