マシナライズ(後)
再びディアナの部屋へと戻った三人は椅子に腰を落ち着けていた。
「さて、二人をこの世界へと連れてきた手段と、私が長命に見える秘密を見てもらいました。ここからは、何故このような事をしているのか、そして何故二人に今の役目を与えたのかお話します」
淹れ直したコーヒーを口に含んだディアナはそう告げた。
「直接の原因は侵蝕体の蔓延です。これは人のいるどの平行世界でも、少なくとも私が直接関与した数千の平行世界では、ある時を境に出現し、やがて人の住む大地を覆い尽くしてゆきました。ある世界では、人は全て飲み込まれてしまいました。また別の世界では、二人が経験した様に、僅かながらも生き延びた世界もありました」
一旦言葉を切るディアナは、どこからか黒曜石製の調理器具のようなものを取り出す。
「あっ」
哲朗の喉から、思わず声が漏れる。彼はそれを見た事があったからだ。茜にプロポーズした日の午後、古くからの友人が彼に送ったものにそれは酷似していた。
「私の世界で発見され、奇縁によって私の手元に届いた、クロノストーン製の遺物です。同時に入手した研究資料を元に、私は更に研究を進め、その製造方法を解明するに至りました。でも、私は実際に結晶として生成する前に、私の世界は侵蝕体に覆われてしまいました。そう、私の世界の人は絶滅してしまいました。偶然によって、私はこのクロノストーンのお陰で別の平行世界へ渡ってしまいました」
手の中の遺物を見ながら淡々と語るディアナだったが、二人は彼女の目の色に、隠された悲嘆を見たような気がした。
「その世界も、やがて侵蝕体に覆われ……私は何度も何度も平行世界を渡り歩きました。そして、その世界で幾つもの研究を進めて行きました。侵蝕体の浸透が避けられないなら、人がそれを逃れる方法が無いのか。ある世界ではメガフロートを、別の世界では自己修復素材を、また別の世界では環境適応・自律思考型の電子頭脳を、人工的な重力の発生を、その世界の研究者達と協力しなが研究開発を進めていったのです。彼等は本当に優秀でした。私が蒔いたアイデアの種を見事に育て、花を咲かせてくれました。全てのパーツが揃った時、私は80歳を越えていました。最後に開発したのが、二人の後ろに控えているマシナリィ、ヴァルキリアです」
ディアナの言葉に二人は後ろを振り返る。如何にも機械という様相のそれは、無機質な光を帯びた眼を二人に向けていた。それが、完璧な人型に擬態できるなど、二人には想像もつかない事だった。
「私は人類脱出計画を始める事にしました。大洋上にメガフロートを建設し、移民を行い、やがては宇宙を目指しそこで殖え栄える。ですが、それは失敗しました。海上へ脱出した人びとはそれ以上なにもしなくなったのです。自己修復素材といっても限界はあります。その限界を越えた時、脱出した人びとは、メガフロート毎絶滅してしまいました」
再び言葉を切るディアナ。その表情には、その時の失敗を悔むような思いが滲みでていた。見ている二人には、掛けるべき言葉が思い浮かばなかった。
気を取り直したのか、ディアナが言葉を継ぐ。
「色々条件を変えながら、幾つかの世界で同じ計画を実行しましたが、結末は何時も同じでした。その時が早いか遅いかの違いしかありませんでした。私は、計画に必要な情報全てを公開していました。もしかしたら、それが人の向上心を妨げているでは、とある時ふと思い付きました。そこで、情報としては全て保存はするけれど、公開するのはそのアイデアの種だけにしたらどうだろうか、と考えました。脱出した人達にアイデアの種を研究させる。但し研究が行き詰まった時は、システム、アドミニスターが保存した情報を元に気付きを与えるようにしてみました。そして、それはかなり上手くいきました。ですが、その試みも失敗に終りました。何故なら、茜が介入者と呼ぶ人達の暗躍があったからでした」
茜はごくりと唾を飲む。
「介入者は何故そんな事を?」
と質問をした茜に、ディアナは首を傾げた。
「私にも正確なところは分りませんが、人は母星を出る必要は無い、という事なのだと思います。人という種が母星の外へ拡がるのは一種の冒涜だと考え、絶滅が運命ならそれを受け入れるべきだ、という主張のように思います」
それを聞いた哲朗は、腑に落ちない表情で質問した。
「でも、そんな考えを持ってるなら、最初から移民なんてしなきゃ良いんじゃないか?」
それに対しディアナも頷く。
「私もそう思います。それを決めるのは自分自身なのだから、移民を受け入れなければ良いのに。でも、人の強欲は計り知れません。自分の考えに他人を巻き込みたい人は必ず居ます。そういった人達は、移民後、モラトリアム思想を広めたりといった布教活動を行う事で、あるいは計画の中枢部に潜りこんでは、システムの破壊を行ったりしました。そこで私は、一度だけチャンスを与える計画を考えました。自己修復素材の耐用年数を迎える頃、介入者の思想の染まっていない人を維持者として送りこみ、再び人びとの目を宇宙へと向けさせようとしたのです」
貴方達二人の事です。そうディアナの目は言っていた。そして、さあ質問して下さい、とも語り掛けていた。その無言の声に促されるように哲朗は質問する。
「何故、俺と茜だったんです? 他にも人はいるでしょう」
哲朗の横で、茜も頷いた。何故、自分達が選ばれたのか、理由が思い付かなかったからだ。
