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12話 自殺日和に、白鷺さんの吐き気を。


ーーーー次の日。


 命の最後に相応しい天気だ。


 地面を叩く水音がまばらに響く、陰気な雨天。

 まるで拙い木魚の音色。

 吹き付ける春風が、雨粒を頬にビシビシとぶつけてくる。


 昨日よりも、ちょっと強くなった雨。だけど、全然こういうのでいい。

 不穏で不気味な感じ。

 死ぬにはピッタリ飛び降り日和。


 今日は昨日と違うマンションの屋上にいる。

 昨日はなぜか途中で意識を失ってしまい、失敗に終わったが、今日は大丈夫だ。自信がある。


 何故なら。


 今日も白鷺さんの姿がどこにも見えないから。


 現在、朝の10時すぎ。白鷺さんなんか、絶対学校にいるだろ。これで彼女も手出しできまい。

 あと、昨日は場所も悪かったな。あそこは入学式の日に白鷺さんと揉めた場所なんだ。彼女も既知の、自殺スポット。だから、読まれていた可能性がある。


 彼女がどんな手段を使ったのか全く分からないけど、もう大丈夫。

 これで問題ない。そうに、違いない。


 早歩きで、屋上の端を目指した。


 「死ぬぞー!!」


 雨を押し除け、颯爽と死地を目指す。最期の瞬間は、すぐそこに……。


……

…………

………………


 「……して、2回目に微分するとですね。傾きの傾きが……」


 「………………あ、れ……」


 聞き覚えのあるおっちゃんの声。がばっ、と勢い良く顔を上げ、霞んだ視界をゴシゴシ擦って、素早く体を叩き起こした。


 「………………は?!」


 現在、15時10分。

 見間違いかと思ってもう一度見てみたが、変わらなかった。日付を確認してみても、やはり今日は今日のままで……。


 そして案の定、前の席には。


 「うぅ……」


 情けない顔で、気持ち悪そうにしている白鷺さん。


 視線は前に固定したまま。隣の席にいるであろう、花宮さんに疑問をぶん投げた。


 「花宮さん、ちょっといい?」


 「ん? どうしたの?」


 「僕、今日はどうやってここにきた?」


 「え? 昨日と同じで……ついさっき台車で運ばれてきたけど。……何してるの? 毎日」


 「僕だって知りたいよ」


 「えぇ……?」


 起きてから5分と経たず、授業とホームルームが終わり、放課後へ。


 例の如く、のそのそと起き上がってきた白鷺さん。覚束ない足取りで歩いてきて。


 「昨日の……部活動の申請…………あれ、却下されたらしい…………。だから、今日はリベンジ……あぅ……。……行こ」


 「なんなんだよ!!!」



……

…………

………………



ーーーーさらにその次の日。


 命の最後に相応しい天気だ。


 雨音以外、もう何も聞こえてこない豪雨。

 吹き晒す暴風が、雨と共謀して容赦無く全身を殴りにかかってくる。


 なんかどんどん雨強くなるな。

 でも、全然こういうのでいい。


 ザー


 豪雨のこの、為す術ない感じ。嫌いじゃないから。


 ザーッザーッ


 絶好の死に時。レッツゴー飛び降り。


 ザーッ! ザーッ!


 「うるさいなぁ!!!」


 今日は。今日こそは。自信がある。


 何故なら。


 白鷺さんどころか、辺りに人っこひとりいないから。


 現在なんと、夜中の3時。白鷺さんなんか、寝てるに決まっている。

 しかも、電車で2時間、歩いて1時間。なんかすごく、遠い場所に来た。自分でも今どこにいるのか把握していない。暗くてよくわかんなかったし。ここまでする必要、あったか?


 考えている暇はない。崖の端へと全力疾走、一直線。


 「死ぬぞー!!!!」



……。

…………。

………………。



 「……して、3回目に微分するとですね。傾きの傾きの傾きが……」


 「………………だからなんでだよ!!!」


 叫んだ勢いそのままに、机を叩きつけて立ち上がる。

 もううんざりだ! 何回微分するんだよ! もう良いだろ微分すんな!!


 『…………』


 何事かっ!? と、クラス中の視線が一斉に集まってきた。我に返って、一瞬で萎縮してしまった。


 「あっ、えっと……すみません…………」

 「…………はぁ……」


 担任の黒瀬が、諦め混じりにため息を吐いた。

そそくさと着席し、いつものように、時刻と日付を確認する。

 時刻は9時10分過ぎ、もちろん日付に違和感はない。


 前を見る。白鷺さんは、今日も今日とて。


 「うぐぅ……うっ……」


 青白い頬を机にピタッとくっつけて、力なく項垂れている。


 「意味わかんない……」


 そんな独り言を呟いていたら、隣の花宮さんが「ねぇねぇ」と肩をつついてきた。


 「毎日何してるの? そろそろ教えてよ」

 「僕が知るわけないでしょ」


 早口で速攻返した。何度聞かれても、知らないものは知らないんだ。


 「……え、イラついてる?」 


 「……あっ、いや、ごめん。別にそんなんじゃ……ないんだけど」


 「へー」


 花宮さんは、目を細めて冷ややかな視線を僕に送った後、何事もなかったかのように静かに授業へ戻っていった。


 「……えぇ…………。なんなんだよ……。」


  辛そうに呻き声を漏らす白鷺さんを見つめる。「はぁ……はぁっ……」と荒い呼吸を繰り返し、落ち着きなく体を震わせている。

 時折顔をしかめて、波打つ苦痛に耐え忍んでいるかのよう。


 その苦しげな様子は、今日の最後の授業が終わるまで続いた。

 そして、いざ、チャイムが鳴って放課後が始まると。


 「うぅ……ぐはっ……」


 とかゾンビみたいに起き上がって、こっちへ近付いてくるのだ。


 「昨日の……部活動の申請も……却下された…………。同好会ならいけるって言われたけど…………諦めない……。……行こ」


 なんて言いながら、僕の手を取って、ふらつきつつ廊下の方へと引っ張っていく。

 ここまでが、いつも通りの流れ。


 「いやいやいや! ちょっと待って!!」

 「……? なに?」




18〜21時の間に毎日投稿しています。


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