第八話 勇者と改造人間A
期日を過ぎての掲載となってしまいました。申し訳ありません。
いつの間にかPVもユニークもお気に入り件数も増え本当にありがたいことでした。
これからもよろしくお願いします。
残っている猶予なんてほとんど無かった。
フェルエミーナは焦っていた。
昨日の昼ごろにマキナの封印を解いた際に起きてしまった魔力の暴走で、抗魔防壁で守られていた訓練室を半壊させてしまったおかげで、父上や姉上たち、他の派閥の王侯貴族にまでマキナの力を知られてしまうという失態を犯していた。
今朝にはもうマキナの遠征計画が出来上がり、それにあわせた出兵準備とマキナへの再度の能力検査と兵科訓練が今まさに施されている状況であった。
あまりにも早い対応に、自分もエリゼナは反応することが出来ず、後手に回ってしまったということに気がついたときには引き返せないところにいた。
兄上や姉上にまで知られてしまっただろう。それが何よりも痛い。
だがまだ、遅くはない、フェルエミーナの手にはまだ切れる札がある。ならば、まだもう少しの猶予はある。
フェルエミーナはここで諦めるという選択を良しとはしない。抗うこともせずに、数少ない友を死地に送り出すなどという考えを許すことなど出来ない人物であった。
(あの兄上ならば、こちらの手の内など見透かしているだろう。
しかし、今回はこちらに干渉してくることは、まず無いはずである。今兄上と上の姉上は北と西に別れ国境防衛の視察に赴いている。早馬を飛ばしたとしても王都まで一週間はかかるから、大丈夫ではあると思う。
あの兄上は動かないと考えて間違いないし、第一皇女である上の姉上も軍人である。こちらに興味があったとしても、父上からの命を放棄することは無い。
問題は……)
「……悪いんだが、悲観も後悔も後回しにしてくれ、今後どうするか決めないといけないのだからな」
「…………そうでしたね」
話しかけられて、私は思考に廻していた意識を目の前に座った男に向けた。
目の前のキリシマと名乗っていた男は、これといって特徴のある人物ではなかった。
第一印象は凡庸といった言葉が似合うような、それこそ出も要るような風体の人物にフェルエミーナには見えていた。エリゼナやマキナが報告してきたような異様さも力強さの欠片も匂わせてはいなかった。
フェルエミーナは大国の第三皇女であるが、母親が地方出身の貧乏騎士の娘であり、妾としても地位はかなり低いほうであった。そのため、フェルエミーナは皇女として皇国の末席に名を連ねているが、その程度の存在でしかなく力なぞ無いに等しい名前だけの皇女であった。
それ故、その出生から王宮に潜む影を眼にし、実際に巻き込まれてきた。それでも、自身が今日まで生き残りこの地位にいることが出来るのは、優秀で信頼できる部下に恵まれた運もあるが、それに加え彼女自身の能力も決して低くはなかったことにある。
また、それ以上に彼女には良き母、良き教師に恵まれていた。
彼らの教育があったからこそ彼女は肩書きや身分、種族や人種、噂や流言などに惑わされることなく、その人の本質を見極めることを怠るような人物ではなかった。
多くの部下に恵まれたのは彼女のその公平さにもあるといえた。
エリツィド第三皇女フェルエミーナは理解していた。
その人物の見かけですべてが決まるというわけではなく、人という生き物が多くの顔を持っていることを。
だからこそ、エリゼナの報告と今目の前にいる人物の差に違和感がぬぐえないでいるが、それも彼の一面であると考えていた。
初めて会う人物に自分のすべてをさらけ出す人物などいない。
それに、キリシマという人物とは少し話しただけだが、礼儀もきちんとしており、話の節々から学もかなり修めている人物であるとわかる。
それだけで、今は十分であった。
(それに、『能ある鷹は爪を隠す』とも言いますから)
今は、マキナを巻き込まないためだけに手を討つだけだ。
フェルエミーナは頭を切り替えて今ある問題へと取り組んでいった。
キリシマにしてみれば、実力を隠したわけでもなく今の気の抜けた状態がデフォルトであり、エリゼナの報告した状態の方が無理をしていたのだが、それを正確に知ることなど出来るはずもなかった。
後日キリシマは自分で自分の首を絞めることになるが、そんなことになるとは考えつかなかったのは不運としかいえないだろう。
「……と言ってもな、俺がこれに手を貸す利がないのだけど? ここには人探しで来たのだから、それが出来ないとなると困るのだけど?」
