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08.第二章三話



 数秒すると落ち着きを取り戻し、心にわずかなゆとりができる。少し冷静になったフィーネは脳が働き始めてすぐ、内心ひやりとした。

 こうして正面から彼に会えたことは嬉しいけれど、それだけで終わってくれるのか疑問が生じたのだ。

 まずいことになってしまうのではと、嫌な想像が頭をよぎる。

 その可能性に気づきたくなかったと後悔するけれど、気づけてよかったとも思える。矛盾している自覚はあった。ただの考えすぎであってほしい。


 かつては一目見れば()()だと本能的に気づいた特別な魂を持つ者同士。フィーネの魂は聖女であった頃とだいぶ質が違っておりほぼ別物と言ってもいいけれど、元が聖女であったことは紛れもない事実だ。その影響で普通の魔族の魂とも違いがあるため、魔王は何か違和感を覚えてしまっているかもしれない。

 だからこんなに凝視されているのではないかと、フィーネの体に緊張が走る。


 生物は基本的に例外なく転生するけれど、同じ種族としてしか生まれ変わらない。人間は人間として、魔族は魔族として、他の種族も同様に、最低でも百年は間が空いて転生することになる。混血となるとまた話は別になるものの、その場合はどの種族の特性が強く出ているかで大体決まることが多いとされている。

 純血でありながら別の種族への転生は、前例が一切ないありえないこと。純粋な人間だった者が魔族として転生したのは、天文学的な確率さえも霞むほどの偶然が重なった結果だ。だから、魔族であるフィーネと人間である聖女を結びつけるわけがないと信じたいところである。

 多少の違和感くらいなら問題ないけれど、もし正体に勘づかれてしまえば、高確率でまた首が飛ぶ。もちろん物理的に。

 なんせ聖女は魔王しかその命を断つことができない魔族の敵なのだから、野放しにされるはずはないだろう。いくら今のフィーネが魔族だとしても、危険性がないことは誰も証明できない。


 昔はそれでよかった。魔王城に侵入したのも殺されに行くためだった。それが目的で、達成できると確信していた。

 しかし現在は――()()()()()、死を望んでいるわけではない。できれば殺されることなく、自分で死を選ぶこともなく、今世は好きなことをして自由に、平和に暮らしていきたい。寿命をまっとうしたい。

 仮に早く命を落とすとしても、ただでさえ前世は十八歳の若さで死んでしまったのだから、せめてそれよりは長く生きたい。


(だって、知ってしまった)


 フィーネは魔族として産まれ、十七年という時を生き、知ったのだ。つらいことがあっても、この世界にはまだまだ面白いこともたくさんあると。

 特に、魔法や薬がフィーネの興味をとても引いた。


 人間はそもそも魔法の適性がある者が少なかった。ゆえに圧倒的に知識が足りず、他の種族と比較しても魔法の技術が遅れていた。

 かつては魔族以外の種族が連合を組んだことで他の種族との交流が増え、魔王城に攻め込むまでの半年、特に魔法に詳しいエルフに色々と教えてもらったこともあるけれど、時間は少なかったし充分なものではなかった。魔王を倒すための魔法や神力の扱いに重きが置かれていたために、偏りがあったのだ。

 しかも当時のフィーネは魔王に殺してもらうことしか考えていなかったこともあり、熱意を持ってまともに勉強していたわけでもなかった。


 あれから五百年の時が経っている。現在は魔法も驚くほど発展している。前世で得た魔法に関する知識は現代において子供とあまり変わらないことを、フィーネになって早々に思い知らされたのである。


 幸いなことに、フィーネには魔法の才能がある。魔力量もそれなりに多いし、稀有な癒しの力も持っている。当時願っていた『死』のように、何かに囚われているということもない。

