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恋人たちの永い遍歴  作者: のーりみっと
イーデンとヘブン
15/20

平行世界の故郷へ

 哲朗と茜が人の行く末を見守り始めてから数年経った頃、最初のアスガルドが打ち上げられた世界で決定的な変革が興る。後に母星回帰運動と呼ばれたそれは、母星でその最後を迎えようとする者・回帰派と(そら)を越えて先へと進む者・宇宙派の分離を促進した。

 初めの内はアスガルドに住む人びとの母星のメガフロートへの移動願という、至極真っ当な権利の行使だった。ただ、母星への回帰を願う者にしても、母星に閉じ籠れれば良いという者から、資源を確保するため第一衛星の軌道までを生存圏と主張する者まで様々だった。後者にとって、アスガルドは資源採掘の前線基地として必要不可欠のものと認識されていたのだ。できれば、アスガルドを占有したい、それが彼等の思惑だった。

 だが、宇宙派にとってもアスガルドは出発点としてまだまだ重要な位置を占めていた。今の彼等の技術と資源では、宙へと生存圏を拡大して行くのは心許ない。準備が整うまでは、アスガルドを確保しておきたかった。

 こうして、回帰派の一部と宇宙派の間でアスガルドを巡る争いが始まったのだ。

 こうした動きが介入者によるものかどうか、哲朗と茜の二人には判断が付かなかった。が、二人とってそれは瑣末な事にしか過ぎなかった。心情的には宇宙派であり、人の持つ可能性を宙に見出している二人は回帰派の人びとにも宙に、そして人の可能性に目を向けて欲しいと思っているし、必要とあればかつてそうした様な示唆を行うことも(やぶさ)かではなかった。ただ、その様な行動は介入者と同じ根源──自分の仲間を増やしたいという思いから発しているのと分かっているから、介入者へ対抗しようとも調べようとも思わなかった。それよりも、両派の争いが激化せず、双方が極端な不利益を被らないよう注意深く見守る事を二人は選んだのだ。


「宇宙派の連中はアスガルドから追い出してしまえばいい! 奴等はどこへとも好きな所へ行けばいいのさ!」

 そう叫んでいるのはクルーガーだった。そこは職員の為の食堂で、勤務の終った彼は酒を呷りながら気勢を上げていた。

 彼の横には、一人の男性がグラスを満たした琥珀色の酒を一口、口に含む。

「ああ。そうすれば清々するだろう。ああいう連中に嫌な目で睨まれる事もなくなるだろうさ」

「おお、分ってるじゃないか! その通りなんだ。あいつらの僕を見る目ときたら……」

 クルーガーは男の肩を叩きながら言い募る。

「それで、資源採掘・運搬はマシナリィにやらせるんだろう? まあ、問題ないんだろうけど、現状、あれ(マシナリィ)はどれ位の期間、保つんだっけ? あと数はどれ位あって生産体制はどうなってたっけ?」

 その男の何気ない質問に、クルーガーは一瞬沈黙した。

「……一体あたり整備をちゃんとすれば……年は保つ。今稼動できるのは……体。年間の生産数は……資源が絶える事が無ければ……」

 重要な数字をぼやかして話すクルーガーの声は、だんだんと小さくなり自信が無くなってゆく。そんな様子に頓着する事無く男はあっけらかんとした声で続けた。

「ああ、ちゃんと考えられてるなら大丈夫だな!」

 ああそうだな、と呟いたクルーガーがよろける足どりで食堂を出て行くのを見届けた男はグラスの中の液体を飲み干した。

「哲朗さん。彼は上手くいきそう?」

 何時のまにか男の横、先程までクルーガーの座っていた席に座った一人の女が男に声を掛けた。

「茜か。分らないな。こういう誘導みたいな真似はした事が無いから。そっちはどうだい?」

 男──哲朗の目に映る女の顔貌(かおかたち)は茜のものだった。しかし、茜の目に映る男のそれ(顔貌)は、哲朗とは似ても似つかないものだった。

「わたしも、こういうスパイみたいな真似なんて経験ないから。良いところで半分の上手くいけば良い方じゃないかしら。それにしてもこの身体、使い方を知れば知る程、とんでもないものだと思わない? 貴方、全くの別人よ?」

「ああ、まったくだ」

 失踪した事になっている哲朗がこの世界で活動するため変装していたのだが、それはヴァルキリアの機能に依っていた。哲朗が明確に意識すればヴァルキリアの外観は如何様にも変えられるのだ。彼はその機能を駆使し、古巣であるムーの世界のアスガルドへと潜入し、回帰派の急先鋒であるクルーガーへ接触していたのだった。

「話は変わるが。君の居た世界(アトランティス)の方は一段落ついたし、ディアナが維持計画を立てた世界はここより数年の時間的余裕がある。この際、一度母星へ降りてみようと思ってるけど、君はどうする?」

 哲朗の真意を読み取ろうと茜は彼の目をじっと見詰めた。

「母星のメガフロートの様子を窺うだけではないのでしょう? 何をしようとしてるのかしら?」

 茜の視線を一度外した哲朗は、しばらく目を瞑った後、彼女を見詰めなおす。

「できればだが……侵蝕体の調査をしたいと思っている。あれが何なのか。消える可能性があるのかどうか。あるとしたらいつ頃なのか。それを知らないと何時迄メガフロートを監視しなければいけないのか判断できない……」