キリシマとしてはマキナを連れ出すということは決定事項であったし、これ以上関わらないといって放り出すつもりなど端からなかった。
だが、これ幸いとしてただ使われてしまうだけの存在となるのは避けなければならなかった。
彼には目的がある、それを蔑ろにする行動は取りたくない。
「まだもう少し時間はあります。あなたが望むことも出来る限りお手伝いさせていただきます。だから、もう少しお話させてください」
そして、フェルエミーナという女性は案外しぶとい人間であった。
*****
「……というわけで、さっさと武器を決めてくれ」
「……意味が分かりませんけど」
そう返したところで、フェルが今の私の置ける状況について教えてくれた。
それほど深くは考えないようにしていたけど、かなり緊迫した状況だということは予想していた。近日中にはこの王都から逃げ出すことは思っていたけど、まさか今夜中にでも逃げ出さないと危ないとは思っていなかった。
そのために武器を持っていたほうが良いとのことだ。
遅かれ早かれどの道持つことには変わりないのだから王都で質のいいものを用意してもらえと霧島さんが付け加える。
「わかりました」
とりあえずさっさと決めてしまえと思い、目の前に並べられた武器の山へと視線を移す。
剣、槍、斧、弓など武器としては定番のものから、鍬や巨大なハサミ、中にはシンバルみたいな円盤や手鏡なんかもあり、武器として成り立つのか不安なものも多数紛れ込まれてあった。
「どうした、決まったのか?」
「……決めろといわれても」
人生で包丁以外の刃物なんてほとんど持ったことの無い現代人に、いきなり武器を選べといわれても困るだけであった。男の子であったなら興味があったのかも知れない。しかし、日本という国で生まれ育ってきたマキナにとって、刃物はそれだけで恐怖の対象であり、持ってはいけないものであった。
武器の選択基準なんてどこで決めればよいのかなんて知った事じゃない。
正直な話「どれでもいい」というのが本音である。
だから、マキナは考えるのをやめ、近くにあった長剣を手に取った。片端から全て持ってみればそのうち扱いやすそうなものに行き着くだろうと割り切ったからだ。
そうして置いてある物を一つ一つ確かめるように持っていった。十数本目かの武器を手にして振り下ろしていたところに霧島さんが先ほどと同じように声をかけてくる。
「一応、剣が今のところ扱いやすいと思ったんですけど、……あまりにも軽くて頼りない感じがするんです。……かといって、重いものは大きすぎて扱いにくいですし、それに槍や斧なんて使ったこと無いですし」
何本か持って解ったのだけど、剣以外の武器を持つと違和感がはっきりと感じて、「これじゃない」と断言できた。だから、剣を中心に持っていたのだが、どの剣もしっくりとこない。なぜか日本刀もあったけど違うと判断した。「何が?」と問われても感覚的なものだったから答えられないけれど。
「……なら、これはどうだ? ちょいと前に面白半分で手に入れたものだけど」
そう言って霧島さんはこちらに巨大な鉄屑らしきものを渡してくる。
「これは……鉈ですか?」
武器というにはあまりにも奇怪なものだった。一振りの剣のようにも見えるが、荒々しく、凶悪であった。刃先は柄よりも幅広く、
刀のような鋭さなど無く、剣としての美しさも皆無であった。
ただ、対象物を「叩き切る」ことのみ追求された、実用性だけ求められた一品であった。
「正しくはマチェット、いや……マチューテかな。山刀とも言うな。もともとは農業や林業で用いられる刃物で、見てわかると思うが、柄よりも刃先の幅のほうが広くて、重心が刃先に移るように作られているだろ。柳葉刀やククリなどと同じに、重量を利用して物を叩き切るものだからな。」
「それって完璧に鉈ですよね?」
「正確には違うんだが、太刀並みの長さのある鉈と考えれば良いと思うぞ?」
これはあまり深く考えないほうが良いということだと解釈し、マキナはそのまま山刀と向き合う。
「これです」
「……え、それ?」
「今までの中で一番良いです。これが一番しっくりきます」
「…………まあいいや。これで問題は解決」
「あ、ちょっと待ってください。これで間違いは無いのですけど、少し足りない気がします」
「なんだそりゃ?」
「あの………これって、もう一本ありますか?」
そう言った瞬間、みなの目が異様なものを見るかのように注目してくる。
霧島さんだけは何事も無かったかのように背後の黒い染みからもう一本取り出して渡してくれる。
