人の行く末
戦火で荒れ果てたその惑星を、哲朗と茜は遥か上空から眺めていた。この惑星には幾度か訪れ、問題が起きそうな時には重要人物への示唆を与えていた。しかしその甲斐もなく、今惑星毎、人類は途絶えてしまったのだった。
こうした現象はこの惑星が最初ではなかったし、まだまだこれで最後という確証はなかった。だが、ここまで来るのに高々五千年しか経過していない事を想うと、二人の胸中には何故か虚しい風が吹き抜けるのだった。
「平行世界P1207世界はこれで終りだな」
哲朗の、無しか含まない声色は惑星の終焉に対して何の感慨も無いように聞こえる。しかし、茜が受け止める彼の心情は全く異なったものとなる。
茜から見たこの世界は非常に不安定で、だからこそ、哲朗も茜もこの世界への接触は幾度も幾度も行なわれたのだ。しかし、この様な結末について、自身の力不足を嘆くべきなのか、それとも人の限界と見るべきなのか、判断がつかなかったのだ。
二人とも、許される限りの全力を持ってこの世界の人びとに助力したと思っているのにこの結果だ。自分達が未熟だった。と言い切るには、数千年に渡る経験は大きすぎた。だからといって、人は元々これ程愚かなものだなのだ、とも思いたくは無かったのだ。
無を装う哲朗も、きっと同じ思いだろう、と茜は彼の心を慮る。もっと出来た筈なのに、という悔恨と、こんなものだろう、という諦めがないまざり、結果として無にならざるを得ない彼の気持ちに寄り添う茜だったのだ。
「P1208へ渡る前にヴァルホルへ寄ろう。この前の情報から新な手掛りが掴めてるかもしれないし、ディアナが戻ってるかもしれない」
無のままの哲朗の声に茜は、労わるように返事をした。
「えぇ、そうしましょう? たまには三人でお茶でもしましょう」
茜の想いを汲み取った哲朗は、微かに態度を柔らげ、無理矢理作ったような笑みを顔に貼り付ける。そして二人は手と手を繋いだまま、ヴァルホルの世界へと転移していった。彼等の去った惑星の夜空に架かる夥しい星群の更に向こう側、二人の母星の世界へと向かって……
幾つもの世界の人びとが、自分達の銀河を越えられず自滅していった。
ディアナが種を蒔いた世界はPから始まる番号で呼んでいた三人だったが、P1207で、自滅した世界は 1000 に達したのだった。
哲朗と茜の居たムーとアトランティスの世界、P0001とP0002は千年も保たずに滅亡していた。
P番号を冠した世界はP9001が最後だった。残るは 8000 の世界。これを多いとみるか、絶望と見るか。
「P1207は現存するP世界の中で一番古い、言い換えればメガフロート計画発動から一万六千年は経過した、先頭を走るP世界だった。他のP世界でその向こうに辿り着いた人類はまだいない」
哲朗が重苦しい口調で語り始める。三人が一つのテーブルを囲んで報告と検討をしている席での事だった。
「これでP世界の 11% が失われた事になる。その原因も表面的なものなら分かる。食料、鉱石、土地、つまり資源の奪い合い、独占だ」
一層昏くなる哲朗の声に、他の二人は無反応だった。
「何故! 資源は他の銀河にもあるというのに! 何故外に目を向けないんだ!」
テーブルに拳を振るい落す哲朗は、すんでの処でその動きを止めた。
「……何か他の原因があるのか?」
囁かれた哲朗の言葉。
「今迄接触してきた人達に、哲朗さんが言った以外の共通の特徴は見られなかったわ……」
同じように囁く茜。
三人の居る部屋の重苦しい空気は粘度を増し、三人に身動きひとつ許さない雰囲気を醸成していた。
「でも、それが人の限界だとは思わないわ。何故なら、私達三人という例外が居るから。今や数百億といる人の中で例外が、たった三人という事は無い筈でしょう?」
その場の沈鬱な空気を柔らげる様にディアナが言葉を発する。それは、協力者を得ながらではあるが、たった一人で一万年以上の計画を推進してきた彼女の自負や矜持がもたらす、重みのある言葉だった。
「……ああ、確かに。だとしたら……」
「わたし達がその例外的な人を見付けられていないか、見付けていたとしても効果的な誘導が出来ていないかもしれない、という事ね」
哲朗と茜は力無く頷く。それは自身の力不足を思い知らされる事だとは理解した者の肯定、つまり自身の否定だった。その様子に馴染みのあるディアナは、苦痛と綯い交ぜになった笑みを浮べる。
「勘違いしないでね? 貴方達二人に能力が無いと言ってる訳じゃないの。私は数万の世界を訪れた。けれど種を蒔けた世界は 9000位しかなかったわ。貴方達二人以外にも例外となる人はもっと居た筈なのにね……言いたい事は一つよ。まだ諦めないで。それだけ」
哲朗と茜は目の前の女性を見る。メガフロート計画を立ち上げ百万人単位とはいえ人類を侵蝕体から逃れさせ、重力推進機関をもたらす事で人の目を外へ向けさせ、マシナリィ技術で人に外へ拡がる道程を示してきた女性を。
「泣き言を言ってる場合じゃなかったか。ただ事態は逼迫してると俺は思ってる。残る 8000 の世界の人びとを賭け金にする訳にはいかない。早急に例外的な人びとを見付けなければ。あと、何か大本となる原因があるなら、それを潰さないと」
まだまだ弱々しいながらも、哲朗の目には挑戦の焔が宿り始めた。
「原因については私が調べる。だから二人は残る 8000 の世界の見守りと例外の捜索をお願いするわ」
今後の方針を告げるディアナに、哲朗と茜は無言で頷いた。
