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9話 愛する君に、最初の想いを。

 「じゃあ、話は変わるけど」


 そう思った矢先、突然、彼女は訳のわからないことを言い出した。


 「その手提げの中身、確認してみて」


 「はぁ?? 中身……?」


 中身って言われても、ちょっとした工具と、宇宙一大切な、家族写真くらいしか……


 「……ん? あれ……」


 「そ」


 「家族写真がない!!!」


 そう叫んだ刹那、見知った額縁に入れられた、僕らの家族写真を見せびらかしてきた。


 「今私が持ってる」


 「えっ…………??」


 奪った……? 何のために……?! 僕が気を失っている間に盗んだのか……? いや、そんなことより……!!


 「返せよっ!!!! それは僕の大切な!!!」

 

 「知ってる」


 「だったら気安く触るな!!!」


 「半年後に返すから、それまで私に付き合って。それが返す条件」


 「はぁ?! ふざっけんなよ!!! 今返せ!!!」


 ギシギシと激しく痛む左肩なんか一切構わず、彼女へ詰め寄って武力行使で奪いにかかる。けれど。


 「今私の服の下に入れたから。倫理観とよく相談してね」


 「…………っ!?!?!? そんなので僕が」


 「道徳の授業は受けてきた?」


 「お前が言うな!!!!!」


 こんな安直な抑止力で動けなくなってしまうほど、ダメな童貞でしかなくて。


 「…………」


 僕が動きを止めると、彼女は少し微笑んで話を続けた。


 「半年間、私に付き合ってほしい。半年後、返してあげるから」


 「守らなかったら?」


 「これを燃やす」


 「道徳の授業受けてこいよ」


 「受けた上でこれだよ」


 ……まじか……最っ悪だ。絶対になんとかしないと。あれだけは絶対に。守らないと。こんな意味のわからない、垢の他人に触れさせているだけでも許せないのに、燃やすとか。

 ふざけんなよ。いい加減にしろよ。早くその手を、どけろよ。


 けど……。


 「(強く、出れない……)」


 それは。それだけは、絶対に……。

 何とかして、必ず奪い返さなくては。タイミングを見て、隙をついて奪取を……いや、持ち歩いているとも限らないか。

 最悪、彼女の家に空き巣をするとか……。あぁ、めんどくさいな……。でも、こうなったら腹を括るしかない。油断した僕が悪い。


 ……いや、僕悪くないな。人の物、奪っちゃだめだろ。あとで通報しよう。


 「…………はぁ。……付き合うって、何に付き合わせるつもりなんだ? 恋人のフリをしてほしい、とかか?」


 フィクションでありそうな展開。半笑いでそう言ったら、真顔で怒られた。


 「ふざけないで。部活。部活の話」

 「なんの」

 「つくるの。わたしたちで」

 「…………は?」


 「”いのちのゆりかご部”、名前も決めてる。私の下の名前、ユリだから」


 「だからなんの部活なんだよ」

 「説明しないとわからない?」

 「当たり前だろ!」


 やれやれ、と溜息を吐いた後


 「”死にたい”とか、”辛い”とか、そんな悩みを私が解決する部活」


 彼女は謎の部活動を生み出した。


 絶句しながら、ドヤ顔真っ最中の盗人を見つめる。犯罪者は僕に構わず続けて。


 「私、誰かの悩みを解決したい」


 身分不相応なことを、胸を張って宣言した。

 けど、その表情は浮かないものだった。苦しさとか切なさを滲ませつつ、俯いていたんだ。


 「私の心を知って欲しいの。性格を見て欲しいの。外見じゃなくて。中身をちゃんと……。悩み聞いて、しっかり解決して……。そしたら私のこと、見てくれるかなって。それで……」


 「……そういうのズルいなー」

 「なにが」

 「別に」


 さっきの悲鳴を聞いていた分、正直、感情移入してしまう。

 なんか、まぁ、全然普通に頑張って欲しいとは思うんだよ。人のもの盗んで脅してくる極悪非道さんだとしても、さっきの絶叫があまりに辛そうだったから。

 単純に、応援できる。うまくいってほしいと願える。

 だけど、僕が今日、実際に味わった不快感を思い出すとどうしても……。


 彼女が人の悩みを解決できるイメージが湧かない。


 「あなたには協力してもらう」


 「拒否できないし、別にいいよ。でもさ、一つだけ、アドバイスしてもいい?」


 「……?? いいけど」


 言い方次第では、相手を傷付けてしまうかもしれない。今から僕が言う言葉は、彼女の今日の言動とそれに付随する性格の批判だ。

 だから、彼女の顔を伺いながら、言葉をしっかりと選び、丁寧に繋げていった。せめて、正しく伝わるように。悩み相談を強制的に受けさせられた身として、最初のお客さんとして、適切なフィードバックを与えてあげたかったんだ。


 「しつこいの、直したほうがいいと思う」


 思いのほか真剣に、彼女は耳を傾けていた。


 「あと、自分の価値観を押し付けるのも」


 「一つじゃない……」


 「ごめんごめん」


 その後、あの時僕がどう思ったのか、なんて話を伝えてみたが、彼女は終始、ぽけー、っとよく分からなそうにしていた。あまり伝わってなさそう。

 だから、より分かり易く丁寧に言い直した。


 「白鷺さんは、相談相手として絶望的に適性がない。超頑固な性格してるから。それを伝えたかったの」


 「…………」


 「今のままだと、絶対上手くいかない」


 思わず断言してしまった。今思えば、ずっと、中々にきつい事言っていたよな。言い方も厳しかったと思うし……。


 フォローしなきゃと思って、焦ってすぐ言い直しにかかる。だが、慌てすぎて早口になって、自分でも何を言っているのかわからなくなってしまった。


 「いや、でもしつこいのも頑固なのも裏を返せば芯があるって意味にもなるし!」


 「あっ、うん!」


 「諦めの悪いところとか、普通にかっこいいからそのままでいいと思う!」


 「…………」


 「価値観押し付けてくるのは……まぁ、迷惑だけど…………」


 言い終わった途端、耳元に血が昇ってくるのを感じて、穴へ逃げ込みたくなった。無意味に無様な姿を晒してしまったーっ!!なんて後悔しながら、恐る恐る、彼女を見やると


 彼女の表情はどこか明るくなっていた。


 目を見張って、瞳をキラキラと輝かせた後。


 口元をにんまりと上げて、何故かちょっと嬉しそう。そんな自分の姿に気づき、慌てて口元を抑えるが、そのまま頬をぷくーっと膨らませていく。


 少しすると、何かがはち切れたかのように、笑い出してしまった。


 一つも嫌そうじゃないのに


 「…………うるさいなぁ」


 なんて言いながら、クスクス笑って、彼女は幸せそうだったんだ。


 「…………な、なんで嬉しそうなの?」


 「意外と近くに、心まで見てくれる人いたんだなって!!」


 「こんなのが、見たうちに入るの??」


 「うん!私の嫌なとこも、好きなとこも!全部見てほしい!!」


 「…………」


 「できれば、最終的に褒めてほしい……!」


 「…………」


 えへへっ、と笑って、何やらずっと楽しげな白鷺さん。


 その姿に見惚れて、僕は何も言えなくなっていた。


 情けないと、笑われるだろうか。でも、仕方ないと思うんだ。


 幸せそうな、彼女の笑顔は。


 この闇夜の中でも、鮮かに咲き誇って見えて。


 「あのさ……っ!」


 僕の心を奪い去るには十分すぎるほど


 「あの……えっと、あの…………ありがとう!!」


 綺麗だったんだ。


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