「ありがとうございます」
マキナは日本刀を抜き放つように柄を握り締め、山刀を腰にためていた。
「――フッ」
浅く、呼気を吐き出すかのような音と共に周りの空間を割いていく。
全くの重さを感じさせない滑らかな走り、だが鋭い斬撃であった。
そして、空間が引き裂かれていくようなけたたましい音が響く。
今まで感じたことの無い達成感を感じる。私の手の延長と感じるくらい相性がいい。
一通り振り回してから二本の鉈を振り下ろすと、周りの視線が私に突き刺さるぐらい注目されているのがわかった。
「……あの、皆の視線が」
「そりゃそうだろ。君みたいな女の子が重さだけなら超重量級に匹敵する武器を二本も振り回しているんだから」
「…何キロあるんですか?」
「一本約60キロ」
その瞬間、「場が凍る」ということはこういったことなのかと初めて経験しました。
*****
マキナの身支度も終わり、残す心配事は後少しといったところでふと窓の外に目を向ければ日も落ち、夜もだいぶ更けてきていた。
ならば、後はもうこちらの心しだいといったところか、とりあえず決まったことの確認などをして一息入れるかとキリシマは考えた。
それまではもう一分張りと、気を張りなおしフェルエミーナへと声をかける。
「明日にはこの王都を出るようにというのはこちらとしても有難いな。俺もこんな物騒な場所に長居をしたくない」
霧島信哉にとって新條真樹菜という存在は諸刃の剣であると考えていた。
彼の目的にとって彼女を同伴することは、余計な厄介ごとが降りかかってくるのは目に見えていた。
だがあえて霧島信哉はその毒を受け入れるという選択をする。
彼女がもたらすであろうイベントは、むやみに幸喜たちを探すことより遥かに短時間で世界の核心に辿り着けると踏んでいた。
それは、この世界が「物語」であり、今まで経験してきた幸喜たちとの冒険から導き出された答えであった。詰まるところの「ご都合主義」というものであると知っているが故の反応である。それに、霧島は幸喜たちと行動するよりも気楽であると感じていたのも理由の一つであった。
マキナに彼らのような破天荒さは無い、むしろ賢く、慎重な性質であると認識しいていた。今後どうなるかなんては解らないが、少なくとも彼らのような俺の寿命を削るようなことはしないだろうと思っていた。
「……誰かが来るようです」
扉口に立っていたエリゼナからだった。
キリシマは本来いるはずのない客、他の誰かに見つかるわけにはいかない存在だった。
エリゼナは視線を先ほどまで自分の君主の向かいのソファーに腰掛けていた男に移したが、何時の間にやら居なくなっていた。
なんという身の軽さかと驚きはしたが説明の手間が省けたと思い気にしないことにした。どこに隠れたのか自分も分からないが、まあ大丈夫だろうと納得し、追及することはしなかった。
扉の前で足音が止まり、代わりに扉を叩く音が聞こえた。
「――失礼いたします。バスカール・シュダンです。フェルエミーナ殿下にお伝えしたいことが」
「入りなさい」
「失礼いたします」
入ってきたのは上等な礼服を身に纏い見上げるような巨漢であった。衣服の上からでもわかるほど胸板は厚く、その体を支える脚も大樹のように太い。着ている服装から執事か貴族の世話役だとわかるが、それが無かったら傭兵のようにしか見えない、そんな男であった。
「フェルエミーナ様、マキナ様、フォルミナ様がおふた方に申し上げたいことがあるとのことで、御二人をお連れするようにと」
バスカールは用件だけを簡潔に述べる。過剰な形容などなく、伝達を目的だけに作られた機械のように淀みなく伝えられる。だが不思議と力強い言葉であった。執事というより軍人という役職が似合う声であった。
「……分かりました。姉上にはすぐに参りますとお伝え願いますか」
「かしこまりました」
バスカールは一礼し、部屋を退室する。
扉が閉まると、この部屋から遠ざかっていく足音が聞こえた。
「……先手を越されたか?」
「いえ、姉上のいつものお願いです。マキナをもう1人の勇者レオン様に同行してもらえるように計らって欲しいということでしょう」
聞くところによると、フェルエミーナの一つ上の姉、皇国第二皇女フォルミナという皇女が主導で勇者の遠征計画を進めているという。
もともと勇者召喚も第二皇女が提案した策であり、魔王討伐も第二皇女がもっとも力を入れて
話しを総合すると、大層な箱入り娘として育てられた姫であり、夢見がちなお姫様だという。そのため、
