序章
巡礼街道を覆う森の木々は、暖かくなった日の光に照らされて豊かな新緑に包まれている。
平和な時代ならば新たな生命の息吹を感じ、ひっそりと静まり返った街道を行く旅を楽しむことができたのかもしれない。
しかし動乱の世にあって、うっそうと緑の生い茂ったひと気のない山道は何が潜んでいてもおかしくない危険な場所であった。
森の木立が春の日差しを遮って作った暗がりは、山賊やおいはぎの類にとって絶好の隠れみのだったのである。
街道には一人、春物にしてはあまりにも長すぎる外とうに身を包んだ男がたたずんでいた。
その表情は目深にかぶったフードに遮られ、うかがい知ることができない。
街道に一陣の風が吹くと、木々が小さくざわついた。
木立を揺らした風が男の外とうを軽く巻き上げると、鎖帷子を着込んだ体躯が姿をのぞかせる。剣と矢を腰に吊り、弓を背負ったかなりの重武装である。
静かで、どこか息苦しくなるような空気をまとった男の足元には、血溜りの中に物言わぬ屍が横たわっていた。
胸には八尺ほどある槍が墓標のように突き刺さっている。
よく見れば男の周囲には、他にも数人分の武装した死体が転がっていた。
凄惨な戦闘の跡を残す街道は大きな倒木にふさがれ、そのすぐ手前には幌馬車が横転している。
と、生き残ったものがいたのか、馬車のそばからうめき声が上がった。
男は声の方向にゆっくりと歩みを進め、御者席あたりに倒れた生残りを見つけて屈みこむと小さく首を振った。
行商であろうか? その腹には深々と太矢が突き刺さっていたのである。
脂汗をにじませ、苦痛に耐えていた行商風の男は目を開けて少し微笑むと、最後の力を振り絞って馬車を指差し、何言か話した。
直後、小さく震えるとその目から急速に生気が失われていく。
外とうの男はおもむろに立ち上がると、御者席の座板を力任せに引き剥がしはじめた。
板の下から小さな秘密の空間が姿を現す。
そこには、美しく装飾された木製の箱が鎮座していた。