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壬生家の事情  作者: 桑島 龍太郎
第1章 今日は今日とて明日は明日の風が吹く
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小柄な少女

 気が付くと俺は知らない場所で横たわっていた、ぐるりと首だけ回し周りを確認すると、小綺麗に整頓された室内、傍らには小さな丸テーブルとパイプ椅子が一脚、丸テーブルの上にはちょこんと申し訳程度に一輪差しの花瓶が置いてあり、そこに差し込まれた黄色い花が光を浴びて嬉しそうに輝いている。

 そして見知らぬ天井、

「ここはどこだ?」


 状況を把握する為、俺は体を起こす、と同時に腕に走る痛みの激流、顔をしかめつつ確認すると左腕にはぐるぐると白い包帯が巻かれており、手の甲には針が刺さり、そこから透明なチューブが伸びている。


「病院……なのか……?」

 この状況と俺の記憶を照らし合わせると自然とその答えに行きついた、それと共にあの出来事が脳内にフラッシュバックする。

「そういえば……あの子……どうなったんだ……俺の腕を思い切り犯しやがって……初めてがあんな所で奪われるなんて……くそう……いてぇ……」


 俺がぶつぶつ言っているとコンコン、とノック音が聞こえ小さな籠を持ち花柄のワンピースを着た1人の小柄な少女が入って来た。


「よかったぁ~! 気が付かれたのですね! あの時また意識を失ってしまったので私がここまで引き摺ってきたんですよぉ~、助けてくれたのか助けたのか分からない構図になっちゃいましたけど助けてくれてありがとうございますね! ちなみにわんちゃんも無事に我が家で引き取る事に相成りました!」


 そこまで一気にまくしたてると少女はふかぶかとお辞儀をし、いそいそとテーブルまで移動すると手に持っていた籠からバナナとりんごを取りだした。


「家の者にお見舞いにはりんごかメロンかバナナと聞きましたので、私が好きな果物を持参しました」

 風鈴の音色を思わせる透明感と涼やかさを持った少女の声が俺の耳孔をくすぐる、やや赤茶けたロングの髪を両脇で二つに纏めており、首元から覗く雪原を思わせるような白い肌のうなじによく映えている。


「コタローさんはお好きですか? りんご」

 そう言いながらペティナイフでするするとりんごの皮を剥いていく少女、真っ赤なりんごを弄ぶ華奢な白磁の指は艶めかしくもあり、どくん、と下劣な心が胎動するのがわかった。


「あ、あぁ! ありがとう、りんごは大好きだよ。随分器用に向くんだね……全部繋がってるじゃないか……」

 華奢な指に絡まるそれはまるで身を縛る赤い荒縄の様に扇情的であり、時折果汁を舐め取るその舌も中々卑猥で、俺の半身がどくんどくんと力強く脈打つ。

「ところでどうして俺の名前を?」

「コタローさんの財布に保険証があったので……烏丸 虎太郎さん、ですよね?」

「そうだよ。よくトリマル トラタロウって間違われるんだよな、あはは」

「グリとグラみたいで可愛らしいじゃないですか、うふふ」


 グリとグラ、2匹の野ネズミのお話だ、確か大きな卵を見つけて2匹でパンケーキを作ろう、と言った話だったはず、だが俺の名前はカラスマ コタロウだ。


「君の名前はなんて言うんだい?」

 リンゴを切り揃えて皿に盛り付けている少女、今にもこぼれ落ちそうな真紅の大きな瞳、全体的にバランスの良い、いやどちらかと言えば整い過ぎているその眉目秀麗な顔は道端ですれ違ったのなら振り向かずにはいられないだろう。


「申しおくれました、壬生雛菊ミブヒナギク鐙沢あぶみさわ高校の1年1組です。よろしくお願いします」 

「鐙沢って俺と同じ高校じゃないか! 俺は2年3組だ、よろしく」

 それからしばらくお互いの事を話した、雛菊は聞き専なのか俺の話を優しい笑顔で聞いていてくれた、結局面会時間いっぱいを使った会話の中で雛菊の話は2割、といった所だった。


 何故あの時間にあんな事をしていたのか要約すればこうだ、学校から帰り父親と喧嘩をし、制服のまま飛び出してぶらぶらしている所に子犬の鳴き声が聞こえ、誰かが悪戯で欄干の上に子犬を放置していたのを見つけ、欄干の上に座りながら子犬と話している時に突風が吹き落っこちた、という事らしい。

「それでは私はこれで失礼しますね、コタロー先輩っ」

 扉の前でこちらに向き直り首を傾げながら微笑むその姿に俺は見とれてしまった、病室の窓から差し込む夕日に照らされ、赤茶けた髪が一層赤みを増し、白い首元に影が差し込む。


「あぁ、わざわざお見舞いありがとう」

 パタン、と控えめな音を立てて扉が閉まる、そして雛菊と入れ違いに再び扉が開き女性の看護師が入って来た。


「可愛い子ね、あんな子が血まみれで貴方を担ぎ込んで来た時は驚いたわぁ。あ、いえ引きずり込んだの方が正しいわね」

「引きずり込むってなんですか……?」

「あら? あの子から聞いて無かったの? 言葉の通りよ、貴方を引き摺ってここまで運んで来たのよ、そのせいで少しばかり入院が必要になっちゃったけどね」


 血圧を測り、手に持ったバインダーになにやら記入しながら楽しそうに話す看護師の意図がいまいち分からない。


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