だからこそ、皇女の中でもっとも国民に人気があり、人望を集めている姫であるとハウザーは言っていた。
もっとも、雫というヒーローにしてヒロインであるという存在を知っているキリシマには全く理解できないことであったが。
そのことを思い出しながら、キリシマは今後どうするべきかと頭を悩ませていた。
「勇者と白馬の王子様をごちゃ混ぜにしているんじゃないか」というキリシマの疑問に対し、ハウザーは「まさにその通り」と力強く頷くなどのやり取りがあったり、なかったりしたという。もちろん余談ではあるが。
「こういっては何ですけど、姉上はレオン様に夢中のようですから……」
キリシマは「よくある話ですね~」と口にはしなかったが内心では呆れ果てて何も言いたくなかった。顔に出さなかっただけでも良いほうだと彼自身思っていた。
何度もこのようなやり取りは経験していたため、彼の中では予想通りの結果となっていた。そのため、ある程度は仕方がないと諦められ、後に残さないようにと適度に処理することは出来るが、それでも納得できないものはあった。
嫌でも、自分が経験してきた思い出と同時に、自分がいかに歪んでいるのか思いだされる。
それがたまらなく不快であり、自分の矮小さを感じさせられる。
そして、未だに先に進めず停滞している自分を自覚してしまう。
嫉妬であり、未練であり、コンプレックスの塊でしかない感情に今は振り回されえることはほぼないが、心の奥底に封じ込めておくことしかできない。
「とにかく、今夜中には抜け出さないといけなくなったか」
「そうですね、そうしなければ次はおそらく来ないでしょうから」
「なんて面倒な」
キリシマは堂々と顔をしかめる。
その態度にエリゼナなどは剣を抜きかけたが、隣にいた仲間の騎士に取り押さえられていた。
その様子を見て、マキナはキリシマに少し咎めるような視線を向けたが、当の本人達は意に介した様子もなく淡々と話を進めていた。
そんな二人の様子を見て、マキナは自分も話しに加わらないとなと思っていたが、なぜか知らないがキリシマが求める条件は自分の望みがほぼ叶えられる形であるため口を出す必要ない。
自分のことなのにという思いがなかったわけではないが「出来る人に任せてしまえ」と割り切り、先ほどキリシマに貰った二刀の手入れをいしていた。手入れの仕方はすでにキリシマに教えてもらっていた。
第二皇女に会うまでにはいま少しの猶予があった。
*****
「――失礼いたします。フォルミナ様、フェルエミーナ様、マキナ様を御連れいたしました」
「……どうぞ入ってください」
許可を得て、フェルエミーナとマキナは促されるまま部屋に入った。
そこは、煌びやかさとは異なり落ち着いた色調の調度品で飾られた部屋であった。だが揃えられた調度品すべて一流の品であり、見るものに有無を言わせぬ雄雄しさがある。
その中でほぼ中央に位置するソファーに優雅に座る見目麗しい女性と学生服を着た少年がいた。
「フェルにマキナ来てくれてありがとう、どうぞ座ってください」
フェルエミーナに良く似た女性、皇国第二皇女フォルミナ・シャル・エリツィド。エリツィド皇国国王と第一王妃の間に生まれたフェルエミーナのひとつ上の姉はマキナたちに座るように進めてきた。
「フェルさん、マキナさんもこんにちは」
二人が席に着き、女給仕が用意された紅茶が運ばれるとフォルミナの隣に座っていた学生服の少年が声をかける。やわらかい笑みを浮かべ、万人が見れば誰もが彼を好きになることだろうと思える程親しみやすい空気をもった少年であった。
マキナと同じく召喚された勇者神崎レオンという少年だ。
マキナは初めて彼と会ったとき彼の容姿云々よりも、口にはしなかったが何だその名前は馬鹿にしているのか言いたくなった。いや、それは言い過ぎかもしれないが、子どもにそんな名前をつけるなんてどんな親だとは思っていた。
「マキナさんは久しぶりと言ったところかな。なかなか会えないからね」
「そうっだたかな? あまり気にしたこと無いからわからないよ」
はじめはそれなりに彼とも話をしていた。見知らぬ土地で同じように召喚された同郷のそれも同年代の人間であったため、いろいろと話し合うこともあった。だが何度か話をしていくうちに、どうしても理解できないことばかりが浮かび上がってくる。それは日に日に強く感じるようになっていった。