 哲朗の目をじっと見詰めていた茜は、時を置いて小さく頭を縦に振った。

「そうね。でも、ヴァルホルの事を考えると、一万年後でもあれは消えてなくなりそうにはないけど……」

「まあ、そうだな。でも、あれが何なのか、可能なら知っておきたい。科学者としての業かな」

 ふっ、と口元を緩めた哲朗の表情は照れ隠しをしているように茜には見えた。茜も彼につられるように笑みを浮べる。

「私も科学者の端くれのつもり。そんな面白そうな事、貴方に独占させておく訳にはいかないわ」

 茜は、どこまでも哲朗についてゆくという意志を明確にしたのだった。


 その日、哲朗と茜は哲朗にとってのムーの海岸線を取り巻く岸壁に立っていた。アスガルドのアドミニスターに発行させた二人の身分証は、彼等を無事ムーへとつれてきたのだった。入管を済ませた二人は、取り敢えずムーの南端となる海岸線へと走った。交通機関による足どりを消すため、文字通り自らの足で走破したのだった。

「さて。ここからなら、ハワイでも合衆国でも、オーストラリアでも東南アジアでも日本でも、お好みの場所へ行けるけど。どうする?」

 茜がからかう様に哲朗に尋ねる。思わず浮べてしまう微苦笑を哲朗は茜に向けた。

「それなら我らが故郷、日本へ行こう。で、問題無いよな?」

 神妙な顔でお伺いを立てる哲朗に茜は頷いた。

「じゃ、俺より一分だけ後をついて来てくれないか?」

 哲朗の発言に眉を寄せ、機嫌が急降下する茜を見て哲朗は慌てて言い訳を繰り出した。

「いやいや! そうじゃなくて! 俺に何かあった時、俺を助けてくれっていう意味だから! 機嫌を損ねないで! お願い!」

「……分かったわ。でも貴方一人、どうにかなってしまうなんて許さないから。その時は二人一緒よ!」

 必死の哲朗の弁明に渋々機嫌を直す茜は、一言釘を差すのを忘れなかったのだった。

 何度も頷き返した哲朗は茜の顔色を伺いながら北西の方向へ向き合う。もう一度茜に顔を向けた哲朗は、ヴァルキリアに内蔵された重力推進機関を操り空中へと浮揚する。百キログラムを越えない身体は僅かな重力場操作で瞬く間に北西の空へと消えていった。茜はきっかり一分後、同様の重力場操作を行い、哲朗の後を追うのだった。


「はは、これは凄いな……」

 身体であるヴァルキリアのレーダー機能を視覚として認識できた哲朗は、その多機能ぶりに呆れていた。まさしく自分の一分後方に茜が居るのを、彼は全球モニターの如く視覚として認識していたのだ。

 ヴァルキリアの"目"は上下左右前後、死角というものが無い。普段は人としての視野だけを認識できるが、意識すれば全方位が視野と化すのだ。慣れない内はその広さに酔っていたが、今では慣れてしまった筈の哲朗だ。それでもこうして発動してみて、改めて驚嘆の念を覚えるのだった。

 茜がきっちりついて来ているのを確認した哲朗は、日本へと向け亜音速で飛行を続ける。超音速での飛行に最適化されていないヴァルキリアの身体では、熱的に保たないかもしれないからだ。

 飛行する事数時間、日の出を迎えるその列島に哲朗は辿り着いた。彼はかつて、別の世界で自身が所属していた国立科学研究所の跡地へと向った。

 そこで彼が目にしたものは……

 黒く蠢く何か、だった。

 哲朗は、ヴァルキリアの有する全ての機能を使いその何かを走査した。その範囲は可能な限り全ての波長の電磁波──超長波から電波、赤外、可視光領域に及び、更には紫外、X線からγ線に至るまで及んだ。それと同時に、電波に依らない、中性子線やニュートリノ、α線や重力波、次元震動など、観測できるものは全て観測したのだ。その中で、哲朗はある二つの信号に興味を持った。

 一つは脳波に於けるデルタ波といわれるものだった。深い眠りについた者の特徴的な脳波が何故か観測されていた。

 もう一つはクロノストーン発動時の次元震動だった。なぜ、次元震動が観測されるのか。哲朗は後方に居る茜に問い掛けた。

『次元震動が分るか? 何故だと思う?』

 茜の回答は簡潔だった。

『震動は確認。何故を問うには情報が足りない』

 そうだな、と返した哲朗は更に接近する事にした。

『δ波に似た信号も気になる。もう少し接近してみる。俺に何かあった時、即座に対応が取れるようにしてくれると嬉しいんだけど』

 含み笑いを堪えるような茜からの通信が哲朗に届いた。

『今直ぐ貴方の居るところへ行くから、少しだけ待ってて』

 きっちり一分後、茜は哲朗の傍へとやってきた。

「それで、何をすれば良いの?」

 肉声による茜の問いに、哲朗の目は彼女を捉える。

「……俺との通信が途絶えたら、直ぐ様引っ張りあげて欲しい。そんな事態にならない事を祈ってるけど、そうならないとは限らないから…」

 一緒に行きたい想いを堪えた茜は、哲朗に頷いた。それを確認した哲朗は茜に感謝するように頷いた後、眼下の侵蝕体へと接近するのだった。


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