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壬生家の事情  作者: 桑島 龍太郎
プロローグ
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プロローグ1 どうしてこうなった

 プロローグ  どうしてこうなった

 

 俺は今人生の岐路にいる、そして誰か教えて欲しい。


 世の中にはどうしても避けて通れない出来事が有り、そこが人生のターニングポイントになり己の人生を決めて行く。


 人は言う、どっちに転んでも君の為になる事だよ、と。

 ならばどちらに転んでも最悪な展開しか無い時はどうすればいいのだろうか?

 カルネアデスの船板とはこういう状況を揶揄して使われるのだろうか?

 俺はどうしてここに居るのだろうか?

 どうしてこんな事に巻き込まれているのだろうか?


 キリスト教徒は言うだろう、これは神が貴方に与えてくれた試練なのです、右の頬をぶたれたら左の頬も差し出しなさいと。


 仏教徒は言うだろう、情けは人の為ならず、人にかける情けはいずれ自らに帰って来るので人に情けをかけると言う事は自分の為になる事なのですよと。


 つまりは、アレだ、自己犠牲の精神を忘れるなと言いたいのだろう、無償の愛、アガペー、過去の聖人君子様達は一体どうやってその境地にまで達しえたのか俺は知りたい。

 そしてこの状況からの脱却の方法も出来れば教えて頂きたい。


 時刻は夜の23時を過ぎた所、俺はいつも通りアルバイトを終えて|愛車(自転車)のドロシーに跨り我が家への帰路をチリンチリンと軽快に飛ばしていた。

 バイト先のアミリーマートから自宅までは自転車で約20分、その間に2つ程橋を越えなければいけないのだがこの日は何故か遠回りをしたくなり全長500m程ある巨大な橋の有る通りへと愛車ドロシーを走らせていた。


 前日の嵐で河川は増水し黄土色の水を巻き上げながらうねっていた、流れは速く、落下したら海まで流され溺死する事は確定だ。

 丁度橋の真ん中まで辿り着いた時ふと道端に学生鞄が落ちているのが目に入った、電燈の柱と、なぜここにベンチがあるのか分からないがベンチの間にあったのでよほど注意してみないと分からないだろう。


 不審に思った俺は愛車ドロシーを止め鞄を拾い上げる、そして聞こえて来るか細い女性の声、例えるならそう、夏の暑苦しい風に吹かれて音色を奏でる風鈴のような涼しげな声だった。


「そこに誰かいるのでしょうか? よければ私を助けて欲しいのですけども」

 涼やかな声でたどたどしい敬語を発する元を確かめる為に俺は橋の欄干に近づき耳を澄ます。


 常時車が通るこの橋の上では涼やかな声も蹂躙され微かに聞こえる程度のものだった、何気なく橋の下を覗き込むと、なんとそこには子犬を抱えた少女が宙づりになっているではないか。


「だっ! 大丈夫ですか!? 今救急車呼びますから!」

 俺は咄嗟にそんな言葉しか出て来なかった、誰だってそうだと思う、慌てて携帯を取り出しダイヤルしようとするが、俺のマイフォンは漆黒のディスプレイから表情を変える事無くただただ俺の指の感触を楽しんでいるだけだった。


「くそっ! こんな時に電池切れかよ!」

「たーすーーけーてーくーだーさーいー」

 橋の下から助けを求める少女の声が無情に響く。


 ここでどうして助けを呼びに行かなかったのだろうか、はなはだ悔やまれる、過去に戻れるならばあの瞬間に戻り、車に轢かれてでも助けを呼びに行かせるだろう。

 動転して正常な思考回路に無かった俺は無謀にも欄干を乗り越え、ぶら下がる少女を救助すべく奮闘を始めてしまったのだった。


 そして結果は今に至る。

 バイトの制服を入れたメッセンジャーバッグのベルト部分だけを柵の間から出し、取っ手変わりにして少女を引き上げるべくソロソロと手を伸ばした。


 少女は橋の側面にある鉄骨部分に襟元から引っ掛かっていた、手荒ではあるがその襟を掴んで引き上げれば大丈夫だと油断していた、そして無情にも突風が吹き荒び俺は見事に落下してしまったのだ。


「嘘だっっ!」

 幸いにしてメッセンジャーバッグ様が柵に引っ掛かりどうにか一命を取り留める事が出来たが俺もまた少女と同じ運命を辿り、宙ぶらりんのクリフハンガー。


 ポケットには電源の切れたマイフォン、胴体には子犬を抱いた少女が何故か抱きしめられている、どういう事だ、訳が分からない、少女は俺と自分の体の間に子犬を挟み朝露に濡れた新緑のような潤みをした瞳を不安げに歪め小さく「ありがとう」と呟いた。


 少女に頑張って上に昇ってもらい、俺を救助してもらおうか、だがそれは子犬の死を意味する、彼女がしがみ付いて子犬を受け取るにしても無事に受け取れる自信がない。


 かといって俺が手を離せば全員落下、かくて俺はどこに転んでも最悪な展開にしかならない人生のターニングポイントへ遭遇したのである。


 時刻はおそらく24時近くになるはずだ、そんな時間にこの長い橋を徒歩で渡る人間など皆無だろう。


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