「マキナ様にはレオン様と同じようの魔王討伐のために力を貸していただきたいのです。今皇国は未曾有の危機と直面しています。侵略され、無理やり帝国の手先として搾取されている周辺国を救い出し、魔王の住む国、東トルステア帝国の魔の手から世界を救わないとなりません。そうしなければ世界が滅んでしまうかもしれないのです」
「姉上、マキナはそのようなことは望んでいません。これ以上我々の都合のみでマキナの人生を振り回すのは許されることではありません、どうかお考え直しを」
「フェル、あなたの考えはもちろん承知しています。ですが、私達には力がありません。国を救い、民を守り、世界を平和へと導けるのはレオン様とマキナ様のほかにいないのです」
マキナは出されたお茶を飲みながら聞いている振りをし、二人の皇女のやり取りをすべて聞き流していた。聞くだけ無駄であると判断していたからだ。
ここ数日フォルミナは何度も同じ事をマキナへと訴えかけてきた。そのたびに同じ内容の話を何度も聞かされてマキナとしてはもう聞きたくも無いという心情であった。
マキナにとってはこの世界が滅んだところでどうでも良いという気持ちであった。自分に良くしてくれたフェルやエリゼナと違いフォルミナは自分のを無理やり戦場へ送り込もうとしてくる存在でしかなかった。
こちらに召喚されるまで一回の学生でしかなかった自分が勇者で、魔王を倒せと言われても「はい、わかりました」などと言えるわけが無い。
それが普通であり、誰もが元の世界に帰してくれと願うものだとマキナは考えていた。
だからこそ、彼の異常さに恐怖した。
「マキナさん、僕は勇者としてこの世界の人が平和に暮らせるようにしたいと思う。いま目も前で困っている人がいるなら助けたい。それが出来る力があるのなら迷うことなく正しく使いたい。きっと自分が勇者としてこの世界に来たのは意味があるはずだから」
と彼はそう言って、フェルミナの要請を承諾したのだ。
マキナには信じられるはずが無い行動であった。
そのとき初めて彼を受け入れない理由が理解できたとマキナは感じていた。
ああ、この人は何不自由なく思い道理に手に入れたいものを手に入れてきた人なのだと。
マキナは自分を大切にする人間であった。それはナルシストというわけではなく、自分を生み愛し育ててくれた両親や自分のを好きになってくれた人たちためであった。
自分自身が嫌いな人間が他人に愛されるだなんて思えない、自分が好きだからこそ相手を好きになり、人生が楽しくなると思っていた。自分を大切に出来ないことは皆を裏切る行為だと感じていた。
だからこそ、危険に身をおくなんて事は極力さけて起きたかった。自分から急ぎ死にいくような行為は出来るはずもなかった。自分の親しい人たちの誰にもして欲しくはない行為であった。
彼は考えたのだろうか。
ファンタジーの中ではよくある話だが、敵を倒し、最後はハッピーエンドで締め括る。
そんな物語だと思っているのだろうか。
私たちがやらされようとしていることは戦争行為だということなのだ。人を殺し、国を壊してしまうかもしれない。その罪を背負う覚悟があるのかと。
何度も声を張り上げて問いただしてやった、だがそれでも彼の考えは変わることが無かっった。
フォルミナなどは正義だと口にしているが、正義に普遍の考えなどあるはずも無く、立場が違えばその内容は大きく異なってくる。レオンはそれをわかったようにおもいこんでいるだけではないか。
フォルミナとレオンの言っていることは自分達に都合の良い世界のあり方を述べているに過ぎない。それほど人間が綺麗な生き物だとはマキナの経験上思えなかった。
(キリシマさんも言ってたっけ、清濁併せ持つからこそ人間だって)
レオンはマキナに力を貸してくれないかと問いかけているが、マキナは下を向き反応しない。彼の言葉をすべて聞き流し、速く終わらないかと時折フェルへと視線を向ける程度であった。
彼とは相容れない存在でしかない。もし彼と協力することがあるとしたら、それは彼が自分の考えをまげて此方に近寄ってきたときのみ。
もう、わざわざ此方が気にしてやることも無いとしてマキナは神崎レオンという少年を切り捨てた。
後にマキナその時のことを、それはごみをゴミ箱に放り込むような気楽さで当たり前の行為だったと述べた。この話をキリシマが聞いたとき、もうすでにこのころからマキナは崩れていたのかと嘆くこととなるが、当の本人には自覚が無く大いに苦労させられることとなる。
*****
夜も完全に更け、出されていたお茶も八回目のおかわりをマキナが頼んだころ、未だに彼らの意見は平行線のまま交わることも無く、フェルとマキナを招いてから数時間がたっていた。
