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恋人たちの永い遍歴  作者: のーりみっと
アトランティスとムー
4/20

静まりかえった惑星(ほし)で 2

 基盤の確認を開始してから四ヶ月目のこと。全体の八割を検査し終えたアカネは漸く故障が認められる基盤を発見した。予備基盤の動作確認を行い交換したアカネは、今メインスイッチに指を掛けていた。全ての基盤を確認してからとも考えたアカネだが、既に四ヶ月もの時間を浪費している。重力均衡点までの往復や資源採掘の時間を考えれば、これ以上の時間の浪費は避けたい、と賭にでたアカネだった。

 動いて、という願いを込め、アカネの指はメインスイッチを押した。願いが強すぎたのか、押したスイッチから中々指が離れない。制御盤に幾つも並ぶインジケータに明りが灯り始める。漆黒だったディスプレイがダークグレーに変わり、装置の起動を示すプログレスバーが表示されるに至って、アカネは大きく息をついた。未だメインスイッチに掛ったままの自分の指に気付き、慌てて手を引っ込める。プログレスバーが百パーセントになるのを待つ間、アカネは検査・交換の為に開けていた筐体カバーを閉じていったのだった。

「さて、ここからよね」

 無事起動した装置を前にアカネは思案していた。起動した装置にどうやって自分を認証させるか、それが次の問題だったのだ。マニュアル(神言書)の該当個所を読み返す。入力装置を兼用しているディスプレイにはライトグレーの背景に幾つかのアイコンが並んでいた。アカネはその内の一つ、『ゲートキーパー』に触れる。画面が切り替わり、複数の言語で『使用言語を選んで下さい』というメッセージ現れた。アカネは迷わず神言(日本語)を選ぶ。再び画面が切り替わり、利用者名と証明書の入力欄が表示された。ただし今度は神言(日本語)による音声ガイドがついていた。

「あなたのお名前をどうぞ」

 緊張で(かす)れそうになったアカネは一つ咳をし、唾を飲み込んでから、落ち着けと心に念じた。

「アカネ」

 すると、利用者名の欄にアカネの名前が自動で入力され、証明書欄が一部埋まった。

「利用者アカネ、声紋情報を入力します。続いてDNA情報を入力して下さい」

 音声ガイドのメッセージが終ると、制御盤の一部がスライドし、淡く発光するパネルが現れる。

「パネルに右手を置いて下さい」

 ガイドに従って右手のひらをパネルに乗せると、パネルの下から一瞬だけ放たれた光がアカネの手を透した。パネルが元の淡い光に戻って数秒後、証明書欄が全て埋まる。

「資格情報を照合しました。本人に間違いありません。アカネ専用のペルソナ・アトラスを起動します。以降はアトラスを通してシステムをご利用下さい」

 起動直後の画面に戻ったディスプレイを見たアカネは、さてこれからどうなるのかしら、と期待を込めて制御盤の前で待機した。

「ようこそアカネ。私はアトラス。貴女とシステムとのインターフェイスとなります。アトランティスの何処にいても、貴女とのコンタクトは取れますので、何かあれば音声でもその場にある別の入力装置でも構いませんのでお呼び下さい」

 不気味さの少ない自然に近い音声に従って、アカネは、一番最初に訊ねるべきと思っていた事を口にした。

「アトラス。この装置は今どれくらい機能しているの? 交換の必要な箇所はあるかしら?」

 他に不具合箇所が無いか、それが一番の懸念事項だった。正しく機能しない装置を使った事で、重大事故を起こさない為にも確認が必要だったのだ。

「起動時チェックで、機能不全が認められた箇所が三つありました。該当箇所を表示します」

 アカネの前にあるディスプレイに、基盤の位置が表示される。

「活線挿抜は可能?」

「それらの基盤は今不活性になっているので、そのまま交換しても問題ありません」

 これでこの装置に関しては万全の体勢で望める事に、アカネはひとまず胸をなでおろすのだった。

「これから交換作業に入ります。終ったら声を掛けるので、確認お願いします」

 アトラスの肯定の返事を聞いたアカネは倉庫から予備基盤を持ち出し、さっさと交換を済ませる。アトラスによる機能テストを済ませたアカネは、次に聞くべき事、本来であれば一番最初に聞いておかなければならない事を問うた。

「それで、アトラス。自己修復が可能なこのメガフロート(アトランティス)で貴方が()()()()()()した理由に心当たりはないかしら?」


 予定より一月遅れで宇宙往還機──結局テツロウはこう名付けた──が完成し、初飛行の日を迎えていた。工廠から昇降機に乗せられて地上に現れたその機体は、航空力学に安定なフォルムではなかった。透明な涙滴型の風防を先端にした尖塔の様なその形は、どちらかというとすんぐりと太った旧世代のロケットのようなフォルムをしていた。ただし、旧世代ロケットでは推進剤のためのスペースが、採掘した鉱石を積載するためのものに代わっているという違いはあったが。三次元の移動には重力推進を利用、細かな姿勢制御は全てリアクションホイールで行うように設計されていた。

 重力推進。よくこんなものを考えたものだ、とテツロウは感嘆した。それは、機体を取り巻く重力場を操作する事で機動のために都合の良い場を形成し推進する方法だった。重力場の傾斜を発生させ加速や進路変更を行うだけでなく、不都合な重力場の中和まで行う事ができる。テツロウの常識からすれば、非常に胡散臭い、インチキな推進機関だった。

