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11.第三章一話



 ゼノンルクスはあれから二度ほどレーヴを利用しており、見事にレーヴの常連となりつつある。

 壮絶な予約争いが繰り広げられるのが常のレーヴだけれど、ジェイラスの意向でゼノンルクスの予約は積極的に受けるようにしているらしい。元々、不測の事態に備えて部屋はいくつか空いているものなので、そちらを充てがっている。

 ゼノンルクスが魔王であることは、従業員たちには基本的に隠されている。ただ、それが原因で色々な憶測が飛び交っていた。


「例の特別なお客様、よっぽどフィーネのこと気に入ったみたいだな」


 厨房にいたフィーネは、料理人からそんなことを言われた。ゼノンルクスが魔女のやすらぎの商品やフィーネの魔法を所望していることは共有されているので、そこから導き出して帰結したようだ。

 フィーネが否定も肯定もせずに笑顔を見せたところで、もう一人の料理人が加わる。


「気になるな、オーナーの知人だっけ?」

「珍しく特別待遇だよな」

「それほどお偉いさんってことだろ。ほんと顔広いなぁ、あの人」


 さすがは魔国一情報が集まると言われるレーヴでオーナーを務めているひとだと、交友関係には納得のようである。


「けど、公爵閣下でも予約の優遇とかないのに、今回のお客様にはその辺も便宜をはかってるんだろ?」

「案外、オーナーのこれとかだったりして」


 と、料理人がニヤニヤしながら小指を立てる。いわゆる「恋人では?」ということらしい。

 その推測にフィーネが目を瞬かせていると、もう一人は「いやいや」と呆れた様子で息を吐いた。


「それはないだろ」

「わかんないじゃん」

「魔王陛下だった、の方がまだ現実味あるわ」

「それこそないだろ」


 冗談で口にしたようだけれど、それこそあるのだ。

 フィーネが僅かに緊張しつつ笑顔をキープしていると、料理人二人の背後に料理長が現れた。


「お前ら、無駄口叩いてないで作業に戻れ」

「うわっ」


 驚愕して肩を跳ねさせた二人は、「すいませんでした料理長!」と元気よくそれぞれの作業に戻る。

 短く息を吐いて、料理長はフィーネの隣に来た。

 料理長は元宮廷料理人。貴族出身でヴェルディとも親交がある。つまりはゼノンルクスと面識がある可能性が高い。

 そして、特別なお客様が魔王であることを知っている。


「やっぱりみなさん気になるみたいですね」

「だろうな」


 例外の高待遇ともなれば、気になって仕方ない気持ちはわかる。その情報を外部に持ち出すことはないはずなので、内輪で色んな憶測をたてあって少々はしゃぐ分には、厳しく注意をする必要もないだろう。


「次のご予約は明後日か」

「はい」

「あの方の対応だからと、あまり気負うことはないからな」

「はい。ありがとうございます。頑張ります」





 今日はヴェルディの予約が入っており、フィーネはいつもどおり、ルームサービスを部屋に届けてそのまま話し相手をすることになった。

 テーブルを挟んでヴェルディの向かいに腰掛け、紅茶まで堪能させられている。ついでにお菓子も。


「陛下が通っておられるようじゃな」


 そうして、食事を終えて開口一番、ヴェルディはそう訊いてきた。予想できていたことなのでフィーネに動揺はない。


「顧客情報になりますのでお答えできかねます」


 ニヤニヤと笑っているヴェルディにフィーネが毅然とした態度をとると、ヴェルディは子供のように不貞腐れた顔をした。


「わしは陛下の師匠、つまりは身内じゃ。じゃから問題なかろう」

「お答えできかねます」

「菓子を紹介したのはわしなのに……」


 笑顔でばっさりなフィーネにわざとらしくしょぼんとした老人は、続いてちらりとこちらを窺う。相変わらずである。

 そして、ゼノンルクスの師匠だったのかと、フィーネは初めて耳にした情報に驚いていた。この飄々とした老人が、魔法か剣術でも指導していたのだろうか。それとも勉強やマナーの方だろうか。フィーネが思っていたよりも近しい間柄のようだ。

 何にしても、指導と言いながら楽しそうにゼノンルクスをからかって遊んでいそうな光景しか頭に浮かばない。


「身内であろうとなかろうと、教えられないものは教えられませんよ、ヴェルディ様」

「むう」


 唇を尖らせてこれほどまでに不満を訴える老人は、果たしてどれほどいるのだろうか。


(心配なさってるのは確かみたいだけど)


 ゼノンルクスを身内だと思っているのは事実なのだろう。それは伝わってくる。


「陛下の不眠症は改善しそうかのう?」

「お答えできかねます」

「む。本当に口が堅いのう。それくらい良いじゃろう」

「お答えできかねます」


 ぶっすーと、ヴェルディが更に不貞腐れる。本当にフィーネの百倍以上生きているのか疑問なほど子供みたいな反応だ。そういうところが年齢や地位の割に相手に親しみやすさを与える理由なのだろう。

 ジェイラス曰く、しっかりするところではとてもしっかりしているらしい。想像がつかない。


「不眠症の原因は訊いておるか?」

「……ご存じなのですか?」

「いや、知らん。だから教えてほしいんじゃ」


 フィーネは半眼になった。


「その様子だとまだ訊けていないようじゃな」


 そのとおりである。

 魔法自体は効果があり、ゼノンルクスは眠れている。しかし魔法を弱くすると眠りが浅くなったりするようだ。今の状態を続けて眠りやすい体質に変えることは困難だろう。

 ともなれば、やはり原因を突き止めて解決する必要がある。恐らくは精神的なもののはずだ。

 けれど、ゼノンルクスはその原因について誰かに相談していないようだし、訊き出すのは難しいかもしれない。


「まあ、進捗は本人に確認するとするかのう」


 ヴェルディとゼノンルクスが一緒にいるところを見たことはないけれど、うんざりしながらこの老人の相手をしているゼノンルクスの姿が頭に浮かんだ。


「それか、ジェイラス様に確かめるのもありじゃな。あの方にも報告しておるのじゃろう?」

(あの方……)


 公爵という立場にある彼が、ジェイラスをあの方と呼んだ。そこに引っかからないはずがなかった。



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