調整
そのメガフロートは建造から一万年近くを経て、そろそろ自己修復素材の耐用年数を迎えようとしていた。メガフロートのアドミニスタールームに突如現れたディアナは警告を受ける事は無く、その中枢部へと進んでゆく。
ディアナが辿り着いたのは、アドミニスターのメインコンソールだった。正面のディスプレイにはメガフロートの各部の状態が表示されたいた。一部の構造体は危険域である事を示す、赤いシグナルが点灯している。
コンソールを操作し外部記憶装置からの入力可能にしたディアナは、入力装置に自身に右掌を翳した。
「メインアドミニスターに指示。外部記憶装置から、維持計画TA001に関する全てのプログラムとデータをダウンロード。検証後、状況に合わせた計画立案を実施」
ディスプレイにダウンロードと検証の進行状況が表示されていく。非接触型の入力装置は一切の音がしない。しばらく無音の時が過ぎる。やがて、進行状況が100%になり、ディアナはそっと右掌を入力装置から離す。
彼女がアドミニスターに与えたものは、計画の基本プログラムと、実施例のデータだった。哲朗と茜の行動を元に、どの様な結果を齎すべきかの指針を与えるプログラムと、二人が直面した環境についてのデータだった。アドミニスターが只の計算機であったなら、たったそれだけのプログラムとデータから、維持計画を実施するのは困難だっただろう。だが、アドミニスターは環境から学習し、指示さえあれば自己の裁量で計画を立案・実施できる能力を持っていた。目指すべき方向性を与えられれば良いのだ。そしてディアナが今与えたプログラムとデータは、アドミニスターが自身の環境に置き換えて計画を立案するために必要なもの全てが含まれていたのだった。
ディスプレイに、アドミニスターの維持計画についての立案状況を表示させたディアナはその内容を吟味する。疑問に思った点には、アドミニスターに説明を求め、もっと良い方法があると思われる点については対案を提示する。環境の変化を何通りもシミュレートさせ、それぞれに対する計画を立案させる。
そうして、アドミニスターとディアナの間の議論が収束する頃には、このメガフロートについてのかなり余裕を持たせた維持計画が完成していた。
完成した維持計画──人を宇宙へ飛び立たせるための計画を確認したディアナは、一人別の平行世界へと渡っていくのだった。
ディアナは、同じ事を既に何百と繰り返していた。維持計画が今直にでも必要となりそうな平行世界を優先的に訪ずれ、その世界のメガフロートのアドミニスターに立案・実施させてきたのだ。彼女が立ち上げたメガフロート計画が実施されている平行世界の内、その様な世界はあと数百はあるだろう。それでも彼女は、倦まず弛まず維持計画を拡げていった。
維持計画を乗り越え、再び宇宙へと目を向け始めた世界で、彼女は宇宙への足掛かりとなる人工植民衛星計画を立ち上げ、マシナリィ計画を立ち上げて行く。勿論表立っては活動しない。しかし、何らかの技術的停滞に陥いった世界に於いては陰に技術誘導を行なっていた。その誘導の結果を他の世界のアドミニスター達へとフィードバックし、彼女が直接関与しなくても、計画が進行するよう画策していく。そうやって、宇宙へと生存圏を拡げていく人類を、哲朗と茜に委ねていったのだ。
彼女がメガフロート計画を実施した平行世界は、万の単位に至る。母星に人が生れ、侵蝕体に蝕まれる前の世界は、それだけあったのだ。
だが、ディアナにとっての今現在人が生存している世界はその内の一万に届かない。残りの世界は、介入者の影響の有無に拘わらず、人は自壊していったのだった。
それでも彼女はまだ諦めてはいなかった。
彼女のその原動力はどこから来るものなのか。それは人類の可能な限りの存続だったのかもしれない。それを人は彼女のエゴと呼ぶのかもしれない。介入者からしてみれば、正にその通りだったのだろう。それでも、彼女はひたすら平行世界を渡り歩き、様々な計画を拡げていく。
彼女のその行動が人びとに知られれば、或いは救世主と呼ばれたのかも知れない。しかし、彼女は表に出る事は殆ど無かった。彼女な名は、メガフロート計画と、マシナリィ計画に少しだけ名を残すのみだった。彼女は自ら救世主たろうとはしなかったし、その器では無いと自覚していたし、そう呼ばれる事を忌避していた。
彼女の目的は唯一つ、哲朗と茜を人の世の果へと導く事だったのだから。