 もっと研究して色んなものを作り出したい。それがいつか巡り巡って恩人の助けになったら嬉しい。そんなことまで思い描いていた。

 だから、死にたくない。今世ではちゃんと、目指すものがあるから。解放されたかっただけの前世とは違う。


「……あの」


 とうとう痺れを切らし、フィーネは恐る恐る目の前の美貌の彼に声をかけた。すると、それまで黙り込んでいた彼は口を薄く開く。


「お前は――」


 言いながら、魔王はフィーネに向けて手を伸ばした。

 反射的にフィーネが息を呑んだ刹那、その手首が横から伸びてきた手に捕らえられる。

 フィーネが瞠目して視線でその腕を辿ると、鋭い空気を纏ったジェイラスが真剣な顔つきで魔王を見据えていた。


「他者、特に女性に無断で触れるのはよくないよ、ゼノンルクス」


 ジェイラスにしては低いトーンだった。この声は怒っている時のものだ。

 赤い瞳にはいつもの温かみがない。今回は表情からも容易に読み取ることができるけれど、普段は基本的に表情が柔らかいのでここまでわかりやすいことはない。

 フィーネを庇ってくれたのだろう。完全に頭から抜け落ちてしまっていたけれど、この場にはジェイラスもずっといたのだ。


(……待って、『ゼノンルクス』?)


 あの魔王を、ファーストネームで呼び捨て。先程のジェイラスの言葉を咀嚼したフィーネは、どういうことだと更に戸惑うことになった。

 レーヴのオーナーという点を差し引いても、只者ではないといつも周囲に感じさせるジェイラス。知り合いだと言っていたけれど、正確には彼と魔王が一体どんな関係なのかと疑問が強くなる。


 ゼノンルクスの様子を窺えば、掴まれている手を見ながら自身の行動に驚いているように見えた。意図的ではなく、無意識に近い状態でフィーネに触れようとしたのであろうことが伝わってくる。

 ゼノンルクスが視線をジェイラスに向けて数秒ほど見つめ合った後、再び赤色の瞳がこちらを捉えた。ゼノンルクスの手から力が抜けて引かれ、それを合図にジェイラスも彼の手首を解放する。


「すまない」

「……いえ。お気になさらず」


 ゼノンルクスから謝罪されたことを一拍遅れて理解し、フィーネはさっと頭を下げた。

 魔王に謝罪させることになってしまうとは。なんとも恐れ多い。


 ジェイラスが注意したように、魔王がフィーネに触れようとしていたのは恐らく間違いない。あの角度から推測するに、首か顔の辺りを狙っていたのだろう。

 彼は何がしたかったのか。殺そうと手を伸ばしたわけではないはずだ。フィーネの勘でしかないものの、そんな雰囲気ではなかった。

 敵意も殺気も感じられない。フィーネの正体を見破って殺そうとしたのなら、そもそもジェイラスに手首を掴まれて止められたくらいで引き下がるとは考えにくい。


 気づかれてはいない、という認識でいいのだろうか。

 警戒心が緩みかけた時、フィーネを庇うようにジェイラスが二人の間に割って入る。フィーネは顔を上げてジェイラスの後ろ姿を窺った。完全に保護者である。

 頼もしい背中だけれど、警戒対象が恩人という事実が、フィーネには違和感でしかない。


「変なことするなら下がらせるけど」

「……悪い、大丈夫だ。俺からは一切触れないと約束する」


 暫く厳しい表情でゼノンルクスを見据えていたジェイラスは、ゼノンルクスの真摯な眼差しに小さく息を吐く。


「君じゃなかったら問答無用で追い出してるから」

「ああ。わかっている」


 そこで話はついたようで、ジェイラスはフィーネの方を振り返った。視線が交わると、掴みどころのないレーヴのオーナーはいつもの優しく落ち着いた笑みを見せる。


「何かあったらすぐに呼んで。まあ、ゼノンルクスだからもう何もないとは思うけど」

「わかりました」


 フィーネが頷くとその頭を優しく撫で、最後にゼノンルクスとも言葉を交わしたジェイラスは部屋を後にする。



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