「まず、科学者として優秀な事。鋭い観察眼と、論理的な思考が出来る人でなければいけません。周囲に流されるような性格でもいけません。そして、選ばれた二人は互いに信頼を寄せ合う人でなければなりませんでした」
「それだけなら、他に幾らでも候補は居る筈です。何故、私達であるかの理由には足りません」
茜の質問にディアナは頷く。二人を見るディアナの目は、自身の見る目が正しかった事を自慢しているように見える。
「今、茜さんが言ったような質問が出来る判断力を備えている事も重要な点です。最後は私の勘、で選びましたけどね。こうしてお会いして、私の勘は満更でも無かったと思いました」
勘。そう言われてしまい、二人は言葉を継げなくなってしまった。女性の勘を馬鹿にしたら後が怖い、と哲朗が呟くと、そうですよ? とディアナが返す。茜はそんな二人を呆れた様に見る。何か中の良いチームの様な雰囲気を醸し出した三人だった。
「さて、私の期待通り二人は、人を宇宙へと導いてくれました。私は、この流れを他の世界でも興さなければいけません。この後の人びとの行く末を見守り、時には手助けをしたり、一緒に考えていく時間が取れません。二人に来て頂いたのはこの為です。どうか、宇宙へ目を向け始めた人を見守り、手助け、一緒に悩んでもらえませんか? 何時かは人もその種としての寿命を迎えるでしょうが、それを全うできるよう支えてもらえないでしょうか」
二人は閉口した。そんな大それた事を、運命を操るような事を、自分達がして良いものなのか、畏れを抱いたのだった。
「二人が今抱いている感情は理解できます。私も嘗て同じ事を想いました。人の運命を手に握るような事をして良いのか、と。でも、正解の見えない只人であっても、出来る事をしないのは、私が耐えられませんでした。だから、私が今行っている事は介入者と同じ、私の我儘です。なので、その理由に首肯はできませんが、感情には共感できます。私は介入者を肯定はしませんが、否定もしません。二人には二人の考えがあるでしょうから充分考えて下さい。答えが出るまで私は待ちます」
そう言って、ディアナは静に口を閉じた。
客室と言って勧められた部屋で、哲朗と茜は幾日かを二人で過した。時にはヴァルホル内を見学させてもらったり、ヴァルキリアについての質問をしたり、二人で議論したり、思い出を語り合ったり。
数日後、結論を出した哲朗と茜は、最後の質問をディアナに投げ掛けた。
「俺達の役割りは誰がやるんだ? 俺達がやらなくても大丈夫なのか?」
ディアナは、新しい悪戯を思い付いたような顔をする。
「今回の二人の行動で、"大賢者"と"大聖女"のすべき行動が掴めました。今後の計画には、この情報をシステムに組込み、状況に応じて実行させる修正を加えます。なので、二人の今後の事は、思う儘にして構いません」
その言葉を聞いた哲朗と茜は顔を見合せる。互いの決心を確認した二人は同時にディアナに向き合った。
「わたし達は、ディアナさんの提案に乗ります」
「乗り掛かった船だ。最後まで見届けたい」
二人の目をじっと見るディアナは、その決心の程を確かめているようだった。
「理由を聞いても?」
頷く哲朗は、彼女に答える。
「色々見せてもらったし、二人で話し合った。理由は様々あるが、最後の決め手は、茜の勘だな」
「ディアナさんの勘を信じた方が良いという、わたしの勘ですね」
「茜の勘を馬鹿にすると後が怖い」
思わず吹き出すディアナに、茜は満面の笑み、哲朗はしょうがないといった表情だ。
「では、以前説明した通り、二人とも私と同じ処置を受けてもらいます。ついて来て下さい」
三人が向った部屋には二体のヴァルキリアがあった。その二体には既にクロノストーンが組込まれている、とディアナは説明した。二人は、夫々ヴァルキリアの前に立つ。
「二人とも、夫々ヴァルキリアの手を握って下さい。用意ができ次第、マシナライズ処置を始めます」
ディアナの言葉に従い、二人は目の前のヴァルキリアの手を握る。そして、ディアナに頷く。
「マシナライズ、開始」
二人の合図を確認したディアナは、特別な事を感じさせない何時もの調子で、開始を告げた。
幾つもの波が、哲朗と茜を通り過ぎてゆく。だが、それは以前体験したような、身体を通り過ぎるものではなく、心を、意志を揺さ振るものだった。眩暈に襲われた二人は思わず目を瞑る。数瞬の様な、数時間の様な揺さ振りから開放された時、ディアナの声が二人に届いた。
「マシナライズは完了しました。二人とも、目を開いて構いません」
恐る恐る目を開く二人が見たものは、どこからか伸びてきたアームに支えられた自分の身体だった。実際に自分の身体を見る事で、今自分がヴァルキリアになった事を実感した二人は、急いで互いを確認した。哲朗の目の前には寸分違わぬ茜の身体が、茜の目の前には矢張り哲朗の身体があった。
「何度聞いても理解できなかったが、こうして体感すると納得せざるを得ないな」
と哲朗が唸ると──
「ええ、本当に不思議。こういう技術を発明できる人を狭い場所に閉じ込めておくなんて、勿体無い事できない」
茜が応え──
「ええ、宇宙へ飛び出す人類には必須の技術だと思うわ。どうか、そこへ自分で辿り着くまで、二人で見守ってちょうだい」
ディアナが締め括った。
三人はこうして新たなステージを迎えたのだった。




