11話 自殺日和に、楽しいスクールライフを。
命の最後に、相応しい天気だ。
無視こそできないが傘をさすには役不足で、鬱陶しさを禁じ得ない小雨。
吹き晒す春風が、小さな雫を纏ってしつこく頬を小突いてくる。
昨日みたいな大快晴とは大違い。誰もが忌み嫌う、絶妙に不快な空。
誰もいない屋上のど真ん中で、ぽつりと天を仰いだ。
「悪くない天気だなあ……」
こういうのでいいんだよ。湿り気、そして、地味な感じ。誰にも邪魔されずひっそりと逝きたい僕には、うってつけの空気感。絶好の自殺日和。
入学式の日から一夜明けた今日、僕は再びあの高層マンションの屋上に足を運んでいた。昨日は予想外の邪魔が入ったが、今日は大丈夫だ。自信がある。
何故なら。
白鷺さんの姿がどこにも見えないから。
現在、朝の5時手前。白鷺さんなんか、絶対寝てるだろ。
「あなたの自殺は私が全部阻止する」
なんて啖呵を切っていたが、蓋を開けてみれば全然ダメ。
屋上には僕一人だけ。
これでは、いつでも死ねてしまう。何をやっているんだ、白鷺さんは。
「はぁ……」
わざとらしくため息を吐いてみる。
宣言してからまだ半日も経っていないのに、この有様。ちょっとがっかりした。
まぁ、死ぬタイミングを僕が自由に選べる以上、元からかなり無茶だったんだよな。
別に僕としては、願ったり叶ったりだ。このまま飛んで、そのまま死んで、ハッピーエンド。望み通りの展開。
「…………」
再度、辺りを見回してみる。やっぱり、人っこひとり見当たらない。
僕は少し肩を落とした。無理に決まっているのに、”絶対止める”なんて言い切っちゃう彼女の姿が、ちょっとだけカッコよかったんだ。
邪魔して欲しくはない。
でも、何もできずにいて欲しくもない。
できる限り、頑張って欲しかった。
「ま、威勢だけでもカッコよかったし」
苦笑いを溢しつつ、静かに気持ちを切り替えた。そして、処刑場への一本道をゆっくりと歩き始める。
屋上はそんなに広くない。あと数秒もすれば、足場は途切れてしまうだろう。
けど、もう怖くは無かった。
死ぬ事は、僕にとっての希望だから。
過去の罪も、今の苦痛も、全て消し去ってしまえる。生まれ変われたら、やり直せるかもしれない。そんな思いが、胸に広がっていた。
「来世は石油王の息子に……」
思わず呟いたその瞬間、すぐに後悔が押し寄せてきた。辞世の句には、もっと洒落た一言を残したかったんだ。あらかじめ考えておけばよかった、なんて、ちょっと笑ってしまった。
ブチィッ!!
笑っていたら突然、脳の回路がショートしたかのような破裂音が響いた。
……。
…………。
………………。
「……xで微分すると、こうですね。傾きが……」
「………………あれ……」
なんか、聞き覚えのある気怠げな声……。あれ、そういえば僕、何かしてる途中だったような……。
のっそり顔を上げると、目の前の景色がぼんやりと霞んでいた。目はしょぼしょぼとし、焦点が定まらず、まるで夢から覚めたばかりのような感じだ。目を擦りながら、しばらくぼーっと辺りを眺めていると。
「…………ふぇ……教室?」
授業の真っ最中だった。
「…………え?」
黒板の上の時計は、12時15分を示している。さっきまでは5時付近だったはず。
昨日にタイムスリップした?なんて思って日付を確認してみるが、今日のまま。
「大丈夫?」
隣から急に声が響いた。咄嗟に横へ振り向くと、綺麗に整えられた茶髪ロングをふわっふわさせて、可愛らしく首を傾げている女の子。花宮さんがいた。
「大丈夫??」
「あ、えっと……」
「…………??」
「多分大丈夫……だと……思うけど……」
「あははー、そうだよねー。良かったー」
煮えきらない僕の返事に、無骨な愛想笑いを振り撒いてくる花宮さん。ひとしきり僕に笑顔を届け終えると、さっさと授業へ戻っていった。
なんか、聞いてきた割に、僕に一ミリも興味持ってなさそう。全然それはいいんだけどさ、ちょっとだけ待ってほしい。聞きたいこと山ほどあるから。
せっせと板書を続ける彼女に、声を振り絞って問いかけた。
「…………僕は、どうやってここまで?」
「……??……あー。えっと……さっき台車で運ばれてきたよ」
「だっ、台車?!」
彼女は僕の真後ろを指差す。振り返るとそこには、重機でも運ぶのかってくらい重々しい台車があった。文字通り、ちゃんと台車。
あれに運ばれてきたって、なに??
「白鷺さんが運んできたよ。びっくりしちゃった」
言われてすぐさま前の席を見る。そこには、机に突っ伏して、呻き声を漏らしながら苦しんでいる白鷺さんがいた。
顔色は真っ青で、度々えづきながら、今にも吐きそうな様子。
「2人で何してたの?」
花宮さんが、首をかしげて不思議そうに問いかけてくるが、返せる言葉がない。
だって、僕が1番よくわからないから。
その後すぐ授業は終わり、昼休みへ。
チャイムが鳴るや否や、白鷺さんは、まだ気持ち悪そうに呻きながら立ち上がる。よろめきつつ、僕を見つめ、顔面蒼白のままでこう言った。
「今日は……前言ってた、部活を作る。うっ……。……行こ」
「え???」
「あと、死のうとしても……もう、無駄だから」
「……はぁ?!」




