表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

 ソーンダイク警部と捜査官たちは、犯人しか知りえないことを、十項目ほどリストアップした。これをその他の質問とともにランダムに尋ねるのである。

 実際のテストでは、できるだけ正確な反応を得るため、質問全体を二度繰り返すことになっている。

 ポリグラフの質問法には二種類ある。さまざまな質問への反応を比較対照して判断するものと、その質問自体に対する激しい反応を個別に見る方法である。

 コルテスには、この両方の質問法が試されることになった。

 この機を逃したら、コルテスの尻尾をつかむチャンスはあり得ない。彼は逃げ切るだろう。捜査官の間に緊張がみなぎった。

 ポリグラフの機械は、郡警察本部の取調室に用意された。マジックミラーと防音設備のあるこの部屋は、コルテスを最初に事情聴取した同じ部屋である。

 気が散らないように、窓のブラインドが下ろされ、部屋の中はたそがれの影を帯びた。

 臨席するのは、質問者となるソーンダイク警部、アシスタントを務める警部補と機械の操作をする科研の検査官、婦人の速記者の、計四名である。

 いっぽう、マジックミラーのこちら側では聴衆がだんだんと膨れ上がっていた。チェルシー事件の捜査官と郡警察の刑事たちが数人。しまいには地方検事補まで加わり、狭い部屋はいっぱいになった。

 早めに到着したコルテスに、ソーンダイク警部が煙草をすすめた。

 被験者ができるだけリラックスするよう配慮しなければいけない。ポリグラフの結果が、他の不安や動揺で影響を受けないようにするためである。

 まず、被験者であるコルテスに、法的な権利についての説明がなされる。承諾書にサインが求められた。

 ポリグラフの機器を装着する。

 感情変化が起きると、つまり嘘をついて、その嘘がばれないか緊張すると、呼吸のリズムが乱れ、心臓の鼓動が早くなり、いわゆる「手に汗握る」状態になる。そこでポリグラフ検査では、呼吸、心拍、発汗を同時に記録測定するのである。

 コルテスは両手を椅子の肘にのせた格好で、右手肘上に心脈波を測定する血圧帯、左手の人差し指と中指に皮膚電気反応を調べるGSRの端子をそれぞれ装着され、胸に呼吸を記録するチューブが巻きつけられた。 

「本検査の前に、ちゃんと機械が反応していることをチェックします。どの質問にも『いいえ』と答えてください。それでわかりますから」

 マジックショーだった。

 八枚のカードをテーブルに裏返しに並べ、被験者に一枚選んで引かせる。数字を本人にだけ確認させ、科研の検査官が尋ねた。

「それは一ですね」

「いいえ」

 機械の針の微妙な動きを見ながら、検査官が乾いた声で続ける。

「それは二ですね」

「いいえ」

 同じことを繰り返し、八まで訊いてから、

「選んだ数字は四ですね」

 ポリグラフに自動記録されたさまざまな変化から、質問ごと被験者が虚偽を述べているか真実を述べているか判断し、カードの数字を当てることができるのである。

 コルテスは、感じ入ったような表情を見せた。

 これは予備検査だったが、これだけで被験者が観念し、自白することもある。

 電気椅子を連想させる、背板の高い椅子の中で、コルテスは居ずまいを正した。

 ソーンダイク警部は、その様子をじっと観察しながら言った。

「それでは本検査に入ります。同じように、すべての質問に『いいえ』と答えてください」

 隣室では、取調室の音声を録音するカセットレコーダーのスイッチが入れられた。 

 そこに集まっていた全員が、無言のままマジックミラーに額を寄せた。質問に対する容疑者の微妙なリアクションも、細大漏らさず観察する必要があった。

 ソーンダイク警部がリストを手に、ゆっくりと読み上げた。

 名前や住所や年齢など、あたりさわりのない質問が続いた。どれも正しい内容である。それに対して「いいえ」と答えるので、わずかな緊張が、ポリグラフの針をやや大きく振らせ、回答を虚偽と知らせる。

「チェルシー バーンズを知っていますね」

 白骨の身元についてはすでに新聞などで公表されており、誰でも知っているところである。

「あなたは婦女暴行未遂で処分を受けたことがありますね」

 コルテスが昔、未遂事件を起こしているのもまた周知の事実だ。

 その反応を確かめたうえで、いくつか当たり障りのない質問が続いた。

 それから、ソーンダイク警部は無表情に言った。

「チェルシー バーンズの死体を仰向けにして、沼地に埋めましたね」

「……いいえ」

 まばたきほどの一瞬、コルテスの返事が遅れた。

 マジックミラーのこちら側では、全員が息を詰めていた。

 死体は、頭蓋骨の変色が示していたように、うつぶせに埋められていた。仰向けではない。 

 回答の一瞬の遅れは、何を意味するのだろう? 犯人しか知らない事実とのわずかな食い違いを、コルテスがいぶかしく思ったからではないのか?