マキナもフェルエミーナもいい加減諦めろよといいたくなる気持ちを抑え、フォルミナの説得に反抗していた。
「マキナ様、レオン様とあなた様以外の誰にも出来ぬのです。あなた様に断られたら、レオン様一人をあの恐ろしい魔王の元へと送り出すしか手が無くなってしまうのです。どうか、どうかお願いいたします。私どものためにそのお力をお貸しくだ」
マキナは何度も同じことしか言ってこないフォルミナにうんざりし、もう大声で怒鳴って断ろうかと考えていたときであった。
「困りますね~、そんなことをされたら」
唐突に誰かに会話を遮られ、フォルミナは怪訝な顔をして回りの兵士を見渡すが、誰もが困惑した表情で自分ではないと訴えかけていた。
ここにいる人物ではない。
「では誰が?」と思考する前に、ふと視界の隅に今まで何の発言もせずにただ黙って座っていた勇者マキナの姿が映る。彼女は先ほどまでこちらを見ていたはずだが、今は彼女の整った横顔が見えていた。
何時の間に入ってきていたのか、開け放された窓の前に白き面で顔を隠した男がいた。
それを認識するとほぼ同時に、部屋にいた全ての騎士が剣を抜き、姫たちを守るようにして仮面の男を取り囲む。
「誰だ!」
面のせいで容姿はわからないが、体格から中肉中背の男性と判断できる。特徴的な表情の無い白い仮面であるに対し、男のおどけた口調や雰囲気は奇妙な違和感を生み、得体も知れない嫌悪感を誘う。
「お初にお目にかかります。私は、そうですね、仮に改造人間Aとでも名乗っておきましょうか」
仮面の男は道化師のように芝居がかった礼をし、こちらを見渡す。
「カイゾウニンゲン、エーだと? 訳のわからないことを、ふざけるな!」
「何もふざけてなどおりませんよ。仮称とは言え、名前は私と皆様を区別するためには必要な物でしょう? それに私荒事は苦手でして、お話によって解決できるのならばそれに越したことはないと常々思っていましてね。そのように威圧的な態度はこの身には辛いものなのですよ。
あ~そうそう、ちなみに私がこの度ここに来たのは、両殿下にお願いがあって参上したしだいでございます」
衛兵の殺気も怒声も改造人間Aと自称した男は笑いながら受け流し、人を小ばかにしたような軽い口調で問いかけてくる。
「…………何が目的ですか?」
フォルミナが声を出せたのは奇跡に近い偶然であった。
これまで王宮で大事に大事に育てられてきた娘が、社交的で誰とでも仲良く出来るような人物であるはずもなく、ましてや日々鍛錬を欠かさず己を鍛えてきた衛兵ですら仮面男の異様な雰囲気に飲まれてしまっているなかであった。
彼女の声がかすれているのも仕方がないと言える。
彼女は人生で初めて目にする化け物との邂逅であったのだ。
「さすがは第二皇女殿下、このような下賎な身の者の話に耳を傾けてくださるなど、その慈悲の心は何物にも変えがたい皇国の至宝でありましょう」
「カイゾウニンゲン様、時間というものは有限です。私達に話とは一体どのようなご用件なのでしょうか?」
仮面男に対峙するだけで精一杯のフォルミナに代わりフェルエミーナが言葉をつなぐ。
彼女とて、それほど経験があるというわけでもなく、このような事態に陥ることははじめてであった。
しかし、今ここで声も出せない軟弱な心で皇女が勤まるはずがないと自分を奮い立たせ、仮面男と向い合う。
「なに、簡単なことです。私の願いはそれこそパテットの実よりも安いものです。ちなみにパテットの実とは遥か西方に住む亜人種の森妖精が好んでいる食物の一つで……」
「前書きはもう結構です。そろそろ本題に入っていただきたい」
改造人間Aは回りくどく、だらだらと意味の無い言葉を重ね続けるだけで一向に進むことが無かった。本当に彼は何のために、このように時間ばかりかけているのか。そう疑問に思わせるような内容の話を延々と繰り返していた。
話している間に取り押さえてしまえばと考えが衛兵達の頭によぎるが、行動には移せずにいた。大きな隙がある。ここにいる殿下の護衛を任される程の優秀な兵達ならばあの程度の輩を取り押さえることなど造作も無いはずであった。
だが、それが許されない。
殿下が止めたことが理由な訳ではない。
仮面男のその奇妙さが、男に対する違和感が、何か得体の知れないモノのように感じられる。捕まえられるはずなのに、その捕まえるイメージが描けない。得体の知れない恐怖が兵達の動きを縛っていた。
