15話 花宮さんに、冷たい軽蔑を。
「全部白鷺さんのせい」
「………………」
「………………」
花宮さんは、そう、口にした。
空調の「ぼー」という音だけが無機質に鳴り響く。
あれから誰も口を開かず、5分は経っただろうか。さっきまでとは比べ物にならないほどの、重々しい雰囲気が場を支配していた。
花宮さんは、白鷺さんを絶えず睨み続け、かくいう白鷺さんは、俯いて固まっている。間に挟まれる僕は、目のやり場に困って、ずっと天井のシミを数えていた。居心地が悪すぎる。
せめて、間に挟むのだけはやめて欲しかった。めっちゃ気まずい。すっごく息苦しい。
誰か何か喋ってください、なんて神に祈っていたら、ついに待望の瞬間が訪れた。
この静寂を打ち破ったのは、白鷺さんだった。
「……ごめん」
絞り出すような小さな声が、微かに聞こえてきたんだ。
「(なんで白鷺さんが謝って……)」
白鷺さんは酷く申し訳なさそうに、項垂れたままだった。
待ってよ。なんでそんな顔してるの。おかしいでしょ。彼女が謝るなんて。絶対に、何も悪くないのに。
でも、そう思っていたのは、この場で僕だけだったんだ。彼女の悲痛な謝罪も、呆気なく切り捨てられてしまった。
「いや、謝ってもどうしようもないじゃん。他の人にとって、あなたの代役でしかないの変わらないし」
同情なんて一欠片もない、冷たい言葉。善悪の区別が壊れたこの空間で、花宮さんの罵声だけが生き生きと暴れていた。
「いるだけでめちゃくちゃ迷惑」
「…………えっと……」
「代用品って。私のことなんだと思っているの」
「…………ご、ごめ……ん……」
「本当に気分悪い」
どんどん弱々しくなっていく白鷺さんの声。今にも儚く消え入りそうで、痛ましい震えが音に重なっていた。
自分を責める気持ち、後悔に満ちた苦しさ。そして、どうしようもないやるせなさが、ありありと声色から伝わってきた。
胸が、締め付けられる。
「いいよね、白鷺さんって。こんなに可愛いんだもん。なんも努力せずに、特別な存在でいられるんだから」
「…………特別……」
「何しても、顔がいいってだけで許されるでしょ。いいなー」
「………………」
妬みと嫉み、薄汚れた感情を一方的にぶつけられていく。一切反論することなく、一つ一つの言葉を受け取って、その度に肩を震わせていた。まるで、無力な小動物が執拗に傷めつけられているかのよう。
「誰にでも愛されて、求められるもんね。生まれた時点で勝ち組じゃん?」
「…………」
「代役の私には分からないから教えてよ。主役で花形、お姫様の気持ち」
「…………」
「超ド級に可愛いって実際どんな感じなんだろう。わからないけど、さぞ人生楽なんだろうねー」
「…………」
「いいなー、私も特別な容姿を持って生まれてきたかった」
「…………ごめん……なさ」
「その辺にしとけよ」
いつの間にか僕は、白鷺さんを庇うように2人の間に立ち塞がって、”いかにも”なセリフを言い放っていた。
高鳴る鼓動、高まる体温。胸がムカムカする。湧き上がる苛立ちを止められない。彼女を貶してやりたくて、たまらない。別に、僕が悪く言われているわけでもないのに。他人事でしかないのに。
なんでこんなに、腹が立つんだ。
ただ、目の前にいるこの女を叩き潰したい。地べたを這いつくばらせて、ぐちゃぐちゃになるまで踏み潰して、白鷺さんに謝らせたい。
荒れ狂う激情に身を委ね、花宮さんを睨みつけると、彼女も当然こっちを見ていて。
「は?? 何?」
花宮さんの刃が、次は僕へと向けられた。
たった一瞬の睨み合い。時間としては、コンマ数秒。でも、すぐに気付いた。たぶんこの人は、人を人と思っていない。僕なんかいつでもボコボコになぶり殺される。えげつない殺意に、全身が震えてしまった。
気付いたら、僕だけが一方的に睨まれていた。あれだけ燃え盛っていた怒りは、綺麗に鎮火していた。ダサいだなんて、言わないで欲しい。相対すると、わかるんだ。この人めちゃくちゃ目が怖い!
それでも、何か言い返そうと、恐る恐る視線を上にあげてみたのだが。
冷徹で無慈悲な軽蔑の眼差し。たった一閃睨まれただけで、恐怖で身動きが取れなくなった。
「何? 会話に入ってこないで」
背筋が凍る。やばい冷や汗が止まらない。
あれ、こんな怖い人だったっけ?! え?! 隣の席にいるとき、もっと和やかじゃなかったっけ?!
「あっ、えっと……」
「はきはき喋ろうね。いつも思ってたけど」
何が小悪魔みたいな魅力だ!? 悪魔が目の前にいるだけじゃないか!! 過去の自分を殴りたい……。
まずい、どうしようどうしよう。思考が回らない。怖い! 怖い!! 次の言葉が思いつかない! 何で何も考えず飛び出しちゃったんだ! というか、なんで飛び出してきたんだっけ?!
「…………」
「…………はぁ、邪魔すぎ」
法外な殺意。恐怖で足がすくむ。何しに飛び出したのかも忘れてしまった。堪らず、この場から逃げ出そうとした、その刹那。
目に入ったのは、白鷺さんの横顔。
「…………」
彼女は未だ、目を伏せていた。
唇は震え、固く結ばれていて。止めどなく溢れ出る悔しさに、必死に抗っているかのよう。
その美しい瞳には涙が滲んでいて。少しでも動けば、溢れてしまいそう。
彼女の手は、膝の上で握られていたが、指先がわずかに震えている。
白鷺さんは涙を堪えて、我慢していたんだ。申し訳なさとか、やるせなさとか、悔しさとか、そういうの全部背負って。どうしようもない現実に耐えていたんだ。
そんな彼女の、儚く、弱い姿を見た時に。
やっと気付いた。
死にたがる僕なんかが、こんな気持ち、許されないけど。
『白鷺さんを守りたい』
そう思って、飛び出してきた事に。
「あのさぁ!!!」
「…………は? なに?」
言い忘れていたのですが、私はたけのこの里の”過激派”です。きのこの山の民は1人残らず殴殺します。
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