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WORLD 3-3 : 設計者の勘

 イズミは泣いていた。

 冷酷だった彼の姿とのギャップに俺は一瞬戸惑う。


 彼の手が震えながら地を這い、やがて拳を握り締める。

 その目に浮かぶのは、涙ではなく――怒りだ。


「テメェ……!」


 叫びと共に、イズミが立ち上がる。

 次の瞬間、俺に殴りかかろうと身体を跳ね上げた。


 俺は間一髪でイズミの拳を避ける。

 そして、言葉を叩きつけるように吐き出した。


「最初にコードを抜こうとしたヤツが感電して死んだのを覚えてるか?」


 その声に、部屋の空気がピリッと緊張する。


「あれは妨害行為だった。ゲームを壊そうとしたから、システムに罰せられたんだ」


 イズミの動きが止まる。

 こめかみに浮かんだ血管が、怒りとともに脈打っているのが見えた。


 俺は続けた。


「つまり、ゲームを妨害する行為は罰せられる可能性が高い。……お前が今しようとしてることも、そうだ」


 その場にいた誰もが黙った。

 殴りかかろうとしていた腕が、ほんの少し震える。


「って事は、お前さんはゲームをやろうとしているわけだ」


 イズミは、睨みつけて言った。

 しばらく沈黙が場を支配する。


「あぁ」


 イズミの拳が、そっと下がる。

 代わりに掠れた声で叫んだ。


「じゃあ、お前は俺を殺すのか。綺麗事を抜かしていたお前も! 結局!」


 イズミの精鋭部隊が俺を取り囲むように睨みつける。


 俺はほんの一拍、目を閉じる。

 そして、ゆっくりと、真っ直ぐ彼を見て、答えた。


「俺は……誰も殺さない。やられた時は自分を指名する」


 その瞬間、部屋の空気が微かに揺れる。

 誰かの喉が鳴った音が聞こえた。

 誰もが俺の言葉を、頭の中で反芻しているようだった。


 俺がやってしまったのは――宣言だ。


 これまで睨みを効かせていた精鋭部隊とやらも、一人、また一人とイズミから距離を取った。


 コントローラーの前に、ゆっくりと歩いていく。

 もう誰も、俺を止めようとしない。


 たとえ、今から誰かを選ばなければいけないとしても、俺は、殺さない方法を探す。


 それが、俺の選んだゲームだ。


「そんなの信じられるか」


 イズミは嘲笑気味に言った。


「お前は最後の最後で俺を指名する。番号はちゃんと覚えておいた方が良いぜ。俺はラッキーセブン、7番だ」


 彼の言葉を背中で受け止め、汗まみれの手でコントローラーを握る。

 指が震えている。

 怖いのか。


 俺は深呼吸をして、ボタンを押した。

 ピコンと音がして画面が切り替わる。


『WORLD 3-4 ザンキx95』


 画面が切り替わると同時に、手のひらの汗が増した。

 背景は黄昏の石畳。

 空は橙、足場は狭く、敵がうごめく。


 俺はゆっくりと、十字キーを右に押し込んだ。


 一歩進むたびに、心臓が跳ねる。


 そこに敵がいなくても、落とし穴がなくても、緊張は収まらない。

 1ジャンプごとに、生死がかかっている。


 いつもなら、ステージの1ジャンプなんて気にも留めなかった。

 でも今は違う。1ミスが誰かの命を奪う。そして、今ミスしたら――俺だ。


 足場の間隔、敵の動き、背景の色合い、全てに神経を研ぎ澄ませる。

 ダッシュは最小限。敵も倒さない。必要な時だけジャンプ。

 無駄な動きは一切しない。


「……なんかさあ」


 後ろからアヤノの声がした。


「地味なプレイだね。もっとこう、ガツンといけないの?」


 俺は視線をモニターに向けたまま、短く答える。


「いいんだ、これで。俺は生き残るためにやってる」


 アヤノ含め誰も何も言わなかった。

 俺の指が震えていたのを、見ていたからだ。


 しばらく進むと、ステージの空気が変わった。

 足場は狭く、上下にスライドするブロックが連続して配置されている。


「ここだな……難関は」


 コインの配置は控えめで、誘導は少ない。

 背景にはトゲ床。敵の動きも一定ではない。


(これは、純粋にスキルを試す構成)


 計算された配置。理不尽さのない難しさ。


(俺はゲームが特別得意なわけじゃない。厳しくないか?)


 そのとき、サエキが小さく呟いた。


「あそこ、ちょっと変だな」


 彼が指差したのは、右上の壁際。

 石のブロックの端に、草のドットが揺れている。


「草のアニメーション処理が他とズレてる。何か他と違う処理が走ってるのかも」


 その言葉に、俺の脳が反応した。


「当たり判定があるって事か?」


 サエキは画面を見ながら言った。


「わからんが、可能性は高いな」


 心臓が、ゆっくりと跳ねた。

 これは、開発者ならではの勘だった。


 このズレは、偶然じゃない。


 このドットの先には、テスト中に使われていたルートがある。

 俺はそう確信した。


 本番環境で削除し忘れている。

 そんなミスを俺もした事がある。

 こっぴどく叱られたっけ。


 今はアップデートで直せるミスも、カセット時代は直せない。

 新幹線で京都に本製品のデータを持っていく緊張感を今でも覚えている。


 もし、本当にテスト用のルートがあれば、この難関を楽に突破できる。


 しかし、今そこに飛び込んで、何もなければ落下死だ。


(俺が見てるのは幻か?)

(この壁の奥に救いがあるという妄想に、すがってるだけなんじゃないか?)


 背後から、仲間たちの視線を感じる。


 誰も声は出さない。

 それでも空気が、俺の背を押していた。


 けれど、バグのないゲームは存在しない。

 デスゲームのために作られたテレビゲームだ。急いで作ったに違いない。テストルートが残っていてもおかしくない。


(俺は――作る側だった)


(なら、信じろ。開発者の勘を)


 俺は深く息を吸い、ジャンプボタンを押した。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!!

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少しでも面白いと思ってくださったら、何卒よろしくお願いします!

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