見知らぬ恋人達の束の間の再会
星が浮ぶ風防の外の景色を背景に、コックピットの中では、インジケータやディスプレイの明りが浮びあがっていた。テツロウはディスプレイの二つのチャートを注視していた。一つはレーダーチャートであり、そこには異常の兆候は見られなかった。しかし、二つ目の重力場チャートには微かな異常が見られたのだった。
「ラムー。これは故障か?」
テツロウの直感は、これは故障ではないと告げていた。だが念の為、とラムーに確認させたのだった。
「テツロウ。装置類をチェックしましたが問題はありませんでした。なのでこの観測結果は実際に起こっている事で間違いありません」
ディスプレイに星空の光学映像を呼び出したテツロウは、星図との位置のずれを重ねて表示させる。大気による揺らぎもあり、精密な測定では無かったが、ずれの大きさを明い赤から暗い赤で示したその図は、微かではあるが重力レンズによるものと推定できるパターンを描いていた。だが、全ての星が表示されたそのパターンを見る限り、その重力場を生み出した装置があるようには見えなかった。表示範囲を拡大した処で結果に変りは無かった。
「原因不明の重力場か……確認してみたい気持ちはあるが、干渉がどういう風に影響するか読めないな……」
最接近までまだ十分以上はあったが、テツロウは回避の決断をした。
「ラムー、回避しよう。コースの再設定は任せても良いか?」
「了解です。対象重力場を左側に見る様、迂回コースを設定します」
宇宙船の左側を通り過ぎる原因不明の重力場を、アカネはディスプレイ上のチャートに表示させながら考えこんでいた。
「アトラス。あれは何だと思う? 念の為回避行動を取ったけど、向こうも同じように回避してるみたい……」
重力レンズの効果を示すパターンが青色の明滅を繰り返しながら、後方へと去っていく。
「明らかに衝突回避の行動を取っているので、何がしかの意志が働いていると考えて良いかと」
「アトランティスは大丈夫かしら?」
後方八千キロメートルの彼方にあるメガフロートの心配をするアカネに、追い掛けますか? とアトラスは提案する。アカネは暫く思案した。
「いいえ、やめておきましょう。これからの行程を考えたら、時間は幾らあっても足りないし、あの程度の揺らぎなら問題無いでしょう」
それに、何も無いところから未知の物体が現れる事も無いでしょう、と内心で呟いたアカネは、不安を押し込めたのだった。
「テツロウ。予想では後一時間程で、アトランティス上空に到達する予定です。減速後、上空で停泊。アトランティスの調査を実施します」
昨晩の原因不明の重力場の事を考えていたテツロウは、ラムーの声で意識を浮上させた。南北の大陸を結ぶ細い地峡を越えた往還機の風防の外に、テツロウは青い空と青い海、そして白い雲を認めた。
「うん、それで良いだろう」
今の往還機の高度では、アトランティスは水平線の向こうにあるため、それはあくまでもムーに残された記録から計算された推定値だった。テツロウは調査に使用する機器のチェックをしながら、到達までの時間を過したのだった。
東へと進む往還機は一時間後、推定位置より数十キロメートル南の所に巨大な構造物を発見した。コースを修正した往還機は、その構造物──アトランティスの上空に停止する。テツロウは眼下に拡がるアトランティスを眺めた。直径百キロメートルに及ぶ巨大メガフロートは、上空から見ると海面に沿うように湾曲しているのが見てとれた。中心部には高層のビルが並び、その周囲には赤茶けた大地が拡がり、その周りには居住区と思われる建物の密集地が点在しながら辺縁部へと続く。辺縁部は防波堤が荒波からメガフロートを守っていた。
テツロウの目には不安の色が浮んでいた。何故なら、ここに来るまで、アトランティスからの電波は一切観測されなかったからだ。ムーではそうでは無かった。もちろんメガフロート内部では有線式の情報網が充実していたが、地上部分は電波で溢れていたのだから。
「調査を開始します。計画通り、赤外線の観測から始めます」
ラムーの声にテツロウは、進めてくれ、とだけ返した。中天に掛かる主星に照されたアトランティスからの反射光を、防眩フィルターを展開する事で緩和したテツロウは、眼下の景色を見渡しながらラムーの観測結果を待った。
「報告します。赤外線のパターンは、主星の光を反射したものと一致。熱の湧出点は認められませんでした。また移動する赤外線源も認められませんでした」
テウロウは呻く。地上部分には誰も居ないのか? 人が居れば、あるいは工場でも何でもいいが、活動するものがあればどこかから熱を逃さないとならないのだが、地上部分にはその痕跡が無いようだった。
「海中で熱交換している様子はあるか?」
テツロウの問いにラムーは直ぐ様答える。
「海中部分のどこで、どれだけの量の熱を交換するかによりますが、アトランティスの周辺海域に限ればその様子は見られません」
詳しく調べるには、潜るしか無いかと考えたテツロウはラムーに聞いてみる。しかしラムーの答えは否だった。
「潜水する事は可能ですが、その後の整備を何処で行うかなどを考えると、お勧めはしません」
「内部に人が居るかどうか、確認する手段はないだろうか?」
人が居ればなにが起こるだろうか、なにが観測できるだろうか、と考えながら、テツロウはラムーにも考えさせる。上陸して内部を探査する事は保留にせざるを得ないだろう。何が待ち受けているか予想もつかないからだ。
