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5話 命の最後に、縋れる希望を。


 屋上への階段を登る。踏み締めながら、一歩ずつ。


 「…………大丈夫」


 ここは白鷺さんが指を差した、あの高層マンション。


 “高さが足りない”


 彼女自身が勧めた場所だ。ここで死ねば少しでも彼女に不快感を与えられるんじゃないかと考えて、わざわざ歩いて20分。

 自分で呆れてしまうほど性格が悪い。でもしょうがない。焚き付けたのは、彼女だ。


 それから数分もすると、屋上への最後の扉が見えてきた。しかし。


 『この先屋上、立ち入り禁止』


 すぐ横に張り紙。こういう時のために、最低限の工具は手提げに入れてきたが……こんなしょぼいので、なんとかなるだろうか。すごい埃被ってるし……。まぁ、無理なら一つ下の階から飛べばいい話なんだけど。


 「あれ……」


 近くに行って確認してみると、鎖と錠で堅牢に守られていたはずの扉は、ボコボコに破壊されていた。幸運にも今だけ屋上へ侵入できるみたいだ。

 あまり深いことは考えず、ドアを押し開け、屋上へと進んだ。


 丈の低い古びた柵が無機質に並んだだけのつまらない空間。

 柵を越えて落下先を覗いて見てみれば、薄灰色の地面が続くだけ。

 空を見上げてみれば、どこまでも蒼いまま。

 いつも見ている、何気ない風景。


 けど、なぜだろう。


 ここから一望できる世界が、死を前にして、ただ不必要に美しくて。


 「……綺麗だな」


 目を奪われていた。不思議な感覚に、手足が浮き立つ。勢い余ってそのまま落ちてしまいそうになって、慌てて後退りする。


 もう少しだけここで、ゆっくりしたい。

 平穏なひとときを、最後に過ごしたい。

 そう思った矢先。


 「やっぱり……ここだよね」


 「っ?!」


 背後から突然声が響く。

 腰が抜けて、その場にへたり込んだ。見上げた先には。


 「……はぁっ……はぁ……死なせないって言ったでしょ」


 汗だくで息を切らした、純白少女。


 白鷺さんがいた。



 彼女は、膝に手をつき、肩を上下に揺らしながら、切れ切れの呼吸を繰り返している。


 「なっ……なんで…………」


 「はぁ……うっ……。読み、通り……だから……」


 「読み通りって言ったって無理がある……」


 ここを選ぶ保証なんか一切ない。ましてや、死ぬ手段に飛び降りを選ぶとも限らない。読み通り、なんて簡単な言葉じゃ説明つかない。


 「……学校は?」


 「あの後あなたを追って、すぐ出てきた」


 「……そ、そっか」


 「うん」


 風の音だけが静かに流れ行く。沈黙がより一層際立って、居心地が悪い。こんなことになるなら、さっき飛べば良かった。


 「……本当に死ぬの?」


 先ほどまでの不安げな様相はどこへやら。彼女の瞳には再び、蒼く真っ直ぐな光が宿っていた。


 「君には関係ないだろ」


 「……止める。絶対に」


 メラメラと決意を滾らせている。背後に見える熱いオーラに、鬱陶しさを禁じ得ない。面倒だから、怯えたままでいて欲しかった。


 「そーですか」


 止めると言っても、この状況。女の子1人でなんとかできるとは思えない。僕が走り出せばそれまで。絶対に止めるとか、よく言えたものだ。


 酷く冷めた眼差しを向けられていることに、ようやく気付いたようで、彼女はそっと目を逸らした。そして、小さな声で何やら話し始める。


 「さっきは……その、ごめん。私、別のことでイライラしてて、ちょっと何書いてたか覚えてなくて……」


 それからも、彼女は慎重に言葉を紡いでいく。


 「…………って感じ、で……す」


 「……そっか」


 よく聞けば、普通に謝罪と、言い訳だった。全ての言葉に申し訳なさと誠意が込もっていて、彼女の想いがありありと伝わってきた。でも。


 「(……うーん)」


許す許さないとか、そういう話がしたい訳じゃなくてさ。


 なんかもう、正直どうでも良いんだよなぁ。


 歩いている間に、ちょっと落ち着いたのもあるけど。今いくら怒ったところで、どうせ死ぬし、意味ないよ。


 だからもう全部忘れて、死後の世界の話とかしようよ。そっちの方が良い。


 「いや、大丈夫。あんまり気にしてないから」


 本当だ。気にしてなどいない。


 「…………そ」


 「うん」


 「…………」

 「…………」


 え、順当に気まずい。当たり前なんだけど、何話していいかわからない。

 

 飛ぼうかな、もう。


 飛ぼ。


 そう考えたが、僕が体を動かすよりも先に


 「まっ、待って!」


 声が響いた。


 「……え?まだ何もしてないよ」


 「自殺はだめ。止まって」

 「……なんで?」


 「死んだらだめだから。だから死なせない。私が絶対に助ける」

 「…………」


 「生きていようよ。一緒に」

 「……だからさぁ」


 「死ぬのはだめ」

 「…………」


 あぁ。そういえばさっきも、こんな感じだったな。


 上から目線に押し付けるばかりで。


 僕の心を考えもしない。


 さも、死ぬのが全て、いけないことかのように。

 決めつけて、思い込んで、強要して。


 死という希望を、僕から奪い去っていく。


 「大丈夫。生きてたらいいことあるから」


 本当に君は、無神経だな。


 「大概のことは、まあなんとかなるよ。だから死んじゃだめ」

 思い出した嫌悪感は


 「それに、自殺って悪いことだし」

 彼女の薄っぺらい言葉と共に


 「生きてこ」

 その影が濃くなって


 「一緒に頑張ろ」


 やがて


 「いい加減にしろって言ってんだよ!!!!」


 ありったけの怒りを、爆発させてしまった。


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