WORLD 2-1 : 父を殺したゲーム
「――彼はやめておいた方がいい」
その声は、静かだった。
だが、場の空気が一瞬で変わるほどの、強さを持っている。
全員が振り向いた。
その声の主は、薄暗い壁際から歩み出た、背の低い男だった。
30代半ば。フレームの透明なメガネに、くたびれたパーカーを着て、無精髭をたくわえている。目だけが異様に鋭く、冷たかった。
「生き残りたいならな。君、ゲーム開発者だろう?」
5…4……
カウントは続く。
「おもちゃ会社で意味のない書類を捌く日々? 大手ゲーム会社の追い出し部屋の典型だ。すぐにピンときたよ」
3…2……
アヤノの視線はテレビ画面と俺を行ったり来たりした。そして――。
「死ぬのは、あんただ! 4番!!」
アヤノは叫んだ。
1………ボン!!
首が音を立てて弾けた。
返り血の生暖かい感覚が胸の辺りを駆け抜ける。
首が飛んだのは先ほどの大男だった。
そして、ブラウン管に文字が表示される。
『ヤラレチャッタ』
『ザンキx96』
叫び声を上げる者、目を覆う者、背ける者はいたが、逃げ惑う人はいなかった。
慣れとは恐ろしい。
「助かった。あんたは?」
俺は震える足で立ち上がり、目の前のメガネをかけた男に言った。
「47番。サエキだ。佐伯透。元ゲームプログラマだ」
血塗られたメガネをパーカーで拭きながら彼は答えた。
「邪魔が入らなければクリアできた! もう一度やれば!」
アヤノがボタンを押す。しかし、「ブッ」という音が鳴るのみで、ゲームはスタートしなかった。
「どうしてだよ!」
彼女はコントローラーを投げつける。
山岸が叫んだ。
「コントローラーが壊れたらどうするんだ。全員死ぬかもしれないじゃないか!」
アヤノは顔を赤くした。
「ごめん、いつもの癖で…」
「同じプレイヤーが続けてプレイできないようになっているのか…?」
サエキがつぶやいた。
その時、首のない大男の体がコントローラーを投げた衝撃で倒れた。
そして、死体の胸ポケットから、小さな女の子の写真がヒラリと床に落ちた。大男に肩車してもらっている。
重い沈黙のベールが部屋全体に落ちた。
俺は歯を食いしばり、アヤノに指を指して言った。
「だから俺は言ったんだ。最初に誰を殺すのか、君は決められるのか?って」
「こんな写真が何よ! 私は…私は……」
ようやく自分の選択が人を殺したという実感が湧いてきたのだろう。アヤノは目に涙を浮かべて口を引き締めていた。
「お前を殺してやる!!」
後方から叫び声が響いた。
緑色のメッシュの入ったボブ髪の女が投げ捨てられたコントローラーに向かって走る。以前、大男に話しかけていた女だ。
俺は瞬時に彼女を止めた。すごい力で抵抗してくる。
「お前のせいで父さんは、父さんは…!!」
「父さん?」
その瞬間、驚きで力が緩んでしまった。
彼女の手がコントローラーに伸び――
ボタンを押してしまった。
『WORLD 1-4 ザンキx96』
画面が切り替わる。彼女は凍りついたように動かない。コントローラーを持つ指が震えている。激しい息遣いだけが部屋に響く。
画面の制限時間だけが過ぎていく。
そして、彼女はポツリとつぶやいた。
「私……アクションゲーム……やった事ない」
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