「勇者マキナ・シンジョウの身を頂きたいのです」
「…………何を言っているのです?」
改造人間Aが深々と頭を下げ、こちらに無防備な姿をさらす。
今まで張り詰めていた空気も柔らかくなり、先ほどまでのやり取りはなんだったのかと思うほどの変化をもたらした。
その唐突な変容にほとんどが付いていけずに唖然としてしまい、辛うじてフェルエミーナを含む数人が息を呑む程度で踏みとどまっていた。
「マキナさんを誘拐しに来たと宣言しているのですか」
小さい声であったが、落ち着いたそれでいて芯の通った声が部屋に響く。
それまで成り行きを見守っていただけで、声を出すことのなかった勇者レオンが声をかけていた。
改造人間Aは始めてそこで声をかけてきた勇者をに意識を移す。
これだけの騒ぎの中、取り乱すことも慌てふためくこともなく、真っ直ぐと改造人間Aを見つめていた。
なるほど、これが勇者か。
改造人間Aは仮面の下で薄っすらと笑い、確信を得た。
「イエイエ、勇者マキナ様の力をお借りしたと考え、ぜひとも私どもの下へ来ていただけないかと。もちろん待遇に関しては私どもが出来る最高のモノをご用意しております。決してレオン様が言うように……」
「同じことでしょう。あなたのやろうとしていることは誘拐と同じだ」
人造人間Aの言葉を遮り、レオンは声を張り上げる。
「先ほどから聞いていれば、マキナさんも僕もまるで物扱いだ。願い出るべきは、エリツィド皇国ではなく、マキナさん自身に願い出るのが筋だろう。それをしない時点で成立などするわけがない」
「……ふむ、交渉は決裂と、そのような判断で間違いはございませんかな?」
「勇者様たちをあなたのような危険人物に渡すような真似などありません!」
仮面男は腕を組み、わざとらしく考える振りを作るとフォルミナから視線のを外し、フェルエミーナへと移す。
「フェルエミーナ殿下も同じようなお考えで?」
「……マキナは物ではないわ。私がマキナを交渉の対象にするはずなど初めから選択肢には在りません」
フェルエミーナは毅然として仮面の男に言い放つ。
その言葉を合図に兵たちが動き出す。
「引っ捕らえろ!」
「交渉は決裂と、……予想道理の反応であまり面白みもありませんね」
仮面男、改造人間Aは慌てる様子も無く、ただ一度指を鳴らす。
すると、どうだろうか。彼を取り囲んでいた衛兵が崩れ落ちるようにして倒れていく。
「いざ仕方なし。ならば実力行使としましょう。これも我等の目的のため、邪魔な方々には眠っていただきたく」
改造人間Aはもう一度指を鳴らすと、その場にいたすべての人間が崩れ落ち、深い眠りへと次々に落とされていく。
抗うまもなく、認識することも出来ず、強制的に意識が刈り取られ視界が黒く染まっていく。
「それでは皆様良い夢――をっ!」
さて、新條を回収しようかと視線を向けたその片隅になにやら動くものが、と認識する前に、感じ取った危機に反射的に身を捩ってその死から紙一重で避ける。
勇者は睡魔を振り切きって、無防備にも背を向けていた改造人間Aへと飛び掛り、剣を振り下ろす。
だが、レオンの切っ先は仮面男を捕らえることは出来ず、寸前のところでさけられてしまう。
「――っ、驚きました。まさか効いていないとは」
「お前の暴挙をこれ以上許すわけにはいかない!」
「……だから、荒事は嫌いなんですけどね」
そう言いつつも、改造人間Aはそばに寝ていた衛兵から剣を奪いレオンへと向ける。
「それでは、ついでに勇者様の実力を見せていただきましょうか」
*****
「――手堅いですね」
数度剣を打ち合い、改造人間Aは勇者の動きからそう評した。
勇者の力は確かな基礎鍛錬のもとに積み重ねられた動きが見えた。
おそらく剣術を学んでいる。
それだけならまだ良い。現代で幼いころから学んでいたということならば納得できなくもない。
問題はそれが召喚されてからの二ヶ月だけの訓練でこれだけ動きが出来ていたとしたらということである。
(……まさに天賦の才というやつか)
勇者という存在として召喚されている以上何かしらの才能があるということは疑うべきもない程この世界においては常識であった。マキナも同じ存在であり、彼女にもそれは備わっているはずである。
(厄介というか、面倒臭いというか)
改造人間Aはそう思考しつつも、レオンの猛攻を時に防ぎ、弾き、避けていた。
レオンの攻撃は速かった。
その鋭さは、空気すらも切り裂くほどであり、皇国の一般兵ではその剣筋すら見ること敵わず両断されてしまうだろう。