そうして暫く考えこんだ後にテツロウは口を開いた。
「地上部に伝わる振動はどうだろう?」
「アトランティス全体の重力加速度の精密観測はどうでしょう?」
ラムーも同時にアイデアを出してきた。どちらにしても、可成微細なものだ。
「精度はどれくらい出せる?」
「恐らく観測限界ぎりぎりかと」
そして、それらは実行された。風や海流、波の影響を考慮し、アトランティス全体で微小な振動と重力加速度を測定する。それを複数回行なった末に出した結論は……
「すくなくとも、この二つの方法では内部で移動するものは発見できなかったな」
風や海流、波等の自然由来の振動以外は観測できず、重力加速度は時間的変化を見せなかったのだ。
「これだけで、人は居ないと判断するのは早計だが、これ以上此処で費せる時間は無い。直ぐにでも次の目的地へ向おう」
ラムーも肯定し、テツロウを乗せた往還機はアトランティスを後にしたのだった。
次第に遠ざかる青い母星を背後に、アカネはディスプレイに再生したムーの映像を眺めていた。夜が明ける迄待って撮影したその映像には、所々亀裂が入り、海水が内陸部まで侵蝕したムーの姿が映し出されていた。その絶望的な様子に、アカネは生存者の確認を諦めムーを後にしたのだった。
ムーに何が起こったのか、想像がつかない。しかし、これが明日のアトランティスの姿なのかもしれない、と考えると、これからアカネが成そうとしている事の重大さに、心が押し潰されそうになるのだった。
「アトラス。ムーに何があったか推測できる? 例の介入との関連性は?」
アトラスには答えようの無い質問だとわかっていながら、それでも問わずにはいられないアカネだったが、果たしてアトラスの返事も予想通りだった。
「原因は分りませんが、修復機能が停止したためだと思われます。私が機能停止した現象と似ているので、何らかの介入があった事を否定する事はできませんが、関連性を肯定する証拠も無いと思われます」
「そうよねぇ」
溜息を吐きながら、アカネは力の無い声を出した。幾ら考えても答えの出る筈もない問題にけりをつける様にもう一度、今度は勢い良く息を吐いたアカネは、次の指示を出した。
「アトラス。通信衛星の確認はキャンセルして、重力均衡点へ向いましょう。アトランティスがああならない内に何とかしなくては」
アトラスは肯定の応答を返し、宇宙船の軌道を通信衛星へのそれから、均衡点へのものへと変えたのだった。
往還機と宇宙船はそれぞれ、自身の軌道が均衡点との最適なランデヴーを成すよう重力場の傾斜を創り出し、傾斜を自由落下しては消し、を繰り返す。大気圏中では空気との摩擦による熱を抑えるため制限していた速度も、宇宙空間では出せる限りの速度を出していた。
テツロウとラムーが均衡点に到着したのはアトランティスを発ってから二十四時間後、アカネとアトラスが到着したのはムーを発ってから二十五時間後の事だった。
テツロウとラムーがその小天体を見付けたのは、往還機の貨物室がほぼ一杯になろうとした時だった。採掘──実際には特殊な振動を使った破砕だったが──を行っていた小天体からの採取を終え、母星への帰還コースを検討していた時それは偶然に発見されたのだ。
「テツロウ。前方の小天体から、微弱ながら電波が観測されました。強弱のパターンからは有意信号と推測されます」
テツロウとしては興味はある。立ち寄ってみたい気もするが、そうするだけの理由はあるだろうか、テツロウは思案を巡らした。
「解読はできるか?」
「未知のフォーマットなので、時間が掛かります」
その答えを聞いて再び思案を巡らす。
「帰還コースの途中に、その天体を含めても時間的に大丈夫か?」
「大丈夫です。接近してみますか?」
「頼む。できるならその間にも解読を進めてみて欲しい」
肯定の返事を返したラムーは、ゆっくりと電波を発する小天体へと往還機を進めていくのだった。
電波の発生源となった小天体に最接近したアカネは船外活動を行なっていた。命綱を宇宙機へと係留し、腰部のスラスターで慎重に小天体へと飛翔していく。
徐々に大きさを増してゆく小天体の細部が見えてくると、漆黒の、幾何学的に整った板状のものが天体の表面に張り付いているのが見分けられた。進路をそこへ変更したアカネは慎重に接近していく。
漆黒の板状の物に辿り着いったアカネは、ヘルメットの頭頂に着いているライトで照らしてみる。その板状の何かは黒曜石に似た光りかたをしていた。
アトラスからの緊急通信がバイザー越しに聞こえてきたのは、黒曜石の様な板状の何かをじっくりと観察していた時だった。
『アカネ。発生源の不明なゴースト重力場を検知した。直ぐに宇宙船に帰還して欲しい』
慌てたアカネは、目の前のそれに手をつき反動で後退しようとした。しかし、それに触れた瞬間、意識が小天体に引っ張られたかと思うと暗転した。意識を取り戻した時、彼女は見覚えの無い部屋の中に居たのだった。
テツロウが意識を取り戻した時目に映ったのは、見知らぬ部屋の中に居る、意志の強そうな理知的な瞳を持つ女性だった。電波を発する天体の表面に張り付いた黒曜石の様な板に手を触れたのが彼の最後の記憶だった。
突然現れた白皙の見知らぬ男性に、アカネは驚きを覚える前に、何故か慕わしさを感じていた。
目の前の理知的な初対面の女性に、テツロウは何故か愛おしさを覚えた。
二人は互いの目をじっと見つめあう。一万年以上の時を経た、恋人同士の再会である事を、二人は知る由もなかった。