だが、ラムーからもたらされる侵蝕体の情報に気になるものがあるし、という声にならない声で囁かれたディアナの呟きは、哲朗と茜の耳には届かなかった。
何が人の足首に枷を嵌めているのだろう、それがディアナの疑問だった。人はあまりにも自分の居場所に執着しすぎる、と彼女は考えていたのだ。それは、偶然とはいえ、根無し草のような人生を送ってきた彼女ならではの見解かもしれないし、彼女自身も自分の特殊性は理解しているつもりだった。
それでも、と、彼女は想う。
外により良い活路があるのなら、そこへ自身を投機するのは分の悪い賭ではないのに、と。
一万年以上生きてきた彼女は、そんな想いを少しずつ深めてきたのだ。人の、呪いの様なその執着には何か原因があるのではないか、と。その糸口はアヴァにある、というのはディアナの直感だった。
だから、囚われた哲朗の意識からもたらされるラムーの情報に、彼女に強い関心を寄せるのだ。ゆえに、ラムーの情報にクルーガーやアーノルドの名が挙げられた事が気になったのだ。
「彼等の生きてる間にヴァルキリア並のマシナリィが作製される筈は無いし、彼等が侵蝕体に接触するとも思えない。なら何故彼等はイーデンに居るの?」
彼等は囚われた哲朗が認識できたことから確実にP0001の世界の彼等の筈だった。その世界の外へ目を向けた人びとは、だが未熟な技術と絶対数の少なさゆえ、人の精神や心を乗せる期待の開発はできなかった。母星圏に残った人類はメガフロートやアスガルドで、僅か千年というその種としての生涯を終えたし、侵蝕体はそこまで範囲を広げていはいない。なのに何故。あれは死者の意識や心まで取り込むとでも言うのだろうか。
そんな疑問を抱えながら、時は更に過ぎていったのだった。
「P7998は、無事隣の矮小銀河へ出立できたな」
そう言いながら、戦火によって荒れ果てたその惑星の大地に立つ哲朗は、隣に立つ茜を見た。
「ええ、酷い争いはあったけれど、何とか間に合ったみたい」
彼女の目も残骸となった都市を見詰めていた。
「でも、争いを止める事はできなかったわ。今出立したのは、高々数百人。この惑星の人は絶滅したわ。ここ以外のこの銀河のそこかしこで争いは続いているのよ」
悲し気に揺れる茜の目は、残骸の下に埋もれる者達へと向けられているようだった。
「マシナライズして必要となるものなど、殆ど無い筈なのに、なんでこうも奪い合わなけらばならないのかしら」
「それが、何時かディアナが言ってた呪いなのかも知れない」
P1207が亡びてから、哲朗と茜の時間で数万年の時が過ぎていた。残るP世界は三分の一を切っている。この世界、P7998はP1207より一万年は生き存えた。その結果、やっと数百人の生き残りが生まれたのだった。
「それでもやっと、次へ続く道が見付かったんだ。彼等の持つ人体データから次世代は生まれていくさ。そうして生まれた子を育て、教育し、マシナライズして新たな大地へ拡散していく。そう信じようじゃないか」
「ええ、そうね。信じるしか」
人は既に人工子宮などを通さず、遺伝子情報の掛け合せから新たな子を生み出す方法を確立していた。そしてその子に宿る精神を鍛え、新しいマシナリィへと移植し、生存圏を拡大していたのだった。それを人と呼んで良いのか、哲朗にも茜にも、そしてディアナにも分からない。だが、星々の間はそれ程にまで遠かったのだ。
哲朗達が受けていた仮死の技術は精々一万年程度しか人体を生き長らえさせない。光の速さで移動したとしても、この銀河の僅か 10% の距離しか進めないのだ。銀河の外へ向うには、精神の移植に頼るより他なかった。
「まあ、この身体も無補修という訳にはいかないが、人の身体よりは容易だからな」
コンコン、と自分の胸を叩く哲朗の口調は苦い。
「侵蝕体という脅威が無ければもっと違った道があったかもしれない。けど、俺達はそんな世界に生れてしまったんだ」
人が種として生き延びるには、仕方のない選択だった、という彼の言葉は口に出る事はなかった。だが、その想いは茜には届いていた。その哲朗の想いが酷く苦いものだという事と共に。
二人の活動は更に数万年に渡って続けられた。その活動によって、ディアナが種を蒔いたP世界で生き残った人類は総勢で億を越えた。生き残った人の間に生れた新世代を含めるとその数は更に増えるだろう。
この時点で哲朗達の選択肢は二つあった。このまま、人類の行く末を見守るか、それとも手を引くか。
「俺は、これ以上の干渉は必要ないと思う。今でも過干渉だという自覚があるし、ここ迄が俺が見たかった事だ。ディアナはどう思う?」
哲朗の澄み切った目をディアナは見詰めた。
「我儘ね。でも、私も我儘さについては相当なものだという自覚はあるわ。茜はどう? ここで手を引く?」
若干からかうような調子で茜を見るディアナ。
「わたしは、もう少し見守っていたいけれど。でも、それは本当に見守るだけよ。手を出そうとはもう思わない」
子育ての意識が強いのだろう茜の意見は、しかし巣立ち終えた我が子がどの様に成長していくのか楽しみにしている母親の様だった。
「そうね。では、私もそうしましょう。あとは見守るだけ。彼等に手出しはしない」
同意を求めるディアナに、哲朗と茜の二人は頷きを返す。
「でも、」
と続けるディアナに向けられる二人の目は、その先に続く言葉を知っていながら促していた。
「ふふっ。二人とも察しが良いわね。そう、あの呪いの元は解明したいし、できれば潰しておきたい。二人とも手伝ってくれるかしら?」
哲朗と茜は、当然というように深く、深く、頷いたのだった。