(……魔力による身体強化がない状態でこれか)
改造人間Aは紙一重で勇者の剣戟を避けつつ、冷静に相手の実力を見極めていた。相手の力を受け流し、避け、押し返す。その繰り返しの中で正確に相手との戦力差を感じとっていた。
自分でも十分対処できる程度の実力しか持っておらず、恐れるほどでは無い。
生身の自分であったなら勇者の反射神経、戦いのセンス、速さ、力、どれを取っても勝てるものはないだろう。改造人間Aは彼の才能に勝るほど自分が優秀であるとは考えもしなかった。むしろ、さすが勇者と感嘆したぐらいであった。いくら金を積んだとしても手にすることは敵わぬ、天から授けられた財であると感じられた。
しかし、ただそれだけである。
才能は人がうらやましがるほど持ち合わせているのは良く判った。
そして、今はそれだけしか持っていないも判ったのだ。
戦いが、争いが、殺し合いが、才能だけで振り回されるほど安いモノではない。
改造人間Aは何よりもそれを知っていた。
彼がくぐって来た戦火は数百を超える。天賦の才を持っていた敵と立ち会うのもこれが初めてというわけではない。
経験だけに頼る者は愚者である、されど机上の知識だけに囚われ経験を無意味と切り捨てるものも愚か者である。
改造人間Aにとって勇者レオンは脅威足り得なかった。
ただ、それだけであった。
「やれやれ、それにしても厄介なのはむしろその剣ですか」
改造人間Aの意識は勇者より勇者の持つ剣に当てられていた。
たった数度かの剣と打ち合せただけだというのにも関わらず、自分の剣には無数に刃こぼれしていた。勇者の剣には傷一つ付いていないというのにだ。
そこで改造人間Aは思い至った。確か皇国には世に名高い騎士王の聖剣を所有している設定だったなと。
「そういえば、そんな形の剣でしたっけ」
改造人間Aは誰にも気付かれないほど小さな声で呟く。
そんな中、がさっと眠らせていた兵達が動き出す。
(……そろそろ引き時か)
改造人間Aは組み合っていた勇者の剣を強引に弾き飛ばし、無防備となった腹部へ一撃叩き込む。ぐっと呻き声をもらし体勢を崩した勇者に叩き込むようにして猛打を浴びせ、止めとばかりに壁まで飛ぶほどの力をこめて蹴り飛ばす。
「さて、そろそろお開きといたしましょう。私も何時までも遊んではいられないのです」
「……ま、まて」
改造人間Aはいまだ眠ったままのマキナを肩に担ぎ、自分が入ってきた窓へと向かい、ベランダの淵に脚をかけてそのまま飛び出そうとした。
「あ~そうそう、置き土産を一つ差し上げましょう。何故私が改造人間Aだなんて名乗ったのか良く判る品です」
思い出したかのように振り返り、いまだ壁を背に立ち上がろうとしていた勇者に向かって右腕を向ける。
レオンは壁を使い何とか立ち上がることは出来ていたが、敵に与えられたダメージが大きく立ち向かうことなど出来なかった。壁に叩きつけられたとき気絶しなかっただけで精一杯であった。
「……な、なに、を」
声を出すことすらもう十分に行うことが出来ないほどに自分の体は悲鳴を上げていた。それでも訳のわからない理不尽に屈することなど出来ない、その一心で体を支えていた。
「ロケットパンチ」
轟音と共に改造人間Aの肘より先の右腕が飛び、呆然と立ち尽くしていた勇者へと直撃する。しかし、それだけで威力は収まらず、背後にあった壁を勇者もろともぶち抜き、隣の部屋まで吹き飛ばした。
「……まあ、こんなものだろ」
改造人間Aは勇者の飛ばされた先を見ることも無く、マキナを抱えて直しベランダから飛び出した。王都の家の屋根を足場にして王城から逃げ出す。追っ手に補足される前にとにかく王都から抜け出さないといけない。
改造人間Aは勇者マキナを連れて王都の空を舞った。
異変に気付いた衛兵が部屋に入ったときにはもう遅く、眠らされていた皇女と傷ついた勇者を発見しただけであった。
王城が叛徒に進入され、王族に危害を加えたほか、勇者マキナが誘拐されたという事態が発覚したのはそれから数時間後、勇者レオンの意識が覚醒してからであった。
すぐさま、勇者マキナ奪還のための部隊が編成され、王都すべての門に検問がしかれることとなったが、そのころにはもうすでに王都の外へと逃げ出された後のことであった。
戦闘シーンは難しいです。おかげでほとんど動きのわからない書き方しか出来ていないです。もっと勉強しないといけないなと思いました。
それでも楽しんでいただきたらと思います。
今回はちょっと長いのでがんばりました。