改稿中
登場人物の覚書
シャーフ 29歳の傭兵。ロラーナ人の元剣闘士奴隷。
シャーフがしばらく馬を走らせると、街道が二百メートルほどしたところで大きく右に曲がっているのが見えた。
待ち伏せを仕掛けるには絶好の立地である。
左手で手綱を大きく引くと馬ごと森に乗り入れる。
敵に飛び道具があれば、開けた街道を走り続けるのは自殺行為である。
森の中の障害を愛馬が自ら避けて走るにまかせ、猛烈な勢いで迫りくる木立をかいくぐりながら周囲に目をこらすと、曲がり角の付近、木々の間に潜んでいた男が十数メートル先で慌ててこちらに弩を向けるのに気づいた。
街道を狙い撃つには絶好の位置である。
そのまま突撃するのは無理とみて槍を手に馬を飛び降りると、放たれた太矢が木々の間を抜けて、それまでシャーフのいた空間を切り裂く。
着地した勢いを利用して残り数メートルの距離を一気につめると、弩を捨てて剣を抜こうとする男の胸に体ごと槍を突き立てた。
肺から逆流した血液のせいか、喉からゴポリと音を立てて男が無念そうな表情を浮かべる。
胸に槍を受けて絶命した男――おそらく賊の見張りだろう――が潜んでいた藪から街道の先を覗き込むと、曲がり角から百メートルほどいったところで倒木が街道をふさいでいた。
倒木のすぐ手前には、倒れてきた際接触したのか見覚えのある幌馬車が横転しており、荷物の散乱した地面には革鎧を着た馬借の死体が三つ転がっている。
横転した馬車と倒木の間に丁度よく出来た空間を陣地代わりに、生き残った二人の馬借が必死に四人の男と交戦している。
いかにも山賊然とした四人の男の後方には黒い頭巾を被った頭領らしい男がいて、その男が何事か指示すると弩を手にしたもう一人の男が横転した馬車に取り付いた。
シャーフは軽く舌打ちして素早く背中から弓を下ろすと、馬借の背後をつこうと馬車をよじ登る男に慎重に狙いをつけて矢を放った。
バン!
弾けるような心地良い弦の音とともに放たれた矢は、馬車の上から身を乗り出そうとしていた賊の背中に吸い込まれるように突き刺さる。
的になった男が一瞬ビクリと硬直して馬車から転げ落ちるのを確認すると、黒頭巾の男に次の狙いを定めた。
不意打ちで頭領を倒されれば、よほどの訓練を受けた集団でないかぎり逃げ出すものである。賊を全員倒さずとも、それでシャーフの目的は達せるのだ。
ところがシャーフの思惑とは裏腹に、頭巾の男は素早く振り返るとまったく慌てた素振りも見せずに屈んで盾を構えた。
矢面にさらす体の面積を小さくした上で盾を構えてしまえば、弓で狙える箇所はほとんどない。
しかも、その所作はただの山賊にしては隙がなかった。
どうやら手練の戦士のようだ。
構わず放った第二矢が案の定盾に阻まれると、シャーフは少し思案した。
飛び道具の心配がなければ街道上を一気に走って護衛たちに加勢したいところだが、もし黒頭巾に手間取って馬借が倒されれば残りの四人にいずれ囲まれてしまう。
シャーフは森の中に視線を走らすと、愛馬の位置を確認して意を決した。
立ち上がって適当に数発の矢を黒頭巾に速射すると、見張りの男に刺さったままになっていた槍を引き抜き、森の奥へと全力疾走した。