WORLD 2-3 : パンと牛乳と過去
『NEXT STAGE COMING SOON』
しばらく経っても、その画面は動かなかった。
休憩時間、ということなのだろうか。
次の瞬間、天井から「カシャン」という音が響き、何かが落ちてきた。
ドス!
俺の頭に鈍い衝撃が走る。
地面を見ると、パンと牛乳だ。
パンはプラスチックの入れ物に、牛乳は紙パックに入っていた。
一拍置いて、あちこちから歓声と足音が重なる。
大勢が一気にそれに群がった。
パンと牛乳の、まるで命がけのような奪い合いが始まった。
「落ち着け! 一人一つあるはずだ!」
山岸が叫びながら、中央に出て両手を広げた。
なんとか秩序を取り戻し、それぞれが手にパンと牛乳を抱えたころ――
足元に、2つだけ、手つかずのパンが転がっていた。
「……余った?」
誰かが呟く。
誰のでもないそれは、死者の分だ。すでに残機を失った、彼らのための。
俺がそれに目を向けていると、ひとりの影がそっとかがみ込んだ。
ハルカだった。
手を震わせながら、そのうちの1個を拾う。
しばらく包装を見つめていたが、やがてそのまま、がぶりと口に運んだ。
「……」
泣いていた。
声を出さず、ただ、こらえきれないものがあふれるように、涙が頬を伝っていた。
パンを食べながら、泣く。
その姿に誰も何も言えなかった。
ひとりの少女が、父の遺したパンを、静かに噛みしめていた。
すでに、何人かが壁際で固まって談笑しているのが見えた。
内容はくだらない。「好きなゲーム」とか「スマホ取り上げられた」とか。
どうでもいい、取り留めのない話ばかりだ。
人が死んだっていうのに。二人も。
……いや、逃げてるんだ。現状から。
なら、俺は――。
目を閉じて、深呼吸をした。
すべてを受け止めるには、まだ心の準備ができていない。
それでも、目の前のゲーム攻略と、ここから脱出する事から逃げるわけにはいかない。
俺はゲームが特別うまいわけではない。
生き残るには、仲間が必要だ。
やがて、自然に人が集まり始めた。
ヤマギシ、サエキ、アヤノ、ハルカ、そして俺、カドクラ。
パンと牛乳をそれぞれ手に持ち、誰からともなく座り込んだ。
しばらくは沈黙だった。
紙パックをくしゃ、と握る音だけが響く。
俺は思い切って聞いた。
「……なあ。聞いてもいいか? お前ら、どうしてこのプレイテストに応募した?」
誰も答えない。当然だ。こんな怪しい条件にすがるなんて余程の理由があるのだろう。俺はポツリポツリと話し出した。
「俺は……最悪だった。ゲームプランナーに転職して、最初に配属されたプロジェクトが炎上。挙げ句の果てに、おもちゃ工場に出向だ。何もする事のない、追い出し部屋さ」
俺は淡々と続ける。
「そんな中、スマホゲームにハマっちまった。それで、課金をリボ払いで続け……気付けばここにいた」
「リボ払いなんて数年前までバカにして笑ってたんだぜ? スマホゲームもコンシューマーゲームを作っていた俺がハマるなんて信じられなかった」
「ゲームプランナーなんて虚業だよ」
サエキが口を挟む。
「実際に作ってるのは俺たちプログラマなのに、横から口を挟むだけのいらない職種さ」
アヤノも口を開いた。
「プロゲーマーとして、開発者に良い印象はないな。昔、友達が言われたの。『プレイヤーなんて、顔もセンスもチーズ牛丼レベルだろ?』ってさ」
俺はとっさに反論する。
「でも、アヤノだって炎上してたろ。『ゲーマー界の人権問題』って言われてるの見たぞ、昔」
「だからよ。自分が燃えたからこそ、他人の炎はよく見える」
アヤノは項垂れながら続けた。
「その友人がされた事を私もしてしまった。それからは干されて……。気付けば借金地獄だった」
「そして、今日も取り返しのつかない事をしてしまった…」
沈黙が続いた。
ハルカがアヤノを見つめる。彼女の表情からは何も感じ取れなかった。気持ちの整理がついていないのだろう。
「でも、みんなカドクラとサエキのゲーム開発知識に助けられた。ここまでクリアできたのはアヤノのおかげだ」
ヤマギシがまとめるように言った。
サエキが音を立てて牛乳を飲みながら聞く。
「そういうアンタはなんなんだ」
ヤマギシは目を瞑り思い出すように話し出した。
「……俺は小さなゲーム会社の社長だった」
「ある日、大金をつぎ込んだプロジェクトを俺が主導で始めた。だが、それが……」
「大コケしたんだな。よくある話だ」
サエキが繋いだ。
「2000本しか売れなかったなんて……。クソ、今考えてもありえない」
ヤマギシが項垂れる。
サエキが彼の肩を叩いた。
「俺もこの業界には振り回された。一時期は神として崇められたが、AIプログラミングが主流の今、古いプログラマに居場所はなかった」
「協調性と主体性が大事なんだとよ。プログラマにそんなイメージあるか?」
サエキはため息を吐く。
その時、俺はある事に気がついた。
「こうしてみると、皆んな少なからずゲームに関わっているんだな。ハルカ、君はどうなんだ?」
ハルカが口を開いた。
「私は――」
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