 胡散臭いとかインチキとか感じる感覚や常識の出自について、テツロウは考えるのを止めていた。今それを追求したところで、答えが得られる筈が無いからだ。ただ、自分の出自について知り得る者の目星だけは付けていた。だが、その者は一万年前に亡くなっている。それよりも、ムーの維持計画を遂行する事が今の最優先事項だ、と思考を切り替えたのだった。

 正操縦士席と副操縦士席の二つしか無いコックピットで、テツロウは一人、多目的ディスプレイを注視していた。

「推進機関アイドリング完了。一分後に発進します」

 宇宙往還機に搭載されたラムーのコピー──テツロウはこれもラムーと呼んでいる──の準備完了のアナウンスが流れる。ディスプレイにカウントダウンタイマーが表示されるのを確認したテツロウは風防の向こうに見える真っ青な空を見遣った。

「テツロウ、こんな白昼堂々と人目に晒しても良かったのですか?」

 ラムーの声には少しばかりの疑念が含まれていた。テツロウがこの時間の発射を決めた時、ラムーは特に反対した訳では無かった。しかし、疑問には思っていたようだ。優先度の問題から、発射前の今、疑問を解消しようとしたのだろう。

「ああ、問題無い。見てもらう事を目的にしてるから。ムーの人びとに、彼等の可能性を目撃させたかったから、これで良いんだ」

 成程、そういう事でしたか。ラムーの納得したような相槌にテツロウは追い討ちをかける。

「ムーの人びとを上手く方向づけしなきゃならない、ラムー達の方が大変になるんじゃないかな」

 数秒の間、無言の時間が流れる。そして、ラムーの、精一杯努めさせていただきます、の声にテツロウは愉快そうに笑ったのだった。

 多目的ディスプレイのカウントダウンタイマーが、そろそろ二桁を割ろうとしていた。

発射(リフトアップ)十秒前。重力場中和準備完了」

 テツロウがする事は何も無い。中止か続行かを判断するだけだ。風防越しの光景にも、レーダーにも不審な兆候は見えなかった。

「続行」

 テツロウの指示の下、タイマーはその数字を減らして行く。

「五秒前、重力場中和開始。四、三、二、一、リフトアップ」

 テツロウの乗る宇宙往還機には然程の変化が見られない。しかしその変化は少しずつ、着実に往還機を上空へと持ち上げていった。最初の一秒で、僅か数センチ浮き上がっただけの往還機は、十秒後にはその高度は一メートル以上に、一分後には自機の全長を越え、六十メートル近くに迄達した。毎秒五メートルの割合で西に進む往還機はゆっくりとその先端を東の方向へと倒して行く。

 五分後、高度千五百メートル程に達したコックピットにラムーのアナウンスが発せられる。

「これより、前方に重力場の傾斜を発生。アトランティスに向けて加速します。目標までの距離は約一万七千キロメートル。到達予想時刻は二十四時間後」

「続行」

 外から観察する者には、その往還機の動きは奇妙なものに思えただろう。数秒間隔で速度が上がっていくのだ。例えれば水面上を移動する昆虫の様に、一時加速したかと思えば暫くは速度を維持し、再び加速し……という事を繰り返しながら少しずつその速度を上げていったのだ。しかし、コックピットに居るテツロウは常に自由落下の状態にあるため、そのような律動は感じなかった。ムー上空では足下に見える建築物の動きに、その律動を意識する事もあったが、海上に出てからは、比較のための目立った対象が無いため、意識する事さえ失くなった。

 ムーを発って一時間程経った頃、ラムーはテツロウに声を掛けた。

「気象状況も安定してますし、暫く休んではどうですか?」

 どこまでも続く海と空の光景に魅入っていたテツロウは、ラムーの言う事を半ば上の空で聞いていた。

「ああ、もう少ししたらそうさせて貰う」

 テツロウは濃淡の違う青い世界を何時迄も堪能したのだった。


 アトラスの支援を得たアカネは、漸く宇宙へ行くための手段、宇宙船の格納庫を発見した。それはメガフロートへの移民が完了してから五百年後には完成したと記録には残されていた。だが、完成したこの船にテスト飛行以外の利用歴は無かった。他に建造された記録も無かった事にアカネは疑惑を覚えた。先日アトラスに問い質した事とも相俟って、アカネの中に大きなしこりとなっていたのだ。

 何らかの妨害行為が働いていた。

 それが、アトラスの出した推測だった。

 折角開発した技術を、突然興味を無くしたように放り出した事も。

 アトランティスを管理・運用する筈の装置が故障したまま放置された事も。

 にも拘らず、維持計画が始動するまで、人びとがアトランティスで生き長らえた事も。

 何者かの妨害、少なくとも介入がある事にアカネは確信を抱いていた。長期に渡る介入がある事で、組織的なものを考えたアカネだったが、神官ヌクレテウスをはじめとした神官達の誰に聞いてもそのような組織は無いという。アトラスに徹底的に調べてもらっても、その様な介入計画はどこにも残されてはいなかった。

 メガフロート崩壊が迫るなか、それ以上の時間を捻出する事が出来なかったアカネは、追求を一時断念した。軌道上からアトランティス維持に必要なものを採掘した後、再度調査を進める事にしたアカネは、第一の目標であるムーの様子を確認するため、宇宙船を発進させたのだった。


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