14話 花宮さんに、惨めな日々を。
「……きったな」
花宮さんが、一歩後退りする音が聞こえてきた。
指定された空き部屋(部室予定)にたどり着いた僕らは、そのあまりの汚さに絶句した。蜘蛛の巣と埃なんて序の口。食べ残しみたいなやつのせいか、至る所で小さな生態系が完成している。カビと苔、虫、胞子、その他気持ち悪い何かのオンパレード。この世の地獄だ。
子供の頃に観たジブリの映画が脳裏をかすめた。
「……頑張ろ」
白鷺さんは、両手にレジ袋を装着して、堂々と腐海に突っ込んでいく。どうやらこれを片付ける予定らしい。末恐ろしい人だな。その凄まじい熱意に、思わず感動を覚えた。
「いや、待ってよ。私、状況何も分かってない」
本格的に掃除が始まる前に、拉致被害者、花宮さんが慌てて言葉を発した。
「なんか突然誘拐されて、部活?みたいなのへ強制的に入れられたんだけど、何これ」
「状況わかってるじゃん」
「なら尚更言いたいんだけど、どういうつもり?」
花宮さんは、鋭い目つきで諸悪の根源たる白鷺さんを睨みつけ、不快感を顕にしながら冷たく吐き捨てた。
「私、こんな部活入りたくないんだけど。自分勝手過ぎない?」
言われた当の本人は、白々しく知らん振りを決め込んでいる。それが戯けているようにうつったのか、彼女はさらにヒートアップして、畳み掛けるように言葉を続けた。
「何より貴方と一緒なのが嫌。なんで私があんたなんかと部活しなきゃいけないの」
うわっ、散々な言い方。なんか、めっちゃ嫌われているみたいだ。入学して間もないのに可哀想。
オロオロと分かり易くたじろぎ始めた白鷺さんを他所に、花宮さんは唇を噛み締め、怒りの炎を瞳に宿している。
口ぶりから考えると、さっきの拉致の事じゃなくて、白鷺さんという個人に対して何か思うところがあるらしい。
こんな短期間で嫌われるなんて、よっぽどだなと思いながら白鷺さんに視線を向ける。すると彼女も同様のことを思っているのか、首を傾げて花宮さんを見つめていた。
しばらくすると「あぁー」と何かを察した様子の白鷺さん。そして、何か言おうと口をもごもごさせていたが、どれだけ待ってもそれらしい言葉は出てこず、最終的に。
「……えっと、ここだとアレだから、ちょっと場所変えよう」
そう言って、部屋の外へ僕らを連れ出し、近くの誰もいない教室へ移動した。各々椅子を引いて、腰を下ろす。
花宮さんだけ、何故か3つ飛ばしの席に座った。……露骨に距離を取られている。
「桜、今日はごめんね。無理やり付き合わせちゃって」
「下の名前で呼ばないで。仲良くないでしょ」
花宮さんは、ろくに目も合わせず、食い気味に言い返した。
ハイテンポな貧乏ゆすり。苛立ちが丸見えだ。
というか、なんでそんな嫌ってるんだ。まだ会って5日も経ってないよね。どこにそんな嫌える要素が……。
「(………………)」
僕は思い出した。
白鷺さんに最初に会ったあの日、入学式の日の、傍若無人ぷりを。
「(嫌われてもおかしくないなぁ……)」
苦笑いを浮かべつつ、一応、陰ながら彼女の応援をした。負けそうな方を応援したくなる、人間の性である。
花宮さんは離れた席で、明後日の方角に視線を向けつつ、ゆさゆさと貧乏ゆすりを続けている。白鷺さんは、「あ、あの」と気まずそうに切り出し、対話を試みるが。
「…………なんか……」
「………………」
「…………私のこと嫌い?」
「………………」
よそ見したまま答えもしない。否定しないってことは、事実なんだろうけど。
どうやら、しっかり嫌われているらしい。白鷺さんは、寂しげな色を瞳に滲ませつつ、長々とため息を吐いた。そして、ボソッと呟く。
「……またか…………」
その言葉に、花宮さんの鋭い視線が再び戻ってきて。
「…………またってなに」
と、問いかけた。すると。
「私の容姿、妬んでるんでしょ」
「…………」
