WORLD 2-2 : 火柱を越えて
「私……アクションゲーム……やったことない」
「は?」
俺は思わず声に出してしまった。
彼女はコントローラーを震わせながら、絞り出すように話し出した。
「父さんは……最低なやつだった。私と母に暴力を振るって……養育費も出さずに離婚した……でも、こんな死に方をするなんて……!」
床に落ちていた写真を拾い上げ、俺は彼女にそっと差し出す。
「彼、養育費……稼ごうとしてたんじゃないか?」
彼女はそれに何も言わず、ただ涙が溢れた。コントローラーにポタポタと落ちる。
「君は誰かを殺すような人じゃない。いいか、冷静にプレイすれば、クリアできる。このゲームが元ネタ通りなら、1-4でひと区切りだ。休める機会があるかもしれない」
「……指示してくれる?」
「もちろんだ。君、名前は?」
「ハルカ。……28番です」
その瞬間、サエキが冷静に言った。
「カドクラ、お前はレベルの構造を読め。俺は敵の挙動を見る」
画面右上のタイマーが動き続けている。
『TIME:201、200、199』
サエキは早口で捲し立てる。
「この回転する火柱、回転ステップは120。表示は60FPSでも、内部的には毎フレーム0.5ステップずつ動かしてるな。つまり、1周に4秒かかる」
アヤノが突っ込む。
「ちょ、ちょっと待って! FPSって……何?」
サエキが鼻で笑った。
「フレームパーセカンド。1秒間に何枚の絵が表示されるかって話。君が〈突っ込むFPS〉じゃなくて助かったよ」
「サエキ、茶化すな」
そう言いながら、俺は気がついた。
このゲームは、見た目こそレトロゲームだが、内部的処理は現代的にスムーズに行われている。
ゲームハードではなく、PCに接続されている可能性が高い……?
今はそんなことを考えている時ではない。俺は画面を見ながら言った。
「了解。タイミング計るぞ。いま、火柱が上。3、2、1……今っ、跳べ!」
真壁の指がボタンを押す。
キャラが跳び、火柱をギリギリで回避。足場へと乗る。
俺は口を開く。
「このレベル、恐怖を与えるために火柱が多く見える構造になってる。でも、ほとんどが見せかけだ。ここで死ぬことはほとんどないから安心しろ」
「次、2連の回転バー。2本目の火柱が最大振幅のとき、1本目を越えれば間に合う。真壁、いけ!」
「う、うん!」
再びジャンプ。着地。震える指。
「問題は……次だな」
ステージの終盤、つり橋の前に、巨大な火を吐く怪物が待ち構えていた。王冠をかぶり、角のあるそのドットキャラは、火球を放ちながら、左右に移動している。
「ボスか」
「え、あ……どうしよう…!」
真壁がパニックになりかけている。
俺は落ち着かせるように言った。
「ここはボス前の休憩スペースだ。攻撃が当たる事はない。火球が飛んできているのは、向こうに何か〈ヤバい奴がいる〉って伝えるためで、君を攻撃するためじゃない」
そして、俺は顎に指を当てて続ける。
「こいつは、奥のスイッチを踏めば、足元が崩れるタイプだな。古典的というかなんというか……」
サエキが口を挟んだ。
「こいつの行動パターンは『火球→ジャンプ→火球』の繰り返し。周期は大体2.4秒。火球はジャンプ後0.6秒で発射。つまり、スイッチまでの〈空白の0.8秒〉を突いてジャンプすべきだ」
そう言いつつ、サエキはニヤリと笑う。
「仕様を書いた奴はとんだレトロゲームバカだな」
俺は真壁の方を向いた。
「俺が合図をする。そしたらダッシュでボスの下を抜けるんだ。やれるか?」
彼女は涙目のまま、コクリと頷いた。
「いけ、今だ!!」
キャラがダッシュ。火球が空を裂き、ジャンプした瞬間に滑り込む。
「跳べ!」
サエキと俺の声が重なった。
キャラが最後のスイッチを踏み抜く。橋が崩れ、怪物がマグマに沈んでいった。
『CLEAR STAGE 1-4 ザンキ x96』
一瞬の沈黙。歓声が狭い部屋に響いた。
彼女は、崩れ落ちるようにコントローラーを置いた。
「行けた……父さん……」
その呟きは、かすれていて、誰にも届かなかったかもしれない。
けれど、確かに存在していた。
俺はその場に立ち尽くしながら、画面の中央を見つめる。
画面が切り替わる。
『NEXT STAGE COMING SOON』
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