静まりかえった惑星(ほし)で
「なあ、ラムー。今回の整備が成功したとして、その次の整備はどうするつもりだ?」
テツロウの問いにラムーは沈黙した。ラムーの話から、かつて自分は既に仮死状態で、このメガフロート計画に参画させられていた事を知ったテツロウのこの問いに、応える術を持たないラムーだった。テツロウの失なわれた記憶について、ラムーは何の情報も持っていなかったのだ。
「過去の俺が何故この話に乗ったのか、当時の記憶は無いし記録にも残ってないから分らない。だから、少くとも今回はかつての俺が自発的に参画したと仮定して、この計画には協力しよう。だが、次回はどうする。今のままだたと俺は協力できない」
テツロウには今の人の在り方が良くないものに思えた。ただただ生き延びさせられているだけで、人自身の意志が見えなかったのだ。逆に、良く一万年も人が存続できたものだ、と感心すらしていた。
「今までに暴動や内乱とか、自殺志願者の増加とか無かったのか?」
目的も無く生きる事の虚しさから、そういった反抗は起こりがちだ。些細な切っ掛けから人が自壊する事は多々ある。
案の定、ラムーの答えは肯定だった。その時、メガフロートの維持システムは人の自主性を抑止する計画を発動したのだった。具体的には脳内に特殊なチップを埋め込んだのだ。通常であればそれが機能する事は無い。だが、反社会的あるいは自殺の衝動に駆られた時、チップは脳を制御し衝動を抑え、その元になった記憶を部分的に消去したのだ。
「酷いな……」
予想以上に酷い対応に呆れたテツロウはその感想を隠さなかった。
「それは、解除可能か?」
嫌悪感を隠さず聞いたテツロウに対しラムーが可能と答えた事で、取り敢えず安堵したようだ。
「で話を戻すぞ。人を何時迄、この脆弱な揺り籠で眠らすつもりだ?」
「……人の脅威が消えさる迄です」
「それを実現する為の行動あるいは計画は?」
また黙り込むラムーに、諦めに似た溜息を吐くテツロウは目を瞑って考え込む。ラムーは環境に適応できるし自律的に思考する。今迄は人を生き延びさせるという課題を与えられていた。なら、新たな課題を与えれば良いのでは。
「ラムー。ラムーにとって人のあるべき状態とはどんなものだ?」
今度の沈黙は長くはなかった。
「われわれの様な存在を建造しうる、知性と情熱と発想と努力を持っているのが、あるべき状態だと考えます」
テツロウは相槌を返すように首を縦に振る。ならば、と次の問い掛けをラムーに投げた。
「その為にラムーにできる事は何だ?」
やや長い沈黙の後、ラムーは答えた。
「人に新たな目標や計画を提示する事。たとえば新天地を探す、あるいは創る、でしょうか。人が、どこまでも拡がっていけるような」
ラムーの答えに、テツロウは大きく頷いた。それが実現可能かどうかではない。実現途中で人が亡びたとしても、それにどう対処したか。最後まで人らしくあり続けたか、それが大事な事だとテツロウは考えたのだ。
「であれば、それに向って今何ができるか考えよう。まずは、その目標に辿り着くために、整備の問題を片づけないとな。内容を教えてくれないか」
漸く前向きな気持ちで、一万年前に立てられた目標に立ち向かうことができるようになったテツロウは、整備計画の内容をラムーに問う。
「メガフロートの構造材は、全てで自己修復機能を備えてます。これは極めて高効率な再循環システムと把えてもらって構いません。ただ、幾ら高効率とはいえ、損失は無視できません。なので、補修用の資材は備蓄していました。ですが、その備蓄も……」
「無限では無い。今まさにその備蓄が切れかかっている訳だ」
「その通りです」
難題だな、とテツロウは唸る。それがどんな材料から出来ているかは一先ず置くとしても、何処から調達するかというのは大問題だった。再調査してみないと分らないが、未だこの母星の全ての大地が、侵蝕体に汚染されたままなら、海底以外に調達先は無いようにテツロウには思えた。だが、ここは大洋のど真ん中。深さだって簡単に手の届く処には無い。
「計画では何処から調達する事になってるんだ?」
それに対するラムーの答えは意外なものだった。
「宇宙、この母星唯一の衛星軌道上の重力ポテンシャル均衡点になります」
宇宙、とテツロウは反復した。何故、という疑問がテツロウの脳裏を過る。
「何故宇宙なのか、計画書にその理由は書かれているか?」
ある予想が頭の中に浮んだテツロウに対するラムーの回答は、やはりそうかと彼に思わせた。
「海底への侵蝕体の汚染状況が予測できないため、必要な資源を含有した近傍の小惑星をこの均衡点に移動した、とあります」
海底の汚染の事はテツロウ考えていなかった。それは、計画立案者達にとってはどうでも良い事だった筈だ。彼等にとってこの計画の目的は、宇宙へ目を向けさせる事だ、とテツロウは感じた。
多分、立案当時、できるだけ大くの人を侵蝕体から遠ざける手段は、海上への脱出しかなかったのだろう。だが、それでは人は大して増える事もできないし発展もできない。そこで終っては欲しくなかった彼等は、何時か宇宙へと目を向けるように目印を設置したのだ。遅くとも一万年後には気付くようにと。
そう考えたテツロウはラムーに静かに問いかける。
「均衡点にはどれだけの量が置かれてるんだ? そこへ行く手段はあるのか? あるいはそれを製造するための設計書や設備は?」
