プロローグ
手のひらの上で、硬い水晶がやわやわと形を変え、蒼い蝶となって光の鱗粉を散らし、ふわりと舞い上がった。
「お兄ちゃん、すごい! 星瞳の魔術師様みたい!」
妹が無邪気に手を叩き、歓声を上げる。
このくらい何でもないと、幼い少年の頃のリトスは胸を張った。
由緒正しい魔術師の家系である両親は、魔力が少ないと判定されたリトスに冷たい。この小国では、魔力の強さが権力に直結する。将来性のない息子に両親は失望していた。
それだけに、家族の中で唯一、懐いてくれる妹に情を寄せるのは、しごく当然だった。彼女だけが、凍えるように寒い家の中で、リトスに温もりを与えてくれたのだから。
しかし―――
「この者たちは、物を盗んだのですから。罰を与えるのは当然でしょう」
成長するにつれ、妹は棘のある花になっていった。
まるで純粋無垢な、温室で育てられた外を知らない薔薇の花のようだった。
「リリアーナ、彼らは家が貧しくて、生きるために仕方なく、悪事を選ばざるをえなかったんだ」
「でも、貧しい生活になったのは、この者たちの努力が足りなかったせいだわ。私達は貴族として、民に法を守らせなければ示しが付きません」
瘦せ衰えて震える母子に、リリアーナは冷たく笑って、死刑を言い渡した。
絶望の悲鳴を上げて、刑吏に引きずられていく母子。
その光景から、リトスは目を逸らして唇を噛む。
妹は家族以外から嫌われている。人の心が分からない、高慢な貴族令嬢として。
侯爵令嬢であるリリアーナは、このままいけば順当に王太子カナンの妃になると言われている。
高位貴族は、古い血筋で保守派の筆頭であるアルシャウカト侯爵を支持した。しかし、アルシャウカト侯爵の無能な嫡男と呼ばれるリトスだけは、この婚約に危機感を持っていた。
妹が王太子妃になれば、国は荒れる。彼女の直轄地で処刑された人々を目にしてきたリトスには、その状況が容易に想像がついた。妹だけではなく、両親も古い貴族らしい価値観の持ち主で、人の痛みに無関心だった。
真に守るべきは、愛する妹か?
生活を脅かされている可哀想な民か?
どちらか一方など選べないと、優しい少年は苦悩する。だが、選ばなければ、いずれどちらも失ってしまう。
どちらも守るには、どうしたら良い?
何年も掛け考え抜いたリトスは、ある計画を思い付いた。