白鷺さんは「はぁぁぁぁぁー」と、ねちっこいため息を吐いて、肩をすくめた。そして、続け様に。
「もういいよ、そういうの」
心底うんざり、といったご様子で、頬杖をついて彼女もそっぽを向いてしまった。
売り言葉に買い言葉。花宮さんもそれに対抗して。
「分かってるなら、自重してくれませんかねー」
と、毒付いた。
険悪な雰囲気。うわ、最悪だ。間に挟まれる僕が、何よりも可哀想。やめてよ、仲良くしてよ。せめて僕がいないところでやってよ。今すぐ帰りたい気持ちをグッと堪えつつ、花宮さんを横目で盗み見てその外見を確認した。
「(……他人の容姿を妬む?……あの花宮さんが??)」
彼女は、抜群に可愛い。それはもう本当に可愛い。白鷺さんには流石に劣るけど。
小さてあどけない童顔。ゆるくカールした茶髪のロングヘアー。
スカートの丈が適度に調整されていて、太ももの間から妖艶な柔肌が見えたり見えなかったり。その全身が年相応の純真無垢を纏う一方で、節々に策略のエロスが垣間見えている。
純粋な美麗さだけじゃない。見る者全てへ、可愛いという感想を強制する、小悪魔的な魔性の魅力がある。
白鷺さんを妬む必要があるとは到底思えないんだ。確かに白鷺さんには遠く及ばないが、完璧な造形で完成されていて、めちゃくちゃ可愛いし、綺麗だと思う。
白鷺さんを除けば、この学校では文句なしの1番。これだけ飛び抜けている存在なのに、なお彼女を羨むなんてあり得るのか……?いや、流石にないだろう。
花宮さんは貧乏ゆすりをピタリと止めて、白鷺さんに冷たく問いかけた。
「私が裏でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「知らない」
「…………白鷺ユリの代用品」
「(……うっわひっど)」
たまらず心の中で同情の声をあげた。まるで花宮さん個人の存在を否定するかのような言い方だ。可哀想。めちゃくちゃ嫌だろうな、それ。彼女は薄ら笑いを浮かべながらさらに続けた。
「他にも色々揶揄されてるんだけどさ?知ってる?」
「知らないけど」
「補欠、二番手、き○この山……」
待って待って。き○この山の方が美味しいでしょ。何を言っているんだ。それを言った人はわかっていない。き○この山は、ほんの少し、人気投票の結果がふるわなかっただけだ。
「イヤホン買った時に付いてくる予備のイヤーピース、ジョイサウ○ド、白鷺さんの味変調味料……」
ずらずらと並ぶ、花宮さんそのものを否定するかのような、文言の数々。方々に喧嘩を売ってるのは気になるけど。
話を聞いてみると、どうやらクラスの男子が大喜利も兼ねて、彼女にあだ名をつけて遊んでいたらしい。ここ数日の間、ウィットに富んだあだ名で親しまれていたが、彼女はそれを悔しさと惨めさを感じながら受け止めていたみたいだ。
確かに、今後もこれが続くと考えたら、頭がおかしくなる。ずっと白鷺さんと比較され続け、劣等感を植え付けられる。言っている当人たちは、単なるイジリのつもりだから、なおタチが悪い。
最悪の気分だろうな。
「なんで私がこんなに言われなきゃいけないの」
涙ぐみながら、花宮さんが声を震わせて言葉を発する。
無礼なことを言って、無神経に他人を揶揄する男子特有のノリ。きっと、そういうのに巻き込まれてしまったんだ。
しかも、入学してから、まだ日は浅い。人間関係が構築されていく、真っ最中の時期だ。この初動の動きが、今後の高校生活を左右する場合も多くあるはず。だから、彼女が話した以上に、この悩みは深刻に受け取られるべき。
花宮さんは完全に何も悪くない。ただの被害者だ。
本当に可哀想。
悪いのは全部。
クラスの男どもだ。
「全部白鷺さんのせい」
「………………」
「………………」
花宮さんは、そう、口にした。
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