「このメガフロートクラスの建造物が十基以上は建造できるだけの量がある、と記載されています」
そうだろう、そうだろう、とテツロウは嬉しくなってニンマリとした。
「また、メガフロート建造当時、概念設計の段階にあった重力推進に関して、その後数百年に渡ってここで研究されたものが、詳細設計として残されています。また、それを利用した乗り物を建造するための資材は他の目的に利用する事を禁じられています」
「で、設備は?」
「あります」
テツロウは、彼がこの役務に着いた本当の目的を、そうとは知らないまま成し遂げたようだ。
「今から建造し始めてどれ位の時間が必要だ? それは有人無人、どっちだ?」
どちらにもメリット・デメリットある。いや、ラムーの様な存在に誘導させるのなら無人の方がメリットが大きいか、と思考を巡らすテツロウの意識を、ラムーが引き戻す。
「建造には試験を含めて三ヶ月。私のコピーを搭載した、有人機です」
ラムーは自ら学び、考え、判断するが、それは与えられた課題に対してだ。新たな課題を設定するのは人でなければならなかった。宇宙のような通信遅延のある場所では、咄嗟の課題変更の為には有人である必要がある。そう認識したテツロウは、ラムーと共に計画を開始する事にした。
「よし、これから始めるぞ、相棒。宜しく頼む」
あれから、メガフロート計画書を読み込み、原料の入手先がこの母星唯一の衛星の軌道にある事を知ったアカネだったが、そこへ行くための手段で躓いていた。メガフロートの構造材は奇跡的に機能していたが、それを監視・制御するための装置が機能不全を起しているのか、反応しないのだった。そのため、採取手段の有無が確認できていなかった。ヌクレテウスら神官の手を借りて、それらしい装置の確認まではできた。だが、それを起動するには至ってはいなかったのだ。
アカネは今日も整備マニュアルを片手に装置の内部を確認していた。
「うーん。この基盤の配線は問題無いみたいね。入力と出力は……問題無し。それじゃあ次」
テスターを着けたり外したりしながら、基盤を一つ一つ確認してゆくアカネの表情は暗い。確認し終えたのはこの一月で二割程度だ。それに、全ての基盤に問題がなかった場合、次にどうすべきかの指針が見えない。というか、途方もない量の検査項目があり、その全てを確認し終えるのと、メガフロートの崩壊のどちらが先に来るのか、予想がつかなかったのだ。
「もう、『こんな時には』のページ位用意しておいてよ」
と、このマニュアルの作成者を呪いながら、次の基盤へと手を延すアカネに背後から声が掛かった。
「一息入れませんか? アカネさん」
振り返ったアカネはポットとカップを載せたトレーを持った神官ヌクレテウスを認めると溜息を吐く。
「ヌクレテウス。ここには飲食物を持ち込まないでと、お願いした筈ですが」
今迄に何度も頼んだのだが、彼には一向に改むる様子が見られなかったのだ。そして、アカネに注意される度、好意を無碍にされ傷付いた様な表情を浮べる。
私が悪いの!?
内心の苛立ちを抑え、もう何回目になるか分らなくなった注意をした。
「この場所は、水分を非常に嫌います。食べ物の欠片もです。お誘いくだされば、わたしがそちらへ行きますから、どうか飲食物の持ち込みは止めて下さい」
「申し訳ありません……アカネさまの移動の時間がもったいないと思ったのですが……」
そう、あくまで厚意だというのが厄介だったのだ。ためにアカネも強く言えずにいる。それが、一向に改められない原因だったのかもしれない。
「休憩室へ上りましょう」
或いは正直に言った方が良かったのかもしれない。修復不能な迄に斯の装置が故障するかも知れない、そうなればアトランティスは近い将来海に沈む事になる、とアカネはいつも考える。だが、それは脅迫している様で嫌だったため、未だにこのやり取りが続いていたのだった。
整備計画を開始してから一月。目の前で重力推進エンジンが組み立てられていく光景を見ながら、テツロウは以前から疑問に思っていた事をラムーに訊ねた。
「ラムー。アトランティスの状況って判るか?」
建造設備の立てる音に邪魔されない様に装着したインカムにテツロウは声を吹き込む。ラムーの応答がヘッドホンから耳に流れてきた。
「五千年前までは交信があったのですが、今は途絶えています」
渋い顔をするテツロウにラムーは続けた。
「どうも、静止衛星軌道上の通信衛星に何らかの障害が発生したらしく、以降の交信は途絶えました」
「その、交信はできなくても電離層で反射する電波なんかは捉えられないのか?」
大陸の向こうにある大洋上からであれば、直接の交信は無理だろうと納得するテツロウだったが、ついでとばかりに聞いてみた。
「微かに、有るか無いか程度の、微妙な反応はありますが……」
言い切らないラムーに、テツロウは直言した。
「もう沈んでると思うか?」
「それは無いでしょう」
「何故?」
「メガフロートの自己修復機能は、それ自体が自律的です。補填が有る限り機能不全になる事はありません」
ふむ、と声を漏らし考えを巡らせるテツロウに小さな音声でラムーは付け加える。
「ただ、住人がどうなったかまでは分りませんが……」
険しい顔になったテツロウは
「宇宙へ出る前にアトランティスの確認が必要だな」
と呟くのだった。




