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6話 特別な君に、一輪の花を。

 「いい加減にしろって言ってんだよ!!!!」


 ありったけの怒りを、爆発させてしまった。


 「なんなんだよ!! 上から目線に生きろ死ぬなダメだなんだって! なぁ!! 僕が一度でも助けて欲しいって懇願したか?! 死にたくないって、言ったか?!」


 「いや……えっと……」


 「いいか! 僕は死にたいんだ!! 辛い今も、苦しかった過去も、全部消してしまいたいんだよ!! それが僕のたったひとつの願いだ!!! なのに! 陳腐でチープな価値観振り翳して満足げでうっっぜぇ!!」


 「…………私は……」


 「少しは僕のこと考えてくれよ!! 死にたいと願う気持ちと、願うまでの過程を、想像くらいしてくれよ! ……あー、そうか。何不自由なく暮らして、能天気に幸せを享受してきた人にはわからないよな! 死にたいほどの苦しみが! 今まで人生ハッピー尽くしの美少女風情が、口出してくんなよ」


 「…………っ!!」


 いつの間にか彼女は、今にも殴りかかってきそうな剣幕で、僕を睨みつけていた。どうやら何かの地雷を踏み抜いたらしい。


 「いいよなお前。クソ可愛いもんな。チヤホヤされて、さぞ楽しく過ごしてきたろ」


 「…………はぁ?」


 「誰からも羨まれる美貌を持って、誰からも愛されて、憧れられて、求められる。最高の容姿で、最高の人生。はっ! 最高じゃんね。僕もほんとに羨ま」


 僕が言い終わるのも待たず、その刹那


 「――っ!!!」


 彼女は思いっきり僕の胸ぐらを掴み上げた。


 「……うっ!!」


 思いの外強い力で、首筋を締め付けられる。しかし、怯むことはない。激情を胸に、彼女を見やる。


 「…………!!」


 血管が浮かび上がったその手は、弱々しくプルプルと震えていて。

 凄まじい気迫を滾らせるその瞳の奥が、どこか悲しそうで。


 悲痛な彼女の叫びが、耳を劈いた。


 「好きでこんな姿に生まれてきたんじゃない!!!!」


 「……え?」


 「最高の人生?! ふざけないで!!! 私がどんな思いで生きてきたか知らないくせに!!!」


 その華奢な体躯からは想像もつかないほどの力強さで、声を張り上げる。


 「し、知らないよ……」


 「じゃあ教えてあげる!! いつまでも! 永遠に! ずっと! 外見ばっか褒められ続けるの! 何をしても、どこに行っても、顔顔体顔体!! 誰一人として私の心に目を向けてくれないし向けられない! いい加減にしてよ!!!」


 キンッと、鋭く僕を睨みつけ、彼女は続ける。


 「あなたも、やれ世界一だの宝石みたいだの……月光みたいだのって……何あれ」


 「…………」


 それ口に出してたか?


 「誰も私の心を見ない、見ようともしない。だから私はずっと一人! 私だけいつも特別で、腫れ物扱い! 辛いし、寂しいよ!! 何がハッピー尽くしだ! 何が最高の人生だ! 何が世界一の美少女だ! 私はただの人間だ! ……そっちこそ、何も知らないくせに、知ったような事言わないで!!」


 途中から声は掠れ始めていて、喉なんかもう焼き切れてしまいそうだ。


 「誰か……私を見てよ…………」


 熱く、切ない、独りの人間の心の叫び。


 僕程ではないにせよ、彼女もきっと、それなりに辛い経験はしてきたのだ。なら、さっきの僕の発言は、あまりに軽率。頭を下げるべきだろう。


 けど、謝罪の言葉なんか出るわけもなくて。それは、頭に血が昇っているからとか、プライドが許さないからとか、そんな理由じゃない。

 彼女の言葉に、納得できなかった。孕んだ矛盾を、追求せずにはいられなかったんだ。


 「じゃあ……お前がまず僕を見ろよ!!!」


 「……ち、ちゃんと見てるよ!! あなたのことは大体分かってる! 心の声なんか、いつも聞こえてる!」


 「死にたいって言ってんのが聞こえてねえのか!!!!!!!」


 「…………いや、ずっと聞こえてるけど……でも、死ぬのなんてそんな……」


 「あぁぁぁぁ!!!! 何でそんな簡単に人の心踏み躙れるんだよ!!」


 「踏み躙ってなんか」


 踏み躙ってる。死にたい気持ちも、これまでの過去も、簡単な言葉で否定して。自己満足の偽善で悦に浸って。


 僕はお前が気持ち良くなるための道具じゃない。


 「いいよわかったから!!もう喋らないで。たくさんだ」


 「………………」


 それから彼女は、黙って、俯いて、握り拳をプルプルと震わせて。言われた通りに、何も喋らなくなった。


 丁度いいから、追撃を喰らわす事にした。


 「結局、辛いとか言いつつも死にたくはならないんだろ。それで私も辛かったんですって、悲劇のお姫様気取りかよ。一緒にすんな。その程度で同情してくんな」


 彼女の歯が、軋む音がした。


 「お前はお姫様らしく、城に囚われたまま死んだように生きてろ。可愛いだけの存在として、一生持て囃されてろ。上辺だけでも褒められることにせいぜい感謝しな」


 彼女は顔を上げる。蒼い瞳に、殺意を宿している。刺し殺すかのような目つきで、僕を睨みながら。


 「……死んじゃえよ」


 怒りのままに、そう口にした。



 遅れて、自分の言葉に気付き、ハッとする。右手で口を覆い、恐る恐る僕の様子を確認してきた。


 「…………え」


 僕は、この言葉を理解するまで、少し時間がかかった。彼女の口から出てくるわけがないと思っていた言葉だったから。


 ゆっくりと血が冷めていく。込み上げていた苛立ちが霧散していく。平静さを取り戻した心の底に、最後に残っていたのは。


 虚しさと、悲しさだった。


 「……あ、あの……今のは別に、本心じゃ」


 でも、それとは別に、狭まっていた視界が一気に開ける感覚があった。死を受け入れる準備が、これで完全に整ったからだろう。


 気づけば、透き通るような、美しい風景が僕の視界を埋めていた。


 不安げに何か話しかけてきている彼女を一瞥しつつ、空を見上げる。


 朝と同じ、雲ひとつない蒼天。

 純白の陽光。

 そよ風が、優しく肌を撫でていく。


 目眩がするほどの心地よさに、思わず笑みが溢れた。


 「わかったよ」


 それだけ言って、駆け出した。


 「……??あっ!!!待って!!!!」


 風を切って走る。ぐんぐん加速して、屋上のその先へと向かう。そして。


 「だめ!!!!」


 僕は力強く地面を踏み締めて、空の彼方へと飛び出した。


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