 それとも、この男はそれも超能力のせいにするだろうか。夢で見た遺体は仰向けではなく、うつぶせだったと。

「あなたの出身はオハイオ州ですね」

 ふたたび質問が、事件と無関係な事柄へと戻される。緊張した状態と比較するためである。

 生年月日、卒業した学校、家族の名前。

 無関係な質問から、事件に直接関連した質問へと振り子のように繰り返す。

 最後にソーンダイク警部が訊いた。

「チェルシー バーンズをツードアの後部座席に乗せましたね」

「僕の乗っている車はフォードアセダンですよ、警部さん」

「質問には、『いいえ』とだけ、答えてください」

「……いいえ」

 質問は全体が二度繰り返された。

 二度目の質問の最後で、ソーンダイク警部は、ポリグラフテストが終了したことを告げた。

 検査官が、コルテスの体に装着した機器をはずしにかかる。

 速記者がルーズリーフのノートを閉じる。

 警部補が、ウォータークーラーの水を紙コップについで、コルテスに差し出した。

 コルテスは拍子抜けた表情をした。

「これで終わりですか、警部さん?」

「ええ、テストは終了しました」

 ソーンダイク警部は、ふと思い出したようにさりげなくコルテスに尋ねた。

「夢のお告げを信じますか、コルテスさん? あ、いや、これは、私の素朴な質問なんですが」

 マジックミラーをへだて、刑事たちも地方検事補も耳をそばだてた。

 ポリグラフのスイッチは切られており、機器もほとんど体からはずされている。

 コルテスは、ジャーナリストたちに何十回と答えたことを昂然と繰り返した。

「僕は体験として知っているので、イエスとしか答えられませんよ。今度のことは、あなたも初めから知っているでしょう?」

「超能力だと?」

「ええ、もちろん」

「夢で見るわけですね?」

 コルテスが歯を見せる。

「僕の場合、夢の中でしか、その能力を発揮できないんですよ。でも、事件のことは夢でいろいろ見ています」

 ソーンダイク警部はかすかに肩をそびやかし、そこで唐突に質問を終わらせた。

 ふたりの間に沈黙の薄氷が張った。

 コルテスは、体を椅子からわずかにのり出した。

「訊いていただければ、捜査のお手伝いができるかもしれない。やらせてください、お役に立ちたいんです。ほら、ご存知でしょう、ピーター ハーコスとか。捜査に協力して成功した超能力者はいるんですよ」

 ポリグラフの装着がはずされても、コルテスはまだ椅子から下りようとしなかった。

「どんな風に殺されたか、夢の中に出てきます。知りたくないんですか?」

 ソーンダイク警部は、ポリグラフの検査官とともに記録用紙から、目を上げようともしない。

 速記者がノートを手に椅子から立ち上がった。規則正しいハイヒールの足音が、部屋を横切って行く。

 コルテスは聴衆を失おうとしていた。

「訊いてくだされば……僕はもっといろいろ見ているんです。夢の話をしたでしょう? あの娘は僕を沼まで連れて行って、指差すんです。信じないんですか?」

 コルテスの大きな瞳がせわしなく左右に揺れた。

 検査官が機械から、記録用紙を鋭く切り取る。

 ソーンダイク警部は窓際に歩み寄り、白いブラインドを巻き上げた。部屋の中は、夢から覚めたように一転して明るくなった。

 窓の向こうには、たたけば音のしそうな夏の青い空と、濃い影を抱いた低いビル群が続いている。

 けれど、その景色はソーンダイク警部の目に入っていない。コルテスに背を向けていたが、全神経は背中に集中していた。

 コルテスは早口になった。

「そうだ。夢の中で少女が沼を指すのは右手なんです。こうやって」

 右手を斜め下に伸ばす。

 ソーンダイク警部はゆっくりと振り返った。

 マジックミラーのこちら側では、誰も息を止めた。小部屋全体が台風の目に入って一触即発の電気を帯びたようだった。

 ソーンダイク警部の視線を受け止めると、ジョン コルテスは唇を湿して一息に言った。

「そうだ、沼を指す人差し指は欠けています。車の中で犯人と争い、逃げようとしてドアに指をはさんだんですよ」

 そこにいた全員の動きが静止していた。

「遺体を調べてごらんなさい」

 言い終えてはじめて、ジョン コルテスは怪訝な面持ちで周囲を見回した。



 ただちに家宅捜査令状が下り、コルテスの自宅が捜索された。

 ポリグラフの結果はボーダーラインと出ている。限りなくクロに近いが、クロと断定することはできない。

 コルテスは、あくまでも夢で見たのだと主張し続けた。

 捜査官にわかったのは結局、この男がほんとうにそのような夢にうなされているか、それとも犯人なのか、どちらかだということだった。――振り出しに戻る。

 しかし、彼の爆弾発言は、ポリグラフの結果を補って余りあった。遺体の指骨の状態については公表されていない。それを知っているのは、犯人以外にない。

 状況証拠はそろったものの、犯人と被害者を直接結びつける物的証拠がほしかった。チェルシーの遺体は服も靴も剥ぎとられていた。偶然に、または「記念」に、自宅に持ち帰ったものがあるかもしれない。

 コルテスの自宅から、チェルシーの服や所持品の一部、金髪の一筋でも見つかれば……

 家宅捜索の押収品の中に、婦人用Sサイズの白いオーバーズボンがあって、チェルシーが失踪当夜着用していたものによく似ていた。コルテスの妻はMサイズである。

 しかも、このオーバーズボンが見つかったのはクロゼットではなく、ガレージだった。セメントで固めた壁と、ささくれた木製の工具棚の間に、埃にまみれ、丸まっていたのである。

 他の衣服や証拠になるような物は、コルテスが燃やすなりして処分してしまったのではないか? これだけたまたま棚の裏側に滑り落ちたため、見過ごされたのではないか?

 しかし、これがチェルシーのものだと確認することは難しかった。布地から指紋を検出することはできない。

 オーバーズボンは他の雑多な押収品とともに、郡警察署の科学検査室に持ち込まれた。

 検査官が、埃を払うためにそのズボンを振ると、右ポケットから何かが落ち、ステンレスのテーブルの上に弧を描いて転がり、止まった。

 検査官はピンセットを使い、注意深くそれを拾い上げた。

 一枚のクォーター硬貨だった。



      (了)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